024話:カメリア・ロックハート10歳・その1
この日、わたしは10歳になった。
正直なところ、だからなんだという話なのだけど。誕生日を祝う文化というのはこの世界にもあるようで、それでもわざわざ誕生日毎に盛大なパーティーをやるほど無駄遣いが許されるものではない。
この辺りが貴族の面倒くさいしがらみでもあるのだけど、パーティーが質素だと貴族として外聞が悪く、領民への威厳にも関わる。でも盛大過ぎると逆に反感を買いやすい。だからこそ、ほどほどのパーティーを行わなければならない。
ただ、わたしの場合は婚約者である王子が参加するということを踏まえたうえでの「ほどほど」という非常に難しい誕生パーティーを行う必要がある。
お父様もお母様も頭を抱えたに違いない。お兄様は心優しいからか、本当にわたしを大事に思っているらしく、その分、盛大にしたいといっていたけど。
結局のところ、どの程度の規模になったかといえば、知人を集める程度の簡単なパーティーに収まったのだが、問題は場所。王子を招待するとなれば相応の場所で行う必要がある。特にロックハート領までわざわざ連れていくことは難しい。
まあ、わたしは別にロックハート家を継ぐ身ではないので、お兄様のように領地で誕生日パーティーをする必要はないだろう。お兄様の場合は、領民に顔を覚えてもらうという面や懇意にしている人々に祝ってもらう意味も込めて、毎年、ロックハート領で開いている。
わたしの場合はそこまでする必要はなく、どうせ将来的には嫁いでいくという意味でも、ロックハート家関係の交流を密接にする必要はないというのがお父様の考えらしい。
というのはあくまでも建前で、本当なら領地でやるのが一番いいのだろうけど、王子を呼ぶということを考えれば領民との交流よりも王族の安全性を取るのが当たり前。特に兄弟姉妹のいない王子なのだからなおさら。
そういうわけで、どこでパーティーを開くのが一番いいのか考えた結果が、王城でのパーティーとなったわけだ。王子としては滅多とない外に出る機会だから、ロックハート領で開いた方が喜んだでしょうけど。
「本日はわたくし、カメリア・ロックハートの誕生会にご来場いただき誠にありがとうございます。
こうして10歳を迎えられたのも見守、導いてくださる神々とそばで支えてくださった皆様のおかげです。その感謝を込めて乾杯いたしましょう」
仰々しい挨拶の後、わたしは一拍おいてから、皆に見えるようにグラスを掲げて、はっきり聞こえる声で言う。
「乾杯」
皆が近くの人とグラスを近づける。これで最初の挨拶は何とかなったかな。一応、今日の主役はわたしということになるのだから、その挨拶くらいはしっかりしないと。特に招いている面々の中には、わたしと直接的な交流の薄いクレイモア君の両親やシャムロックの両親なんかも含まれている。何より場所は王城だ。給仕は一応、ロックハート家からも出ているが、王城からの給仕者も多い。これは別にうちに問題があるわけではないけど、王子を護衛するうえでの配慮として素性の知れた給仕からのものしか王子は口を付けられないから。
というわけで、こんなところでへまをすればたちまち噂は広がってしまう。王子の婚約者としての品位がどうとか言ってくるような人たちではないだろうけど、それでもできるだけ無礼なく、下手を打たないことが大事だろう。
「よう、身の毛もよだつほど猫を被った挨拶だったぜ」
「あら、お誉めに預かり光栄です、シャムロックさん」
「誉めてねえよ。まあいい。ほらよ、プレゼントだ」
それは花だった。こういう場でよくプレゼントに用いられる花束ではなく、小さめの植木鉢に植えられた花ではあるけど。
「まあ、ありがとうございます」
「……なんで花束じゃないのかって思わねえのか?」
わたしの反応があっさりしていたからか、それとも本人も花束じゃないことに思うところがあったのか、そんなことを聞いてきた。
「花を育てるのが好きなシャムロックさんですし、育てた花を切り、束にして持ってくるよりはあなたらしいと思いましたよ」
実際、植木の花も枯れるのだろうけど、そこではなく、植物を育てるということに少しでも興味を持ってほしいというシャムロックなりの思いがあるのだろう。まあ、鉢から土がこぼれる可能性があるので、服についたり、床が汚れたりとパーティー向きではないのは間違いないけども。
「ちなみに、これはどのくらいの頻度で水やりをするものなのですか?」
「そうだな、週に1回くらいってところか。時期や気候にもよるが、土が乾いたら水をやればいい」
なるほど、なんか花ってせっせと毎日水をやっているイメージがあったけど、別にそこまで頻繁に水をやらなくてもいいのか。まあ、種類にもよるんだろうけど。
「では、大切にさせていただきますね」
そうはいいつつも持って回るわけにはいかないのでシャムロックに断って、花を置きに一度、その場を離れた。
戻ってみると、既にシャムロックは両親に捕まり、お父様とお母様のところに挨拶に行っていた。まあ、クロウバウト公爵家の跡取りとして挨拶回りがあるのだろう。
