表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
238/275

238話:銀嶺山脈爆破事件解決・その2

「銀嶺山脈に……ですか?」


 ラミー夫人の言葉に、思わず聞き返した。


「ええ、そう。いまから行ってもらおうと思って」


 いわゆる現場検証。銀嶺山脈の爆破事件における犯人の証言が正しいものであるかを、事件現場に赴いて検証する。その検証を手伝えという話だった。


「いえ、まあ、それ自体は別に構いませんが……。あちらは大丈夫なのですか?」


 ミズカネ国に、ファルム王国とここ最近のわたしは国を空けることが多かったし、今回は国を空けないまでも王都から離れ、北方へと向かうとなれば、仕事も溜まるし、アーリア侯爵の件も気がかりだ。


「その辺の調整はこちらでどうにかするわよ。こちらとしても滞るのは避けたいのだけれどね、向こうが尻尾をなかなか見せないのも気がかりだし、あなたが動くことで……っていうのはずっと狙っているのだけれど、あまり功を奏しないけれど」


「まあ、今回の事件の発端であるところの遺跡を見てみたかったので、わたくしとしてはありがたい限りですけれど」


 かつて存在した遺跡。旧き時代……それこそ、メタル王国よりも以前の時代の遺跡ともなれば、わたしですら知らない情報がある可能性はある。

 まあ、それとは関係なく、単純にいわゆるオタク用語の「聖地巡礼」みたいな気分でもあるのだけれど。物語の舞台となった場所を訪問する。まあ、現状、ディアマンデ王国にいること自体がそれそのものであるような気もするけれど。


「何かあるのかしら?」


「ラミー様が期待されるようなものはないと思いますよ」


 あの遺跡自体、作中で特に言及はなかったものの、山の神殿は、山の神に基づく信仰。


 山の神とは何ぞやという話になるけれど、いまの太陽神と月の神、そして属性神の信仰がこの大陸に根付いたのはメタル王国による大陸統一後の話であって、それ以前の大陸には様々な信仰があったとされている。

 特に大地の神である土の神ドゥベー様を中心に、前世の世界で言うところの山岳信仰や大地母神としての信仰をしていた種族もあると言い、それゆえに、あの遺跡には大地から得られるものであるところの金銀財宝の類や宝石などがお供えされていたわけだ。


 このあたりの説明はビジュアルファンブックのQ&Aに書いてある話を多少、考察で補ったものではあるけれど、外れてはないと思う。


 だから、ラミー夫人が考えるような「何か」はないと思う。せいぜい……などと信仰に言うのは失礼極まりないが、せいぜいドゥベー様に対する信仰の文言とか作法とかそう言ったものが記されているくらいだろう。


「まあ、そうでしょうね。簡単な調査はしてもらっているもの」


 当然、遺跡が爆破によってあらわになってしまってから、北方でも選りすぐりの人々が調べている。が、特に何か新しい発見はない。もちろん、わたしに求められているのはそういう専門的知見ではなく、盤外からの視点であることは理解しているうえで、ラミー夫人がこういうということは、本当に何もなかったのだ。

 少なくとも、わたしがここでのべつ幕なし語る知識にプラスされ得るようなものが何も。


「観光気分というのは少し気を抜きすぎかもしれませんが、ファルム王国ではそれどころではないような慌ただしさでしたから、知見を深めるという意味でも、北方に行かせていただきます」


 まあ、行ってこいというのを断る理由はない。もちろん、アーリア侯爵家の件が片付かない限り、油断はできないのだけれど、肝心のアーリア侯爵家が動かない以上、王都にいてやれることはほとんどないに等しいのも事実。

 何かあったときに対応するための待機くらいのものだろう。






 と、そんなわけで、わたしは北方のジョーカー公爵領にある銀嶺山脈の中腹、爆破によって露出した遺跡に来ていた。


 遺跡と言うからにはもっと古めかしく、寂れたというか廃れたというか、そんなイメージだったのだが、意外と綺麗に保たれていた。神の加護とでもいうべきか、それとも、ただ状態がよかっただけか。何にせよ、見て回る際に、崩れ落ちて生き埋めになるような危険はないということで、外で行われている実況見分をよそに、一人粛々と遺跡を見て回る。


 遺跡には何もない。


 それは本当だった。本当に何もなかった。だけど、それがわたしに一つのひらめきを与えた。

 そう、かつてここには金銀財宝と宝石があった。それが、アストレイやアイリーンの手に渡り、アイリーンの神殿が建てられる。


 金銀財宝は資金に、宝石は神殿に。


 宝石。


 ヘリオドールは、自分たちの状況を「ある種の呪い」と言ったらしい。「呪」。それは比喩的な表現だったのだろう。だが、ある可能性に結びつく。


 もし。もしもだ。アイリーンの神殿に装飾された宝石たちが、魔力を……、いやアルカイドの言うところの「願い」を込められる宝石だったとしたら。そして、そこをアーリア侯爵家が拠点にしていたとしたら。その並々ならぬ思いが「緑色に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」のように「呪」へと転じたとしたら。


 わたしやラミー夫人は、短命や早世というのは誤差の範囲だと思っていたし、偶然によるものだと判断した。


 だが、「緑色に輝く紅榴石(グリーン・ガーネット)」が同族を魔力へと変える呪いであったように、神殿に装飾された宝石たちに宿った「呪」もまた、魔力として、わずかずつでも変換していたとしたら。


