235話:ある人との再会と調査・その3
「お前の負けだ、クロガネよ」
黒いもやが形成されて、クロガネ・スチールの背後に現れる。月の神ベネトナシュ様の分け身、死神アルカイド。その登場にクロガネ・スチールは一瞬動揺を見せ、「何を言っているのか」というような顔をする。
「いまの脅しすらウソと見抜いているといっている。先に言った『できるおおよそのことはすでに知っている』というのは本当だろう。なにゆえに知っているのかはわからないが」
苦々し気な顔をするクロガネに、アルカイドは「気にするな」といった。
「分かりました。ええ、いいでしょう。しかし、いいのですか?」
魔法を使っての移動に関しては、渋々といった様子ではあるものの受け入れたようだが、ふてぶてしくもそんなふうに聞いてくる。その言葉の意味は、すぐに理解できた。
「あなたを……、いえ、あえてあなた方をといいましょうか。あなた方をディアマンデ王国に再び入れることがいいのかということですね」
彼はもともと密偵としてディアマンデ王国に入り込んでいたわけで、再び国に入れるのは、情報を盗んでくれといっているようなものではないのかということだろう。しかし、まあ、これにもちゃんと考えはある。
「ここでそれを渋って、パイライトの行動が起きてしまった場合のほうが不利益になります。それはお互いにとってそうではありませんか?」
パイライトがファルム王国の人間だというのは調べればすぐにわかる。というよりも目的の推測が正しいのなら、それが分かりやすいように、あえていろいろな証拠を残すでしょうし。
そうなった場合、同盟が崩れることのデメリットもそうだが、その引き金を引いた実行犯がファルム王国側というのはファルム王国にも不利益になるでしょう。クロガネ自身の考えがどちらにあるかは置いておいて、国の利益不利益で言うのなら。
「こちらにとってはあなたという存在そのものが一番の不利益であり、利益でもあるのですがね……」
クロガネの愚痴るようなつぶやき。それはすなわち、わたしが抑止力として存在している以上、再び戦争へと発展させることになったとしても不利益にしかならないといっているようなものでしょう。
まあ、現状、国としても内心はどうあれ、同盟のほうにかじを切ってしまっている以上、ここに来ての急転換は無理でしょうし、どうあれ、協力したほうがいいということだ。
「それでは、一旦、メタッルムレクスヤへ移動しましょう。再び移動できるようになるまでの間に、わたくしはスチール宰相に交渉します」
再度歪曲するまで、少しの休憩時間が必要になる。その時間の間に、わたしはスチール宰相に、おおよその経緯を説明し、クロガネ・スチールを借りる説得をする。
こうなった以上、宰相も渋りはしないと思うが……。
「では、王都まで移動します」
そうして、わたしたちは黒いもやに包まれる。もちろん、騙して別の魔法を……なんてことになっていないのはもやの種類……、エフェクトで確認済みだ。いまは手鏡を持っていないので、それをされると結構まずかったんだけれど、前に一度、鏡で無効化するというのをやっているから、「またやっても持っているだろう」と思わせられていたらラッキーなんだけどね。
ごくわずかな暗転とともに、もやの先がメタッルムレクスヤにつながった。実際に馬車で移動した距離が、こうして一瞬で移動できるというのは、分かっていても驚くものだ。まあ、アリュエット君は驚きすぎて思考停止しているが。
すでに夜になっているメタッルムレクスヤ、その人通りのない路地裏に現れたわたしたちは、王城であるレクスアルクスに向かう。
レクスアルクスの付近で、クロガネとアリュエット君は別行動するということで別れた。本当は、一応、敵対していたクロガネ・スチールとアリュエット君を一緒に行動させるというのは、万が一のことを考えて、あまりしたくはなかったのだけれど、クロガネが正門から堂々と入れないのもあり、そのうえで、隠し通路なんてものをわたしたちに明かすはずもない。だから、まあ、逃げるなんてことはないでしょうけど、クロガネ・スチールを1人で放置するのも、隠し通路などを使って逃げられたら再確保は無理という事情があって、監視役という名目でアリュエット君を付けざるを得なかった。
ここで別行動して、アリュエット君たちは、クロガネ・スチールを休ませつつ、関所を越えるのに必要な手続き用のアレコレを回収することになっている。
レクスアルクスまで行くと、警備の騎士がわたしのことを覚えていたようで、調整役たち……、シャムロックたちが、すでに宿に戻ったことを教えてくれたけれど、それに対して「スチール宰相にお話があるのでお目通り願えますか?」と伝えた。
騎士たちが少し確認してから、一人を遣いに向かわせる。
しばらく待っていると、遣いに行った騎士が戻ってきて、
