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253話:旧き神の残滓・その2(神剣参弐花・その1)

 星辰(じかん)は止まった。人形(からだ)は動かない。魔力(こころ)は空っぽ。だからこれは、そうなる寸前、刹那に見た走馬灯のようなものなのかもしれない。





 泣いていた。私が、ではなく、彼が。


 彼は「独り」だと。皆が自分を置いていくのだと、泣いていた。


 弟は戦禍により怪我を負い、彼が苦しまないようにしてあげたのだという。


 妻は息子を産むと同時に病にかかり、数年で。


 そうして生まれた息子も、息子が生まれてすぐに。


 まるで呪われているかのように周囲の人間が、愛する人が、離れて行ってしまう。そんなふうに泣いていた。

 呪いなんてないよ。そんなふうに言うのは簡単だ。でも、それは無責任な話。


 かつてどこかの聖女が言っていた。


「呪いというものは、人の心に生まれるものです」


 それがどういう意味なのか、ホムンクルスをベースとした機械人形である私にはあまりピンとこないけれど、それでも聖女が言うのだからそうなのかもしれない。


 彼はアーリア。ベリル・アーリア。


 アリア。「独唱」。彼らの国や世界でどういう意味があるのか知らないけど、少なくとも、私の生まれた蕾園空中花壇都市(フローラ・ガーデン)では、そういう意味があった。


 名は体を表すなんて言葉もある、少なくとも私の生まれたところにはあった。そういう意味では、独唱なんて名前に入っているから独りになるなんてそんな運命のような呪いのようなものになっている……などというのは考えすぎかもしれない。


 そもそも名前のベリルの方は海に……私の知る意味では海水石とか青緑色とかそんな意味に由来するものだったと思うので、別にそちらに独りの要素はないし。


 いや、続けて読めば海で独唱という悲しい感じにはなるかもしれないけど。


 ともかく、独りで泣いていた彼に、私は手を差し伸べた。


「私があなたのそばにいましょう。そうすれば二重唱(デュエット)くらいにはしてあげられますから」


 それが私、神剣参弐花……、いえ、フェリチータと彼、ベリル・アーリアとの始まり。





 別に、それから彼との間に大きな何かがあったわけではなかった。お互いに、会って話す程度であり、特に深い関係に進んだわけではなかった。それはマグネシア……ベリルの亡き妻のこともあったのでしょう。


 ただ、私と彼の約束はボロビエバイトの妻と子……、ベリルとマグネシアの子供の妻と子も知る公認の仲ではあったけれど。


 四六時中一緒にいるわけではなかった。確かに「そばにいる」とは言ったけれど、それは常に一緒にいるという意味ではなく、精神的に寄り添うというか、人生に寄り添うというか。


 しかし、私たちの間にある感情は、言葉で表すのなら、間違いようもなく「愛」という言葉がふさわしかった。それがどのような「愛」、友愛、親愛、敬愛、惜愛、博愛、憐愛……どんな愛なのかは言い表せないけれど。あるいは、そんな既存の言葉でくくれるようなものではないのかもしれないけれど。


 憐れんでいたわけではない……なんて言うとウソになる。憐れみはあった、同情もあった。だけども、間違いなくそこに「愛」はあった。


 ひそやかだけれど、秘めていたわけではない、そんな不思議な関係。


 でも、それは長く続かなかった。


 私は約束を守れなかった。


 寿命だけで言えば、間違いなく私の方が長生きで、彼の方が老い先短くて、それでも、私は彼のそばにいることができなかった。なぜなら、私がああしなければ、彼もエラキスも、あの国もあの世界も、そこで終わっていたから。


 いま考えるのなら、もしかして、そのほうが正しかったのかもしれない。


 彼の最期までそばにいるという意味ではそれが正解だったのかもしれない。


 もちろん、それは彼と世界を天秤に……いや、彼との約束を遵守する前提での話であって、世間一般的、あるいは、世界そのものとしてでは、私たちの行動は……、エラキスの選択は……、神の御言葉は……、あのとき、あの状況をどうにかするということにおいて、間違いではなかったと思う。


 間違いではない。


 間違っていないことと正しいことはイコールではない。そんな拗らせた子供が言いそうな詭弁。それでも、確かに、その通りであって……。旧き神の残滓、北極星の名を冠するポラリス神を、その残滓を、消し去ることではなく封印するという消極的な選択。一時しのぎ。もちろん、そこには事情があって、あの段階の技術水準では、別の大陸への安全な渡航手段が確立されていなかった。


 だけれど、それは、あくまで「エラキスたちには」である。私にはそれが可能だった。しかし、神ミザールはそれを止めた。未来に託した。私にはそれが正しいことなのか分からない。もちろん私という遺物にして異物を介入させないというのは、世界の運行という意味では間違っていないのでしょう。そう、間違っていない。でも、あのとき、私の介入を許してでも、世界を救っていたら。そう思わなくもない。


 特に、あの(きわ)の彼の顔を見たときには、強くそう思った。


 絶望に染まり切った顔。世界を恨むような顔。自分を恨むような顔。負の感情をごちゃまぜにしてぶちまけたような、そんな顔。


 いつか聖女は言っていた。


「『愛』という感情ほど、裏返ると恐ろしい感情はないと思います。それこそ『呪い』とも言えるかもしれません。そんな愛憎劇は幾度も見ましたし、聞きました」


 と。


「だけど、だからこそ人は『愛』を求めるのかもしれません。あるいは、『愛』を求めること自体が『呪い』なのかもしれません」


 そんな訳の分からないことをツラツラと。


 ただ、私は愛を知って、愛を理解して、愛を見て、思った。

 あの聖女が言っていたことは、確かにそうだったのかもしれないな、なんて。

 愛には愛なんて名前がついているけれど、その感情を愛だと何を持って判断できるのか。愛には普遍性はなく、おそらく人によって異なり、流動的で、変質的で、でもだからこそ、人は愛を求めるのかもしれない。


