262話:エネルギー資源革命・その3
風が頬をなでる。波の音が聞こえる。鼻に潮の香りが駆け抜ける。ああ、まさに海って感じ。少しばかり揺れる足元が気になるけれど、このくらいなら気にしなくても大丈夫。
そう。わたしはいま、船の上にいた。それもただの船ではない。この世界で初めて魔力を動力源に使った航行船。仮称でつけていた「魔力船」が結局分かりやすいってことで定着してしまった。
現状は実験段階ということで、既存の輸送船規模ではなく、もっと小さい規模の船。漁船というわけでもなく、イメージしやすいのは大きめのクルーザーだろうか。
ここからどんどん大型化をしていくわけだけれど、まずはこの規模で実験というわけだ。
ただ、簡単に「この規模で」なんて言っているけれど、実はかなり難しい。
というのも、動力を詰む船というのはどうしても大きくなる。動力もいるし、それに釣り合う浮力もいる。だから、最初から小さい動力というのは逆に難しい。物の小型化というのはそれに見合うだけの技術が必要になるというし。
でも、大きいものでやるだけの開発規模と万が一のときのリスクの大きさが問題なので、頑張って小さい規模で出来るようにラブラドが頑張った。
「これは中々だな」
とすまし顔でのん気にしているバカ……もとい王子さえいなければ、実験は大成功で気分がよかったかもしれない。
はてさて、どうして、王子がこんな危険があるかもしれない実験の真っただ中にいるかと言うと、色々と面倒くさいことになるのだけれど、簡単に言うと。
第二王子が生まれたことで規制緩和されたので、少しだけなら護衛付きで隣国に行ってヨシということで、わたしたちの実験の視察という名目を引っ提げて、いま居るクロム王国までやってきた挙句、勝手に船に乗り込んで……というのが現状である。
本来は護衛としてクレイモア君が来てくれて止めてくれるだろうけれど、今回、来ていないのである。こうなったら王子の傍若無人を止められるのはわたしだけなのだが、今回はその制止もやむなく、勝手に乗り込んでこうしているわけだ。
「殿下は既存の船舶にお乗りになられたことがないので分からないかもしれませんが、本来ならばもっと揺れを伴い、これほど安定した速度での航行はできません」
そう。魔力船は既存の船舶とは異なる。波風の影響をもろに受ける帆船やこの世界ではあまり実用されていない蒸気船とは異なり、安定性を得る。もちろん、揺れが少ないというだけで、ないわけではない。あくまでこの世界の既存の船舶と比較してという話でしかないわけだ。
「なるほど。興味深いな。一般的船舶というものも経験しておいた方が、どこがよりよいのか、あるいはどこがより悪いのかが分かるというのは当然ではあるが」
比較というのは、比較対象を知らなくては行えない。
「だからと言って、今度は一般的船舶に乗りたいだなんて言い出さないでくださいね。手配は不可能ではないでしょうけれど」
「分かっている。今回は、一応、この『魔力船』の視察が目的なのだから、それ以外のことはしないさ」
やれやれと言いたげに肩をすくめるけれど、「やれやれ」と言いたいのはわたしのほうだ。
「アリスさんは誘わなかったのですか?」
「誘ったが用事があると言って断られた。クラのやつも新体制の準備で忙しい」
クレイモア君の「新体制」というのは、第二王子であるデマントイド殿下が誕生したことによって、既存の陛下と王子に付けていた警備体制から、第二王子も含めた形にシフトしなくてはならないためのものだ。
また、ウィリディスさんの素性も公表していることで、彼女への護衛も改めて考え直す必要が出ていたのもあり、しばらくは妊娠していたこともあって護衛が城内で完結していたのだけれど、この機に改めて完全なる新体制へと作り替えるべく大忙しなのだ。
「新体制への準備が忙しいからと言って、結果、殿下を自由にさせてしまうのもどうかと思いますがね」
少しばかりの嫌味を込めて言うが、王子は苦笑し、
