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026話:プロローグ

 そよぐ風が心地よい春。この日、王立魔法学園の入学式が開かれる。

 そう、いよいよ「銀嶺光明記(ぎんれいこうみょうき)~王子たちと学ぶ恋の魔法~」……通称「たちとぶ」の本編が始まるのだ。


 この王立魔法学園は、1学年の人数がかなり少ない。貴族の子供であり、その中でも魔法を使える子供が集まる。かなりの割合が魔法を使えるとはいえ、そもそも貴族の絶対数が少なく、その中でも同い年の子供なんてそう多くないのは明らか。


 入学試験なども存在せず、魔法が使えるという項目さえクリアしてしまえば、どれだけ頭が残念でも入れる。そこがいい点でもあり悪い点でもあるのだけど。


 魔法学園は4年制であり、必修科目以外は自由選択になっている。わたしは通っていないので正確な表現かどうかは分からないけど大学みたいなものだと思う。だから、あまりにも残念な成績だと必修の単位が貰えず留年ということもあるようだけど、大抵はお金を積んで解決するらしい。

 それでいいのか「王立」の学校なのに。


 まあ、お金を積んでまで留年なしに卒業させるのは外聞の問題というのもあるけど、どちらかといえば早く領地を継いでもらいたいからという面もあるのだろう。

 領地経営に必要なのは魔法の成績だけではないし、むしろそれ以外の部分の方が大きいのだから多少頭が残念でもどうにかなる。


 1年次の必修科目は基礎魔法学と魔法倫理、魔法社会学の3科目だけ。どれも大半は入学までに家庭教師に教えられているものなので、基本的に1年次に留年は相当のバカじゃないとありえないでしょうけど。

 必修科目が3科目と少ないのは、領地の問題や魔法関係以外にそれぞれが学ぶべきことが多くあるためだと思う。




 わたし、カメリア・ロックハートは新品の制服に袖を通し、巻いた赤い髪をはらい、王立魔法学園の門前に立った。ここから先に足を踏み入れたら、主人公や王子とわたしの生死をかけた……、いえ、生死をかけているのはわたしだけだけど。とにかく、戦いが始まる。


「ふん……、制服に合わせた髪型というのは確かなようだ。それに……」


 出会い頭に王子がそんな風に言う。言葉に詰まった後、わたしの髪を見ていたのは、恐らく10歳の誕生日に王子からもらった髪飾りに目が留まったからだろう。


「ええ、大事に使わせていただいております」


 常につけているわけではないし、今日はゲーム本編に合わせて外すべきかとも考えたけど、これから先に必要なのは、わたしの好感度を維持したまま主人公に王子を攻略させること。気休め程度にはなるだろうと思って着けておいた。


「それでは殿下、そろそろ行きましょう。殿下には入学生代表挨拶がございますのでリハーサルなど多忙でしょう」


 入学生代表挨拶はわたしにも打診がきていたが、王子に譲った。「たちとぶ」でも確か代表挨拶は王子だった……気がする。

 ここは明確に描写されなかったので、わたしでも確証はない。ただ、わたしがやる意味はないので大人しく王子に譲っただけ。


「お前がやればよかったと思うんだがな……」


「あら、これから先に幾度となく人前に立つことになる殿下が弱音ですか?」


「ここは魔法の学園だ。三属性も扱えるお前の方がふさわしいと思うのはおかしいことではないだろう」


 複数の属性を使えるということは、それだけで注目を集める。わたしに打診がきたのも公爵家という理由もあるけど、一番は三属性の使い手として知れ渡っていること。


「婚約者である殿下を差し置いて、わたくしが登壇するわけにはいきません」


「こういうときだけ立場を盾にするな。面倒くさいだけだろう」


 いや、まあ、面倒くさいのは事実だ。ただ面倒くさいからと手を抜いたことで死んでしまったら元も子もない。

 だからこれにはきちんと理由もある。単純に、主人公に王子を見せるためだ。初対面はあくまで、入学式の後なのだが、その前に顔くらい見せておいても問題はないはず。まあ、とうの主人公は「…………緊張で何を話しているのかまったく頭に入ってこなかった」と表示されていたので、ほとんど覚えていないで終わるだろうけど。


「あの……お二方とも、ご歓談も結構ですが、学園に入るのは初めてですから迷う可能性もありますので」


 王子の後ろに控えていたウィリディスさんがしずしずと口にした。確かに魔法学園には入学するまで足を踏み入れる機会もないので迷う可能性もあるだろう。


「そうですね。最初は正規の道を使って進む方がいいでしょうし、そうなると入学式の会場である講堂まではそれなりに距離がありますから、あまり時間を無駄にするのはよくありませんでした」


 ショートカット……というか、建物の中を突っ切って行けばそこまで遠くないのだけど、最初からそういう道ばかり使うのもどうかと思うし。


「その言い方だと正規でない道を知っているのか?」


「お兄様が通ってらっしゃいますので」


 まあ、お兄様がそのショートカットを知っているかどうかは知らないけど。わたしはこの学園の見取り図が全て頭に入っている。ビジュアルファンブックの学園の項目に詳しく載っていたので迷うことはほとんどない。ただ、あくまで平面的に見て記憶しているだけだから、もしかしたら通れない道というのもあるかもしれないし、そういう面では迷う可能性もある。だからこそ、絶対に通れる正規ルートを初回は行こうというだけ。


