241話:ロックハート家・その1
ディアマンデ王国に古くからあるロックハート公爵家。
ロックハート。岩の心臓……ではなく、心臓の鍵。
前世においてはスコットランドのロバート一世の心臓を聖地に持って行こうとし、上手く行かなかったもののちゃんと持って帰ってきたロッカード卿にゆらいする姓……らしいけれど、こちらの世界では別のゆらいがある。
鍵を預ける、あるいは鍵の番を任せるというのは、信頼がなくては成り立たないことである。その昔、王様だか主様だかの胴を守る鎧……つまり心臓を守る鎧の鍵を預かっていたハーツ侯爵だか伯爵だかという人がいて、それが心臓の鍵を担うものとして、ロックハートになったとかどうとか。
もちろん、ディアマンデ王国建国前からロックハート姓なので、その出来事があったのは、メタル王国時代か、それ以前の話になるのでしょうけれど。
それでも、現在のディアマンデ王国でもその形は受け継がれている。
最も忠義深いのがスパーダ家かもしれない。最も正しいのがクロウバウト家かもしれない。最も友好なのがジョーカー家かもしれない。そして、最も信頼があるのはロックハート家であった。
そういう意味では、「たちとぶ2」で王家とロックハート家の仲が悪かったのは、非常に珍しい事態というか、危険な事態だったわけだけれど。
そんなロックハート家の跡取り、つまり、わたしのお兄様であるところのベゴニア・ロックハート。
あまり花に詳しいわけではないわたしが、前世の「たちとぶ」ファンたちの考察を聞きかじった話だと、ベゴニアというのは、ハート型の葉っぱを持つ植物らしく、「ベゴニア」・ロック「ハート」というのは、そういう意味で関連付けられているのではないかと言われていた。
花言葉は「幸福な日々」、「愛の告白」、「片思い」、赤いベゴニアは「公平」という意味もあるとか。
特に「公平」というのはお兄様を示す言葉として非常にピッタリだと思う。そう思うくらい、誰に対しても公平に接するのが、いいところであり、そして、その公平さを傾けるほどの何かがあったとき、お兄様は一線超えるようになる。
「それで、最近はどうなのですか?」
わたしの問いかけに、お兄様は苦笑していた。
「カメリアほど忙しくないよ。クオーレ伯爵領もだいぶ落ち着いてきたからね」
お兄様が現在抱えているのは、クオーレ伯爵領の一件。正確には、現在もロックハート公爵領に属しているので、伯爵領というのもまた違うのだけれど……。
アスセーナさん……もとい、リリオ・クオーレと協力して、アレコレやって領地の経営などの模索をしていたけれど、それも安定して、だいぶ落ち着いてきたらしい。
「いえ、まあ、そういう話ではないのですけれどね」
なんかアスセーナさんといい感じだったから、そっちの恋愛的進捗を聞いたのだけれど、まあ、お兄様は大体こんな感じでしょう。……恋愛に関してはわたしが言えた義理ではないけれど。
「そういえば、クオーレ伯爵領といえばですが、最近あの周辺の動きにおかしなものはありませんでしたか?」
わたしの問いかけに、お兄様は「えっと……。最近かい?」と少し戸惑ったようにしながらも、思い当たるものがあったようで、
「ああ、そう言えば結構、慌ただしそうな動きがあるけど、近々大規模修練場でも使うのかな」
ふむ、流石にあのあたりをずっと見ているお兄様には気づかれてしまう程度に、慌ただしさを隠しきれていないか。
そう、クオーレ伯爵領というのは、大規模修練場とかなり近い位置にある。近いと言っても、隣接とかそういう規模ではなく、それなりの距離感はあるのだけれど。実はクオーレ伯爵領と近いというのも、大規模修練場が疑わしい要因の一つである。
クオーレ伯爵領で魔力抽出実験が行われていたのも、この位置関係ゆえではないかという推測が出来るからだ。ロックハート領と近いというのは、もともと考えていた要素ではあったけれど、中でも、特に大規模修練場との位置関係が近いのは、地図上で神殿と被っているのと並んで、決定打になり得る要素であった。
もっとも、あくまで候補としての決定打であって、確証への決定打ではなかったけれど。
「さあ、どうでしょう。少なくとも錬金術の実験があるとは聞いていませんが……」
一応、国営施設一斉調査に関しては部外秘なので、お兄様には、こっちから聞いておいてなんだけれど、そんなふうにとぼける。まあ、錬金術の実験があるとは聞いていないというのは事実だし……。
「カメリアは最近どうなんだい?
