表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
250/275

250話:星降る窓辺で君と・その2

 子供の頃、プラネタリウムに連れていってもらったことがあったのを思い出した。都市部では薄らぼんやりとしていた星空と違い、一面に広がった星の煌めきを何となく覚えている。ガイドの音声なんかは全部忘れてしまったけれど、星座があり、北斗七星があり、北極星があり、そんな星空を。

 空にはこんなにも星々が散り、果てしなく広がる星の世界が広がっているのであろうと想像したことを。


「この時期は矛槍座の季節か。となれば、半月もすれば一番見えるのは聖女座だろうか」


 空を見上げる王子につられ、星空を見上げる。


 前世の星空と比較できるほど、天体に詳しくないわたしでは、どのくらい何が違うともいえないけど、それでもなぜか明確に違うと思うような星空が広がっている。


 矛槍座。ラルムとゴウザーンという一等星があり、その二つを直線で結び、他の星と合わせて矛のような形になった星座。ものすごくシンプルな形をしている。前世の世界であった矢座とかに近いかもしれない。


 そして聖女座。前世で言うところのおとめ座に近いのかと思いきや、そうでもない奇妙な形をした星座。半月後、これが天に見やすくなるタイミングで、わたしたちが事を起こすというのは偶然か、必然か。


 聖女座。そして聖女(レアク)の遺産フェリチータ。

 ……いや、さすがに偶然でしょう。聖女。そう呼ばれた人間。ファウツァ=イブマキー・レアク。エラキス……グラナトゥム・ディアマンデ。そのどちらもが今回の件に関わっているのも。


「聖女座にはどのような逸話がありました?」


 正直、一応軽く勉強しているけれど、天文学自体はともかく、星座の逸話や諸説ある民話や伝承の類は底なし沼なので、結局、大まかな定説しか知らない。


「聖女座のもとになったという聖女は、神のもとの平等を説き、その御力を持って戦を鎮めたとされているな。他の星座の逸話に武勇が多い中、聖女座だけは、『平等』や『平和』、『先を見通す』などという武勇とは別方向のものが多かったか」


 そのあたりはわたしも知っている。大昔の戦いの日々を鎮めた聖女。自らの血を流すほどに戦場の前線で平等や平和を説いたという。


「確か、極一部の地方にのみの民間伝承では、『聖女の血』が流れたとき、それは戦争が終わるときであると伝わっていたか。それがどういう意味なのかは定かではないがな」


 聖女の血……、そう言えば、かつてアルコルが言っていた。彼らは「闘域(バエリア)」という特殊な領域を形成する力と「十二宮(エプリティカ)」と呼ばれる特殊な武器、そして、「十二宮技エプリティック・コード」という必殺技を有するのだと。

 もしかすると、「血」が武器だった……なんてことがあってもおかしくはない。まあ、だから何だって話なんだけれど。


「そういえば、東の方で聖女座は、恋愛にまつわる星座とされていると聞いたことがあるな」


「まあ、地域によっては妖精座や獅子座がそのように言われていると聞きますが」


 こういうのは本当に各地で違うというか、別に明確な証拠を持って発生するものではなくて、あくまで「こうかもしれない」「こうだったらいいよね」というような話から発生していくいわば都市伝説のようなものに近い。告白が成功したのが聖女座の輝く日だったからとか、獅子のように勇猛果敢で多くの人の心を射止めたのでそれを獅子座になぞらえてとか、その程度のもの。


「矛槍座にもそういう話があったな」


「それは聞いたことがありませんね」


「相手の心を貫くから、だそうだ」


 なんともシンプルかつ分かりやすい理由だろうか。でも、そんなこと言ったら、なんだってこじつけられる気がしてきた。いや、まあ、つまるところ、その程度の話でしかないということなんだけれど。


「まあ、結局のところ、考えようってやつだろう。なにもかも」


 そう言われたらそうなのだろうけど、途端に身もふたもない話になったような気がする。いや、都市伝説扱いしたあたりから身もふたもなかったけど。


「じゃあ、矛槍座に作戦の成功を祈願でもしましょうか」


「ほう、どういう考え方で?」


「あの星座のようにまっすぐやり抜くという意味で」


「なんともわかりやすいな」


 こういうのはわかりやすいくらいのほうがいい。回りくどい理由付けをしたところで、「じゃあこうともいえるか?」と余計なことを考えかねない。形、名前、その辺から考えるド直球の方が納得しやすい。ここで必要なのはこねくり回した理由付けではなく、そう思えるかどうかだけなのだから。


