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239話:見えない尻尾を掴むため・その1

「大規模修練場……?

 確かに怪しさは十分だけれど、本当にそこにあると思っていいのかしら?」


 わたしの報告を受けたラミー夫人の一声はそんなものだった。まあ、大規模ではないとはいえ、事前に散々調査をしているであろう場所なのだから、そんな反応になっても仕方がないでしょうけれど。


「おそらく、ですが。しかし、一番可能性が高いのは間違いないでしょう」


「……じゃあ、ちょっと本格的に調査してみましょうか」


 本格的。そんな言い方をすると、いままでの調査が本格的ではなかったみたい。いや、まあ、本腰を入れての調査ではない以上、本格的と言えなかったのかもしれないけれど。


「とりあえず、王城の別棟に行きましょうか。理由は……、まあ、適当に考えましょう」


 別棟。資料を管理する別棟のことだろう。そうなれば目的は歴然だろう。


「大規模修練場の図面ですか?」


「ええ、たとえ通路や部屋の記載はなくとも、構造上絶対に不可能という点などは見て分かるもの」


 まあ、それはそうだ。隣の部屋との関係上、どうしても無理とか、地下構造物の関係上どうしても無理とか、そういうことは分かるでしょう。


「でも、あの施設の構造上、図面で割り出せるでしょうか?」


「あくまで絞り込みよ。難しいのは分かっているし、実際はかなりの総当たり調査になるでしょうね」


「それじゃあ……。と、いってもわたくしとラミー様が一緒に動くとなるとどうにも目立ちますね」


 いくら理由を付けるとは言っても、わたしたちがセットで動くというのは、目立つ。立場的にも見た目的にも、注目度的にも、だ。


「仕方ないわね。陛下に話を通して、写しをもらうわよ」


「扱いが難しいのであまり取りたくはない手段ですが……」


 設計書や図面というのは、何かがあって汚れてしまったり、破けてしまったりしたときのために、写しをいくつか保管してある。

 通常、そうした写しすら持ち出すことは厳禁で、非常に厳重に管理されているのだけれど、まあ、事態が事態なので許可は下りるでしょう。


「まあ、要件が終われば焼却処分ね」


「それはもう灰になるまで燃えつくすしかないでしょう」


 写しを持ち出すということは、それ相応の処分をしなくてはならない。それこそ、返せばいいだけではという話になるが、一度持ち出したものを返すのにもそれなりに面倒な手続きが必要になるので、それならいっそ返さない前提でいる方が楽ではある。

 そして、処分するなら、絶対に見られる心配がないよう、灰になるまで燃やし尽くすのが堅実だろう。





 そうして、手に入れた図面の写しをラミー夫人が広げた。


 二階、一階、地下とある平面図を見る。大規模修練場は地上二階、地下一階の三階構造。二階には、修練場内を見回せ、安全に実験結果や訓練の様子を見ることができる観測室。一階は修練場となっていて、地下は荷物を置くための倉庫や更衣室などの小部屋が配置されている。もちろん、修練場の直下にそんなものがあったときに、大きな実験でどうなるか分かったものではないので何もないはずだ。


「二階からどこかにつながっている可能性は限りなく低いと思うけれど」


「ですが、柱の中が空洞で……、という可能性も否定はできないでしょう」


 柱をくりぬき、二階から直通で一階を素通りして地下まで……ということが不可能ではない。もちろん、柱の耐久性などの点で考えるべきことはあるが。


「でも、柱の直下はいずれも、地下室につながっているわね。その可能性は低いんじゃないかしら」


 もちろん、この場合のつながっているというのは、部屋の中央を貫いているとかそういうわけではなく、地下室の壁と重なっている。地下室は壁の厚さが15センチメートル以上はある。大規模修練場の場合は約30センチ。

 しかし、耐力の関係上、地下の壁をくりぬくというのは、かなり危険な行為だ。それこそ、大規模修練場がどうなってもいいというならともかく、大規模修練場が使えなくなっては、カモフラージュにもならず、むしろ、発見されるリスクが高まるだけ。

