245話:その少女・元カメリア・ロックハート・その1
世界は不和に満ちている。せめて自分くらいは和を乱さぬように、そんなことを考えたら自分というものを殺し、敷かれた道を歩むしかない。そうして、自分自身をできる限り殺し、ただただ国のために大勢を見て、やれることをやれるだけやっていった。
その結果、殺された。
自分で自分を殺すことが国のためだと思って、全てを捧げてまでやった結果が、本当に殺されてしまったのだから、なんと皮肉なことか。
だから、わたくし……いえ、わたしは、生まれ変わったときに、神々に感謝してもしきれなかった。そして、心に決めた。今度こそ自由に生きようと。そして自分を心から愛してあげようと。
そんなわたしの思いが通じたのか、はたまた偶然か。わたしの名前は姫椿心愛。心から愛すると書いて「心愛」だった。
姫椿家。この世界でも有数と言われるほどの名家であるらしい家に生まれたわたしだったけれど、驚いたことに、この国には「貴族」というものが既に制度上なくなっていた。
華族、さかのぼれば豪族。そうしたものはあったものの、様々な歴史の折り重なりの末に、現在があるのでしょう。
姫椿という家もまた、そんな歴史の中で名をはせた名家であり、わたしはその末席に名を連ねることになった。しかし、かつての教訓とともに、わたしはその敷かれたレールを蹴っ飛ばし、自由に生きることにした。
7歳を迎え、驚いたことにこの世界には「魔法」というものがない……とされていることを知った。
しかし、不思議なことに、わたしが見てきた女児向け、あるいは少年向けも含め、アニメーション作品の多くには「魔法」というものが登場する。つまり、「魔法」という概念は存在するのに、「魔法」そのものは存在しないということになっているという奇妙な世界。
そのルールに則るのならば、わたしも魔法が使えない……なんてことはなかった。これも神々への感謝を忘れずに、日々祈りを捧げていたおかげだろうか。
そして、アニメーションは、わたしのインスピレーションを強く刺激した。わたしにとって、神々から与えられたものであるそれ形にするにあたって、貧困な想像力では、けっしてあのような多種多様な使い方というのは生まれない。
それは「魔法」がないがゆえの差なのかもしれない。なまじ魔法が当たり前にあるがゆえに、わたしたちには想像の余地が少なかったそれとは違い、魔法がないがゆえに有り余る想像力で生み出した結果……なのかもしれない。
この世界では……、いやこの国ではと言うべきか、幼少からの学校教育が行われていた。教育を受ける権利、義務教育に則り、わたしも学校に通う。
貴族がいない国だとは言うものの、貧富の差がないわけではない。世界というくくりではともかく、この国の中というくくりで言うのなら、かつてのわたしの暮らした王国なんかよりははるかに小さな差であり、世界の保障という面では進んでいる。
私立三鷹丘学園付属小学校。
お受験戦争と称される受験、試験を勝ち抜け、入学を果たしたわたしの通う小学校。
私立であり、なおかつ、受験を勝ち残っているというだけあって、子供ながらにしっかりしている人が多いと感じた。
しかして、そのしっかりとしているがゆえか、それとも親の教育のたまものか、スクールカースト、格差というものはしっかりと生じていた。貴族が身分や爵位をかさに着るように、子供たちもまた、親の稼ぎや格式、車の台数なんかで競っている。
そして、庶民というだけで、同じ試験を勝ち上がってきた同輩でありながら、見下し、バカにする。
上に立つ立場、あるいは将来的にそうなろうとしている人間にはあるまじき言動。もちろん、彼ら彼女らは貴族ではない。だから貴族としての矜持やあるべき姿を説くのは違う。
そして、何より姫椿家という家柄によって色眼鏡で見られることが、窮屈であり、嫌だった。
格差を是正したいというわけではない。貴族においても当然としてあるように、格差自体は存在する。それをなくすことは、わたしにはできない。家の格式の重要性も分かる。それを守らねばならないということも。だけれど、だからこそ、いまのままでは彼ら彼女らは、家の格式を貶める行為をしていると気が付くべきなのだ。
そこでわたしと一緒に立ち上がったのが天龍寺咲楽。彼女の生家たる天龍寺家もまた名家として名の知れた家であり、わたしとサクラは共に家の格式の高さから学校で浮いていた。
それゆえに、わたしとサクラは仲良くなったのだけれど、お互いに同じような疎外感を感じていたことを打ち明けたことで、この革命というか、改革を行うことを決めたのである。
この意識改革は小学校の六年間を通して行われ、だいぶ、上に立つものとしての在り方になれたのではないかと思う。
そして、転機が訪れたのは中学時代。わたしは、親に決められた門限など無視し、街を練り歩くことが日課になっていた。もちろん、一般的な中学生に許される範囲であって、夜遊びや危険なことに耽っていたわけではない。
