257話:旧き神の残滓・その6
「本当にアレを消滅させるとは……」
ボロボロの体……というわけではないけれど、動けない身体を引きずるように、フェリチータが現れる。まあ、フェリチータからしたら、わたしたちなんてどこのだれとも知らないだろうし。急にメチャクチャ時間が経っていて、なんでか旧神の残滓が復活したと思ったら、なんか倒された。普通に考えるとわけわからない状況だし。
「初めまして、フェリチータさん。わたくしは……」
「ロサ・ロックハートの子孫でしょうか」
なにでどう判断したのか、彼女はそれを察していたみたいだった。ただ、それが分かっているのなら、話は通じやすいでしょう。
「ええ。カメリア・ロックハート・スペクレシオン。あなたの考える通り、ロサ・ロックハートを先祖に持つ公爵です」
わたしの口上に何か思うところがあるのか、なんとも言えない顔をしていた彼女。まあ、こんな小娘が公爵だとか、そもそもスペクレシオンってなんだよとか思う部分はいっぱいあるかもしれないが。
「どうしてでしょう。あなたは昔の知り合いに似ている気がする」
「それはあなたの親友のグラナトゥム王妃……いえ、エラキスという少女でしょうか。それとも遥か昔、この世界に落ちた頃でしょうか。それとも、それ以前」
目を丸くして、そして、微笑んだ。呆れるようにとも、懐かしむようにとも取れるこぼれ出た笑み。
「……そう言うところが、本当にロンシィに似ている」
「ロンシィ。ロンシィ・ジャッカメン。虹蝶座の」
アルコルにも言われたことがあった。わたしはまったく知らないのだけれど。「変革者」。そう呼ばれる存在。いつの間にか別の世界からこの世界に現れて、世界の運行を正す。
「この時代に、その名前を知ることができるはずが……」
言葉を失ったかのような一瞬の間と、絞り出したような言葉。
「天使アルコルから聞き、ミザール様より説明を受けましたから」
「あ、ああ。なるほど」
納得したというようにうなずくフェリチータ。これが人形とは信じられないほどに人間らしい存在。
「ん?
どうかしました?」
思わず見とれてしまい、凝視しすぎたのに気付かれたようで、そんなふうに聞かれてしまう。
「ああ、いえ、人形にはとても見えませんから」
動力を断たれて、本当に人形のようになっていた彼女と、まるで人形のように動く彼女。それを比べたら、きっと「まるで別物だ」と思うのだろう。まあ、わたしは「たちとる」での感覚的に、こっちが正常だとは理解しているのだけれど。
「まあ、正確には人形じゃないので」
ああ、そういえば、正確には「ホムンクルス」だったか。ホムンクルス、人造人間。
「魔導動力を核にした『ホムンクルス』でしたか」
それは垣間見た記憶。その残滓。ミザール様とエラキスとフェリチータの白い空間での会話から得た知識。
「ええ。まあ、とはいえ、ホムンクルスについて説明するのも難しい。なので、『人形』で構いません」
ホムンクルス。前世では錬金術なんかと一緒に語られることが多かったけれど、確かに、こちらでは、聞いた覚えはない。なまじ、人々を作った神というものが明確に明示されていて、魔法という目に見える特殊な要素があるからだろうか。
「そもそも、何者によってどうやって作られているのでしょう」
「はい?」
「ああ、いえ、単純な興味本位です。人造人間であるのなら、それを作った何者かがいるのではないかと、ただそう思っただけ」
自然にそう生み出されたのなら「人造」ではない。ただ、そう産まれてくるというだけの……、魔導動力というものを核にしているだけの人間でしかない。でも、そういう種だというのだから、そこには何者かが介在しているのだろうと思うのはおかしい話ではないと思う。
「蕾園空中花壇都市の目的は、つぼみの状態で保持されている花たちを維持し、世界の終りに咲くというそれらを管理すること。それらをだれが作ったのか、何のために造られたのか、いつつくられたのかは分かりません」
いつ、だれに、どういった目的で……、いや目的はつぼみの管理なのだろうけれど、それがどういう意味があるのかという意味で、どういう目的で作っているのか、というのはどうにも彼女も、いや彼女たちも知らないらしい。
でも、だとしたら、どうやってホムンクルスは生まれたというのだろう。いくら何でもフラスコにいられた状態でスポーンするようなダンジョンのモンスターでもあるまいし。
「ただ、ホムンクルスは、都市のとあるエリアで機械的に製造される。そのシステムは誰が作ったのかは、そこで生まれたものでも……、いえ、そこで生まれたものだからこそ知るよしがない」
そういえば、上位存在のホムンクルスがいて、その命令には逆らえないとか言っていた気がする。そうなると、生まれた時点で、上位存在の指示に従い、管理する仕事を始めるのだろう。疑問にすら思うことがないのか、それとも疑問に思っても調べることすらできないのかは知らないけれど。
