247話:その少女・元カメリア・ロックハート・その3
そんなこんなでわたしたち「嬉努愛楽」は、高校生活中に様々なことをやった。修学旅行で行った京都で、地元の陰陽師と熾烈な戦闘を繰り広げたなんてこともあった。
天城寺家とかなんとかいう家の人間がいちゃもんを付けてきて、結果として京都を右へ左への大騒動になったのだけど、それはいずれの機会にでも語るとして、これから語るのは、わたしたちが高校生のときにあった一つの大きな事件。サクラいわく、「この世界でもまれな大事件」。
始まりは小さな出来事。
千葉県の上空に不思議な光が現れた。
時刻未明に発生したまばゆい発光は、一時だけニュースを騒がせたものの、すぐに忘れ去られた。しかし、それは世界を揺るがしかねない大事件の小さな小さな前触れだった。
「巨大な魔力爆破?」
サクラがそんな単語を口にしたけれど、わたしたちはよく分からず、その言葉をそっくりそのまま疑問形で繰り返した。
「そう魔力爆破。こないだニュースになってたでしょ?」
「ああ、あの発光現象のことか」
ツトムが訳知り顔でうなずく。どうやら、ツトムはあの現象について独自に調べ、何らかの見解を持っているようだ。
「確かに、あれは魔力によるものではあるが、爆破というのは少し違うように思う。正確に言うのなら、発光そのものが魔法によって引き起こされた現象であり、爆破のように爆破の副次的現象で発光しているわけではない」
「魔力爆破っていうのは現象の名前だから、文字通りに捉えないでほしいというか、文言と違うのは私に文句を言われても困るんだけど」
マナフレアというのだから、太陽フレアや恒星フレアのように爆発現象に対する名称であると思うのは筋が通るのでツトムの方が正しい気がするけど。フレアの意味自体は「火炎」。爆発にせよ、火炎にせよ、発光現象を指すとはパッと聞いて判別できない。
「魔力爆破っていうのは、自然に発生した魔力が空間中に溜まった際に、何らかの作用で爆発的に放出されたことによって起こる変化現象のことなの。今回は光に変化したというだけ。名前の由来は最初に確認されたこの現象が火への変化だったからだね」
つまり、空間中に溜まった魔力が放出されるときに光に変化したら今回の現象、火だと爆発するとかそんなところか。
「ツングースカの大爆発は、魔力爆破で火に変化してしまった結果だとも言われてる」
ドヤ顔で知識を披露するサクラ。ユウイチはついてこられないのか、そもそも興味もないのか、適当に聞き流しているようだったけど、ツトムはメモを取りながら色々と考えているようだった。
「それで、魔力爆破自体はもう起こったわけだけど、それをわざわざ話したってことは何かあるの?」
あの現象の解説と言うには、少しばかり回りくどく、そして、終わったことの報告という感じでもない。つまり、この現象にはまだ続きがあるということではないか。
「……実は、今回の魔力爆破は人為的に起こされた可能性があるの」
先ほどの「自然に発生した魔力が空間中に溜まった際に」という言葉を考えれば、本来は自然に起こる現象なのだと推測される。
「そもそも人為的に起こすことは可能な現象なのかしら?」
「魔力爆破が起こるほどの量の魔力を人という器で持ち合わせているのはごくごく一部で、そうした人たちが動いていたら、天龍寺家やその周りのネットワークで絶対にひっかかるから普通は無理だね」
なるほど、そもそもにして魔力爆破が起こるには莫大な魔力が必要であり、それができる存在は限られると。じゃあ、どうやって?
「なるほど、つまり、何者かが自然に発生する魔力を何らかの方法で一か所に溜め、魔力爆破を誘発した、あるいは何らかの方法で解放して人為的に魔力爆破を起こしたと天龍寺家は推測したわけだな」
ツトムの言葉にサクラは「天龍寺家というか……、チームというか、あー、まあいっか」とブツブツとつぶやいていた。否定がないということはツトムの言っていることは概ね正しいということになる。
「じゃあ、俺たちは、その人為的にマナフレアだか何だかってのを起こしたやつに気を付ければいいんだろ?
