254話:旧き神の残滓・その3
「――権能解禁。記録領域から再現技能、闘域を顕現、海、森、深海、雪原、雨空、大空、竹林、戦場、教会、神社、草原、地獄、――宇宙。十二宮技を読み込み」
「海別つ天なる咆哮」
「花咲かす小さき祈り」
「船落とす怒りの一振り」
「群れ成す大いなる牙」
「雲掴む本能の狩猟」
「空焦がす衝動の雷鳴」
「竹むしる密かなる時」
「人切り裂く激しい突き」
「戦鎮めるたおやかな声」
「稲揺れる繁栄の調べ」
「炎燃ゆ王たる者の一撃」
「魂焦がす灼熱の業火」
「――夢見るは幻想の彼方」
世界が塗り替えられるような、そんな光景を幻視した。否、実際、目の前では、そんな不可思議な現象が起きていた。まるで一部だけ、空間が切り取られたように、別の景色に上書きされている。
それこそ、神々の大いなる戦いを彷彿とさせるような、そんな「あり得ない」光景だった。
しかし、同時に好機でもある。何が何だかよく分からないけれど、あんなものどうすればいいと思っていた壁に風穴を開けられるかもしれない何かが起こったことは間違いないのだから。
特にひときわ大きく広がる宇宙。呑み込まれてしまうのではないかと思うぐらいには広がっていた。
「これは……、フェリチータの再現技能。彼らの十二宮技を再現したものでしょう」
ミザール様の言葉に、わたしは「そんなものがあるなら最初から使え」という言葉をどうにか飲み込んだ。
「あれは、一度切りのものですし、あれを用いて旧き神の残滓を消し去ることはできません」
しかし、飲み込んだ言葉を知ってか知らずか、ミザール様はそんなふうに続けた。まあ、そこはどうでもよくて、あんな凄いものでも消し去ることができない?
いや、まあ、だからこそ「魂を消滅させる暗き鏡」なんて言うチートアイテムを持ち出してきたのだから当たり前と言えば当たり前か。
「通常、『神』とは、その世界の運営をするうえで、法則であったり、仕組みであったりという理を作り出します」
まあ、それが神という存在なのだから当たり前と言えば当たり前の話。
「で、あるならば、その神の敷いた理で、神が消し去れるはずがありません。もちろん、神がそういう理を敷いていたら別ですが」
言われてみれば道理も道理。それに、太陽神ミザール様も月の神ベネトナシュ様も、お互いどちらが主神になるかの争いをしただけで、……バギュラ十二宮と呼ばれた、いま目の前で再現されているあれらの本当の使い手である彼らもベネトナシュ様を主神の座から降ろしただけであって、消滅させられているわけではない。
「でも、それはポラリス様の理の話であって、あなた方の理の存在である人たちの技で消し去れないものなのですか?」
というか、フェリチータ自体、この世界の理とは別の外理の存在。あれらで消し去れないのであれば、わたしたちにも無理じゃ?
「ポラリスより生まれた我々の理は、ポラリスの理の範疇を出ません。フェリチータのような理外の者ならば分かりませんが、そもそも施設管理用の彼女ではそれも不可能でしょう。ですが、神器は我々から生まれた五柱の神の理。ポラリスの理の範疇にはありません」
つまり、親が子の理には干渉できるけど、孫の理には干渉できない、みたいな関係性になるのかな。あるいは師弟関係のほうが理屈として分かりやすいか。師匠は弟子の教えには分かる部分もあるが、弟子の弟子の教えには……みたいな。何をもって範疇なのか、範疇を出ているのかもよく分からないけど、ミザール様の話を聞く限りは少なくとも、この世界ではそういうことらしい。
「つまり、あの攻撃……らしきものが外殻を消し飛ばしてくれるから、わたくしたちはそれに合わせろということでしょうか」
「いえ」
違うの?
思わずそう口に出しそうになるくらいに。いやいや、どう考えてもそういう流れだったでしょう?
「あの攻撃では、外殻をはがしきることはできないでしょう」
あれ程の規模の攻撃なのに……?