そんなわけで飲み物を片手にうろうろしていたわたしの元にやってきたのは、正装は正装でも、どちらかといえば給仕たちの服に近いような格好のクレイモア君だった。
「お誕生日、おめでとうございます」
そういって頭を下げる。相変わらず固い性格の様だけど、王子のそばについているのではなく、わざわざわたしに挨拶に来るくらいにはゆとりがあるようだ。まあ、王城内というのもあるのだろうけど。
「ありがとうございます、クレイモアさん」
律儀に祝いの言葉を述べに来てくれたクレイモア君を無下にできるはずもない。両親の手前、パーティーを楽しむというよりは警備方面に意識が向いているだろうクレイモア君だけど、わたしと話すときくらいは、その意識を和らげてあげたいものだ。
「こちらをお受け取りください」
そういってクレイモア君は細長い箱を渡してきた。わざわざ誕生日プレゼントを用意してくれたようだ。まあ、参加する上で手ぶらというのは失礼に値するというので両親も許さないだろうけど、けっしてそれだけではないと思いたい。
「ありがとうございます。開けてもよろしいでしょうか」
本来、こういう場でプレゼントを開けるのも良くないことだろう。他の人からのプレゼントと比較するようになるし、何よりそうした部分での優劣が他人に見えてしまう恐れがあるから。
ただ、そうした家同士のプレゼントは事前に公爵家の名義としてロックハート公爵家宛てに送られているので、ここはあくまで個人間の思いのやり取りとしてのもの。だからそこまで気にする必要もないでしょう。
うなずくクレイモア君を確認してから、わたしは箱を開けた。
「これは……、ペンダントですね。ペンダントトップのこれはダイヤモンドでしょうか」
チェーンにペンダントトップのついたシンプルなもので、子供がしていても華美ではない程度のペンダントだった。ダイヤモンドというと高級そうなイメージがあり、たかが誕生日プレゼントには重すぎる。
とはいえ、前世に比べれば、魔法による採掘や抽出により入手難易度が低下しているためそこまで高いというわけでもない。そのため値段のおおよそは加工技術……、ダイヤモンドの4Cにおけるカットの部分が占めている。
「ええ。以前、錬金術の大元には鉱石が深く関わっているとおっしゃっていたので、それをあしらったものです。お好きなようにおつかいください」
ああ、カシューナッツでのことを覚えていたのか。それにしても、お好きにと言われても贈り物をそれ以外の用途で使うつもりはないけども。
「ええ、では大事にさせていただきますね」
実際、ネックレスやペンダントなんかの首飾りは合わせる服にもよるけど、種類があっても困ることはない。デコルテ付近にワンポイント欲しいときとか、首元を引き締めて見せたいときとか用途によってアクセサリを変えるのは普通だしね。
「その……、いえ、では自分はこれで失礼します」
何か言いたげだったけど、クレイモア君は結局何も言わずに行ってしまった。わたしの返答に何か不満でもあったのだろうか。
プレゼントを持って歩きまわるのも行儀が悪いので植木鉢のところに置きに行ったら、そこにはアリュエット君がいた。
パーティーということもあり、珍しくメイド服ではなく男性の格好をしているので一瞬誰だか分からなかったけど、間違いなくアリュエット君だ。
「アリュエット様、このような場所でいかがされましたか?」
それに対してアリュエット君は一着のドレスを差し出す。これは……、アリュエット君が着るにはサイズが大きそうだ。特に胸元の当たりが。
「ぷ、プレゼントです。その……、何を渡したら喜んでもらえるのかが分からず、お召し物ならば複数あっても困らないでしょうし、その……」
なるほど。確かにわたしは登城のたびに服を変えているし、ドレスは何着あっても問題ない。サイズに関してはおそらくラミー夫人が調べているだろうから、問題なく着られるもののはず。
「ありがとうございます。こういったデザインのドレスは、自分ではあまり選ばないので新鮮ですね。どうでしょう?」
アリュエット君から受け取って、それを体に合わせてみる。デザイン的には少し派手というか大胆なデザイン。胸元が結構開いているし、スカート丈も短めだ。サイズが小さいのではなくて、そういうデザインなのだろう。
まあ、あのラミー夫人が好みそうな雰囲気の服である。普段、間近で見てきた女性のイメージがラミー夫人ならばこういうドレスをプレゼントに選ぶのは分からないでもない。アリュエット君の中で一番近くて、一番尊敬している女性がラミー夫人だろうし。
「と、とってもよく似合っています」
恥ずかし気にいうアリュエット君だけど、プレゼントを用意したのは君だし、どちらかと言うと恥ずかしがるのはわたしの方ではなかろうか……。
しかし、まあ、自分では選ばないと言ったように、わたしが普段着ているドレスとはだいぶ方向性が異なる。というか、ラミー夫人のような大人の女性が着てこそのデザインだ。わたしの年だと背伸びしすぎに見えるだろうし、着る場所は選ぶ必要がありそうだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです。アリュエット様はドレス……いえ、失礼、いつもの服装のイメージが強すぎまして。失言でした」
