256話:旧き神の残滓・その5
魔力を循環させる。属性を意識し、その流す順番を回していく。火から木へ、木から土へ、土から水へ、水から風へ、風から火へ。しだいに流す魔力を増やし、二属性ずつまとめて……、三属性ずつ……、四属性、五属性。
おそらく、わたしが保有する魔力だけだったら、どんなに魔力変換が高かろうと、途中で枯渇していた。
効率化かもっと小規模の発動を可能にするか、いずれにせよ、実用化に持っていくには魔力量の問題の解決策を考えないといけない。……いや、考えるのはいまじゃないのだろうけど。
とにかく、いまは、この魔力を無駄にしないように一発で五属性複合魔法を……「魁玉」を完成させる。
循環させるたびに魔力を喰らっていくトンデモ魔法だ、これは。いや、正確には、循環が一周した時点で魔法としては完成している。ただ、それではまともな威力にはならない。
この魔法の理屈・理論は至極単純だ。循環と言っているように、属性魔法を循環させているだけ。魔法の中には、反発しあうというか、相反する性質……とも違うけれど、つまり、相性の悪い魔法が存在する。
例えば、火に対する水がイメージとして分かりやすい。まあ、これも一概には言えなくて、風から火に循環しているけれど、場合によっては、風で火を消すことも可能ではあるし、土なんかも火を消すことができるけれど。
ひとまず、それはどうでもいい。
簡単なイメージで言うのなら、前世でよく出てくる陰陽師なんかが関係していた「五行論」。まあ、わたしは実物の陰陽師なんて見たことがないけれど、ミザール様の話やおばあちゃんのことなんかを考えると、おそらく実在したらしい。その「五行論」では、相剋と相生というものがあるとかないとか。
木が燃えて火を産み、火が燃えた後に灰となり土ができ、土の中に金があり、金の表面に水が生じて、水は木を育て、木が燃えて……、という関係性の循環、これを相生。
わたしの五属性は金ではなくて風だけど、似たようなもの。
つまり、逆の循環、相剋がもう一つの五属性の「四天玉」と同じ理屈の反作用的循環としてあるのだと推測はできる。
まあ、もう一つの五属性魔法の研究なんて言うのは、またいつでもいい。とにかく、仕組みとして、「魁玉」は、循環させることでより大きな力へと変えていける。最初の種火が小さくとも大きくできる……けれど、循環自体に魔力を消費するし、より強力で大きい力、少なくともあの災害を吹き飛ばして、魔力の塊を露出させるには、そんなわずかな魔力では成立しない。
そも一度の循環だと魔法としては成立していても、循環した最後の属性の魔法として出そうな気もする。それを五属性としてまとめ上げるには、何度も何度も何度も循環させる必要があり、だからこそ、わたしだけの魔力だと成立させられそうにないという判断。
「闘域が消えます」
ミザール様の言葉に、視線をそちらへ向けると、宇宙が、いや、そのほかの空間も、全てが消えていく。そして、その瞬間、垣間見る。外殻の向こう、どの辺りにエネルギーの塊があるのかを。
だから、そこを目掛けて、わたしは全力で五属性複合魔法を発動する。
「――『魁玉』!」
黒。黒黒黒黒黒。真っ黒。ただ、漆黒や純黒というには汚い、絵の具を全部ぶちまけて混ぜ込んだような黒。どちらかと言うとあんまり強そうには見えない色合いだけれど、それでも、これがわたしの切り札。あるいは、本当に延々と循環させ続けたら暗黒になっていたのかもしれないけれど、そんなことを試す時間も魔力もない。
わたしの目の前に放出されたその汚い黒が、螺旋を描くように、勢いよく風の柱……、外殻に向かって飛び出した。
――轟ッ!