あれで無理なら、やっぱりわたしたちに外殻を破壊することはできないんじゃないのかと思ってしまう。
「単純な力の方向の問題です。もちろん、彼ら彼女らの力には広範囲向きのものから個人に向けたものまでありますが、それらで、まんべんなく外殻にあたる災害をはがしても、すぐに膨大なエネルギーで修復されるでしょう」
「じゃあどうすれば?」
「あの攻撃でどこにエネルギーの塊があるかを判断して、あなたがその周囲の外殻をはがすのです」
そうはいっても、わたしの魔法なんかじゃ到底太刀打ちできないくらいに、自然の塊というか、あんなものに三属性の複合魔法ですらどうしようもないでしょう。
「というか、のん気に話している場合何でしょうかね」
「攻撃をしても闘域に巻き込まれて無意味になるだけですからね。それよりは大人しく、あれが終わるのを待ったほうがいいと思いますよ」
……確かに、あれは、空間そのものを生じさせているようなものだとアルコルの説明から判断していたけれど、そう考えると、わたしの攻撃も生じさせた空間に阻まれるということなのだと思う。
つまり、あれの次にわたしが攻撃するというのは、まあおおよそ理解できた。問題は、どうやって攻撃するかという部分。
既に魔力を消耗して、三属性の複合魔法程度が最高火力のわたしがエネルギーの塊を露出させるだけの火力をどうやってだすのか。
「それゆえに、あなたはいま到達しなくてはなりません」
「到達?」
なにに、いやどこに?
「五属性の複合魔法、その1つに」
その1つ。つまり五属性の複合魔法は複数存在するということ。いや、それは何となく理屈として分かる。すべてを混ぜて一つにするか、すべてを反発させるか、そんなイメージ。そして、この場合必要なのは、すべてを混ぜて一点に集中させる一撃。
「そう、五属性を循環させ、一つの力として、まとめ解き放つ複合魔法、『魁玉』に」
魁玉。ああ、なるほど。その名前は驚くほど、ストンと納得した。いや、これは別に、知っていたとか、既存の名前とか、そういうわけではなく、ただ単に「なるほどね」とか「あー、そうくるか」みたいなそんな感じ。
魁。「さきがけ」とか「かしら」なんて意味もあるけど、こと北斗七星においては、ひしゃくの頭の部分という意味がある。星で言うのなら天枢、天璇、天璣、天権のこと。
そして、北斗七星における残りの三つの星、玉衝、開陽、揺光。
わたしの持つ五属性を司る属性神は天枢、天璇、天璣、天権、玉衝。そう、魁と玉衝。魁玉。
おそらくそういうことでしょう。いや、だから何だという話なんだけれど。
「もう一つの名前は『四天玉』とでも言いましょうか」
四天玉。四つの天の付く星と玉衝という意味だけれど、まあ、四天王ともかかっている感じで、なんかそれっぽいし。
「まあ、問題はそれを使う魔力がないということなのですがね」
既に「凍土」で消費した魔力を考えれば、五属性を循環させて解き放つなんてこと、魔力が足りるわけがない。
「そのために、パスをつないでいたのです」
魔力が回復していくような、そんな感覚がある。魔力の供給?
いや、まあ、神様ならわたしたちの技術じゃ難しいことも簡単にやってのけられるのでしょう。いや、供給自体は、フェリチータを目覚めさせるのに使っているので不可能ではないことだから、驚くことでもないのかもしれないけれど。
「でも、神々が魔力の供給などという形で、干渉していいのですか?」
それは明確なズル、チートの類ではないだろうか。
「ですから『つないだ』だけです」
つないだ、どこと?
そんな問いが出る前に、何かを感じた気がした。幻聴と言われればそれまでなのだろうけれど、何か声が聞こえたような。
「ちょっ、だ、大丈夫なの?」
「なんだろう。なんて言うか、この向こうに誰かがいる。そんな気がする」
「誰かとはまたあいまいな」
どこかで聞いたことがある声たち。思わず声の方向を振り返る。幻覚か、それとも、そのパスというのが幻視させているのか、見覚えのある人物と、どこかわたしの知る人たちを彷彿とさせる人たち。
「うわっ、えっ、ちょっと、ここあちゃん、なんか魔力を吸われてるんだけど!?」
「まっ、心愛がそういうんなら大丈夫なんだろ」
心愛ちゃん。そう呼ばれているのは間違いない。前に病室であった若い頃のおばあちゃん。ということは、サクラおばさんとツトム先生とユウイチさんじゃん。へー……、おばあちゃんとこの3人ってこのくらいの頃から仲良かったんだ。おばあちゃんの知り合いの人たちの中でもよく見かけていたから納得だけど。
でも、そっか、この魔力はおばあちゃんたちからの贈り物だったのか……。
「うん、誰かも、なんでかも分からないけど、必要な気がする。だから、頑張りなさい」
そんなおばあちゃんの言葉に、わたしは「はい!」と心の中で強く返事をして、魔法を……、五属性の魔法を循環させる。




