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025話:カメリア・ロックハート15歳・その1

 その日の天気は大荒れだった。国を覆いつくすほどの雨雲が大雨をもたらし、国中が雷雨に包まれる。


 ああ、ようやくその日が来たのだとわたしは思った。彼女の始まりの日が訪れてしまったのだと。


 アリス・カード。彼女の物語、「たちとぶ」の開始場面は魔法学園に入学するところから。でも、その彼女が魔法を使えると見出されたのが今日だと思われる。


 確証はない。ただ分かるのは「1年前の国中を覆う雷雨の日」ということ。本編の1年前、つまり今年の国中を覆う雷雨の日なんてそうそうあるものではない。


 主人公は雷雨の日に、道端で転んだ男の子を起こそうとしたところに雷の直撃を受ける寸前で光の魔法に目覚め、雷をかき消したことで魔法使いであることが判明した。


 雷の直撃を受けても生き残るっていうのは「奇跡」であるとされて、町の人々からもてはやされて、その噂が王都にも届く。そしてスパーダ家の人間が確認に訪れて、「光の魔法使い」として魔法学園に入学することを勧められる。


 最初は自覚がなかった主人公だけど、太陽神ミザール様の御遣いだという天使アルコルが見えるようになって、自分が魔法使いなんだという自覚を持ち始めた。


 そして入学までの時間を王都で、礼儀作法、常識などが貴族相手でも生活できるような状態になるまで教育を受けて過ごすことになる。


 この辺りは、クレイモア君のルートで軽く触れられるだけで、他のルートでは光の魔法に目覚めて魔法学園に入学することになったというくらいの情報しか明らかになっていない。攻略対象の中で唯一、入学前に主人公と会っているのがクレイモア君だけ。ただし、会ったところがあるといっても2回だか3回だかだけど。





 日常となった登城。わたしと会った王子は顔を見るなり、開口一番に、


「お前のその髪型もようやく見慣れてきたな」


 などと口にしていた。というのも、前にも言っていたように、わたしは「たちとぶ」の開始に備えて、髪型をできる限り作中に登場するカメリアに近づけるために縦ロールにしていた。しかし、縦ロールにしてから結構経つのだからいい加減に慣れて欲しい。


「光の魔法使いが見つかったらしいですね」


「耳が早いな。王族とスパーダ家しか知らされていない情報のはずだが」


 おっと気が急いていたせいでそのあたりまで考えが回っていなかった。だけどこの程度のことはいくらでも誤魔化しが効く。


「噂というのは人の口に戸がたてられない以上、どうしても広まってしまいますからね」


「そういうものか……」


 それだけで「はいそうですか」と納得できそうもないが、わたしの情報通はいつものこと。無駄に掘り下げるほどのことでもないから王子も深く追求してこなかった。


「光の魔法使いにはもう会われましたか?」


 会っていないと分かっていてのあえての質問。ゲーム上では入学式で会うのが初めてだったはずなので、この時点で王子が主人公と面識などあるはずない。


「いいや。光の魔法使いといえど、礼儀のなっていない農民。このまま殿下に会わせるわけにはいきませぬと言われてな」


 言ったのはクレイモア君のお父さんだろう。そのあたりのことに厳しくてスパーダ家となれば簡単に予想できる。


「そうですか。わたくしは会ってみたかったのですが……、殿下が会われていらっしゃらないのに会うわけにもいかないでしょう」


 これは嘘だ。いろいろなことに興味を持つということを長年の付き合いで理解している王子に疑われないためのフェイク。普段のわたしならば会いに行くと言っていないとおかしいからね。


「別に会いに行っても構わないんだぞ」


「わたくしも同じ理由でスパーダ家に止められるでしょう。こっそり会いに行こうとも思いましたが仕方ありません」


 実際、会いたいといっても止められるのは目に見えている。

 ここで会いに行って「無礼を働いたから打ち首だ」っていうのも考えなかったわけではない。けど、光の魔法使いと判明していてなお、それをやるのはまず無理だ。そもそも礼儀がなっていないことを承知で会うほかに会う方法がないのに、それで「無礼だ」とか言い始めたら頭がおかしい。そのうえ、経緯は全てスパーダ家が見ているから誤魔化しも難しい。

