表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/275

232話:両国間の調整予算会議・その2

「ええ、非常に重要なものだと考えています」


 と。スチール宰相は、わたしがわかって乗っているのか、わからず乗っているのかの判別は付いていないだろう。まあ、こちらの推測が正しいとは限らないので、わかるわからないの話ではないのかもしれないけれど。でも、だからこそ、付け足す。


「わたくし共、ディアマンデ王国は、彼の国とは長い付き合いがありましたので、その文化については、それなりに理解があります」


 そう、要するに彼らの目的は、ツァボライト王国の文化復興をディアマンデ王国に丸投げしようというものだと思われる。

 これが非常に厄介なところは、親ツァボライト王国派としての長年の憤りや王族が陛下と結ばれたことなどの事情から断ることができないということである。断れば国民からのバッシングは免れない。


 つまり、妥協点として、どこまで手伝うかという話に持って行かなくてはならないのだけれど、今回はそんなことよりも簡単な逃げ道がある。


「そのため、こちらとしては、是非、その文化復興をお手伝いさせていただきたいと思います」


 シャムロックが……、調整役たちがぎょっとした顔でこちらを見る。スチール宰相もここまで来たら、わかっていて乗っているのだろうという確信は得たようだ。だけれど、それと同時に、そこまでとんとん拍子で進むことへの疑念もあるようで、ひどく複雑な顔をしている。

 だから、だれもが言葉を発するよりも早く、その区切った言葉から続きを紡ぐ。


「が、何分、ディアマンデ王国でだれよりもツァボライト王国の文化に詳しいお方は、現在身重(みおも)であらせられる」


 そう、ウィリディスさんは妊娠中。もちろん、そんなの関係ないなんてファルム王国も言えるはずない。


 この話が出た時点で「協力する」ということは、断れない以上、確定事項になってしまうので、そこは躊躇せず呑み込んで、そのうえで「いまは決められない」で先送りにする。これが現状できる中では、最善の選択肢だと思う。


「なるほど……。そうですね、話を急ぎ過ぎたようだ」


 こちらの意図とそこからどうやっても話を展開させられないと判断したのか、彼はあっさりと話を切った。まあ、「協力する」という確約は得た。そこが一番重要であり、わたしに話を持ちかけてまでやりたかった部分ではあるのだろうから、これで満足して欲しいものだ。





 そこからは、ようやくこちらのターンになり、調整役たちが話を進めていく。わたしとスチール宰相は、互いに役割を終えたために口を出さずに傍観する形となった。彼は目線で非常に微妙な目を向けてきていたが、もともと、口約束すら交わしていないものであり、わたしはできる限りのことはしたので、責められる謂れもない。もちろん、調査に便宜を図るというのは口約束でも約束しているので、そこはちゃんと守ってもらうけれど。

 まあ、屁理屈というか、言外の読み合いで圧をかけてきた自覚はあるのか、視線には責めるような意図は含まれておらず、なんとも言えないものだったけれど。


 そんな言葉の無いやり取りなんて気にせず、調整のほうは順調に進行していく。


 ファルム王国は文化に力を入れるため、ディアマンデ王国はそこ以外からのほうをこちらが優位な調整にしたい。特にもともとファルム王国が力を入れていた武力、軍事力方面であったり、主産業の鉱石関連であったり。それなら多少、多めにとったところでファルム王国側でも、そこまで痛手ではないでしょうし。


 つまり具体的な調整としては、鉱石輸入の価格を多少安く仕入れられるようにするとか、武器の提供を安値でしてもらうとかそういうことをピックアップして、現状の相場と比べてどのくらい安くなるかの調整を長々と行う。





 思わず眠りこけそうになるくらいの時間の調整の末、ようやく話がまとまった頃には、日がてっぺんを通り越して、傾きかけているくらいだった。


 まあ、このあと、まとまった話を更に整理するとかで、もっと時間は要するのだけれど、会議自体はこれで終わりである。


 調整役たちと話をまとめながら昼食を取るというシャムロックと別れ、わたしはスチール宰相に連れられて、アリュエット君が待機している部屋に通される。資料と昼食がここに運ばれてくるというので、ここで簡単につまみながら資料に目を通すことになった。

 本来なら貴族、それも一応は公爵であるわたしをもてなす以上は、それなりの料理を用意しようとしていたようだけれど、わたしたちが一刻も早く現場に行きたいというのを今朝のやり取りで感じ取っていたからか、スチール宰相の計らいで、かなり簡単な食事が運ばれてきた。ちなみに、そのそれなりの食事というのは、代わりに調整役たちにふるまわれるらしい。


