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249話:星降る窓辺で君と・その1

「では、あの事件の裏にはアーリア侯爵家がいたということか」


 深夜。わたしは、王子の部屋にいた。夜中に女性が男性の部屋に……なんて言うのは悪いうわさが立ちそうだけれど、当然、見られるなんてヘマはしていない。


 それでも、深夜というのもあって、わたしたちは声を潜めて、窓辺で星明かりを見上げながら話していた。


「はい、あの実験を企てていた伯爵たちの裏にいたのがアーリア侯爵でした」


 そして、そうまでして王子と話している内容は、だれに聞かれてもマズイ、決行まで半月を切った作戦の前段階。これまであったことの説明だった。


「その段階でアーリア侯爵たちを糾弾しなかったのは証拠がなかったからか?」


「ええ、まったくと言っていいほど証拠がつかめませんでした」


 王子はわたしの話をかみ砕いたようにまとめ、状況を整理していく。


「しかし、これまでの出来事がつながっていると考えていたが、そうなるとクラの継承は、アーリア侯爵関係でファルシオン公爵が忙しくなることを見据えてか?」


「いえ、そこはまったくの偶然です。そも同盟周りの問題のあれこれがあった時点で、継承は考えていたようです。わたくしが継承を手伝ったのも、ちょっとした成り行きからだったのですが、継承に関しての発見は、スパーダ家に伝わる手記に隠された暗号でした」


 わたし自身、あったことを思い出すように、王子に語っていく。


「ほう、暗号とは興味深い……が、暗号の解き方よりも内容の方が優先だな」


「ですね。暗号の中身は……、簡単に説明すると建国時にあった出来事と未来に託すことというウルフバート・スパーダ公爵からの時を越えた言伝でした」


 話の内容が突拍子もないものが多いにも関わらず、……いや、事実だから仕方ないのだけれど、それでも突拍子がないにも関わらず、王子はいたって真面目に聞いていた。


「建国当時にあったことなどほとんど失伝しているにも関わらず、よもや暗号といった形で残っていたとはな」


「正確には失伝させなくてはならないからこそ、暗号という形でしか残せなかったというべきかもしれませんが」


「それで、過去にはどのようなことがあったんだ?」


「『旧き神の残滓』と呼ばれるものが災害として降り立ち、それを封印したというような内容ですね。そして、その封印を解く方法が、器となっている人形(かのじょ)に魔力を注いで目覚めさせること」


 神話を語るように、あるいは歴史を語るように、それとも騙るようにだろうか。とても真実を語っているようには思えないような、それでも本当の内容を語る。


「それが、魔力を抽出する実験とつながっていくわけか。であるならば、ミズカネ国までわざわざ出向いたのもそれに関係しているのだな」


「はい、読み解いた過去から、かつては封印という方法しか取れなかった要因であり、未来であるいまならば消滅という方法を取れる神器の一つをミズカネ国まで借りに行きました」


「神器……、消滅……。なるほど鏡か。鏡がミズカネ国にあったのか」


「ええ、まあ、少しばかり大変な船旅でしたが滅多に経験できるものではなく、楽しいものでしたよ」


 王子に対しては少し……、いやかなり自慢に聞こえる話であるが、状況が状況だからかスルーして、話を続ける。


「そして、いざというときのためにクロガネ・スチールを再び呼び寄せたと」


「まあ、そういうことになりますか。そして、半月後、その拠点と思わしき場所を含めたいくつかの場所に一斉調査を行います」


 ここからが本題になる。よりだれにも聞かれぬように、慎重になりながらも、話を続ける。


「なるほど、ここ最近の慌ただしさはその下準備か。普通なら気が付かないくらいだが、確実に慌ただしい。謁見数などの表面的な数字はごまかしているが、その分、出向いて対応していることが増えているからな」


 王子は慌ただしさに気が付いていたようだ。本当は、そうやって気が付かれるのは、アーリア侯爵家に悟られる可能性があるからよくないのだけど、まあ、これに関しては、前提としていまの話を聞いている必要があり、そうでないなら、ただ単に仕事が立て込んでいるとか、あるいは同盟関係のことで忙しいだけだと思うだけ……だとは思う。


「実務の仕事はわたくしに回してもらいまして、実働的手続きや手回しなどを担ってもらっていますので」


「まあ、そのほうが早いのは間違いないな」


 わたしのコネクションと新参の公爵という立場の問題もあるけれど、結局のところ、取りまとめた話を一度陛下に持って行って承認をもらうという工程が毎度挟まるという手間があるという問題もあるから。


