231話:両国間の調整予算会議・その1
「あくまで調整の主導はクロウバウト家。わたくしでもどこまでできるか分かりませんよ」
わたしのその返しになっていない回答に、意図が伝わったのを理解し、すこし微笑んでから「はて、何の話でしょう」などととぼけるスチール宰相。ジングの件から腹芸が苦手な質だと思っていたけれど、まあ、このくらいは普通にやるか……。
どういう話かというのなら、銀嶺山脈爆破事件の調査をしたいのなら、調整の会議に参加して、なるべくファルム王国側の意図に沿うように協力してくれという話だ。つまり、調査に来たわたしが自分の目で見て調査をしたいという方向に行ったら、鉱山を見られるリスクを容認して、予算の調整のほうを取ったということだろう。
調整役たちの話がついたのか、移動が始まろうとしていたので、スチール宰相も二言三言、わたしと形式的な「時間が来たので失礼」というような意図の話をしてから離れていく。それを見送ったわたしは、シャムロックに近寄った。
「申し訳ありませんが、わたくしも助言役として調整会議に参加することになりました」
と嘘八百。まあ、このあたりはスチール宰相が話を合わせてくれるだろう。彼からしても、わたしを参加させたいのだから、そこをこじらせる意味はない。
「さっきのやつか」
わたしがスチール宰相と話していたのは見ていたのだろう。何があって参加することになったのかは、そこから推測したらしい。
「あの方は、ファルム王国の宰相ですから、少なくともファルム王国内では」
「ああ、わかったよ」
さすがに一国の宰相を「やつ」呼ばわりするのはまずいので、簡易的な注意を挟みつつ、シャムロックとしては、わたしが参加することに異論はないようだ。まあ、向こうの宰相が参加することを認めているのに、こちらで却下するわけにもいかないというもあるのでしょうけれど。
「もし、今日の決定に関して、帰国後の報告でなぜこうしなかった、なぜこうなったと聞かれたらすべてわたくしの責任にしてください」
もちろん、わたしだって目先の「調査」につられて、今後の基盤となる重要な一回目の調整を、極端なファルム王国有利の形にする気はない。ただ、それでも、わたしが余計な口出しをした結果、望まぬ方向に行ったとしたら、わたしの責任すべきことである。
「バカか。あくまでテメェの助言を聞き入れるかどうか判断するのは俺だ。そう判断した以上責任は俺が持つ」
そんなふうに断言する彼に、思わずわたしはほほ笑んだ。わたしが「たちとぶ」でシャムロックが推しだったのは、こういう言動があるからだ。思わず、かつてのオタクとしてのわたしが表に出て笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
気恥ずかしいからか、顔を背けてぼそりという彼。
それから、アリュエット君には計画の変更を伝え、レクスアルクスまで同行するが、会議には出席せず待機しているということになった。そして、宿から移動中の馬車内で、わたしはディアマンデ王国側の予算の方向性に関しての資料に全力で目を通す。
概要は知っていたし、細かい調整を見るだけだったので、さほど時間は必要とせず、頭に叩き込むだけ叩き込んだ。しかし、……まあ、さすがはトリフォリウム様。いや、陛下とラミー夫人も噛んでいるのでしょうけれど、うまい組み方をしているものだ。
そもそもファルム王国側の方向性に関しては明らかである。
これはどういうことかというと、ツァボライト王国との戦争以来、ずっと戦時体制のような状態を維持してきたファルム王国は、主に2つの事項に予算を費やしてきた。
1つは軍事拡張である。つまり、武器であったり、要塞化であったり、そうした方向のものから、研究などもそちらに特化した形にシフトしていたはず。確かに、戦争というものは科学の発展において大きな影響を与えるものであり、そういう意味では、ファルム王国は大きく発展していたのかもしれない。
もう1つが旧ツァボライト王国の領土の統治である。もともとの領土が1だとして、それが急に2になればかかる予算は倍……どころではない。そうしたアレコレにもずっと予算を使ってきたわけだ。
そして、ここにきて、戦争の体制は解かれ、同盟という形に変化したことによって、これまで軍事に注いできた予算を別の方向に転換していくことになる。
それが文化や伝統というものの維持などの文化的発展。これまでの軍事的発展でないがしろにしてきたもの、戦時では発展をすてていたものを、あらためて、きちんとした形で発展させることにお金をかけるわけだ。
じゃあ、そうなったときに、ディアマンデ王国側が取るべき方向は大きく分けで2つに分かれる。文化や伝統の発展に関わりそうな予算を徹底的にきつくして締め付けるか、そこを譲歩する代わりに他のを譲歩してもらうか。
前者の場合は、ファルム王国側も文化伝統の発展は急務と考えているから、どれだけ締め付けられてもお金を払わざるを得ないので、そういう意味では一番お金を搾り取れる。ただし、国家間の関係性だったり、もしディアマンデ王国側でそうした事態に陥ったときに、同じことをやり返される可能性もはらんだりという非常にリスキーなものである。
