255話:旧き神の残滓・その4(アリス・カード・その9)
わたしは、クロガネ先生と一緒に今回の事件の首謀者だと説明されたアーリア侯爵と向き合っていた。あの方が今回の事件を起こした……。なんというか、厳めしい顔つきではあると思うけど、どちらかと言えばそんなことをするようには見えない。
まあ、人は見かけによらないというので、……ううん、この場合は人を見かけで判断してはいけないかな、そんなふうに言うので、外見は関係ないのかもしれないけど。それに国の凄い人たちにずっと隠れていろいろなことをやっていたって言うんだから、怪しまれるような人じゃないんだろうし。まあ、怪しまれる見た目をした犯罪者なんて普通はそうそういないはずなんだけど。ああ、でもわたしを誘拐しようとしていた人たちは分かりやすかったかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えていたら、アーリア侯爵がつぶやくように言う。
「光の魔法使いか……」
どうやらわたしみたいな平民のことも知っているみたい。でも、当然といえば当然かも。いろんな情報を知らないとカメリア様から逃げ切るなんて……。
「なぜ、我々の前に立ちはだかる?」
なんでって……? そんなのこんなことをしたからじゃないかな。目の前に立ち昇る巨大な風の塊を見上げながら、そう思う。
「逆に聞きますが、こんなことをしてだれにも止められないと思っていたんですか?」
いや、止められると思っていたから、隠れていろいろとやっていたはずだから、そんなことを聞くまでもないんだけど。
「いや、思っていたさ。だが、この期に及んで、なぜ立ちはだかるのかと聞いている」
まるで全部終わったみたいな言い方。いや、もしかするとこの時点で、この人にとっては全部終わっていることになったのかもしれない。
「間違ったことをしたら、その罪を償わないといけないから。だから、立ちはだかっています」
「間違ったこと?
何を言う。私は『愛』のためにできることをしただけだ。間違っているはずがない」
この人はきっと、「愛」のためなら何でもできる人。ううん、「愛」のためになんでもしちゃった人。
「君はまだ子供だから『愛』が分からないかもしれないが」
「あなたは……、あなたは『愛』を言い訳にしているだけだと思います」
子供だから、そんなふうに言われたことにカチンと来たわけじゃない。この人と比べれば、わたしが子供なのは間違いないから。でも、それでも、違う。
「『愛』のために何でもしていいなんて、そんなわけがない。『愛』を言い訳に、全部捻じ曲げて、全部壊して、そんなことが許されるわけないんです」
確かに、「愛」は大事なことだと思う。ときには愛のために全てを投げ打ってでもやろうとする人はいる。それはきっと多分、人として間違ってないことだと思う。でも、だからと言って、それでやったすべてのことが無罪放免になるわけじゃない。
美談だったり、英雄的話だったり、そんなふうに言われることも多いけど。
じゃあお金を愛していたら盗んでいいの? その人を愛していたら襲っていいの?
違う。お金を愛しているのなら頑張って働いて稼げばいい、その人を愛しているなら真摯に接して振り向いてもらえばいい。
愛を言い訳に手段を選ばないのは間違っている。愛しているからこそ手段を選ぶべきだし、なにをしてもいいわけでもない。
「それが綺麗ごとであり、子供だということだ」
……確かに、綺麗ごとなのかもしれない。わたしの言っていることは、正しいけど、正しいだけなのかもしれない。
この人の行いを美談風に言うのであれば「世界と愛を天秤にかけて愛を取った」なんて言うことになるのかな。そんなふうに言えば聞こえはいい。
「わたしの言葉は綺麗ごとなのかもしれません。でも、あなたは『愛』のためなどと言っていますが、わたしはあなたのそれが『愛』だとは思いませんし、だからこそ、認めませんし、立ちはだかります」
そう、この人は、「愛」を謳う。「永遠の愛」を。でも、この人が求める「永遠の愛」は……、「永遠の愛」でしかないと思う。いや、そのままのことを何だけど、そうじゃなくて、だれかへの「永遠の愛」という思いではなく、その……記号的というか、目的と手段が逆転しているというか……。
フェリチータさんへの「愛」ではなくて、「永遠の愛」というものに固執している。だから、例えば、フェリチータさん以外が「永遠の愛」を提示したら、喜んでそれを受け入れると思うし、フェリチータさんが「永遠の愛」を失ったら、すぐにでも彼女を手放すと思う。
それを「愛」と呼ばないと思う。ううん、呼べないと思う。
「『愛』などまだわからない、遊びや勉強で頭がいっぱいの子供にはいっても意味のないことだったか」
「あなたは『永遠の愛』を欲しているだけだと思います」
そう簡単に言ってしまえば「愛していない」。「愛」を求めているだけで、愛していない。
美談や英雄譚みたいなことをさっきは、それで罪が消えるわけじゃないと否定的に言ったけれど、それでも、その人たちは「愛していた」からこそそれをやってのけた、やってしまった。
でも、この人は「愛していない」。それは決定的な違い。だからこそ、絶対に美談にも英雄譚にもならない、ただの犯罪でしかない。
「あなたは、『愛』のためと言っていますけど、それは人を愛する、だれかを、何かを愛するって言う不確かな何かだからこそじゃなくて、『永遠の愛』という確かなものを『愛する』んじゃなくて求めている、欲しているだけです」
愛のため、人として間違っていないこと。愛という感情は、時として世界よりも、他の何よりも一番に見えてしまうかもしれないから。わたしだって、そう思ってしまうかもしれないから。
でも、この人の場合は違う。そんな不確かで、あいまいで、考え方をおかしくしてしまうような「愛」ではなくて、確かで絶対的で、そんな「愛」。愛しているわけではなく、自分が愛を与えるわけではなく、「愛」というものを求めているだけ。
別に「愛」に狂っているわけじゃない。求めているものが「永遠の愛」だから勘違いしてしまうけど、欲しいもののために手段を選んでいないだけ。「愛」を盾に、「愛」を言い訳に、「愛」を建前に。
「何が言いたい」
「あなたは『永遠の愛』であれば、だれであろうと何であろうとよかったんじゃないですか?」
顔が歪んだ。いままでひょうひょうと、「子供のいうこと」と聞き流すような顔をしていたのに、仮面がとれたみたいに、本性をむき出しにした顔をする。
「『愛』を欲することの何が悪い。『愛』を失い続けたことのないものに何が分かる!?」
「『愛』を求めることは悪いことではありません」
そう悪いことじゃない。だれだって愛は欲しい。家族から、友達から、皆から。でも、そのために、なんだってしていいわけじゃないって言うのは最初に言った。
「だったら……!」
そのときだった。この人が何かを言おうとした、そのとき、巨大な風の柱にいくつもの世界のような何かが広がった。最初はカメリア様が何かをしたのかと思った。けど、それを見上げ、何かを呟いている様子を見て、違うのかなと判断する。
そして、アーリア侯爵もまた、それに気を取られた。
だから、それを見計らって、わたしは大きく横に転がる。
「なにをっ」
わたしの突然の行動に、驚いて硬直するけど、その足元から包み込むように闇の檻が広がった。
そう、これは最初からクロガネ先生と決めていたこと。
わたしが意識を逸らしている間に、気づかれないように地面に闇のもやを巡らせる。そして、いまと決めたときに、わたしはもやの上から移動する。これが、最初に決めていた作戦。ううん、作戦と呼べるほどちゃんとしたものじゃないけど。
わたしは、広がる謎の世界を見上げた。ずっと黙っていたアルコルは小さく「闘域がもう解ける……」と。カメリア様は……、いや、きっと、カメリア様ならどうにかしちゃうんだろうな。




