表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
237/275

237話:銀嶺山脈爆破事件解決・その1

 結局のところ、陛下たちとの相談も含め、騎士による抜き打ちの野外演習は、貴族たちに怪しまれないように、準備の期間も含めて、調整が様々行われて、わたしがクレイモア君に相談してから2日後の昼から行われることになった。


 ラミー夫人の計算では、順当に馬や当人を休ませた場合や休ませなかった場合、そのうえで、色々な状況などを加味しても、その間に到着するという可能性はほぼ限りなくゼロに近いという判断。


 アリュエット君の計算はあくまで最短。だが、馬にも人にも疲労は溜まる。馬車だって無茶をすれば車輪や軸が痛む。だからこそ、真ん中を突っ切る形で、多少時間をかけてやってくるというのがラミー夫人の推測だった。


 なぜ西回りでも東回りでもなく、まっすぐなのかと言えば、何となくわかるものではあった。


 この国の東側は農耕が盛んな風土である。農耕には気候や土質、そして水が必要だ。もちろん、だからと言って、水があるから火薬に湿気が……などというわけではない。東側を通ったら火薬がすぐに使えなくなるなんてことはないが、貯水池に農耕用水路など、馬車で正規の道以外を通るにはそうしたものにぶつかる可能性が高く、スムーズな進行は困難であり、リスキーだ。

 では西側。こちらは当然ながら、爆破したパイライトがファルム王国出身であるということが明るみになれば、西側が警戒されるのは道理。もちろん、ディアマンデ王国側では、それを把握していなかったわけだけれど、どのタイミングでそれがわかるかもパイライトには分からないし、ましてや正規の道を進んでいるわけではない彼にとって、情報というのは銀嶺山脈の爆破について確認したあたりで止まっているはずだ。そして、止まることになることはあらかじめわかっていたはずだ。であるならば、次の目的地が王都だとバレていなかろうと、……ファルム王国に関所を通らず塀を乗り越えて帰ろうとしていると誤解されようと西側の警戒は強くなるのが想定できる。だから、西側だけはない。


 東と西がつぶれれば消去法的に真ん中。


 もっとも、パイライトがディアマンデ王国の地形というか風土を知らなければ、東側を通る可能性もある。

 西側だけはないとして、もともと時間がかかる東側で、地形も考慮すれば遅くなることはあっても早まることはない。

 だから東側の可能性は若干残しつつも、やはり真ん中を前提に考えるべきだということになっている。


 そのため、クレイモア君たちの展開の仕方も、北側から東側にかけてを重点的に展開する形になっている。あくまで重点的であって、他に展開していないわけではない。






 そうして、演習が始まってしばらく、通る商人や貴族などの正規の道を通ってくる馬車に、演習の旨を説明しながら、軽く確認をして通すというのを続けていた。そんなものを急にやって文句の一つや二つも出るだろうと思っていたが、北側は特に検問が意地されているためか、そこまで騒動になるようなことはなかった。


 演習を始めてしばらく、日が傾き始めたそのころに、北側から一輌の馬車が駆けてくる。とてもまともな道を駆けてきたとは思えないくらい幌がボロボロで、枝などにひっかけたのであろうことが感じ取れる。


 とてもではないが貴族の馬車には見えず、それでいて、商人なら商売道具であり、なおかつ大事な商品を載せた馬車をこんなにもボロボロになるような運用はしない。あるいは野盗や強盗にでもあったのかとも思うが、それなら逃げられないように馬から潰されるのが定石だろう。後ろを追ってきているようなものも確認できない。つまりとびっきり怪しい馬車。


 もちろん、普通の犯罪者なら、騎士たちが展開していたら大人しくするか、隠れる、撤退するなどの行動が考えられるけど、パイライトの目的は王都でのテロのようなものだ。それも内部に入らずとも、周辺で、なおかつ人目があればよりいいとさえ言える。

 まあ、こうなった時点で、犯人から「自分が助かる」という選択肢が消えたかもしれないけれども。


 ただ、まだわずかながら無関係の馬車という可能性も残っているけれど、このタイミングで、そんな馬車が来る確率がどれほどだという話にもなる。


 騎士が馬車を取り囲み、歩みを止めさせる。

 すると男が積み荷に向かって何かしようとしているのが見えて、わたしは騎士団の後ろから馬車に向かって水魔法を飛ばした。幌がボロボロだったのが好都合だ。とりあえず爆破なり放火なりは防げただろう。


 すぐさま、騎士たちが男を捕縛する。当然、魔法を放ったのがだれかというのが調査され始めるが、わたしは見つからないようにかなり遠くに隠れていたし、クレイモア君がすぐにわたしのしわざだと理解して、処理に動いてくれているようだ。


 馬車の中には水浸しの爆薬と無数の発火材のようなものが転がっていたようで、それらを押収している騎士たちを遠目に眺めながら、銀嶺山脈爆破及び王都城壁爆破未遂事件は犯人逮捕で幕を閉じた。







「という感じでしたね」


 目の前にいるラミー夫人は、わたしの報告を受けてうなずいた。ここはいつものラミー夫人の部屋……ではなく、わたしの家。なぜ、わたしの家かと言えば、部屋の隅に立っているクロガネ・スチールが原因だ。


