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265話:17YEARS LATER(ポム・グラネ・イート)・その3

「へー、お前がイート子爵令嬢ってやつね」


「ちょっ、お兄ちゃん!」


 カンゴさんが頭を抱えているが、それには王子様無視して私に直行したプラシくんに対するものだと思う。


「ども、ポム・グラネ・イートです」


「ふぅん……、なんか面白れぇやつだな、お前」


 うわっ、出た「面白れぇ女」。定番というか定型セリフではあるけど、そういうのでも何でもない現実で言われると「なんだコイツ」としか思えない。そもそも、名前を名乗っただけで何が面白かったんだろ。


「お兄ちゃんがゴメンね。あたしはマディラシトリン・パースピレイト。みんなからはマディーとかシトリンって呼ばれてるよ」


「よろしくね、マディーちゃん」


 私はほほ笑み、そういうと、プラシくんが「ブフッ」と噴き出した。そういえば、カンゴさんと同い年なのにナチュラルにちゃん付けしちゃったけどまずかっただろうか。


「ほら、お兄ちゃんも笑ってないで自己紹介!」


「ックックッ。悪い悪い。いや、ホント面白いな。プラシオライト・パースピレイト。プラシとかプラシオなんて呼ばれてる」


「うん、よろしくプラシくん」


 そう言うとプラシくんは私の頭をぐしゃっと撫でた。


「おい、女性の頭を許可なく触るな。失礼だろう」


 とカンゴさんが注意する。まあ、別にそのくらいならどうでもいいっちゃどうでもいいんだけど。


「んだよ、お前だってよくマディーの頭撫でてんだろ?」


「それはな!」


 仲が良さそうで微笑ましいものだ。こういう家族ならではって感じの団欒は。私は兄弟とか姉妹がいなかったし。


「殿下、申し訳ありません、プラシのやつが相変わらずで……」


「気にしなくていいさ。僕もこういうプラシだからこそ気を遣わずに仲良くできる部分はあるしね」


 そんなふうに微笑む王子様。うん、まあ、そういう部分があるのは事実だと思う。


「そうやって殿下が甘やかすからつけあがるんですよ」


 とマディーちゃんがボソリと言った。それに対して、プラシくんは知らぬ存ぜぬみたいな態度だし、カンゴさんは頭を悩ませているようだ。


「まあ、確かに、間違ったことは間違ったことだと指摘する必要はあると思いますよ。ただ、ここは私的な場ですから、王子様の言ったことでいいかもしれないですけど」


 結局のところ、王子様がなめられるということは、国の中心をないがしろにしているようなもので、それを公的な場でやったら大変なことになる。私的な付き合いもある社長とプライベートで軽口叩き合うのは良いけど、大事な会議の場でまでそんなノリを出したら怒られるじゃすまないのと一緒。