「クラなりの配慮もあるのだろう。それに、行先がお前のところだったら安全だろうという信頼もあるのだろう」
「道中を考えてください」
いやな信頼もあったものだ。
「しかし、船というのはもっと優雅なものだという印象を抱いていたのだがな」
「書籍などからの伝聞では、ですか?」
王子が船に乗る機会はなかったと思われる。そうなると印象では、遠くから見たことがあるか本などからのイメージ。まあ、物語とかだと優美なイメージだろうし、貴族が乗るとなると優美な感じだから、爵位の高い貴族からの伝聞だとそういうイメージを抱いていてもおかしくない。
これがブレイン男爵とかからだとまた別でしょう。漁業が生業の人も多いから船の大変さや慌ただしさも知っているだろうし。
「貴族用の帆船や遊覧用、観光船などでしたらおそらく、その優雅な印象に近しいものになると思いますが、現在は実験用の船ですからね」
王子も馬鹿ではないので、漁船や輸送船のような実用性に重きを置いている船があるのも理解しているはずなのだ。
「それはそうなのだろうがな」
「それで、殿下、視察はいかがで?」
「問題ないというべきか。いや、元から心配はしていないが」
まあ、視察は名目で、観光というか国外に出たかっただけなんでしょうけれど。
「これを輸送船に活用する場合、行きの分はともかくとして、帰りの分の魔力はどうするのだ?」
中々に鋭い質問が飛んできた。燃料問題。いまのところ供給できる技術を持つのがわたしたちだけなのだから、輸送先で燃料が尽きたら戻ってくることが出来ないわけだ。
じゃあ、あらかじめ行きと帰りの分の燃料を供給すればいいじゃんって話なのだが、そううまくいかないのが航海の難しいところ。例えば、事情によって大きく迂回しなくてはならなくなってしまったら?
迂回する分、燃料は必要なのに行きと帰りの分しかないから足りなくなってしまう。その分も考えて多めに積めばってなるとどこまで積めばいいのさっていう話になる。究極、その船の中でエネルギーを生成できれば解決する話なのだけれど、それを魔力でやるということは、供給源であるところの何かが必要になるわけで……。
「それを解決するのが、いまからお見せする機構です」
そう。そのあたりの解決策は用意している。まあ、これが根本的な解決になるのかどうかは甚だ疑問であるし、これからアップデートしていく必要が十二分にあるのだけれど。
わたしは、船の奥にある機構を開帳する。
それはいわば出力装置であり、動力源は別にある。カチャリと外した丸い筒状の物体。
「これに魔力が充填されています」
簡単に言ってしまえば燃料タンク。あるいはバッテリー。
乾電池のようなものを思えば分かりやすいでしょう。ただし、充電式の乾電池。このタンクの核には宝石が用いられているのだけれど、結局、それは過去の時代の産物に過ぎず、わたしたちがその機構を再現するまでに至っていない。つまり、使い捨てることが出来ないし、量産することが出来ない。
だから、その機構の再現と量産化はこれからの課題として大きくのしかかっている部分である。
「なるほど、それを行きの分、帰りの分、予備の分と積んでおくわけか」
「結局、それを難破事故で失ったり、使い切ってしまったりしたら意味がないんですけれどね。ですから、大型化した場合でも蒸気と併用か帆を付けるなど、万が一のときに、どうにかする、できる形にしておくのがいいとは思っています」
ハイブリット型。それが良い部分もあるのは分かっているのだけれど、インパクトがね。この新しいエネルギーって言うインパクトで打ち出すには、それ単体で見せるべきだろう。
このあたりは、電気自動車、ハイブリットカー、ガソリン車の問題というか、それともまた全然違うのだけれど、たとえ話としてはそんな感じ。
「それらの食い合わせが良いとは限らないのが問題ではあるがな。研究頑張ってくれたまえ」
「言われずとも研究はしていますとも。ですが、まずはこれ単体で成立させなくてはいけません」