「それでは、現状のファルム王国側での調査では、ほぼ容疑者が特定されているということでいいのでしょうか」


 ざっと資料に目を通した限り、犯人と思しき人物の特定は済んでいた。最初にそれなりの人数が候補に挙がっていたけれど、断定できるくらいの形で資料にはつづられている。


「あくまで実行犯は、ですがね」


 そう、あくまで実行犯。その裏にいるかもしれないものたちについては、未だにあやふやな状態であった。もちろん、裏などない単独犯という可能性もあるにはあるのだけれど。


「犯人はパイライトという人物ですか」


 アリュエット君も資料に目を通しながら、そんなふうに言う。パイライト。資料によれば、もともとはどこかの商家の経営する店で働いていたけど、扱う品が火薬系であり、ディアマンデ王国との同盟で、今後の火薬需要が下がるとみて、コストカットとして解雇した一人。四角四面な性格のため、前々から店主とそりが合っていなかったという話もあるらしく、実際はコストカットにかこつけて解雇したのではという疑いもある。

 まあ、火薬を扱っていた店で働いていたのなら、それをもとに作られた爆薬がどこに売られて、保管されているのかを把握していてもおかしくはない。また、ディアマンデ王国との同盟への恨みも十分。


 それにしてもパイライト……か。

 パイライトといえば愚者の金(フールズ・ゴールド)とも呼ばれる黄鉄鉱。鉄と硫黄の化合物。その特徴は、自然物として綺麗な立方体状の結晶を形成すること。

 その名前を冠して四角四面な性格とは面白いものだ。


 しかし……。


「火薬を扱う商家……。もしかして、ナイタ商会の……」


 資料では伏せられたような書き方ではあったものの、わたしの「知識」の中には、あまりよろしくない火薬を扱う商家の名前が一つだけある。それがナイタ商会というのを取り仕切る商家だったのだけれど。


「おや、ご存知でしたか」


「ええ、まあ、聞き覚えはあります」


 悪い意味で、という言葉は飲み込んだ。まあ、悪い意味で知っているのは、いまとは違う未来の話。いまのナイタ商会と関係ない……ということにしておこう。


「しかし、状況だけを見るとパイライトの単独犯の可能性が十分にありますが、ファルム王国側では裏があると?」


 と、疑問の声を上げたのはアリュエット君。確かに情報だけで見るなら、そう思ってもおかしくない。店に解雇された逆恨みに……、なんて理由であれこれやるのは前世のときから時折ニュースで見ることはあったけれど、では、なぜファルム王国側はこれを裏があると判断したのか。


「おそらく、ディアマンデ王国への入国に手を貸したものがいたのでしょう」


 あくまで憶測だけれど、そうでなくては腑に落ちない点がある。さすがに関所も爆薬を積んでいたら素通しするはずがない。それなりの調べを受ける必要があって、目的がはっきりもしないのに通れるとは思えず、失業中のパイライトがそれをどうにかできる理由をでっち上げられるとも思えない。


「ディアマンデ側に協力者がいると?」


 アリュエット君の言葉に、確かにそう取れなくもない言い方をしたわたしが悪いなと思いながら、言葉を続ける。


「いえ、そうだったとしたら、調査は先にディアマンデ王国に協力依頼がきているでしょう。おそらく積み荷が正式な依頼品だと偽装した協力者がいて、その背後関係を探っているというところでしょうか」


 そもそもディアマンデ王国側の人間が、わざわざディアマンデ王国を憎んでいるパイライトに会って、工作を頼むのも難しい話だ。そのへんいろいろどうにかしたとして、メリットやデメリットを考えると……。


「ええ、現状、チャコール家という商家だと思われますが、その裏に何者かがいると調査しているものは考えているようですね」


 なるほどなるほど、チャコール。木炭。


 黄鉄鉱は鉄と硫黄。ナイタは硝石。チャコールは木炭。硫黄と硝石と木炭を混ぜれば羅針盤、活版印刷に並ぶ三大発明の一つ、火薬の中でも「黒色火薬」と呼ばれるものの出来上がり。……だとすると、裏にいるのはなんだ、火薬さんとかになるんだろうか。

 まあ、裏にいる存在はファルム王国側に任せようと思う。さすがに他国の商家や貴族周りを調査するのは難しい。できないわけではなく、難しい。


 こちらとしては、実行犯とその目的を調査して、裏にいる存在の処分はファルム王国に任せるほうがいいと思っている。もちろん、きちんと情報共有と処分の形を事前に協議したうえでだけれど。


 一番隠ぺいというか誤魔化しをされるであろう可能性がある部分ではあるのだけれど、主体が同盟にかじを切っている以上、下にいる同盟反対派を切ろうが抱え込もうが、あまり関係ない。


 ただ、今後、ディアマンデ王国側にバレた際の関係ってのを考えれば、ファルム王国も馬鹿ではないので隠ぺいはしない……と思いたい。


「ディアマンデ王国にそこまで立ち入るつもりはありません。任せてもよろしいのですよね」


 それは「やることはちゃんとやってね」という言外の圧力であるのだが、スチール宰相はそれを理解したうえで重々しくうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