240話:見えない尻尾を掴むため・その2
ロックハート領、大規模修練場。作中においても、ビジュアルファンブックにおいてもほとんど、いや、一切と言っていいくらい触れられていない施設である。まあ、現実にほぼ使われていない施設なのだから、当然といえば当然なのかもしれないけれど。
一応、わずかに、あるいは微かにと言っていいが、ビジュアルファンブックに記載はある。じゃあ、一切じゃないだろという話ではあるが、地図上に名前が載っているだけのそれを触れているなんて言うのもどうかと思うわけで。
この施設について、わたしにメタ的な視点で知っていることはまったくない。それこそラミー夫人と同じか、あるいは、ラミー夫人の方が詳しいと言っても過言ではない。
そんなわたしたちがほぼ一夜、語り尽くさんばかりに、色んな可能性を考慮して話し合った結果、出した結論は……
「何もわからないわ」
というラミー夫人の言葉に集約されていた。
わたしたちの思考も疲れ切っていて、果ては「修練場を爆破すればいい」とか「地面を土魔法で押し上げてひっくり返す」とか、暴力的かつ大雑把なものになって、結果、先にアーリア侯爵を殺すとかそんな方向に行きかねなかったので、そこで話し合いは終わりとなった。
「とりあえず、確証さえつかめれば事前検挙が可能です」
「もういっそ、冤罪で放り込んで、その間に徹底的に調査するのが一番だと思うのよね」
一時的な汚名は仕方ないにしろ、それで大規模な犯罪が防げるというのなら、それもやむなしとすら言い出した。
「どんな罪にしましょう」
「あら、止めないの?」
もうそんな気力ないくらいに疲れ切っている。
「そもそも侯爵家に対して科せる罪というのも難しいですからね」
「……あなた、処刑された理由を適当にでっち上げようとしていたけれど、公爵家の人間に科せる罪も同じくらい難しいんだからね」
いや、まあ、その節はどうもご迷惑をおかけしました……、としか言えないけれど。ぶっちゃけた話、公爵自身も加担している場合はともかく、ただの公爵の娘という立場なら、侯爵家ぐるみの冤罪を考えるよりも楽だと思うのだけど。
「やはり一番簡単なのが横領でしょうか」
「でもね、クロウバウト家のお膝元、ましてやサングエ家に嫁入りさせている身内までいる。そうなると、常日頃からかなり厳重な調査を受けているのは明白で、今更感が強すぎるわよね」
つまり、発見が遅すぎると。いや、まあ、現におそらく、未だに発見できていない方法で、コソコソとやっているのだから、現実はそうであるのだが、現実と現実味は違う。
この場合に必要なのは、現実がどうこうよりも、いかにそれっぽいと思わせられるかどうかだ。
「まあ、こんな仮定は意味がないのですけれどね」
民意というのは厄介だ。
例えば、冤罪でアーリア侯爵家を捕らえたとして、「冤罪だ」とか「王家が権威を振りかざして」とか言えば、結局のところ、どちらが正しいのかは、第三者機関に委ねられることになる。……ぶっちゃけその時点では冤罪なので、どっちが正しいも何も向こうが正しいのだが。
そうなると、わたしたちは動けなくなってしまうわけだ。正確には他の貴族や臣民たちによって動けない状況にされてしまうわけだ。
ここで権威を振りかざせば「それ見たことか」と大混乱が起きるわけで、それに乗じてアーリア侯爵家は雲隠れなり、目的完遂なりされてしまう。
だからこそ、確たる証拠が必要で……。
「あー、もう、自国のことっていうのが厄介極まりないわね。これがどっかの国の出来事だったら、適当にあなたに焼き払ってもらえば解決するのに」
「戦争になりかねませんからね、証拠もなしにそんなことしたら」
やけっぱちなことを言うラミー夫人に、呆れたふうに返しつつも、わたしもそれが出来たらどんなに楽かと心の中でぼやく。
「まあ、焼け野原になったとて、地下の構造物は残ったりするので、現実にやる場合は、もっと徹底的に、再起の芽を完全に潰すくらいの感覚でやると思いますが」
「怖いわよ……」
いや、一片でも逃したことで後悔する可能性を考えると、やるなら徹底的に、だ。
「……」
うつろな目で図面に目を移したラミー夫人に、わたしは目を向ける。
「これの築年数って何年だったかしら。老朽化を理由に吹っ飛ばせたりしない?」
「確かに、使用用途の面からして、周囲に特に民家や重要な構造物などを置かないようにしているので、やってやれないことはないと思いますが」
大規模修練場は、実験内容や訓練による騒音、秘匿性などの問題から、周囲にほとんど何もないような場所になっている。王都に建てられずにロックハート公爵領に建てられたのも納得できるだろう。