まさか退治しろってわけでもないだろうし。それとも調査でもしたほうがいいのか?」
所詮と言ってはなんだけれど、わたしたちは高校生なので、そこまで危険なことをするのを強いられるなんてことはない。ただ、わたしとしては、今回の事件を人為的に引き起こすなどということが、もし悪意的に行われたのだとしたら、それはできる限り止めなくてはならないことだと思うし、止めるために死力を尽くすとは思うけども。
正直、まだ情報が足りない。ツトムみたいな実験思考でただただ起こした可能性もあれば、愉快犯のような可能性もある。
「うーん、危険度がチョット分かってないから、できれば近寄らないようにって感じかな」
サクラの側でも情報不足なのだと思う。だから、とりあえず警告というか、情報共有だけしている。
……少し調べてみるべきかもしれない。
というわけで、正直、わたしの魔法はそういったことに向いているものではないというか、索敵とか調査、分析とかには使えないのだけれど、調査は足でという古めかしいやり方をするしかない。
現場百遍、犯人は現場に戻る、なんて古典的な推理ものではないけれど、何らかの事象を起こしたならば、その証拠の一片くらいは残っている……かもしれない。
まあ、そんな簡単に手掛かりが見つかれば苦労はないのだけれど。
……不意に、上空に重苦しい何かを感じた。
重圧とは違う。何かがある。そんな気がする。目には見えていない。でも……確かにそこに……。
わたしと同様に空を見上げている男性がいた。どこにでもいそうな格好、容姿。しかし、何やら不思議な雰囲気を感じる。
「村瀬皆人。今回の犯人だと思われてる人だね」
ひょいとサクラが出てきてわたしに耳打ちした。
「まったく、それにしてもできれば近寄らないようにって言ったのに、みんな揃って……」
なんて愚痴るサクラ。どうやら彼女の連れを見るとツトムもユウイチもいた。なんやかんや言って全員現場に来ていたらしい。
「それで、彼が犯人だと思われているの?」
「らしいよ」
どうやらサクラも「そうらしい」という認識で、自分で調査したわけではないようだ。何でも実家も参加している一団の調査では、そういうことらしい。
犯人らしき人物、村瀬皆人。平凡そうな人物ではあるが、圧縮の魔法を得意とし、自然にある魔力を圧縮して魔力爆破を疑似再現することができるようで、前回の光は実際に魔力爆破が可能かを確かめる実験だったと思われる。
その目的は、世界征服であるかもしれないとのことで、大規模な魔力爆破により、世界に大きな損害を与えて支配しようと考えている。
これがサクラの持っていた情報。どうやって短期間でこれだけ詳細な情報を集めたのかと思うほど、相手の思想なんかも含め調査されていた。いや、まあ、もともと目を付けられていた可能性は大いにあるけど。
「じゃあ、とめようぜ」
やる気満々のユウイチだけれど、現在、ミナヒトに対して攻撃できるだけの証拠はない。あくまで「らしい」でしかないのだ。
「いや、ダメだって」
なんてサクラは止めてるけど、わたしは……。
「まあ、とりあえずぶっ飛ばして、犯人じゃなかったら謝りましょう」
ここで様子見をして取り返しがつかなくなるよりも、とりあえずぶん殴って、どうにかしましょう。
「ここあちゃんって意外とそういうところあるよね」
「確かに」
意外とってなに、と思っても口にはしなかった。
「少しは論理的に考えるということをしないか。そもそも現状圧縮という方法が正しいかはともかくとして、甚大な量の魔力がその人物によってとどめられていると目されているのだから、それを倒し、超常現象が解除された瞬間、魔力爆破と呼ばれる現象が発生してしまうだろう?」
確かにツトムの言う通りだ。このままミナヒトを吹っ飛ばすと魔力爆破が発生する可能性はある。まったくそんなこと思い至ってなかったわ。
「大丈夫、たぶん他の人が対処考えてくれてるから」
なんてサクラがいうけれど、空を見上げた瞬間、重圧がぐっと上がった気がした。そして、火を幻視する。まるで、そこにメラク様がいらっしゃるかのような、強い火を。太陽にも似た、その気配を。
「簡単に言ってしまえば、いま、上空に魔力が溜まっているということでいいのよね」
それも圧縮されたように凄い密度で。そうだとするのなら、対処法は簡単だ。そこに溜まった魔力を消費するか散らせばいい。まあ、それが簡単にできないから、色々とそれをするための方法を考えているのでしょうけれど。
「うん、そうだと思うけど」
「もしも、あれが魔力爆破を起こしたら……、例えば火に変質したとしたら?」
「地球が半分とまでは言わないけど吹っ飛ぶんじゃないかな」
世界征服的なことを企んでいるのに、支配地を半分も吹っ飛ばすかという疑問はさておき、いま起ころうとしていることは間違いなくそれに匹敵する事態。たとえあれが火じゃなかったとしても、例えば光に変質したとしても、きっとその被害は甚大でしょう。
「さて、どうしたもんかしら」
対処方法は思いついても、実行する方法はまとまり切らない。だけど、おそらく、時間制限は近い……。




