242話:1か月後へ向けて・その1
わたしは、色々な用事を済ませるために王城を歩いていた。とりあえず陛下への話は済んだ。陛下は人員集めに苦心しているようで、結構疲れているようだったのは非常に申し訳ないけれど、国の安全と天秤にかけたら、それくらいなんてことはないでしょう。
そんな、半ば無責任な現実逃避をしながら、陛下に対する心から感謝の思いを胸にしまい、次の目的地へ向かおうとしていたら、見知った顔と遭遇する。
「お久しぶりです、殿下」
それに対して、王子はムスっとした顔で言う。
「違うだろ」
「はて、……確かに前回お会いしたときから考えるとお久しぶりと言うには近すぎるかもしれませんが」
前回会ったのはいつだったかな。まあ、しかし、少なくとも久しぶりと言っても問題ないくらいのような気がするというか、別に何日以上会っていない場合にしか久しぶりと言ってはいけないなんてことはないと思うが。
「そういうことではなく、クロガネ・スチールの件だ」
「挨拶よりも優先する話でしょうか?」
正直、雑談で話すくらいの重要度で良さそうだと思うくらいにはどうでもいい……というのは言い過ぎかもしれないけど、そのくらいの話だ。
「あれが何者かを知っていて、なお事務講師なんぞやらせることの問題を説くのは最優先事項だ」
「一応、同盟相手ですからね。いえ、まあ、それをもってしても、情報というものの価値が失われることはありませんが」
得たい情報は変わっても、情報を入手できるという優位性は変わらない。もっとも、得たい情報によっては、立場敵にあまり向いていないこともあるかもしれないけど。
「だから、それを分かっていて、なぜかという話を聞いているんだ」
「なぜ、ですか。それと秤にかけてもなお、彼がいたほうが優位という可能性があるから、でしょうかね」
「優位……?」
そう、これから先において、クロガネ・スチールと死神アルカイドの存在が必要になる場面が来ると考える。それなら、情報流出と天秤にかけても、それでもなお、彼をディアマンデ王国の中枢に置くことを選ぶべきだと判断した。
「それは、最近お前が……、いや、父上や公爵たちがやっていることに関わっているのか?」
さすがに王子ともなれば、その辺の状況はつかめているか。いや、厳密に言うと王子につかめるようだとアーリア侯爵たちにも、わたしたちが何かしようと画策しているというのを掴まれる可能性があるのでいいとは言えないのだけれど。
「……そうですね。答えることができません」
「そうか、ならいい」
さすがに、「はいそうです」と答えるのは機密保持の観点からできなかった。もちろん、周りに人が見当たらなくても、だ。でも、おそらく、わたしの答えることができないという答えで、おおよそは察したでしょう。
「まあ、殿下に置かれましては、もうしばらくしたら事情をお話しするかもしれません」
そう、王子には、1か月後に現場に出向いてもらうかもしれないのだ。
なぜそんな話が出ているかと言うと、陛下自身が出向くのは無理なので名代が必要。現状必須で来るメンバーで一番位が高いのが、公爵のわたしもしくは公爵を継承しているクレイモア君。ここが同格。そうなると、もう1つ上に立ってくれる人が欲しいとラミー夫人から言われた。
まあ、王子も腹違いとはいえ弟君が生まれることになり、少しは制限が解かれたというのもあるし、護衛の中心のクレイモア君が現場行きなのもあるし、こうした様々な事情が重なってのことである。
もっとも、危険な可能性があるのは間違いないというか、実際、かなり危険だと思っているので、わたしはそれに対して反対意見を出しているので、正直、王子が実際に出向くことになるかどうかは、陛下の判断にゆだねられており、現状では半々の確率と言ったところ。だからあくまで「お話しするかもしれなません」なのだけれど。
「あまり楽しい話ではなさそうだな」
そう言いながらも、若干楽しそうなのは、仲間外れではないと思ったからだろうか。
しかしそうはいっても、王子は立場上、一緒に動くのとか普段は絶対無理だし。ましてや婚約者ではなくなった現在でそれをする意味も薄い。
王子が直接かかわるようなアリスちゃん周りの出来事ならともかく、王子ルート自体は入学から建国祭までで幕を閉じているし、他のルートに介入されても面倒なことになるし……。
「わたくしとしても楽しい話がしたいのですがね。少なくとも、いまのこれが落ち着くまでは、それも難しいでしょうね」
そりゃ誰だってできれば楽しい話がしたいでしょう。進んで楽しくない話をしたいのは……、まあ絶対にいないとは言わないけれど、あまりいないと思う。でも、このアーリア侯爵の一件が終わるまでは、そうも言っていられない部分がある。
「つまり、ここしばらくのことはつながっているということか」
わたしの言葉の指す「これ」というのを、おそらく二年次が始まって最初のベゴニアルートの一件から含めての一連の行動、その裏があると考えたらしい。