「まあいい。知っているなら案内を頼む」


「必修以外の科目はほとんど被らないので、自分でも覚えてくださらないといつでも案内できるわけではありませんよ?」


 被っている科目は、火属性魔法技能や信仰学のメラク様の科目などの火属性に関するものくらいだろうか。わたしは他に土と水、錬金術などを受ける予定だけど、王子は次期国王としての勉強などで多忙だろうし。


「分かっている。……というか、もう学ぶ科目について考えているのか」


「ある程度の科目に関してはお兄様から聞いていますから。幸い、わたくしにはご多忙な殿下や跡継ぎ方と違い、時間だけはありますので、この学園で学び取れることができる限り学び取ろうと思っております」


 本当なら全属性の科目に顔を出したいところだけど、さすがにそれはどうかと思うのでやめておいた。「たちとぶ」のカメリアが必修以外で明確に受講していたことが判明しているのは錬金術と火属性だけだけど、使える三属性に関しては受けていたと考えて間違いないはず。後はおそらくカメリアは受けていなかったでしょうけど、基礎信仰学やドゥベイドなどの魔導書を読み解く神話学などもわたしは受けようと思う。


「お前は本当に何を目指しているんだ。それも目的とやらに関わるのか?」


「どうでしょう。どちらかというと目的を達した後のための見聞を広めるという方が正しいかもしれません」


 わたしという存在がどういう意味があってこの世界に来たのか、それを読み解くためには神様たちのことを読み解いていく必要がある。天使アルコルと直接話ができれば、一気に真理に近づくことができるのかもしれないけど。


「目的を達成できる気でいるということは順調なのか?」


「いえ、正直に言えば、そこはわたくし個人で判別できるものではありません。相手しだいですから、何事も」


 王子と主人公の件もファルム王国の件もどっちにしろ、わたし側から順調だと言えることではない。最善を尽くすことはできても、それが順調なのかどうかは判別できないのだから。


「相手がいるもの……、あるいは、相対的に評価されること……、いや分からないが、まあ、国のためになると言っていたからには、お前個人で完結することではないか」


「ええ、まあ、せいぜい誰の血も流れないようにしたいものです」


「……場合によっては血が流れるのか?」


「主にわたくしの血が、ですけれどね」


 最悪の場合はわたしが死ぬ。そうでなくとも戦争が起これば血が流れるのは当然。できるだけそれを避けて、生き延びる道を模索したいところ。


「危ない橋は渡るなよ?」


「誰のせ……いえ、せいぜい気を付けます。お気遣いいただきありがとうございます」


 一瞬、素で「誰のせいだと思っているんですか」といいそうになってしまった。危ない危ない。もとはといえば王子がわたしを処刑しなければいいとかそんなことを今、この目の前の王子に言ったところで意味はない。


「しかしこの学園は無駄に広いな」


 歩きながら王子が愚痴る。まあ、それも仕方ない。これは広いことが仕方ないという意味ではなくて、王子にとって広く感じてしまうことが仕方ないという意味。


「殿下のお部屋に比べれば広いでしょう。多分野の教育用の研究室、学園生用の寮、神々に祈りを捧げる教会など施設が多いことも理由ですけれど」


 王子はこれまでほとんどを自室で過ごしてきた。学園が広いと感じてしまうのはそのためだ。何せ、城の敷地の方がもっと広いのだから。


「寮には興味がある」


「殿下はほとんど利用なさらないでしょう」


 一応、この学園には寮があるし、入学時に部屋を割り振られる。しかし、王都に家がある貴族のほとんどは寮を利用しない。家で跡継ぎとしての教育を受けるからだ。なので、寮を利用するのはパンジーちゃんのように領地が遠い貴族や主人公のような貴族ではない人ぐらいだろう。


「歳の近い他人と共同で過ごすという経験はしたことがないからな。ぜひともしてみたいんだよ」


「殿下の場合は事情も事情ですから校外学習を楽しみにしていてください」


 王族で跡継ぎとなる候補が王子以外にいないのだから寮に放り込むわけにもいかない。そのうえ、王として即位するために勉強がかなり必要だ。寮生活はあきらめるしかないでしょう。


「分かっている。だが、オレにもそういうのを経験してみたいという気持ちはあるということだ」


「そうですね。殿下に弟君が生まれれば、あるいは……」


「母上も色々と言われているであろうからな。さすがに責められないさ」


 王子以外に子供がいないことに対して、王妃……第一夫人が何も言われていないわけがない。だから、そのあたりはデリケートな問題なのだろう。


「いえ、配慮が足りませんでした。申し訳ありません」


 そういいながらも、わたしはウィリディスさんを見た。ウィリディスさんは気まずそうに視線を逸らす。


「せめて父上が第二夫人でもめとってくれれば、オレもいくらかは安心できるんだが……」


 意図してのことではないだろうけど、わたしの視線に追撃する形で王子がウィリディスさんに効く言葉を発してしまう。気まずくなったウィリディスさんは話を変えるために別の話題を出した。


「で、殿下、カメリア様、あちらが入学式会場の講堂ではないでしょうか」


 露骨に話を逸らしたな。そう思いつつも、実際に見えてきたのは、その講堂であった。

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