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234話:ある人との再会と調査・その2

「お、王都が狙われているのだとしたら、北方との距離を考えたらもう……!」


 慌てふためくアリュエット君。しかし、わたしは冷静だった。確かに、北方から王都までの移動距離を考えるのなら、すでに王都についていてもおかしくない。ただし、それはあくまで普通ならという前提の話。


「いえ、おそらくまだ間に合うでしょう」


 そう考える根拠はいくつかある。


「まず、パイライトは銀嶺山脈での爆破の結果について知る必要があります。……まあ、そちらが最初から北方に目を集めるための陽動という可能性もありますから、爆破の成否にかかわらず王都を目指したという可能性も否めませんが」


 最初から王都の爆破を目的とするのなら、そう言う可能性もある。もっとも、それにしては杜撰な計画過ぎて、そう思えない部分があるのだけれど。

 爆破の結果を知るために北方か、その付近に一時でも留まれば、多少は時間が稼げる。


「そして、銀嶺山脈の件があったことで、主要な道はすぐさま検問が敷かれたでしょう。北方から大量の爆薬を積んだ馬車などという怪しげな馬車が通れば、いくら商いの証拠を持っていても嫌疑が晴れるまでは留めます」


 さすがに検問も何もしないということはないでしょうし、大量の爆薬を積んでいたら素通しもあり得ない。


「もちろん、パイライトも検問にひっかかるわけにはいきません。そうなると正規の道以外を通らざるを得ません」


 北方と王都までは、北方のほうが起伏の激しい地形になっているのもあって、正規の道以外はかなり険しく、その上、爆薬を大量に積んだ馬車で移動ともなれば、相当な時間を有するだろう。


「しかし、王都の爆破などという大それたことを考えたところで不可能ではないでしょうかね」


 とクロガネ・スチールがいう。それはフォルトゥナなどを用いて、あるいは、自分たちでも似たようなことを考えたのかもしれないうえでの発言なのでしょう。当然ながら、王都内に爆発物を入れるのは相当難しい。

 それこそ国立錬金術研究棟……「勾玉の棟(カシューナッツ)」などで用いられるので、絶対に搬入出来ないというわけではないけれど、そのあたりは、品質も立場もしっかりしている特定の商家に許可を出しているから成立しているのであって、ぽっと出の商家が持ってきても難しいでしょう。

 だが、それは王都を……王都内を爆破する場合の話だ。


「別に王都に入る必要はありません。それこそ、今回の目的が意思表示であって、ディアマンデ王国内のファルム王国との同盟に反対しているものたちを煽る部分にあるのなら、それこそ分かりやすく王都を守る防護壁を爆破すればいいのです」


 内部に被害を出す必要はない。そして、その現場にファルム王国からやってきた馬車でも乗り捨てられていたなら、これほど分かりやすい煽りもないでしょう。


「そこから同盟反対の方向に傾けば、目的は達したも同然ですか」


 現状、北方の爆破がそうだと思われていないが、この爆破が成功すると北方の件と紐づけて考えられ、より面倒なことになりかねないのは間違いないでしょう。


「アリュエットさん、北方から王都まで、正規の道を外れてなおかつ馬車が通れるようなところを通って行った場合、どの程度か分かりますか?」


 わたしの問いかけに、クロガネ・スチールは「さすがにそれは無茶振りでは?」とでも言いたげな顔をしていたけれど、彼は北方の……ジョーカー公爵と「北方の魔女」の子なのだ。そのくらい、あの人たちなら叩き込んでいるでしょう。


「いくつか道があります。昼夜問わず馬を休ませずに……という理論上の最短であれば、西側に大きく迂回した場合5日から6日。東側を回る形なら8日から10日。直線で突っ切る場合6日から8日でしょうか」


 実際は、パイライト本人の休息や馬の休息、積み荷の状態のことや見つからないように速度を落としたり、より分かりづらい道を通ったりということも考えられる。

 わたしたちは、まず銀嶺山脈の事件が耳に入るまで1日、調整役の云々で4日、出発してからリップスティークまでで1日、そこからファルム王国で1日、すでに7日経過し、8日目になっている。


「わたくしたちが昼夜問わず馬を飛ばして、いまから王都に向かったとして1日から2日。際どいところですね」


 そう、いまから王都に向かった場合、かなりギリギリになる計算だ。もちろん、想定よりもパイライトがゆっくり向かってきていたら余裕はあるのだけれど、それを知る術はわたしたちにはない。つまり、想定できる一番早いタイミングに合わせるべきである。


「では、とりあえず王都に遣いを……!」


 そう逸るアリュエット君をわたしが止める。連絡したら、それなりの規模で騎士が動くことになる。そうなれば、騎士が動いた理由など、貴族の耳にはすぐに入るでしょう。そうならないように騎士を動かすには、それなりに上の立場へ掛け合う必要がある。でも、それをするにはわたしたちが直接行くしかない。


