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263話:17YEARS LATER(ポム・グラネ・イート)・その1

 ゴトゴトと揺れる馬車に揺られて、私は大きな道を行く。少し前まで、こんなことはちっとも考えられなかったけど。


 ポム・グラネ。それが数か月前までの私の名前。


 商家に生まれた私は、母の仕事を手伝いながら平穏な日々を過ごしていた。父は死別したらしく、母と母の実家であるグラネ商家で祖父母と暮らしていた。それでよかったし、それ以上の何かがあるとも思っていなかった。


 目立たないことが一番。それが私のモットー。


 のはずだった。


 イート子爵。私の父。死別したというのは方便だったらしく、私の母は、イート子爵の妾として、私を産んだらしい。貴族の妾の子、いつの時代も問題になるし、場合によってはひどい扱いになる。

 でも、それだけだろうと思っていた。

 魔法が使えるわけではないただの平民ならば、放っておかれるだけ。現状ならそれ以上でもそれ以下でもないはず。だった。


 使えちゃったんだよねえ……魔法。


 手から炎がポンっと。


 悲しいかな。魔法が使えるとわかった以上、イート子爵は体面もあるからか、急に私を引き取り、貴族として教育をすると言い出した。そして、年齢からして、王都の魔法学園に行くようにと。

 貴族教育も受けていない子供を、貴族しかいない王立魔法学園に放り込むなんてどうかしていると思うけれど、もともと私は跡継ぎでもないし、ようするに体面上の……、上辺だけの対応でしかないのだから、子爵様からしてもどうでもいいことなんでしょう。


 ポム・イート。そういう名前になった私だけれど、グラネという生まれ育った家のことを忘れたくないとポム・グラネ・イートと名乗ることにした。





 長い馬車の旅。おしりの痛みに耐えながらもなっがいなっがーい旅路を経て、私は王都にたどり着く。


 王都、この国で一番発展している場所で、商家の娘だったから噂くらいには聞いていたけれど、本当に大きな都市だ。私の知識からの想像よりもずっと大きい。


「ここが王都……。本当に……」


 見たことのない知った街。近くの大きな町の話とはケタが違う。そんな圧倒感が……、私を支配していた。


「君が、ポム・イート令嬢かな」


 その呼ばれ方に少しの違和感と不快感を覚えたものの、そんなふうに声をかけてきた相手に、そんなことを露骨に態度に出すような教育は商家の娘として受けていないので、おくびにも出さずににこやかに応える。


「はい、そうですが」


 そう振り返って、絶句した。顔が……、顔が良い。美男子と言うには少し違うような、それでもしっくりくるような、そんな男性。おそらく、いや、まぎれもなく高貴な家柄。そう感じさせるだけの気品をまとっている。


「はは、緊張しているみたいだね。まあ、いきなり王都に来るなんてなったら仕方ないだろうけれど」


 違う。確かに、そこに緊張感がなかったわけではないけれど、そうじゃない。あなたを前にしたからこうなっているんだ。


「初めまして。僕はデマントイド・ディアマンデ」


 ディアマンデ……。ディアマンデ?

 ディアマンデって……。お、王族?


 いやいや、いやいやいやいや。そんなわけ。うーん、そんなわけありそうな品格。これで偽物や詐欺だったとしたら、そりゃあ騙されるわと納得しちゃう。いや、なに言ってんだ。


「あれ、聞こえなかったかな?」


 なんて優しい声で言う彼。っていうか王子様が直々に私を迎えに!?

 なんで!?


「そ、その、いえ、あの……」


「ああ、そんなにかしこまらなくていいからね。僕なんて第二王子だから」


 第二王子。そういえばそんなことを聞いたことがある気がする。ずいぶん年の離れた異母兄弟だとか。初めて聞いたときは「へー、初めて聞いたなー、そんなこともあるのかー」と思ってたけれど。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 ……うん、私は何を言っているのか、私自身もよく分かっていない。