忙しそうにしているのは知っているけど」
「ここしばらくは、あちこちへと出向くような仕事が多かったので大変でしたが、いまは事務といいますか、書類仕事の方が多いので、ある意味では落ち着いていますが、仕事に追われているという意味では忙しいですね」
まあ、お兄様もそのうち当主を継ぐので、いずれこうなるので他人事ではないのだけれど。
「それでも学園に顔を出す余裕があるくらいには、落ち着いているのはよかったよ」
「まあ出向いている場合、物理的な意味で顔を出せませんからね」
それこそ船旅中なんかは、余裕はあったけれど、物理的に学園に行くことができないのだから仕方ない。
もっとも、わたしも余裕があるからこうしているわけではなく、色々とやるべきことをやるために学園に来ていたのだけれど。
その一つが、クロガネ・スチールに話をすることだったのだけれど、ちょうどおらず、そして、バッタリ会ったお兄様とクロガネ・スチールが戻ってくるまでの間、話しているだけなのだが。
「そういえば、あの事務講師……、クロガネ先生だったかな。去年、あんなことがあった。彼が戻ってきたのは君がやったのかい?
アンディが酷く驚いて、色々と騒動になりかけていたんだよ」
まあ、ファルム王国からスパイをやっていた人間が、いきなり戻ってきたら、騒ぎになるのも無理はない。もっとも、学生のほとんどは、クロガネ・スチールのことをいきなりいなくなった程度にしか思っていないはずなので、一部の知っている人だけが慌てる事態だけれど。
「アリュエットさんが事情は知っているはずですから、すぐに収まったでしょう」
「まあ、そうなんだけどね。それはそれで、なんで彼だけ知っていて、自分には知らされていないのかと憤っていたけれど」
ふむ、わざわざ王子に伝えなくても、王子の周りなら話が通っている人が多いので、そこから伝わると思っていたのだけれど、まあ、その辺の情報伝達を怠ったのはこちらの落ち度ではあるけれど、そこまで憤るようなことだろうか。
まあ、王子である自分が知らないのに、公爵子息が知っているのは業腹だったのだろうか。
「うん、まあ、たぶん意図は伝わってないんだろうね。こりゃ、アンディも大変だなあ……」
何か訳知り顔でうなずきながら「我が妹ながらどうしてこうなったんだろうなあ」なんてつぶやくお兄様。しかし、まあ、どういうことかは分からないけれど、おそらく「お兄様の妹だからです」と答えるべきところなんだろうなとは思った。
「まあ、そんな感じでアンディは、いま拗ねているから、今度顔でも見せに行ってあげてよ」
「わたくしが顔を見せると余計こじれそうな気がするのですが」
時間が解決するのを待つべきでは?
そうすれば怒りも収まるでしょうし、まあ、なんでこうなったのかは、いずれ説明すればいいかと。
「ああ、うん、そうだね。まあ、でも、顔を見せればすぐに解決すると思うんだけどな……」
と言った後に「こじれるのはこじれるだろうけどね」と苦笑していた。何だろう、凄く面倒なものを見るような目をわたしとここにはいない王子に向けているように見える。
「まあ、お兄様がいうのでしたら近いうちに、王城にも用がありましたし、顔でも見てみようかと思います」
いろいろと手を回している陛下に、お詫びの品を渡すという表向きの目的と、そこでこちらに回ってくる仕事の配分を調整するという裏の目的を抱えて、近いうちに王城には行く予定だった。
ちなみに仕事の配分というのは、別に減らすというわけではなく、割り振りの変更というか、わたしに向いている仕事向いていない仕事というのが、ある程度定まってきたので、より明確に振り分けるということだ。
本来、仕事なんて選り好みできるような状況ではないのだけれど、やはり、こう緊急で仕事を回しているわけで、そこは効率化が必要だ。この場合のわたしに向いていない仕事というのは、長年の経歴や歴史に裏打ちされた情報が必要になるタイプのもので、過去の資料とかが乏しいわたしには不向きだ。逆に現状をどう回していくかとかは手持ちとラミー夫人への問い合わせだけで回せるので向いている。
「そうするといいよ」
そんなふうに笑うものの「お膳立てしたって進展しなさそうなんだよなあ」と嘆くお兄様。しかして、顔を出せば解決するというのだから、それは進展するということなんじゃないだろうかと思うんだけど。
「おっと、それじゃあ、次の講義が始まるからそろそろ行くよ」
「ええ、こちらも目的の方がいらしたので」
ちょうどクロガネ・スチールがやってきたので、次の講義に向かうお兄様を見送って、わたしは彼のもとへと向かった。
花言葉メモ
ベゴニア(赤):公平
カメリア(椿):完璧
グラジオラス(赤):堅固、用心深い