まあ、確かにそうと言えばそうなのだけれど、クオーレ伯爵領の件からのクレイモア君の継承に関しては、完全に意図していないものなのでドヤ顔で「その通りです」と言うには無理がある。
「そうした話はいずれの機会にでも」
なんてごまかすしかなかった。
「まあ、では、……その落ち着いたら食事でもどうだ?」
「いいですね。みんなで盛大に……なんていうのは少々下品かもしれませんが、かなり遅めの進級祝い、あるいは、少し気が早いですが、ウィリディスさんの出産に合わせて、第二王子の生誕祭などでもいいかもしれませんね」
まあ、無事出産できると決まったわけではないので、本当に気が早いのだけれど。
「ああ。いや」
なんだか不満そうだが、アリスちゃんとならともかく、わたしと夜景の見えるレストランで的な何かを期待しているわけではないだろうし。
「まあ、いまはそれでいか」
何やらそんなふうに小さくつぶやく王子。何か目的でもあるのだろうか。まあ、そんなことを考えても仕方がないので、それはひとまず思考の端に追いやった。
「さて、先に楽しみが出来たのならば、いま抱えている厄介ごととやらも少しはやる気が出ただろう」
「お気遣いいただきありがとうございます」
なるほど、王子なりの気遣いか。本来は、わたしのほうが気を遣ってしかるべき相手なのだけれど、気を遣われてしまった。
まあ、やる気のあるなしに関わらずやらなくてはならないことなのだけれど、結局やらなきゃいけないことなら、少しでもやる気の出るようにしたほうがいいだろう。食事につられるわけではないけれど、それが終わったあとのことをモチベーションにするというのはよくあることだ。
わたしも高校生の頃は、よくテストを乗り切ったら乙女ゲームをやることをモチベーションにしていたっけ。
「それでは殿下のお心遣いを無下にしないためにも仕事に戻ります」
ぺこりと頭を下げて、王子に別れを告げて仕事に戻る。まあ、やることはやらないとね。去り際に、ガーネット妃とすれ違って、軽い会釈ですれ違うと、なぜかニヤニヤとした顔をして王子のもとに行き、助言がどうのこうのと話し、王子が怒っていた。何の話だろう。まあ、いいか。
ガーネット妃の話はまともに受け止めても無駄なお花畑恋愛話が多いので放置するに限る。
というわけで、仕事を頑張る。とはいえ、結局、いまわたしが担当しているのは書類仕事だから、やれる限界というものもある。確認待ち、処理待ち、そう言ったわたしのできる範疇を超えたものも多いので、気合を入れたところで、やる内容が激的に変わったり、スピードが上がったりはしない。
なので、空いた時間を効率よく使うということで、ちょくちょく進めていた複合魔法の研究を並行することにした。これならば、いざというときに役立つかもしれないし、そのいざというときがなくても、いつかの役に立つだろうと。
しかし、三属性の複合魔法は難解だった。
わたしの推測が正しければ、おそらく7種類ほど存在するはずの三属性の複合魔法で、明確に形まで持っていけたのは6つ。おおよそ形になったのが1つ。
そもそも7つとはどの組み合わせかと言えば、天使アルコルが言及していた三属性の組み合わせである。わたしの詐称していた「火、土、水」の組み合わせはあり得ないと言っていたことと、複合魔法の組み合わせを考えた結果、三属性を持つ場合、「風、水、木」、「水、木、火」、「土、木、火」、「土、木、水」、「風、水、土」、「風、水、火」、「風、土、火」の7通りが成立し得るのは、フェロモリーが三属性だというときに考えた。
であるならば、その組み合わせであれば、複合魔法が成立するのではないかと考え、実行した結果、おおよそは予想通りに成功した。もちろん、これらはビジュアルファンブックにも載っていないわたしオリジナルのものなので、呼称などはアンオフィシャルであるが、何となくで決めている。
しかし、「水、木、火」はおおよそ形になったものの完成しきっておらず、それ以外「樹氷林」、「焦土」、「大自然」、「凍土」、「積乱雲」、「砂塵嵐」の6つ。
もう1つ進めていた複合魔法同士の複合なんて夢のまた夢、四属性も同様にロジックが分かっていないので不明。おそらく二属性の複合魔法同士の組み合わせと同じなので同じ結果になると考えているけど。
そして、五属性の複合魔法。わたしという存在がいる以上、理屈上あり得るのだと思われるし、四属性と違って、組み合わせに頭を回す必要がない。なぜなら「風、水、木、土、火」の5つと分かっているのだから。
問題は、五つ混ぜたらどうなるという具体的なビジョンがまったく浮かばないので、どういうイメージ構成というか方向性で魔法になるかがまったく見当ついていないこと。そこさえ見えれば、四属性よりも先に五属性の方が完成するとは思うのだけれど。
こうなったら、何かヒントが聞き出せそうな人物……いや人ではないのか、まあ当てに聞きに行くというのもアリかもしれない。