「老朽化が駄目なら、設計ミスの発覚とか、あとは今後行う予定の実験に耐えられそうもないので建て替える必要が出来たとか、言い訳はいくらでもできそうですが……」
まあ、設計ミスは設計士の人に迷惑がかかるので、あまりよくはないでしょうけれど。
「それいいわね。あなたが思いっきり魔法を炸裂させれば『実験に耐えられない』の信ぴょう性も出るでしょう」
確かに、耐えられないような実験ってなんだよって言われても困るし。魔法の実験って言えばいいのか。
「……この案、陛下が通すと思います?」
「うーん、無理ね」
笑顔で言った。ですよねー。わたしもそう思う。やっぱりわたしたちは相当疲れているみたいだ。
後日、この日の分の報告書を読んだ陛下は、頭を抱えて、わたしたちへの仕事分配を見直したという……。
「陛下が、私たちの話をまとめて、その結果、できた計画がこれなのよね」
ラミー夫人が見せてくれた書類に目を通したわたしは、正直、開いた口がふさがらなかった。
「大胆というか、なんというか、……わたくしでもこんな無茶はしませんよ」
「そうよね……。まあ、それだけ事態を重く見ているということでしょう」
プランはいたってシンプル。
いまから約1か月後に、王都外にある領主管轄外施設……、つまり国営施設を一斉調査するというものだった。
「確証もないのに、よくもこのような手段に踏み切りましたね」
「確証がないからじゃない?
そして、確証がないと向こうに思わせることも目的だと思うけれど」
つまるところ、確証がないからこれで確証を得ようというのが1つ。もう1つは、こんな作戦に出るということは、確証が掴めていない、あるいは、絞り込みすら出来ていないのではないかとアーリア侯爵家に思わせること。
「そのための全施設一斉調査……、ですものね」
そう、そのために全てを一斉に調査するなどという大仰な事態になっている。そうでないと、「気づかれているのでは?」とアーリア侯爵たちが思って、隠れるにせよ、実行するにせよ、踏み切られかねないからだ。
「まあ、そう考えれば1か月後というのは納得なのですが……」
人員を集めるのにも時間がかかる。それも、こっそりともなると。適当に人数だけかき集めればいいのなら、すぐにできるのだけれど、人員を精査しないと、アーリア侯爵家側の人間がいないとも限らない。
だから、期間には納得できる。でも……、
「何か問題でも?」
「いえ、この計画自体には何も不満はありませんが、時期が時期ですからね……」
「ああ、まあ、そうよね。大事な時期というのは間違いないわね」
そう。ウィリディスさんの出産予定の時期ともろに被る。そのへんはあまり考えるべきではないのかもしれないけれど、それでも、あまり良くはない。
「まあ、それに関しては、出産の時間を操れるわけでもないのだから、考えるだけ無駄よ。それよりも、実行日までのあなたの動きなのだけれど」
「分かっていますよ」
そう。ラミー夫人や陛下がいろいろと手を回すことになるので、わたしは書類仕事を一手に引き受けることになる。こればかりは、コネクションの少ないうえに、新しい公爵であり、同盟の立役者なんて目立つ肩書があり、注目度が高いわたしにはどうしようもない面があり、これまで派手に動き回る際に仕事を分配して引き受けてもらっていたという負い目もあるため甘んじて引き受ける。
「まあ、このところ、あちらこちらと慌ただしく動いていましたから、久々にゆっくりと根を付けた日々を送らせていただきます」
ミズカネ国に、ファルム王国に、あちこち行っていたから久々に王都でゆっくりする。まあ、仕事の山でゆっくりというにはほど遠いかもしれないけれど。
「あなたを動かさないのにもいろいろと理由はあるのよ?」
「目立つことやつながりが薄いこと以外ですと、まず要警戒対象のわたくしが王都にいることで油断を誘う、あとは、何かあったときに、方々にいるよりも王都ならどの方向にも対処しに行きやすいとか、そういうところでしょう?」
一応、立場などは分かっているし、だからこそ、その理由も何となくは理解できる。
「分かっているのなら、そう不服そうな顔をしないでほしいわね」
「いえ、まあ、分かっていることと、不服に思うことは両立しますからね。……何事もままならないものですね」
わたしはため息を吐く。五属性というそれなりに凄い力を持って、複合魔法なんてものまで使えても、この力じゃ、アーリア侯爵の尻尾を掴むことすら一筋縄じゃない。力だけじゃどうにもならないことはある。
これがまた、透視魔法とか未来予知とかそういうのなら違ってきたんだろうけど、まあ、それなら敵も同じことを出来る前提で考えると、余計に尻尾を掴めなくなるだけか。