「都市に存在するのは2種だけ。園長であり、上位存在である神剣壱花を始めとした経営を行うホムンクルスである神剣シリーズ。管理人室長であるフィムル・アイザーバーグを始めとするゴーレムであるアイザーバーグシリーズが管理を、警備室長のドライア・ツンドヴァルフを始めとしたゴーレムのツンドヴァルフシリーズが警備を担います」
ゴーレムとホムンクルス。その2つが具体的にどう違うのか、というのはあまり分からないけれど、あくまでイメージの話で言うのなら、ゴーレムは命令の通りに動く、……それこそ言い方は悪いかもしれないけれど、こっちの方が余程「人形」というイメージ。
それがあっているか知らないけれど、そう仮定するなら、管理という機械的に、ルーティン的に行うものや、巡回し、油断や見逃しもなく、あくまで既定の通り動くべき警備にゴーレムを、柔軟な対応が必要な経営にホムンクルスを、それぞれ配備しているのは納得できる。
まあ、植物の管理に一律的な機械管理が向いているのかという話はともかくとして、そもそもずっとつぼみの状態で保持されている植物が普通の植物と同じ管理方法なのかも分からないし。
「しかし、人造人間を知るような口ぶり。あなたはやはりロンシィと同じ……」
「さあ、どうでしょう。ロンシィ・ジャッカメンが異邦者であり、変革者であることは知っていますが、わたくしはあくまでミザール様に誘われた身。近しくとも同じかどうかは分かりませんね」
実際、ロンシィ・ジャッカメンがここではない世界からいつの間にか現れた存在であるというのは聞いていても、それがわたしと同じ世界である保証はないし。もっとも漂流物である彼女には、もっと明確に情報を開示し、説明をしてもいいのだけれど、それをするなら、おそらくここではないどこかで、2人きりで行うべきことだろう。
「それがすでに答えのような気もしますが……」
「まあ、無駄話はこのあたりで、話しながらあなたにどう話すべきか頭の中でまとめたので、あの後、何がどうなって現在に至るのかを簡単に説明させていただきます」
結局のところ、フェリチータがいま一番知りたいのはそこだろう。わたしが何者かとかよりも、ね。
「とはいえ、状況からおおよそは察しているでしょうか」
「ええ、彼の……ベリルの子孫がやったんだろうということくらいは」
まあ、そのくらいは察せるか。というわけで、その辺を含めて、ザックリと簡潔に説明する。封印後、情報が秘匿されたこと、それによる安寧が続いていたが、その裏でアーリア侯爵家がやってきたこと、そして、ここ数か月の攻防。
「なるほど……」
驚きというよりは納得。そんな感じの反応だった。しかし、そこは実は前段階でしかない。彼女という存在に対して、この説明をしたことで、うすうす分かっているかもしれない。
「それで?」
というのはあえての問いかけか。一瞬、視線が王子の方に向く。完全に分かっているのだろうと分かる。いや、暗に伝えてきたというべきか。
「あなたのこれからについて、ですね」
そう、フェリチータという存在は、現状、国として見るなら非常に扱いに困る存在である。もちろん、旧神の残滓を封じていた功労者であり、今回の事件で言うのなら被害者でもあるわけで、それゆえに害をなす気はないが、それでいて、貴族にすることも難しく、どの位置にどういう扱いで置けばいいのかという問題が生まれるわけだ。
おそらく、本人は、それこそ貴族への登用とか望んでいないでしょうし。
「できる限り望む身分や立場を与えたいところですが……」
そう。与えたいところだけど、フェリチータは人間ではない。別に人間以外を差別するとかそういうわけではなく、人間よりも長生きである以上、例えば、陛下や王子の統治時代は良かろうとも、何十年後とかまでは保証できないというか。
「まあ、特に望みなんてありませんが……。ただ、この国を……、友人たちの興したこの国を見て回り、そして見守っていけたら、それでいいと」
確かに気になるでしょう。あの出来たばかりだった国がどうなったのかを。もっと言えば、あのボロボロだった大陸が、どうなってどんな国が興て、どんなことがあって、そして、これから何が起きていくのかを。
「でしたら、出来得る限りそれが叶うように掛け合いましょう」
断る理由もない。もっとも、見守っていくというのがどういう方面かによっては、叶わない可能性はあるけれど、おそらく、発言の意図から察するに、どこかで隠遁生活でも送りながらって感じに聞こえたから大丈夫だと思うが。
まあ、というか、わたしとしては「エネルギー資源革命」が起こるこれからの環境を考えるなら、彼女には……、外の理屈を持つ彼女にはぜひとも手伝ってほしいところなのだけれど。そのへんは交渉しだいというべきか、まあ「そういう知識はありません」って言われたら終わりだけど。