まあ、当然、ディアマンデ王国はお金が余っているというほど余裕はないが、戦争を事前に回避したため、急な軍備強化で予算を大量に使ったわけでもないので、そんなリスクを冒してまで、お金を搾り取るほうを選ぶはずもなかった。
簡単にまとめてしまえば、ファルム王国は文化のための資金を優遇して欲しく、ディアマンデ王国としてはそこを優遇する代わりに、ほかはちょっと厳しくするよというだけの話。おそらくわたしが会議に参加していようといなかろうと結果は変わらないでしょう。
まあ、それでもスチール宰相に言われた条件ではあるから参加はするけども。
会議はファルム王国が主導で進行する。これは不公平感この上ないのだけれど、おそらく次回開催の会議ではディアマンデ王国が主導になるだろうし、そういうものだと考えるべき。本来なら中立の立場の第三国か広い影響力を持つ機関などがあればいいのでしょうけれど、そうしたものもない以上、持ち回りで回していく。
初回がファルム王国になったのは、正直なところこちらの都合というか、もともとはディアマンデ王国主導の案もあったのだけれど、陛下とラミー夫人が協議の結果、アーリア侯爵の件があるいま、こちらでやるべきではないと判断して、適当な理由をつけて押し付けた部分があるので、文句は言えないのだ。いうとしたらアーリア侯爵たちに言うべきだろう。
まあ、アーリア侯爵たちの目的が達成されて、旧神の残滓が復活したら、次の会議なんてものはないかもしれないけれど、そんな話はさておき、つまり最初はファルム王国のターンというわけだ。
「以上が、こちらからの申し出になります」
向こうの調整役が意見をすべて出し、そのように告げた。概ね、わたしの考えている通りの文化に対するもの。
ファルム王国の文化と「ツァボライト王国の文化」の復権および発展のためという話だった。ここでツァボライト王国の名前を出したのは、こちらが親ツァボライト王国であったためというのもあるし、ツァボライト王国の自然文化を取り込むなり、独立した文化として発展させるなりすれば利益になると見込んでいるのだと思う。
鉱山文化から発展した工業系で石細工や鉱石、金属加工などが主流のファルム王国の土着文化に対して、ツァボライト王国はもともと自然を中心にした木目細工や香料、野菜などが主流であり、正直、あまり気の合う文化ではない。
そのため、ファルム王国が支配後の旧ツァボライト王国の領土では、そうしたものの生産はほとんど行われていなかったはずだし。まあ、それは戦争というものを中心に考えていたことが主因だとは思うけれど。
シャムロックがわたしのほうを見ていた。「異論はないか」という意味なのだろう。そもそも、彼らの提示する意見に関しても、特段否定するほどの優遇を迫っているわけではなく、常識の範疇と呼べる程度。
スチール宰相が仕掛けてくるほどだから、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうけれど、どれだけ考えても、そういう要素は見つからない。
だからシャムロックにうなずいた。
「ディアマンデ王国は、その申し出を飲む」
「ありがとうございます」
調整役同士での条件を飲んだことでの押印や詳細の話し合いがされて、ようやくこちらの主張のターンかと思われたとき、ずっと見守っているだけだったスチール宰相が口を開いた。
「ディアマンデ王国の方々はツァボライトの文化の発展に関してどう思われていますか?」
彼が直接口を開いたということは、おそらくそこに狙いがあるのだろうと、思考を回す。
ツァボライト王国の文化復権。これがどういう意図をもって、このタイミングで切り出されたのか。なんて答えたら、どう反応されるのか。それらの真意を読み切ってからじゃないと、ただ同調しても利用されるだけで終わってしまう。
意図を読み取って、なるべくこちらに不利益の無い形に落ち着くようにしないと。
彼らが「ツァボライト王国」の名前を出し、なおかつこちらに「どう思う」かを問いかけてきているということは、こちらの「親ツァボライト王国」という立場を利用しているのだというのは推測できる。
そして、何よりわたしたちはウィリディスさんというツァボライト王国の象徴ともいえる存在を抱えていることになる。これらのことを踏まえたうえで、ツァボライト王国の文化発展という部分に焦点を当てれば何となく話は見えてきた。
しかし、そうだとして、それをわたしの一存でどうにかできないし、けれどうなずかないのは体裁が悪い。まいった……、これは非常に厄介な話を持ち出してきた。いや、まあ、それを回避する方法はある。
否、回避というよりも先送りにしかならないけれど、まあ、先送りにするだけして、その間に陛下たちと考えるのが最善だろうか。
そんなことを考えながら、調整役たちよりも先に、わたしが口を開く。