「ああ、いえ、その一応、着ることもありますので」
ついつい、アリュエット君がドレスを着ているところを想像してしまう。男だとは分かっているんだけど、声や外見は完全に女の子だから分かっていてもつられてしまう。
「今度、機会がありましたらアリュエット様のお洋服もお選びしましょう」
「は、はい。その時は是非に」
アリュエット君はどんな服が似合うだろうか。……どうしても女性向けの服が思い浮かぶのを頭の奥に追いやる。
「では、僕はこれで……」
彼はそう言うと頭を下げて、足早にパーティーの中心に戻っていった。
ドレスをそのまま置くわけにもいかないので使用人に任せて、わたしもパーティーの中心に戻った。人数も少ないパーティーなので、最初に挨拶回りをした後は自ずといつものメンバーみたいな感じで固まるのは自然なことだろう。
例にもれず、お兄様と王子、その側付にウィリディスさんがいた。もっとも、ウィリディスさんは会話に参加していないけど。
「殿下、お兄様、この度はご出席いただき誠にありがとうございます」
さすがに公の場で使用人を同じように扱うわけにはいかないので、ウィリディスさんには目で挨拶をしておいた。実際の地位で考えるならば真っ先に挨拶したほうがいいのかもしれないけど。
「やあ、カメリア。朝にも言ったけど改めて誕生日おめでとう」
「誕生日くらいは素直に祝ってやる」
お兄様は今朝も祝ってくれたし、その時にすでにプレゼントもいただいている。さすがに、家族なのに外の人を呼んでいるパーティーでプレゼントを渡すのもどうかと思うし。ちなみにお兄様からはブレスレットをいただいた。
シンプルで色々な服に合わせやすいものを選んでくれたのは、わたしが服をとっかえひっかえしていることを考慮してだと思う。
「お祝い下さりありがとうございます」
正直、王子に素直に祝ってもらえるとは思っていなかった。まあ、その辺を取り繕うことはできるでしょうし、なんやかんや祝いの言葉はくれると思っていたけど。
「これはプレゼントだ。とはいえ、オレが直接、店に買いに行くことはできないからな。細かな部分はウィリーのセンスに任せてあるが」
取り寄せたり、店の人に持ってこさせてそこから選んだりということはできなくもないだろうが、王子はウィリディスさんに任せるという選択をしたようだ。
「これは髪飾りでしょうか」
箱にも入っておらず、手渡しでもらったそれは髪飾りだった。そんなに大きなものではないので合わせやすく、かといって安物ではない。細部への装飾と埋め込まれたジェンマが高級品であることをうかがわせていた。
しかし……、髪飾りとは、また厄介な贈り物をしてくれる。装飾品の類は全般そうだけど、特に髪飾りは厄介だ。髪飾りは身に着けやすい。こうして公の場で贈られると、着けていても着けていなくても注目されるのだ。
ネックレスやブレスレットなどは服によって身に着けていなくても不思議ではないし目立たなくもなるのだけど、髪飾りはそうもいかない。もちろん髪型によっては不要ということもあるし、服装に合わせた髪型しだいでは着けていなくても不思議ではないのだけど、毎回そういう髪型にしていると「身に着けたくないのでは」という妙な勘繰りをされてしまうことになる。
「珍しい装飾だよね。この辺じゃあまり見ないかもしれない」
そんなわたしの心情を知らずに、お兄様は髪飾りについて言及する。確かに髪飾りの装飾はあまり見ないものだった。花の模様が彫られているけど、この国でポピュラーな花ではなくて、ハスのような。
「別大陸のものを参考に作ったものらしい」
「なるほど、この国では大海の向こうのものはあまり入ってきませんからね」
別の大陸に行くには、大海に出なくてはならないのでアルミニア王国が管理している以上、この国には中々、外のものが流れてこない。
実際、この髪飾りですら別の大陸のものではなく、それを参考に作ったものである。
この「たちとぶ」では、別の大陸に関する話が出てくるのは「たちとぶ2」だけで、しかも直接登場することはなくて、べつの大陸から盗まれてきたものとかで間接的に登場する程度だったはず。
「貴重なものですから大切に使わせていただきますね」
というのは建前で、貴重だからということであまり使わないということにしたいだけなんだけど。
「ああ、せいぜい大事に使え」
そう言うなり、王子はウィリディスさんを連れて、いってしまった。お兄様はその後をすぐに追いかけていく。何か気に障っただろうか。
ちなみに、このパーティーに参加していないが、パンジーちゃんからは誕生日プレゼントとして、なぜか干物が送られてきていた。ブレイン男爵家は表向きの理由として、移動に時間がかかりすぎるためパーティーのためだけに呼ぶのは申し訳ないということで誘っていない。
しかし、考えれば分かるけど、王族と公爵家しか参加していないパーティーに呼ばれるブレイン男爵の立場を考えれば、誘わない方が優しいというべきだろう。
パーティーは王城で行っていたこともあって長時間占拠できないうえに、公爵家は多忙なため、しばらくして、パーティーはお開きになった。