 そして、求めた愛に、手に入れた愛に、裏切られたとき、失ったとき、呪いは大きく変質するのかもしれない。


 まあ、私の知る「愛」は、数多……、無数に、それこそ人の数だけ、いやそれ以上に果てしなく存在する「愛」のホンの一握り。無限の中の数例だけで分かるようなものでもなければ語り尽くせるようなものでもないのかもしれないけれど。


 それでも少なくとも、そのとき、その瞬間に見た、彼の「愛」がひっくり返る瞬間だけは、間違いようがなく、そういうことだったと思う。


 だから、私は眠るときに彼の愛が、転じたそれが「呪い」として残り続けないことを願った。






 人形(からだ)が重い。記録(きおく)があいまい。ただ、魔力(エネルギー)はいっぱい。

 ただ、あれから星辰(じかん)が幾たびも巡ったのを感じた。落ちる体に力は入らない。ぼやけた視界に映る光景。


 ああ、旧神の残滓が復活したのか。そう理解する。だれが何のために。それを把握するのに、そう時間はかからなかった。


 呪いは残ったのだと。彼によく似た、そして、彼と同じ負の感情をごちゃまぜにしたような顔をした2人。おそらく、彼らが私の眠りを解いたのだろう。どれだけの時間が経ったのかは分からない。意外と短かったのかもしれないし、ものすごい長かったのかもしれない。


 それでも、時は流れ、人は交わり、血は巡っているようだ。


 知っている人たちの血を継いだものたちがいるのは見て分かる。アダマス王とエラキスの子孫、ウルフバートの子孫……。そこに一人、ロサの子孫と思しき少女に、なぜか別人の面影を見た。不思議な彼女の面影を。


「エラキス……、いまが……、いまこそが」


 あのとき……、旧神の残滓を封印するとき、私には一つの切り札があった。でも、それを使うことは、エラキスに止めたられた。本当に必要なときに使いなさい、と。あなた自身のために使いなさい、と。


 私は「幸福」としてこの世界に残された。「後世に残る13の幸せ」。いつか、エラキスにも説明した。幸せであっても、使い方を誤れば不幸せになる。あるいは誰かの幸せがだれかの不幸せになることもある。


 今回は、私という「幸せ」のために、多くの人を「不幸せ」にしてしまっている。それはとても悲しいことだった。だから……、だから、この呪いを、不幸せを終わらせるために、今度こそ、託されたものを使う。


 かつて、私という存在が「後世」に残されるときに、あるものを託された。海竜に、妖精に、大蛸に、雪狼に、虎鷲に、麒麟に、熊猫に、矛槍に、聖女に、天狐に、獅子に、黒鬼に、そして、虹蝶に。幸せとは別に、13の思いを託された。


 ただし、それをもって旧神の残滓を消し去ることはできない。それは世界の摂理。


 旧き神たるポラリスに生み出された月の神ベネトナシュと太陽神ミザール。この2人の神の仕組みによって生み出されたものでは、ポラリス神には効かない。私自体は別の理、外の理ではあっても、「託されたもの」は理の内側のものである。


 太陽神ミザールが直接旧神の残滓に手を出せないのも……、エラキスのようなアンカーを置いて、世界の住人にどうにかさせようとしているのもそのためだ。


 あれを封じるのに使った神器は、ポラリス神が作ったわけでも、ポラリス神から生み出されたミザール神やベネトナシュ神が作ったわけでもない。ミザール神とベネトナシュ神が生み出した神々が作ったもので、それはすなわち、ポラリス神の理の管轄外になる……らしい。


 しかし、そうであるのならば、これを使う意味はない。ただ、それは旧神の残滓をどうにかする場合に限っての話。


 そう。覆っているエネルギーから発現した災害という現象には効く。なぜなら、それはただの自然現象であり、災害であるのだから。


 いま、ここにいる彼ら彼女らがあれを消し去る手段を持っているのかは知らない。かつて、私たちが断念せざるを得なかった大陸間の移動が、いまできているのかも知らない。だけれど、私はロサの子孫に感じたあの人を……ロンシィに似た気配を信じて、外殻である天災をはがすために、切り札を切った。

覚えなくていいメモ

※アーリア侯爵家

*ベリル:初代当主

*ゴシェナイト:ベリルの弟

*マグネシア:ベリルの妻

*ボロビエバイト:ベリルの息子(ボロビエバイトはモーガナイトと同じ石)


*エスメラルド:現在の当主

*ヴァナジン:エスメラルドの妻

*アクアマリン:次の当主

*アイーゼ:アクアマリンのとある未来での妻

*クリソベリル:アクアマリンの息子

*クロミ:クリソベリルの妻

*サンタマリア:クリソベリルの娘

*マシシ:クリソベリルの娘


*ヘリオドール:エスメラルドの弟

*ゾナ:ヘリオドールの妻

*モーガナイト:ヘリオドールの娘

*サピロス:モーガナイトの夫

*アレキサンドライト(アレキス):モーガナイトとサピロスの息子

*ビクスバイト:アレキサンドライトの息子

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