「いいですか。私は相手が王子であろうと間違ってることは間違ってると正します」


 それはある種のポリシーのようなものだ。別に間違っていることが、曲がっていることが大嫌いとかそんな正義感あふれる理由ではなくて。


「な、やっぱおもしえぇだろ、こいつ」


「不敬罪とか怖くないの?」


 ケタケタと笑うプラシくんに、ちょっと引き気味のマディーちゃん。カンゴさんも何も言えないと言わんばかりに口をぽかんと開けていた。


「それを不敬であるとし、自身の間違いを正せないような人が王族なら、それは国がおしまいです」


 まあ、指摘が正しいとは限らないのが世の中なわけだけれど。


「ははっ、うん。僕の間違いは存分に正してほしいね」


 なんて王子様は笑っていた。しかして、カンゴさんやマディーちゃんはなんというか「恐れ知らずなバカ」を見るような目でこっちを見ていた。


「うーんと、そうですね、私の知る昔の言葉ではしばしば、国民と貴族と王様の関係を三すくみで例えることがあります」


「三すくみ?」


 三すくみって通じるだろうか。もともとカエルとヘビとナメクジの関係かなんかだったはずだけど。まあ、いいか。説明すれば意味は分かるでしょうし。


「王は貴族を正し、貴族は国民を正し、国民は王を正す。まあ、だからと言って、貴族が王を正してはいけないなんて道理はありませんが」


 ようは王は貴族に強く、貴族は民に強く、民は王に強い。まあ、ありがちな三すくみの話ではあるんだけど。


「国民がどうやって陛下を正すんだ?」


 その疑問を投げかけてきたのはカンゴさんでもマディーちゃんでもなく、プラシくんだった。


「王を正すと言うかね、国が間違った方向に進むと国民が取れるのは耐え忍ぶか、国を出るか、訴えに出るかくらいですからね」


「耐え忍ぶとはいえいつまで耐えられるかも分からず、国を出ると言っても家があり、人によっては畑や財、身分があるからね。そう簡単にはいかないだろう」


「ええ、そうなったときに起こるのが暴動。最悪は革命です」


 もちろん、絶対にそうなるとは言わないけど、少なくともそういう可能性はあるだろうとは思う。まあ、王家に絶対的な力があった場合、武力で押し切られて弾圧される可能性もあるから、絶対に国民が優位というわけではないので、正確に言えば、三すくみなんてのは嘘っぱちなんだけどね。


「民がいなければ国は成立しない。兄さんは口を酸っぱくしてそういっている。それを分からずにないがしろにした末路はそうなるかもね」


「王だけでも、貴族だけでも、国民だけでも国は成立しません。それゆえに、互いが互いの立場を考え、導き合わないといけないんでしょうね」


 導くなんて言うと、上の立場の人が下の立場の人を引っ張るようなイメージが強いけど、必ずしもそうではないと思う。その在り方に心を動かされるなんてことはいつでもだれにでもあり得るわけだし。


「なんだか、君のそれはスペクレシオン公爵にちょっと似ているね」


「私が、ですか?」


 うーん、あのカメリア・ロックハートと似ているなんて言われても……ね。なんて言うか、この世界のカメリア・ロックハートがどんな人なのかはイマイチ想像できないけど。少なくとも似ていると言われること自体は嫌じゃないけど、別にだからと言って褒められている気もしないというか。正直、なんとも言えない感。


「ああ、あの方は人が知り得ないようなことを平然と語るからね。君の三すくみの話なんてまさに言いそうな感じだった」


「光栄ではあるけど、喜んでいいのかは分かりづらい評価ですね」


「ハッキリ言うなあ……」


 ただ「人が知り得ないようなことを言う」なんて言うのは気になる。少なくとも私の知るカメリア・ロックハートはそうじゃない。いや、錬金術をかじっているとか、その辺で確かに、そういう面もあったかもしれないけど。


「マディーちゃんはスペクレシオン公爵って知ってる?」


 王子様以外からはどう思われているんだろうと思って、とりあえずマディーちゃんに話を振ってみた。


「え?」


 いきなり話を振られたせいか、少し固まっていたけど、すぐに答えてくれた。


「そうだね……。とても凄い方だとは聞いているけど。あたしなんかは、そんなに交流する機会がないから……」


先生(センセ)は、直々に指導を受けてるっつったけどな」


 まあ、確かに公爵と侯爵の子供たちが実際に会う場面なんてたかが知れているかもしれない。会うことはあっても、その人となりまで知れる機会はそうそうない。それこそ、懇意にしてくれているとかそういうことでもないと。


「先生って言うのは?」


「王立魔法学園の講師の一人、ガルデニャ・レバー。水と木の二属性の魔法の担い手でね」


 それをカメリア・ロックハートが直々に指導しているという。いや、そりゃできないことはないんだろうけど……。


「ま、先生(センセ)は学園に入る前からずっと魔法に関して指導をされてたって愚痴ってたから、かなりきつかったんだろうけど」


 


 私は後に、このガルデニャ・レバーを筆頭に、王子様デマントイド・ディアマンデ、不真面目プラシオライト・パースピレイト、生真面目カンゴーム・パースピレイト、研究者オニキス・ネイル、苦労人マディラシトリン・パースピレイトたちが「新しい時代を担う子供たち」と呼ばれていることを知ることになる。

 それに、私もまた、その中に含まれることになったり、ならなかったり。


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