「……月がよく見えますね、今日は」


 月。月の神ベネトナシュ様の象徴たるもの。満月。


「蝶が夢の橋を架ける、か」


 王子のつぶやき。それはいわゆる「ウサギが餅をつく」とか「大きなハサミのカニ」とか「吠えるライオン」とか「女の人の横顔」とかそういう月に何が見えるみたいな話。この世界で一般的なのは「蝶が夢の橋を架けている」という何ともよく分からない例えなのだ。


 もちろん、たしかに蝶々にみえなくもない陰影は見えるけれど、夢の橋っていうのはよく分からない。そういう慣用句的なものだと思っていたけれど。


「そういえば、なぜ『夢の橋を架ける』なのでしたっけ?」


「ん、ああ、これも諸説はあるのだがな」


 そんなふうに、頬を掻きながら王子は言う。絵空事を語るように、伝承を。


「月の神をああして、夜の空を見守るようにとどめたのは、蝶が夢を見せたからだと言われている。だから、とどめ続けるために蝶は月で夢の橋を架け続けているのだと」


 なるほど、本当に伝承とか伝説の類だ。でも、月の神をとどめる蝶。そういえば、アルコルが言っていたロンシィは虹蝶座だったっけ。それが関係あるのかどうかは知らないけど。


「では、蝶がどこかへ飛んで行ってしまったら、月は夜空から姿を消してしまうのでしょうかね」


「さて、どうだろうな」


 夜空に輝く星々、そして、月。これらの伝承は多い。元になった話があったり、なかったり。ビジュアルファンブックではほとんどフレーバー的にしか触れられていないものもあれば、全く触れてすらいないものもあるけれど、どちらにせよ、全体的に詳しく触れているものではない。


 ああ、ただ、そういえば、1つだけ詳しく触れていた星があったっけ。


 それはアリスが見た1つの星。天球に青白く光り、君臨するかのように見下ろす導きの星。


「ん……、月の話で気が付いたが、今日は珍しいな。極星が月の真上にある」


 極星。あるいは導星。天において一番目立つ星。一説によれば、これが死兆星(アルコル)とされることもあったとかなかったとか。


 前世で言うところの北極星とか南極星とかの「極星(ポールスター)」ではない。何せ、この極星は王子の言葉通り、「動く」のだ。動くし隠れる。何を言っているのか分からないと思うけれど、事実として、日によって位置が大きく異なる。まるで星空を闊歩しているかのように。そして、同じ日なのに急に姿を消すこともある。


 前世で北極星が目印として扱われ、導きの星、あれに従えば帰れるとされたのは、「動かないから」であるけれど、こちらの「極星」はまるで意思を持っているかのように人の前に姿を見せ、導くようにその道を示すと言われているからであって、近いようで全然違う。


 ビジュアルファンブックいわく、「極星」とは選ばれたものに、導きを与える吉兆。しかし、その位置や動きで意味が大きく異なる。


「月の真上にあるとき、それは……運命の分岐点、ですか」


 それは誰にとってのだろうか。わたしや王子に見えているということは、わたしたちにとっての分岐点なのか、それとも、もっと大きな意味なのか。

 まあ、考えても意味はない。ようするに、神々の未来の予測でも、ここらへんで分岐しているよと言うだけの話でしかないのだと思う。ゲームだったら選択肢でも出ていたかな。そんなことを考えながら、青白い星を見上げた。


「半月後で、この国に起きることを考えれば、運命などいくらでも分かたれるだろうよ」


「そういう意味ではないと思うのですがね」


 半月。そうあと半月で、大きな混乱が巻き起こる。

 最悪の事態を避けられたとしても、侯爵の中でも歴史の古い二つの侯爵家の一つが解体されるというのは、国内で混乱を避けられない。政治的にも民衆の不安的にも。


 そして、最悪の事態が引き起こされてしまえば、それ以上の混乱が起こることになるでしょう。そうなってしまわないようにするのが一番いいのでしょうけれど。まあ、最悪の事態に対して一番いい解決法をできたとしても混乱は免れない。そして、解決できなかったとしたら混乱どころでは済まない混沌が待っている。


「まあ、なんだ。半年後も変わらず星を見よう。天に輝く聖女座を。オレとお前で」


「そうですね。それにご飯の約束もありますしね」


「そういう意味では……、いや、そうだな。星も食事も約束だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