251話:プロローグ
時はきた。なんて言うと大げさかもしれない。それでも、いよいよこの時が来た。
国有施設の一斉調査。この国中に点在する領地所有ではなく、国の所有している施設に対して、全てを一斉に調査するというもの。
まあ、それは建前で、実際のところは、「一斉調査」という名目にすることで、アーリア侯爵家側に、こちらが向こうの拠点を掴めていないと思わせる目的やいろいろと動き回っていても、一斉調査のために動いているのだろうと思わせる目的など、色々な意味があったわけだけれど、それがどこまで効果的に働いていたのかは知るよしもない。
ただ、それが効果的だろうとなかろうと、とにかく、わたしたちはやることをやらなくてはいけない。すべてを無駄にしないためにも。
旧神の残滓。いわく、現主神たる太陽神ミザール様、その前に主神をしていた月の神ベネトナシュ様の更に前進にして前神。ポラリス神。その残滓。神の格も核もなくなったただの残ったもの。災害のように力を振りまく、まさしく天災。
建国当時、聖女グラナトゥムことエラキスは、その災害ともいえる存在を友人であり、聖女の遺産であった人形フェリチータに、「蛇」の仮面を用いて固定し、封じ込めた。
それからかなりの時間を経た現在、アーリア侯爵家は、フェリチータを目覚めさせるために、魔力を抽出する技術の研究に出資し、伯爵たちを隠れ蓑にしながら、研究を進めさせ、もはや、それが実現可能段階まで到達した。
しかし、フェリチータが目覚めてしまえば、そこに封じられた天災は、再び猛威を振るうことになる。
そのため、わたしたちは、アーリア侯爵家が事を起こす前に、それを止めるために、相手の拠点を押さえて証拠を確保して、フェリチータも確保、実行を不可能にすることが求められる。
そして、もしそれが出来ずに、万が一復活させてしまい、それが災害となって現れた場合でも対処できるように三種の神器である「魂を固定しうる金色に輝く顔」、「魂を消滅させる暗き鏡」、「魂を映す虹色の剣」の内、前回の封印で使われた顔以外の2つ、鏡と剣を集め、建国当時は不可能だったという消滅という対処方法を行える準備を整えている。
しかし、消滅の方法が天災そのものとも言えるような「それ」を相手に、危険性がないわけなどなく、しかも失敗すれば大災害が世界を襲うわけで、だったとしたらそもそも復活させないということが最善であるといえる。
「というのがおおよその事情です。アーリア侯爵家を止めることが最優先で考えてください」
アリスちゃんとクロガネ・スチール、そして、その後ろにいる天使アルコルと死神アルカイドにあらためて説明する形でこれまでの出来事をかいつまんで教えた。
もちろん、事前に幾度か軽い説明はしてあるけれど、ガッツリ総括的な感じで改めて説明したというだけ。
「アーリア侯爵は息子のアクアマリンとともに、北方の施設の調査と指示が下っていたはずだな」
と王子が言う。そう、アーリア侯爵……、エスメラルド・アーリアとその息子である侯爵子爵のアクアマリン・アーリアは北方にある公共施設の調査をするように陛下から指示が出ているはずだ。
というのも、こんな大規模な調査にアーリア侯爵だけ関わらないなんていかにも怪しいし、むしろ、動きをわかりやすくできるという意味もあるのでそういう指示のもと、エスメラルドとアクアマリンは北方、ヘリオドールは南側、モーガナイトはサングエ侯爵家が責任をもって見ているという形になった。
「この状況で彼らがどう動くかにもよりますが、まず間違いなく北方へは行かずにわたくしたちの行く先、大規模修練場にいるか、来るはずです」
少なくとも、前日やその前から大規模修練に行くとは考えにくい。というか、そんな分かりやすい動きをしてくれるならもっと早くに証拠を掴めているし、少なくとも、そうなった場合、ラミー夫人の方に報告が入っている。
それにそうだった場合に備えて、常に大規模修練場の周囲には、ラミー夫人の方で手配した監視と複数人の騎士が警邏している。名目上は、この調査の下調べということで、大規模修練場に比べて明らかに人数が少ないけれど、他の施設にも人員は割いているけど、そっちは各家から私兵なども借りている。
「来なかったらどうなるんですか……?」
アリスちゃんの質問。多分、含みなどない純粋な疑問。でも、聞かれたところで正直どうもならないとしか。
「その場合、アーリア侯爵家はおそらく、自分たちにつながる証拠をほとんど残していないと思われるので、検挙は不可能ですが、その代わり、向こうも目的は永遠に……かは分かりませんが、当分は達成することができないでしょう」
ここで「来ない」という選択肢を選ぶのであれば、むざむざと逃亡を選ぶにせよ、どうするにせよ、証拠を残していない前提だ。そして、そうなると、アーリア侯爵家の実験施設、設備、資料などはほとんどこちらの手に渡り、場合によってはフェリチータ自体がわたしたちの手に落ちる可能性すらある。だから……