 もちろん、全員が短命というわけではない。だから中には本当に偶然だったのかもしれないが、もしかすると、一部は……、それこそ、「ある種の呪い」にかかっているものたち……、アイリーンの神殿に多く、あるいは、長く訪れているものたちは、知らず知らずに、それこそ、偶然や誤差の範囲で済む程度に命が魔力に変換されていたとしたら。


 ……これはただの憶測にすぎない。


 確証はない。だけど、そうだとするのならば、腑に落ちる。


 そして、それを知ってか、知らずか、おそらく彼らは、吸い出した魔力を貯める媒体をその宝石にした。

 わたしは吸い出した魔力を何に貯めるのかと疑問に思ったことがある。直接、フェリチータに注ぎ続けるわけにはいかない。吸い出した魔力を一時的にとどめるのならともかく、長期間貯蔵するとなると、何か魔力を入れておくことのできものが必要になる。


 おそらく「呪」として「願い」ではなく「呪い」をため込んでいるかもしれない宝石たちならそれも可能。


 そうなると、つまり、彼らアーリア侯爵家が拠点にしているのは、遥か昔、メタル王国という国を興した建国女王アイリーンの神殿。


 罰当たりな……とも言えないか。神々ならいざ知らず。神殿という言い方も正しくはない。そして彼らにとってはただの昔、大陸を統一した偉人程度であり、いまや国さえ違うのだから、敬う義理もない。そもそも一般的にはメタル王国のことすら忘却されているのだから信仰も敬愛もへったくれもない。


 ともかく、やはりというかなんというか、アイリーンの神殿は彼女の生まれた地、つまり、現在で言うところのロックハート公爵領に収束する。いや、これまでも、おそらくロックハート領にあるだろうと思っていたけれど、これでより場所が特定できるという話。


 当時と比べると、地形はそこまで変わっていなくても、神殿は影も形もない。でも、地図をひっくり返してみれば、大体の位置は記憶と照合できる。


 その位置にいまあるのは……。





 ロックハート領の中には、領内にありながら、ロックハート公爵家の管轄にないものが複数存在する。いわゆる公的機関、国の管轄するものである。などというと、ロックハート領だけが特別のように聞こえるが、実際は大なり小なりどの領にも管轄外のものが存在する。


 分かりやすい例でいうのなら私兵ではない、派遣されてきている騎士たちの詰め所などだろうか。詰め所などで通常予算に差しさわりの出る規模での何かがあったときに、緊急性がある場合は、自治や安全のために領主が一時的に負担することもあるが、請求自体は国に行く。ちなみに、騎士ならスパーダ公爵家ではないのかと思わなくもないが、彼らが管理しているのは騎士であって、各地の詰め所は国の管轄。王都の詰め所はスパーダ家に与えられたものなのでスパーダ家の管轄でもあるのだけれども。


 まあ、そんな話は置いておいて、ロックハート公爵領には、そんな公的機関であり、国の管轄するものが他領よりも多く存在する。


 それは公爵家が管理する領地というのもあるし、他の領地に比べて広いというのもあるが、とにかく、王都周辺に入りきらなかったものが流れてくるような形で、いくつかあるのだが、それらはロックハート家ではノータッチなのだ。不干渉と言ってもいい。このあたりにはいくつか理由があるけれど、大きいのは、公的機関の私物化と思われかねないことである。


 実際に公私の区別はついていたとしても、国の管理するものを管理していたらそんないちゃもんを付けてくるやつらがいるということ。


 だからこそ、ロックハート領内にありながら、ロックハート領のものではないという特殊な土地。その中の一つに、大規模修練場と呼ばれるものがある。

 この大規模修練場とは、修練という名前から騎士団関係の施設に聞こえるが、実態としては、騎士団も使うが、大型屋外実験場などでも足りないくらい大規模な実験を行うときに利用されるのが主な用途である。


 もっとも、その規模の実験はほとんど行われないので、騎士たちが合宿規模の訓練を行うときでもない限りは、大体使われていないのが現状なのだけれど。


 そして、その位置が、かつてアイリーンの神殿があった位置と大体一致する。


 もちろん、堂々と修練場そのものを使っていることはないでしょうけど、おそらくはその地下。どこかに神殿までつながる入口の類があるはずだ。


 ……何でこんないかにもな怪しい施設があるのに、そこで何かあるって気づかないんだよと思わなくもないが、ロックハート領にある公的機関は大体似たようなものだし、そこをそのまま使っているとかならともかく、地下とか隠し部屋があるとかってなると、大規模な調査を行わないといけないわけで、確証もないのにそれを行えば、アーリア侯爵に、探っていることだけをバラシて何の成果も得られないということもある。しかも複数の施設に一斉にやらなくてはならない。それが出来るだけの人員を集めるのでさえ時間がかかるし、バレやすくなる。


 だから、あくまで怪しい場所として候補の一つに挙がっていたものの、そこまでだった。

 でも、神殿との関連を考えれば、大規模修練場の一点に絞って調査を行える。


 おそらくこれが、アーリア侯爵たちの見えないしっぽをつかめる、その手掛かり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