「お会いになられるそうなのでご案内します」
とわたしを案内して、スチール宰相のもとまで連れていってくれた。通された部屋で待っていると、少し微妙な顔をしたスチール宰相が入ってくる。まあ、それも当然といえば当然で、このタイミングで戻ってくるということは、調査にいってすぐに引き返してきたとしか思えないようなものだし。いや、あるいは調査に行く道中に引き返してきたか。
「ずいぶんとお早いお帰りでしたね」
若干不満げというか腑に落ちないというようなニュアンスが込められているのは当然といえば当然だろう。調査させてほしいと頼み込んだのはこちらなのだから、それを適当に放棄されたら、だれだってそう思うでしょうし。
「ええ、帰りには少々、特殊な手段を使わせていただいたので、きちんと調査してからでもすぐに戻ってくることができました」
だが、わたしの言葉を聞けば、なぜこれほど早く戻ってきたのかも理解できるでしょう。何せ、クロガネ・スチールを調査役にしていたのはスチール宰相自身なのだから。できることを踏まえれば、起きたことを想像するのは難しくない。
「よくもまあ、あれが協力することになりましたね」
クロガネ・スチールとわたしの間にある確執というか、戦争になる寸前の状況でひっくり返した張本人と相容れないことは予想していたでしょうし、そのうえで「よくそうなったな」と感心にも似たような驚きを感じる。
「ええ、まあ、お互いに不利益を被らないようにするために、合理的に動いた結果というべきでしょうか」
実際のところ、お互いに気を許したから協力しようというのではなく、不利益を避けた結果に過ぎない。
「つまり、急ぎ戻ってきたのには……」
「ええ、おそらく、このままですと、パイライトはさらなる行動を起こすであろうという予測が立ち、その実行まであまり時間が残されていない可能性が高いため、彼を借りる交渉に来たのです」
そこから、大雑把に抱え込む爆薬の量に対する爆破の規模と行動原理から行う可能性があるであろう行動について話す。
「あくまで予想でしかないので、証拠はありませんが」
「いや、十分でしょう。こちらの背後関係も大詰めというところまでは進んでいますが、それを待っていたら、最悪の事態になる可能性もありますな」
つまりは、連れていくのは許可するということであろうけれど、それを直接口に出さないのは、何かあったときにはあくまでこちらの責任という形にしたいということでしょう。本当に面倒くさいが。
「しかし、よろしいのですか?」
これは、クロガネ・スチールが聞いてきたのと同じ意味でしょう。密偵であったクロガネ・スチールを連れていっていいのかと。
「ええ、構いません。本人にも言いましたが、優先順位の問題です。そちらにとっても、捕まえた後の処理に加われるのは都合がよいでしょう?」
クロガネ本人には言わなかった利点として、ファルム王国の人間がその場にいれば、ディアマンデ王国側で強行的に処罰することも出来なくなる。まあ、それはこちらとしても同盟反対派への抑止力になるので都合がいいといえば都合がいいのだが。
「それでは、……といいたいところですが、もう1つお話を聞いていただけませんか?」
そして、わたしはこれ幸いと、1つ、スチール宰相にお願いしようとしていたことを思い出したので、話の流れで頼んでみることにした。
「あまりいい話の予感はしませんがね」
「いえ、少なくともそちらに不利益はない、いいお話になると思いますよ?」
わたしがスチール宰相とすべての話を終えて、お互いに納得のいく状況になったうえで、王城を後にすると、だいぶ退屈そうに待っていた2人を確認できた。まあ、ロクに話す内容もないでしょうし。
もともと、敵ではないとしても、事務講師と学生では、人によっては親密になることもあるけれど、普通はそこまで親しくならないし、数年間の学園生活を共にしたとかならともかく、入学から1年も一緒にいなかった相手、そのうえ、一時は敵対するような行動をとって、現状は同盟に動いているとはいえ別の国の人間。これで会話が盛り上がっていたら、よっぽど気質が合うのか、コミュニケーション能力が凄いかだろう。
「話は付きました。許可が下りたのでさっそく向かいましょう」
わたしが簡潔に告げると、さすがに王城周りの人通りが多いところで、あの魔法を使うわけにはいかないので移動する。
日は沈み、夜の闇が覆う中、わたしたちは、再び黒いもやに包まれて、関所まで移動するのだった。
ディアマンデ王国側でリップスティークに通じる関所。その近辺。近辺とはいっても、徒歩で移動すれば、関所まで数十分かかる。まあ、そのくらいはしょうがないだろう。関所の目前に移動できるポイントを作ってバレるなんて杜撰なマーキングの仕方はしないでしょうし。