「ですが、わたくしの考えでは、ほぼ間違いなく来ると」
「それは『知識』ではなく、よね」
ラミー夫人の言葉は、確認と周知。つまり、わたしの「知り得ない知識」ではなく、その上での推測であるのだというラミー夫人は知っていたことの確認とそれを皆に周知するための言葉。
「はい。ですが、間違いないと思います」
「何の根拠をもって?」
その問いかけは、聞こえるものの限られる天使アルコルから発せられたもの。だけれど、それはおそらく皆、一様に思っていたこと。
「根拠ではありませんが、わたくしはあの子を……、いえ、あの子の言葉が間違っていないと思っていますから」
そう、あの子……、マシシ・アーリアの言葉をわたしは信じている。だからこそ、彼ら彼女らアーリア家というのは……。
「『アーリア家というのは愛を欲する一族である』。そうであるのならば、アーリア侯爵は必ず来ます。保身や理屈ではなく、『愛』を選ぶ」
それこそがアーリア家の特徴であり、そうしないのであれば、ここまで計画が厄介なことになっていない。
「お前の言う『あの子』とは誰のことだ」
「……いつか、どこかに存在するかもしれなかった愛を欲した少女ですよ」
こことは違う未来をたどった先に存在した「たちとぶ2」という予測線上に存在したひとりの少女。
「そもそも、来なかったら来なかったで証拠が残っていない可能性が高いというだけで、もしかしたら何かしらの回収できていないものがある可能性もあるし、そうでなくとも、作戦を止めることができたというだけで十分すぎる成果があるわ」
ラミー夫人がそんなふうに補足する。まあ、表面上はそうかもしれないけれど、アーリア侯爵家という存在を排除できない限りは内心として安心できないから、成果は十分でも結果は不十分というのが心情でしょうけど、ここでそれを言って士気を下げる意味もないし。
「まあ、こういうときは何事も最低最悪を予測しておくべきだろう。そういう意味ではアリスのいうことも間違っていない。相手が現れない、何も起きないというのはある種、一番悪い結果だろう」
王子がアリスちゃんをフォローしながら、話を進める。
「だが、これから考えるべきは、相手が現れたうえで起こりうる最悪の事態というものだ」
エスメラルド・アーリア。本人の魔法はそこまで強くないはず。少なくとも二属性や三属性ではないのは間違いない。そも、カリスマ性という面において、アーリア侯爵家は表面的にはある部類に入るかもしれないけれど、実状を考えると、独りよがりというかカリスマとは程遠い感がある。
なので、警戒すべきは、魔法よりも、これまで潜み続けてきた計画の隠密性というか、智謀。この状況にどう対処しようとするのかという部分だろう。
「最悪、到着したときには既に旧神の残滓が復活している可能性も否めませんが、そうしないための足止めはいくつかしてあるので……、それが上手く機能してくれればいいのですが」
「父上が頭を悩ませていたあれのことか」
当然、警邏や監視があろうとも、それらをぶっちぎって勝手に復活させるということも考えられるので、少し前からかなりの頻度で王城への呼び出しを行っている。陛下が「バレるのを覚悟でやっているようなものだぞ」と酷く微妙な顔をしていたけれど、ほぼすべての貴族が、一斉調査に備えて家に在中しているような状態で、呼び出しに代理人を出すのもおかしいし、向こうがバレるの覚悟で代理人を出して来たら、そこから「侯爵はどこにいる?」で詰めていけるということで、陛下がアレコレ頭を悩ませながら、とにかくいろんな理由を付けてアーリア侯爵を含めていろんな貴族をいろんな用事で高頻度に呼び出していた。ほとんど名目は一斉調査のしわ寄せの仕事を任せるとかそんな感じだったけど。
まあ、とにかく、それで足止めはしていた。だから、少なくとも、王都を出たのはわたしたちよりも後になるはずだ。もちろん、人数が多いこちらはそれに合わせて進行が遅くなるけど、それを差っ引いても……、つまり、どれだけ馬を早く飛ばしてもせいぜい同時が良いところ……のはず。
「その次点での最悪は、何らかの方法で、止めきれずに復活させられ、復活したそれを止めることができなかった場合」
「世界が大混乱するのを眺めるしかできない、なんとも最悪な結末だな」
その場合、どうなるのだろうか。いや、考えても無駄だろう。ある意味、自由な世界が広がるのかもしれないけれど、災害によって蹂躙される世界では自由なんて謳歌出来ようはずもないしね。
「なので、最悪の中での最善は、復活したそれを止めること。もっと最善は、復活する前に止めること。ですから、改めて言います。アーリア侯爵家を止めることが最優先で考えてください」




