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230話:ファルム王国への道中・その2

 リップスティークの関所での手続きのため一泊する。もちろん、関所での手続きというのは付きものなのだけれど、商人だったらここまで長い手続きは必要ない。せいぜい積み荷の確認と身分の確認くらいだ。


 貴族の場合は、だれがいつ何をしに国境を越えたのかということを明確にしておかないと、後々厄介なことになる可能性があるから、基本的にはこうした手続きが必要になる。例えば、国境を越えた先で行方不明になったとして「来てない」とか「戻った」とか言われてしまったときにちゃんとした記録がなかったら、それ以上どうにもならない……なんてことがあり得る。


 もちろん、今回は仮にも同盟国になる国が相手であり、なおかつ、目的も明確であり、ファルム王国側もそれを把握しているため、手続き自体はかなり簡略化されているのだけれど。






 そうしたあれこれを済ませて、翌日、わたしたちはリップスティークの関所から国境を越えて、ファルム王国に入った。目指すはファルム王国の首都メタッルムレクスヤの王城レクスアルクス。


 おそらく、到着して一泊、そののち調整役たちが会議をというか、調整の場を設けるのだと思う。さすがについて早々夜通しで……なんていうのは常識的にあり得ないし、そこまで大急ぎというわけでもない。


 慣れない異国に足を踏み入れたからか、それとも明日からの行動を考えてのことか、アリュエット君もシャムロックも、リップスティークまでよりも口数は極端に減った。

 まあ、緊張のし過ぎはダメだけど、適度な緊張感を持つくらいは必要なので、特に何も言うことはないのだけれど。


 そんな空気感の中、馬車は順当に道を行き、メタッルムレクスヤに付いたのは夕暮れだった。






 首都に入ると、そこから案内役が付き、わたしたちはその先導に従って、宿に通される。以前、陛下と来たときは来賓用の屋敷と思しきところに通されたけれど、さすがにただの調整役相手に、そんな用意はしていなかったのか、それともこちらの都合で来るタイミングが読めなかったので、掃除や食事の手はずをあるていど一任できる宿にせざるを得なかっただけか。


 まあ、その辺のことは考えるだけ無駄だし、別に問題も文句もないので気にしないことにした。


 シャムロックは、明日までに打ち合わせて、簡単に内容を頭に叩き込むということで調整役の人たちとあれこれ話し合っている。断片的な調整内容に関しては、わたしもすでに把握しているけれど、なにをどう、どのくらい調整するかというところまでは知らない。


 そもそも今回の調整というのがどういうものであるかというと、同盟国であるファルム王国との予算回しに関しては、ある程度の取り決めがされているものの、では、例えば輸出入の取り決めに関して、その値段を決めるのは互いに市場の調査や相場変動を見て行うもの。じゃあ、その調査費用はどの程度、お互いの国が負担するのか、しないのか。そのほか、いろんなことに同盟ではお金がかかる。


 もちろん、やり取りするもの、こと、それそのものはそれぞれで個別に値段を決めるものだけれど、それを総括したり、それそのものの大枠にあたる部分の費用なんかを細かく調整したりするというのが今回の役割。


 ただ、当たり前だけれど、こうした予算なんて、状況によって変えていかなくてはならないものだから、こうした調整は書面で半年から一年に一度は行い、今回のような大きな調整を数年に一度は行う形になる。

 まあ、シャムロックは忙しそうだけれど、だからといって、わたしが何もしていないわけではない。


 ファルム王国の地図を広げる。一般に流通している程度の精度が低い地図ではあるけれど、今回の場合、爆薬が盗まれた鉱山の位置がわかればいいので、このくらいの簡易な地図で十分だ。

 これが裏からコソコソと侵入するとかだったら詳細な地図や裏道の情報などが欲しいところだけれど、今回はあくまで堂々と調査を行うので、簡易地図からわかる大通りと鉱山の位置だけで十分に事足りる。


「馬車で半日というところでしょうか」


 地図を見てアリュエット君がそうつぶやいた。確かに、いま居る首都のメタッルムレクスヤから鉱山までの距離は、地図のリップスティークにある関所とここまでの距離と時間の概算で大体半日くらいと読み取ることができる。