ただ、かつてのわたしは、こうして街を練り歩くなんてこともあまりできなかったので、そういう意味では非常にいい経験であり、また世界の広さというものを知るいい機会でもあった。
そんな中、突如として響いた爆発音に、わたしは目をむいた。
事件、事故、何かは分からなかった。危険もあると思った。それでも、その近くに足を運んで、そして、目撃したのは2人の激突。
片方は見知らぬ男性。もう片方は友人のサクラだった。
男性が水を身にまとい、いくつかの水柱を発生させ、サクラがそれを炎で吹き飛ばす。爆音の正体は、サクラの放つもので、煙のように広がっていたのは水が気化して水蒸気が一気に発生していたかららしい。
「手ごわいですねっ……!」
押しているのはサクラの方だけど、男性の方が粘っていて、じり貧というような状態。サクラが歯噛みするのも分かる。
それにしても「魔法」だ。
間違いない。2人が使っているのは、この世界では一般的に存在しないと言われている「魔法」。わたしが使えるから、他に使える人がいること自体はおかしくないのだけれど、それでも、心底驚いた。
「歳の割にはよくやる娘だ」
男性はそう言いながらも、サクラの方に水を投げ込むけど、おそらく目くらまし。逃げの態勢に切り替えたのだと思われる。サクラも理解してか水を炎で消し飛ばして水蒸気で目を奪われるのを避けるためか、それを避けながらも男性から目を離さない。
そこに、わたしは男性の背後からドロップキックを決めて吹き飛ばす!
「どふっ」
奇襲に男性は抵抗できずに顔面から地面に突っ込んだ。これは痛そう……。まあわたしのせいなんだけれど。
「サクラ、大丈夫?」
「こ、ここあちゃん!?」
わたしの乱入に驚いたのか、目をぱちくり、口をあんぐりと開けるサクラ。でも、サクラに話を聞くよりも、先に、いま転がっている男性の方をどうにかしないと。
「なんなんだ、テメェは!!」
突然蹴っ飛ばされて、訳も分かっていないのに、それでもわたしに向かって攻撃するだけの判断力は凄いと思う。
飛んでくる水を、わたしは同じように水をぶつけて相殺する。メグレズ様に祈りを捧げているわたしにはこの程度朝飯前だ。
「観念なさいな」
わたしはそのまま土の魔法で、このコンクリートジャングルな世界でも、その下の地面に作用する魔法を使用して、亀裂を生じさせて、相手を動けなくする。そこにすかさずサクラがさるぐつわをかませて口をふさいだ。
「それにしても驚いたよ。ここあちゃんがどうしてここに?」
「散歩中に爆発音が聞こえたから気になったのよ」
わたしの言葉に対して、「うーん、気になったからって入ってこられるようにはしてないと思うんだけどな」と小さくつぶやいていた。
「えっと、道には警察とか警備の人とかがいたと思うんだけど」
「ああ、わたしはビルの上を渡ってたから」
風の魔法があれば何とか行けるもので、むき出しの外階段なんかから跳んで、風魔法を使って……という無茶をすれば、パルクルールでもそうそう見ないようなビル渡りが出来る。
「ああ……うん、完全に裏道というか裏技だね、それ」
呆れたようにサクラは苦笑していた。でも、そんなに呆れられることだろうか。人通りの多い道を通るよりも快適で、それに屋上だとそもそも締め切っていたり、監視カメラもそこまで多くなかったりと、何かと気楽だし。
「ここあちゃんも使えたんだね、その……」
いまもなお男性を拘束しているそれを見ながら、サクラは何とも言えないような複雑な表情でわたしに言う。
「魔法。サクラも使っていましたよね」
「えっと……、私のは魔法……ともちょっと違うというか、いや、うん、まあ、魔法かな」
なんとも歯切れが悪かったけれど、宗教的な何かがあるのだろうか。わたしはかつての通りの信仰をしているけれど、かつての別の大陸なんかでは、魔法に対する捉え方、考え方が違う国なんかもあったらしいし、もしかするとサクラの家の考え方では、これは魔法ではない別の捉え方をしている可能性もあるし、デリケートな話題だけに深く聞くのは避けたほうがいいかもしれない。
「まあ、ここあちゃんは使えてもおかしくないとは思ってたけど、うん」
サクラが飲み込んだ言葉、それはおそらく「だって、あの姫椿家の人間なんだから」というものだと思う。だけれど、両親を含め、おそらく神々を信仰している様子もなく、これと言って魔法が使えるようではなかったのだから、不思議なものだ。もしかしたら、サクラは色々と不思議なことを知っているのかもしれない。
「サクラは火の魔法を使えるのよね」
「あー、今日は火を使っていたけど、宝石の色しだいで変わるかなあ」
言っている意味は分からないけど、サクラも複数の属性の魔法が使えるみたいだ。かつては五属性や三属性ってかなり珍しかったんだけど……。