「それで、オレは父上の名代として、その作戦に参加しろと言うことだろう?」


「はい。もちろん、護衛はきちんとしますし、できる限り危険のないようにするつもりではあります」


 最低最悪の事態を考えるのなら、連れていかないに越したことはない。旧き神の残滓だけではなく、例えば王子を人質に取られてしまうとか、そういう可能性もあるわけで……。


「護衛ということはクラも来るのか?」


「……。クレイモアさんは、今回の作戦において必須の人物の一人です」


「オレよりも、というわけか」


 まあ、以前の「話すかもしれない」程度のニュアンスの扱いだった王子が「必須」のくくりではないのは察せるところがあるでしょう。


「クレイモアさんの継承した剣、そして、ミズカネ国から借りてきた鏡、この2つが万が一のときの切り札となるので、クレイモアさんとシュシャ、それから顔の本来の持ち主である『黄金の蛇』は必須の人物です」


 ぶっちゃけ、担い手として正式に継承しているクレイモア君はともかく、シュシャは別にシュシャである必要がないのかもしれないけれど、ウルフバートからの歴々の継承、「黄金の蛇」としての継承……、正確には仮面自体は継承されていないのだけれど、まあ立場の継承はなされているし、それに則るのなら、ミズカネ国に伝わっていた鏡は、場合によっては皇帝を継承していたシュシャが順当なのだと思う。


「それに加えて光の魔法使いと闇の魔法使いというわけか」


「ええ、アリスさんやクロガネ・スチールの力も借りたいという部分もありますが、天使アルコルと死神アルカイドの知恵を借りるという意味でもお二人には参加していただきたく思っています」


 まあ、協力したくないと言われてしまえばそれまでなのだけれど、アリスちゃんが断るのはまず想像できないし、クロガネ・スチールもディアマンデ王国の貴族王族が関わる大規模な事件にはむしろ顔を出したいと思うでしょうし。


「ずいぶんとまあ、いや、あえてか」


「若い世代に偏っていることが、ですか?」


 その場にいるであろう王子、わたし、クレイモア君、シュシャ、アリスちゃん、クロガネ・スチールあたりは、クロガネは多少年上だけれど、大体若い年代。親世代はラミー夫人くらいのものだ。

 まあ、そうなったのも、クレイモア君が継承しているからであって、そうでなかったらファルシオン様が来ていたと思うけれど。


「次の世代に未来を託す……などというのは考えすぎか」


「ですが、殿下を始め、お兄様、クレイモアさん、シャムロックさん、アリュエットさんたちは、未来を切り開く世代だったと思いますよ」


 実際、「たちとぶ」で予測される未来があったということは、それだけ未来を切り拓いた可能性があったということだと思う。だからこそ、攻略対象たちとアリスちゃんは、いい意味なのか悪い意味なのかは知らないけど、とにかく一つの未来を創ることができた人たちだと思うから、親世代ではなく、いまの世代として託されるというのはある意味正しいのかもしれない。


「……お前がそういうのなら、そうなのかもしれないが。しかし、いま、その矢面に立たされているのはお前だと思うがな」


 その矢面を押し付けるために王子を連れていくんでしょうが。どこまで上手く行くかどうか分からないけれど、一応、作戦は考えている。何もなく全てが上手く行ったパターンから、何も上手く行かず最低最悪の状況になったパターンまで。


 まあ、いくら考えたところで「想定外」なんてのは常々起きることで、当然、全ての可能性を網羅できたわけではないけれど、もしこういうことになったらこうするという何となくのことを考えて、ラミー夫人と共有している。わたしがどんな行動をしても、あの人なら上手い具合にフォローしてくれるだろうと信じて。


 正直、負担をかけすぎている気がするし、実の親よりも頼り切っているような気がするので、気が引ける部分はあるのだけれど、そんな気持ちの問題と国の、そして世界の危機を天秤にかけている場合でもないし、天秤にかけるまでもなくどっちが大事かは決まり切っているので、全部終わったあとに労ってあげようと思う。


「まあ、おおよその内容は理解した。話はこれで終わりか?」


「ええ、はい」


 作戦の概要は話したし、特にこれ以上はないと思う。


「では、この後時間があるか?」


 この後と言われても、夜なのだから、まあ、帰って寝るくらいのことしか予定はないけど。


「女性を誘うような時間ではありませんが」


「何、せっかくの機会だ。お前がいるのなら最悪の事態というのは避けられると思いたいが、もしやすれば、この(そら)が暗黒に覆い尽くされるかもしれない。であるならば、その前に星でも見ないか?」


 窓の外は満天の星空。雲一つない……とは言わないが、星がよく見える抜けた空が広がっていた。

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