風を、嵐を裂くように、勢いよく外殻を貫いたそれは、エネルギーの塊にぶつかりはじけた。しかし、その瞬間、確かに、外殻も消し飛ぶ。もし修復されるとしても、まだ余裕があると思うくらいにはド派手に。
「いまです!」
わたしの声に、既に準備をしていたクレイモア君が抜剣し、その刀身をエネルギーの塊に……、旧神の残滓に向ける。
「権能解放……。その魂を刀身に映せ、虹に輝き、その在り方を示せ!」
権能。それはドゥベイドに記された文言。それと同時に、その御力を使いやすくするための鍵言葉。もちろん、使いやすくするためであって、なくても使うことはできる。
クレイモア君は、これを使うにあたって、スパーダ家に残された文献などを調べ、まあ、歴史から消された部分が多いから当然ながらまともに残っていないのだけれど、それでも資料をかき集め、ウルフバートの残した文献から、ウルフバート……「魂を映す虹色の剣」を使いこなすために必要な教えとして「心を鎮めること」というのがあり、おそらく、写し取った魂に変な影響を受けないためだと思われるけれど、大木のような強く静かでどっしりとした心を持つことが大事とされ、スパーダ家の継承に伝わる教訓とは別に伝わる大きな教えのようなものは、そのために伝わっていたと思われる。
そして、クレイモア君はあっさりと心を鎮めて、それを使いこなすことができた。才能のなせるわざというか、適性があるから担い手だったのか……。
とかく、その刀身に映されたエネルギーの塊は、ただの塊から、そういう存在として神格を、そして、核を与えられたものとして変質する。
ただの災害をまき散らす無意味な塊から、そういうものとして存在するものとして。
「権能解放。その御魂は輪廻の流転を脱し、大地へと帰す」
そして、シュシャがそれに……、旧神の残滓として存在を与えられたそれに鏡の焦点を合わせる。
シュシャの持つ黄昏の鏡もまた、鍵言葉なしでも発動するものではあるけれど、何より確実性を上げるために、その文言を用いている。
まるで鏡に吸い込まれるように、焦点の合った旧き神の残滓はボロボロと崩れるように姿を消していく。
あっけない。そう言っても過言ではないほど簡単に。
でも、わたしはそれを見終わる前に走り出していた。それは、もし、これで失敗していた、あるいは消しきれなかったときの保険であると同時に、この作戦のある意味「本当の目的」のためでもある。
倒壊し、原型もほとんどない修練場の中、フェリチータが旧神の残滓と共に現れた穴。そこは、つまり、フェリチータのいた場所……、アーリア侯爵家の研究が詰まった場所にして、おそらくラミー夫人がアクアマリンを押さえているはずの場所。
「ラミー様!」
わたしの声に対して、穴の奥から反応が返ってくる。
「こちらの準備はできているわよ」
旧神の残滓は鏡によって消し去られた。それをここで見届けて、ラミー夫人へと合図を出した。「いまです」と。
「起動!」
ラミー夫人が起動させたのは、魔力を抽出する装置。一体誰に対して、そんなものは決まっている。
いま、この場には、旧神の残滓が……、エネルギーの塊が振りまいていた大量のエネルギーが本体の消失によって宙ぶらりんになっている状態。エネルギー、魔力と言ってもいいそれが、漂っているのだったらただ消失を待つなんてもったいない。
あんな大規模な災害を起こせるだけの魔力なら、もし利用できればあらゆる技術に対して、大きな進歩が見込める。
そう、これはまさしく「エネルギー革命」とでも言っていい。
魔力の抽出が危険な実験とされていたのは、人体実験であること、安全に抽出する技術が確立できていないことなどにある。でも、これは人を害することもない、いわば安全に抽出することができた莫大な魔力。こんなチャンスを逃すはずがない。
このエネルギーを使った「エネルギー大国」、「新資源」の発信地となれば、ディアマンデ王国は、他国に対して、かなりの優位を持つことになる。
実は、クロガネ・スチールを巻き込んだのには、ここも絡んで来る。何せ、彼はわたしたちが新しい資源を手に入れたことを目撃してくれているのだから、同盟国として、クロガネ・スチールを借りた「借り」以上の大きな交渉材料となる。プラスマイナスで言えば、確実にこちらがプラスになるのだ。
もっとも、これは半ば賭けだったけど。
「終わったのか?」
まだ安全と言い切るのは難しいけれど、それでも、おそらく安全だと判断したのか、王子がやってきて、わたしに問いかけた。
「ええ、おそらくは、ですが」
完全に終わったと言い切るには、しばらく経過観察が必要でしょうけれど、ひとまず、あの災害の塊とも言える何かが消え去ったのは間違いない。
「ジョーカー公爵夫人は何をやっている?」
アクアマリンの捕縛にしては、早々に出てこないのがおかしいという思いもあるのだろうから、そんなふうに聞かれたのは必然ともいえるか。
「アーリア侯爵家が用いていた魔力抽出の装置で、旧神の残滓の散らした魔力を回収しています」
「……最初から、これを計画していたのか?」
「まさか。ただ、魂を……、格を与えるということは、そこから魔力を抽出することが可能なのではないかという仮説を立てていました。もちろん、余裕があればやろうとは思いましたが、そんな余裕はありませんでしたし、ただ、偶然とはいえ、あの災害が散った魔力は残留していたので、それを回収したまでです」
そう、本当に最初の計画としては、格を与えたあれから魔力を抽出することだった。もちろん、ぼんやりと「できるかも」程度の話であって、だからこそ、ラミー夫人にしか共有していない。
だから、宙ぶらりんの魔力から抽出するというのは偶然であり、場合によってはできなかった可能性も十分にあった。
ただ、一つひっかかっていた部分がある。いつかミザール様が言っていた「あなたの行動が光と闇を呑み込んで、世界に大きな影響を与えるのです」という言葉。確かに、旧神の復活は放置すれば世界に大きな影響を与える。でも「わたしの行動」ではない。つまり、ミザール様の言っていた変革は「旧神の復活」自体ではない。それの阻止をわたしにやらせたかったのは間違いないけれど、それに伴って起こる変革とは何か。
それを考えたときに、わたしが思いついた「エネルギー資源革命」に「これか?」と光明を見たのだった。もちろん、見当はずれな可能性もあったけれどね。