「それにしてもどうして王子様が直々に?」


「暇だったからね。それに僕は母と同じで、どうにもそういう気質らしくてね。人の世話をするのが好きなんだ」


 なんとも変わった王子様だろうか。いや、母と同じでというのだからお妃様共々変わっているというべきか。まあこんなこと、不敬すぎて口に出しては言えないけど。


「でも、そんなふうに出歩いても大丈夫なんですか?」


 王子様といえば護衛が付き物だし。ホイホイと出歩いていいものじゃないでしょうに。


「ははは、第二王子って言っても兄さんが継ぐの決まっているようなものだからね」


「かいら……いえ、第二王子派閥とかないんですか?」


 あまりにもあっさりと気安く言うので私も口が滑って、危うく「傀儡政権を狙うような人とかいなかったんですか?」とか聞きそうになってしまった。


「君、ずいぶんと真っすぐな物言いだよね。いや、いいんだけどね」


 いいのか。いやよくないでしょ。


「確かにそういう懸念もあるんだけどね。ただ父が亡くなる前にさっさと継ぐと考えると、どう考えてもまだ子供な僕よりも、兄さんが継いだ方が良いんだよね」


「歳が離れているとは噂で聞いたことがありますけど」


「僕が生まれたのが兄さんが17歳とか18歳の頃だからね」


 ……思ったよりも凄い年の差だった。当時のお城とかすっごいドロドロした人間関係になってそうだけど大丈夫なのかな。いや、大丈夫なんだと思うけど。


「というか、それならもうお兄さんが王位を継承してしまったほうがいいのでは?」


「ははは、歯に衣着せないって感じでいいね」


 つい思っていたことがそのまま口から出ちゃった。


「僕もそう思うんだけどね。兄さんは継ぐ気ないみたい。本当にそこだけが困っていてね」


「そこだけってことは、他は困ることのない完璧なお兄さんなんですね」


 そこが「一番」困るとかじゃなくて、そこ「だけ」が困るだから、そういうことなんでしょう。


「ああ、本当に凄い人だよ。あの人が国王になれば、この国も安泰だろうって思うくらいにはね」


「でも、それだけ凄い人なら、自分が王様になったほうがいいってことも分かっているんじゃ……」


 王子様……、目の前の彼がそれだけ言うくらいに、いや、彼がそういうのだから周りの人間も同じように思っているくらいに、凄い人物なのだろう。兄贔屓が過ぎるだけという可能性もあるけれど。でも、そんな「凄い」と言われる人なら、そう思われていることくらい分かるし、自分の心の底がどうあれ、民草のために王様になる道を選びそうなものだ。


「分かっているんだよね。多分。でも、僕がいるなら王位は僕に譲って、スペクレシオン公爵家に婿入りしたいんだろうね」


 スペクレシオン公爵……?

 記憶にない公爵の名前が出てきて、私は少しばかり首を傾げた。


「あれ、知らないかい。スペクレシオン公爵。十数年と出来て間もない公爵家だけど、功績が凄いから、広く知られていると思っていたんだけどな……」


「まあ、なにぶん田舎から出てきたものですから」


 うーん、そんな公爵いたっけな……。まあ、ここで王子様がウソをつく理由もないから居たんでしょうけど。でも王子様のお兄さんが婿入りするって言うくらいにはちゃんとした家柄で、……あれ、でも十数年前に出来たって言うくらいだからそうでもないのかな?

 いや、平民がいきなり公爵になったなんてことなら私が知らないってことはないでしょうし、順当に歴史ある侯爵が公爵になったとか。サングエ侯爵とかアーリア侯爵とか。……あれ、でも、それなら名前変える必要もないから、分家とか独立とかだろうか。


「隣国との同盟とか、別大陸との交流とか、魔力船の発明とか、商家平民でも重要な出来事も多いから、知っていると思うんだけどな」


 ……同盟?

 別大陸?

 魔力船?

 一体全体どうなっているのか。私は少し思考停止する。


「カメリア・ロックハート・スペクレシオン公爵のこと」


 止まった頭が爆発するかと思った。


「カメリア……。ロックハート……?」


 私はその名前を知っている。知っているけど知らない。だって、私の知るカメリア・ロックハートは……。


「十数年前……。お兄さんと十七、八歳差……。つまりお兄さんは……」


 アンドラダイト・ディアマンデ!


 ああ!


 もう!


 なにがどうなってんの!?


「頭を抱えてどうしたんだい?」


 どうしたもこうしたもない。私の知るアンドラダイトにデマントイドなんて弟はいない!


 じゃあ、この人は誰!?


 ああ、もう!


 全然わかんない!


 これっぽちも分かんない!



 私、ポム・グラネ・イートには秘密がある。誰にも言えない秘密が。でも、だからこそ、私はズルできる。そう思っていた。そう思っていただけだった。0

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