 それで持って逆に死刑にでもなったら笑えもしない。


「おとなしく学園で会えることを楽しみにします」


「それがいいだろうな」


 魔法学園で会う、それはすなわち、「たちどぶ」の始まりを意味している。そう考えると楽しみでもあり、楽しみじゃなくもある。


「殿下は光の魔法使いに興味はおありですか?」


「ないといえばウソになる。滅多に現れないという存在だからな」


 当然だろう。その存在を知らされれば、多くの人は「光の魔法使い」という存在に興味を持つ。それほどに珍しい存在。


「わたくしも当然、彼女には興味がありますが、それ以上に殿下にとっては特別な出会いになる……かもしれませんね」


 そう、わたしにとっては最悪なことに、王子にとっては運命の出会いになるのだろう。さて、どうしたものか。






 いよいよ「たちとぶ」本編が始まる時が間近に迫ってきた。前世を思い出してから今日まで、色々な準備をしてきた。根回しや布石はできる限りのことをして、後は入学してからのわたしにかかっている。


 だからこそ、思うのだろう。


 ウィリディスさんや錬金術の家庭教師など、色々な人に言われてきたこと。もし目的を達成したら何をしたいのか。つまり、死を回避して生き延びたら何をしたいのか。


 それを言われるたびに、わたしは祖母の言葉を思い出す。


 わたしは祖母が好きだった。カメリアのお婆様ではなく、わたし自身の祖母。優しく、時に勇ましく、何をやるにも楽しそうにしていた、そんな祖母が大好きだった。


 名家に生まれ、地位や名誉、与えられるはずの成功を全て捨てて、それでもなお、捨てたもの以上の成功を収めた人。


 母や周りの人は祖母のことを「自由に生きている」とよく言っていた。


 だからわたしは祖母に「どうして自由に生きられるの?」なんて言うことを聞いたのだろう。まあ、子供の頃の話なので仕方ないということにしよう。


「そうね。わたしも一度、何もかも決められた道を歩かされたことがあるの」


 自由な祖母からは想像できないような言葉。でも、何となくそうなのだろうと感じるだけの重みがあった。


「いま思えばつまらない人生だった。全部言われたようにやって、それで……。まるで使い終わった道具みたいに処分される」


 それがどのような経験だったのか、どれほどのものだったのかは全く分からなかったけど、その言葉はわたしに重く入ってきた。


「だからなんでしょうね。わたしはその後にようやく自由になった。『神様たちがやり直す機会をくださったんだ』ってそう思ったの」


 祖母は朗らかに笑っていた。それがどういう経緯だったのかなんていうのは全く分からなかったけど、その転機があって、今のような祖母の道を歩むようになったのだろう。


「家も継がなかったし、結婚もしなかった。周りからの反対なんていっぱいあったし、なぜ言うとおりにしないんだなんて言われることもあった」


 確かに祖母は名家と言われる家を継がなかったし、結婚もしていない。わたしの母は祖母の養子だったから子供も産んでいない。


「あなたもいずれ、やりたいことと周囲がやってほしいと思うことが食い違うことがあるかもしれない。その時に自分を取るか相手を取るかはあなたしだいだけど、これだけは忘れないで欲しいの」


 一拍空けてから、祖母はわたしの瞳をじっと見つめて言う。


「妥協はしないこと。納得した道を行くこと。誰かの言葉に流されないこと。

 自由に生きているなんて言われているけど、『自由に生きる』っていうのはね、誰のいうことも聞かずに好き勝手するっていうのとは違うわ」


 そう、「自由に生きる」なんて聞くと、一人で好き勝手生きているように聞こえる。でも、祖母を見ていれば分かる。


「自分が納得したように生きること。それこそが『自由に生きる』ってこと。

 ある日、突然、理不尽な道を迫られるかもしれない。それに納得できるなら従ってもいい。納得できないなら、相手を納得させるか、自分が納得できるようにすること」


 そう。わたしの根底にあるのはこの考え。


 祖母から譲り受けた意思ともいえる考え方。


 最初にカメリア・ロックハートに転生して、絶対に死ぬという納得できない未来を突き付けられたときに、自分の納得できる道を行くために……、生き延びるために、わたしはこれまで行動してきた。


 だから、わたしは決めた。


 これから先に、このカメリアの運命という他人の用意したシナリオを乗り越えて生き延びたとしたら、わたしは祖母のように「自由に生きたい」と。

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