 さすがに、彼を機密だらけのラミー夫人の家に連れていくわけにはいかない。まあ、ラミー夫人がそんな雑な管理をしているわけがないのだけれど、念には念をということで、あまり良くはないのだけれど、ラミー夫人がわたしの家に来ている。


「騎士団からの報告とも概ね一致するわね」


 まあ、一致しなかったら大問題だ。当たり前のことながら、わたしがウソを報告する理由はないし、騎士団も虚偽の報告する意味はない。それなのに話が食い違ったとしたら、大問題。


「騎士団ではパイライトの処遇はどうなっていますか?」


「取り調べは一部の騎士で進めているわ。表向きはただの馬車で王都に突っ込もうとしたバカということで処理されている。まあ、あれだけのことで、銀嶺山脈の爆破と結び付けて考える人も相違ないでしょう。実際に爆発していたらともかく、それ自体はあなたが食い止めてくれているしね」


 確かに、傍から見ただけでは、あれを銀嶺山脈の一件と絡めて考える人は、まあいないでしょう。いたとしても、仮説の域を出ないというか、難癖や暴論の類に見える程度。


「……ファルム王国とのつながりに関して騎士団はどういう解釈に?」


 さすがに押収や押収物の調査、精査を一部の騎士だけで担っていたら、いくら理由付けはしたとはいえ、抜き打ちの演習とも関連付けて、勘繰る、あるいは勘づく人がいてもおかしくない。


「いまのところはどちらともいえないということになっていて、両国間の関係性を考えて伏せることにするというのが騎士団側からの公式の発表ね」


「なるほど、本当にファルム王国につながりがあるとも、ファルム王国につながりのある人間のしわざに見せるためのものとも言い切れないからという形ですね」


 まあ、自分がファルム王国の人間だとわかりやすくアピールする必要がパイライトにあったとはいえ、そのおかげで逆にわかりやすすぎて怪しいという疑念が生まれてしまっているのか。


「それで、こちらとしては同盟に差しさわりの出そうな面倒があるアレコレを避けるべく、同盟への悪感情などは伏せ、ただの愉快犯か、爆薬が上手く売り捌けずやけになった商人として処理したいのだけれど、ファルム側はどうかしら?」


 話を振られたクロガネ・スチールは、ため息を吐く。問題が発覚すれば双方に不利益だが、特に原因が自分たちの側にあるとなるとややこしさは増す。そう考えれば、個人の感情を抜きに損得だけで言うのなら彼らに選択肢などない。


「それで構いません」


 上に確認を取らなくていいのかと思ったけど、まあ、同じ判断をすることは分かっていたし、ある程度の判断の裁量を任されていたのだと思う。


 一仕事終えて、ようやく終わったとでも言いたげな顔をしているクロガネ・スチールに、わたしは一つ、伝え忘れていたことがあったのを思い出した。


「ああ、そう言えば、クロガネ・スチール……、いえ、クロガネ先生。あなたには王立魔法学園で事務講師に復帰してもらうことになりました」


「は……い?

 なんと?」


 聞き取れなかったというより、聞いたことが信じられなかったという表情で聞き返してきた。それに対して、わたしはもう一度言う。


「ですから、ディアマンデ王国の王立魔法学園での仕事に復帰してもらうと。もちろん、密偵行為ではなく、普通の仕事としてですが」


「なぜそうなる……」


 聞いたことが間違っていなかったとわかると、今度は一体全体どうしてそうなったとでも言わんばかりに眉を寄せ、理解が追い付いていないというような表情でわたしを見る。


「いえ、実は、ディアマンデ王国に戻る前にスチール宰相にお願いをし、許可をもらっていたのですよ」


 そう、スチール宰相との会話でわたしがお願いしたのは、「クロガネ・スチールの貸し出し」だ。もちろん、相応の対価を確約したうえで。そして、スチール宰相はそれを飲んだ。


「どういう目的があるというのですか。この行為には不利益しかないはずだ」


「それはあくまであなたの視点では、です。わたくしとしては、この先、おそらくあなたの力が必要になると判断して、そのこととあなたを招き入れたことで出る不利益とを天秤にかけて、前者を優先しただけのこと」


 そう、わたしは、アーリア侯爵家との一件に、クロガネ・スチールの存在が必要だと判断した。もちろん、きちんと理由があってのこと。


 まず天使アルコルと死神アルカイドで知っていることが違う。当然ながら別の個体である以上、当然であるけれど、そのうえで、ベネトナシュ神の分け身であるアルカイドの知識も必要だということ。


 そして、ミザール様が「あなたの行動が光と闇を呑み込んで、世界に大きな影響を与える」という話。もちろんアーリア侯爵家の一件のことを指しているとは限らないのだけれど、これがそうだというのなら、自分から闇を……クロガネ・スチールをこちらの手札に加えておいたほうがいいと、そう思った。


 もちろん、わたしの行動が神々の予測通りになるとは限らないし、アーリア侯爵家の件も何事もなく治めることができるのが一番だ。だが、そうならなかったときのために……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