 まあ、流石に一か所破壊しただけですぐさまどうこうなるような不安定な造りではないはずだけれども。


「一階はほとんど抜けた構造ですから、こちらも可能性は低いと思いますが」


 一階はほとんどがピロティのような構造になっていて、柱同士の間に、風や視線避けこそあるものの、それ以外は地下に続く階段くらい。


「逆に言えば、一番分かりにくいともいえるわよね」


「確かに、あの広大な修練場の全域を当てもなく調べるのは難しいかもしれませんが」


 中央付近と地下に部屋がある部分を除いたとしても、そこそこの範囲がある。穴の内容にしらみつぶしするとしたら、数時間はかかるかもしれない。


「一番可能性が高いのは地下ですが、逆に言えば、そんなあからさまに分かりやすい、調査する人も注意するであろう地下なのかという疑問もあります」


「まあ、意図的に隠し部屋や通路があると思って、念入りに探す前提で、注意するのが地下という話であって、普段何気なく見ている分には気にしないかもしれないけれどね」


 そう言われるとそうではあるし、一番人通りが少ないという意味では持ってこいなのだろうけど。


「地下なら、煙とかで風が流れ込む先を見て……なんて方法が使えればいいのだけれどね」


「換気のための空気口がありますからね。余程煙を充満させたら分かりませんが、そんな中にいたら、わたくしたちが先に参ってしまいます」


 煙は上に向かう。地下の換気用の空気口も上にあるので、ほとんど意味はないだろう。


 円周上の配置……、正確に言えば円を分割して間に長方形を挟んだような……、サッカー場とかそういうスポーツの会場のような形をした建物。

 ミステリなら円周上配置を生かして部屋の数をごまかしたり、施設が回転したり、なんてこともあるけれど、流石にそんなことはないでしょうし。


「あるとすれば、ここでしょうか?」


 わたしが地図上で指差すのは、地下の部屋と部屋。正確にはその間。

 長方形と半円の組み合わせである以上、そこに四角形の部屋を等間隔に配置すると、どうしても、半円上には、正方形や長方形として置くなら隙間が生まれてしまう。


「普通に考えればね。だから既に調査済みなのよね。少なくとも空洞はないというのが調査結果。つまりここじゃないわ」


 まあ、でしょうね。各部屋調べるとしても、そう時間かかることではないし、単純に考えれば分かるこんな場所を調べていないわけがない。


「そうなると一般的な階段下なども調査済みでしょうし……、上下水道の類か……、上下水道?」


 そこでわたしにある閃きが舞い降りる。定番と言えば定番である、とあるものを忘れていた。


「さすがに下水道はないわよ。一応調べたから」


「ええ、ですが、ここはどうでしょう」


 それは、漫画などではそこそこ侵入口として使われる通気口。この場合では、換気用に空気口。


「確かに、地上と地下の間には、地上の建物を支える意味でも、結構距離がある。空気口の構造も真っすぐ直下につないでいる構造ではないし」


 そう、空気用の穴は、雨水などの侵入を防ぐために、地上部分は逆L字や屋根付きなど、様々な形になっていることがあるが、地下室の直上が大規模修練場という施設であり、そういった出っ張ったものがあると危険な場所であるため、それらは地下から大規模修練場の外、その周囲に引っ張られている。


「つまり、どれかの空気口から、つながっている可能性はある……と」


「他に可能性がないわけではありません。あくまで候補の一つです」


 ここになかった場合、もう、どこにあるのかも思いつかないけれど。それでも、ここ以外という可能性は十分あり得る。


「ここだったとしてもどうやって調査するかという問題が残るわよね」


 確かに、すべての空気口に入って調査するには、人手も時間もかかる。何より目立つ。

 最終的には、人手も時間もかけて、目立ってでも調査をすべきなのだろうけれど、その前の確証を得るための調査で、それはできない。


「この先は、現地で見てみないと何とも言えませんが、例えばカビや埃でしょうかね」


「確かに人が出入りすれば埃やクモの巣がないというのは分かるのだけれど、カビ?」


 埃やクモの巣というのは、人の通った痕跡を見るのに使われがちである。ただ、まあ、クモが巣を張る頻度など問題もあって、そんなに便利な証拠ではないかもしれないが。


「場所は地下とつながる場所ですからね、地下というのは湿気が溜まりやすい。別の場所につながっているということは、そこだけ、湿気が地上まで流れ切らずカビができやすかったり、一部で滞留する可能性もあれば、逆に湿気が別の場所に流れやすいためカビが全然なかったり……、なんてことがあるのではないかと思っただけです」


 もっとも、これは地下の構造にもより、湿気というのは上よりも下に溜まるため階段から流れ込んできて階段付近が溜まりやすいこともあれば、逆に階段に流れていき溜まりにくいこともある。季節、地域、気候、構造、様々な要因でどうなるかが変わるため、一概にこうだからこうと断定はできない。


「後は風や、先ほど言っていたような煙とかでしょうかね。別の道があれば、その分、そちらに流れ込んで、上から出てくる量が変わるかもしれませんが」


「なるほどね。ちなみに、他に、何かあるとしたらどこだと思う?」


「さっぱりですね」


 大規模修練場が「たちとぶ」でも「たちとぶ2」でも「たちとる」でもいいから触れられていたら何かヒントがあったかもしれないけれど……。

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