「言ったではありませんか。あくまで昼夜問わず馬を飛ばして、と」


 そう、わたしたちには、いま、そんな馬よりも手っ取り早い移動手段がある。販促のようなものだけれど、利用できるものはなんだって利用するべきだろう。


「そして、ここに馬よりも早く、わたくしたちを王都まで運べる人物がいるではありませんか」


 そう、クロガネ・スチール。闇の力に呼び起こされしもの。わたしの言葉に、目の前でもやに包まれて消え去ったことを思い出したのか、アリュエット君が「あっ」と小さく声を漏らした。


「まさかとは思いますが……」


「ええ、そのまさかです」


 ここは有無を言わさぬゴリ押しをすべきだろうと思い、少し圧を強めにそういった。すると、苦々しい顔をして、


「はあ……、これはそんなに便利な力では」


「知っています。あなたができるおおよそのことはすでに知っています。そのうえで、わたくしたちを王都まで馬より早く運べるといっているのです」


 そう。闇の魔法というのは便利な力ではない。光の魔法よりは幅があるとはいえ、結局のところ、できることなんて限られる。……限られる、が、そんなことはわたしとて百も承知。


 マカネちゃんの使えた力は、おおよそ記憶している。闇の魔法による移動は、正確にいうなら瞬間移動とか空間転移とかそういう力ではない。あくまで、正確にいうならであって、まあぶっちゃけ似たようなものではあるのだけれど。

 一番的確に言い表すなら空間歪曲とかワープに近いのだろうか。ようは二点間の空間を捻じ曲げてつなげているようなもの。そして、その効果にはマーキングというか、特定の決めたポイントにしかつなぐことができない。それも、遠すぎると無理。まあ、この無理な理由は魔力不足っぽかったので、もしかしたら魔力が十分にあれば長距離も可能なのかもしれないけれど。それが彼の魔力で可能だとは思えない。


「メタッルムレクスヤへは移動できるようにしていますよね」


 拠点であるということを考えれば、少なくともそこへのマーキングはしているはずだ。いや、まあ、していなくてもおかしくはないけれど。


「え、ああ、はい。まあ、できなくはありませんが」


 それだけで、ここに来るまでの数時間分をショートカットできるわけだ。


「では、一番、ディアマンデ王国に近い位置に移動できるのはどこでしょうか」


 結局のところ、一気に跳べなくとも、短距離での移動を繰り返していけば時間は短縮できる。というのは、理屈でもクロガネ・スチールは分かっているでしょうけれど、だからといって、ホイホイ移動できない、便利ではないというのは分かる話。


「ここからなら国境という意味では、この位置に。メタッルムレクスヤを経由するなら、関所までは」


 ファルム王国内の地名で言っても、瞬間的な理解は得られないと判断したのか、手持ちのパイライトの行動を示すようの地図で位置を教えてくれた。


「一応、聞きますが、ディアマンデ王国内に移動できる場所は?」


 これは「あっても教えてくれると思っていないけれど」という意味であって、仕込みの一つや二つはあると思っている。


「さすがに届く圏内には……。ハンド男爵領がかろうじてといったところでしょう」


 ハンド男爵領。ロードナ・ハンドのあの。まあ、つながっていた場所であるのだから当然といえば当然で、そこはバラしても痛くないという判断か。だけど、ハンド男爵領だったら、関所からリップスティークに出て、そのまま王都に向かうのとそう変わらない。


「リップスティークで馬を借りて王都まで全力で走らせれば1日かからないくらいの時間で移動できますね」


 それに対して、クロガネ・スチールはやれやれとでも言いたげな表情をして、ため息を吐いてから言う。


「例えば、ディアマンデ王国において厄介なあなたを移動時に海や岩の中などの場所に出現させて、抹殺するとは考えないのですか?」


 確かに、彼の言う通りの方法を使えば、相討ちになるかもしれないけれど、わたしを殺せるかもしれないし、その状態でパイライトの行動が成功して、同盟解消からの再び戦争の流れになるということも考えられなくはない。

 だが……、


「海にしろ、岩の中にしろ、あるいは空中にしろ、死ぬまでにわずかに時間があれば、魔法でどうにかします」


 そもそもハッタリだ。海には絶対に距離的に届かないのをわたしは把握している。そして、空間歪曲なので二点を繋げているだけだから、つなげた先が岩の中なら移動できずに終わるだけ。空中は唯一可能性があるけれど、落下死させるだけの高さなら、わたしなら風魔法で着地をどうにかできる。けれど、その前に、空中にマーキングするには、クロガネ・スチール自身が空中にいっていないといけないので、どうやってそれだけ高いところに登ったんだよという話にもなる。


 だから、ハッタリとわかったうえで、それでもそうなった場合は魔法で対処すると断言した。ここでやるやらないを議論している時間がもったいないからね。

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