 ただし、地図の精度がそれほど高くないことから断言することはできないし、大まかにかかっても一日という距離というくらいの認識でいいと思う。


「なるべく調査は手早く簡潔に済ませたいところですが、それはファルム王国側の協力しだいというところでしょうかね」


「そうですね。ファルムも調査はしているでしょうから、その情報を僕らにどれだけ見せてもらえるか……」


 実際のところ、協力というのはそれだけではない。そもそも、ファルム王国側での調査報告の場合、もしかしたら都合の悪い情報を伏せている可能性もある。それを考えるのなら、やはり一番信じられるのは自分の目で確かめること。

 もちろん、彼らの調査情報が役に立たないということはないので、見せてもらえるに越したことはないけれど。


 ただ、この場合では、現地での調査権限をどれだけもらえるかという部分であったり、どこまで見せてもらえるかであったりというような要素を「協力」に含めているわけだ。

 当然、鉱石が主産業のファルム王国にとって、鉱山というのは国の命ともいえる場所である。そこの爆薬が使用されたという名目はあれど、それがどういう経路で鉱山に入ってきて、だれが持ち出すことができて、などというのが漏れ出すと、いろいろと厄介なことになりかねない。


 例えば、敵対して鉱山を狙うのなら、その爆薬が保管されている場所を狙って混乱を起こすとか、その爆薬を用いて鉱山を爆破するということが容易になる。やりようによっては、こちらが数人の犠牲を払う自爆特攻をさせるだけで、国の主産業を破壊できるような、そんな情報をホイホイと渡すとは考えにくいわけだ。


「さて、どうしたものでしょうかね……」


 とりあえず大まかな経路と時間、距離の確認は終わったので、明日、調整役を見送りしだい、アリュエット君とともに、わたしたちが乗ってきた馬車に乗って鉱山に向かうことにはなった。







 そして、翌日、調整の件で手一杯のシャムロックからは、果てしなくかったるそうな気配を感じ取れるけれど、それでも、やるべきことはやるようで、逃げだしたり、放棄したりしていないのは、だいぶシャムロックルート中盤くらいの彼を彷彿とさせる。


 そんな調整役たちを宿まで迎えに来たファルム王国側の調整担当たちの中に、わたしは見知った顔を見つけた。ただし、向こうがわたしの顔を見知っているかは微妙なところだけれど。

 彼がわたしを見て、数秒、ハッとして会釈をしてきた。一応、礼儀に倣ってわたしも簡易な挨拶の動作で返す。


「お久しぶりということでいいのですよね」


 そう投げかけてきた彼はスチール宰相。クロガネ・スチール先生の父親にあたるこの国の重鎮。わたしが初めて彼とあったときは、「黄金の蛇」の仮面を借りた状態で、名乗ってすらいなかった。

 まあ、その後に陛下が同盟の立役者などとうたって、わたしが公爵になった際に、その旨などは書面として伝わっていたはずではあるが、だからこその確認だろう。


「ええ、そうなりますか。あのときは名前も姿も見せずに申し訳ありませんでした」


 一応、形式的なものにはなるけれど謝罪をする。そのあたりの事情なども含めて、逐一説明すると、結局のところファルム王国側も間者だったり、なんだったりと痛いところを突かれるため、特にそれを責めるようすはなかった。


「いや、気にしなくて構いません」


 そんな社交辞令的やり取りをしてから、彼の目は「何をしにここに?」というものに変わるのは、自然と感じ取れた。まあ、あの件の調査に、わざわざ公爵が出向いたということの真意を探りたいのだろう。


「このような急な事態でなければ、もう少しおもてなしも出来たのですがね」


 つまり、「急に来たけど何の用?」というのを、直接質問する形ではなく、凄く婉曲的に聞いてきているのだろう。


「いえ、お気になさらずに。わたくしは、自国で起きた爆破事件で同盟が揺るぐような事態になっては困るので、同盟の立役者として駆り出されただけですので」


 あくまで爆破事件の調査に来ただけだということと、公爵を派遣するくらいには重めに見ているよという2つの趣旨を、これまた遠回しに伝える。


「なるほど、あの事件に関しましては、こちらでも調査を行っていますが」


「はい、理解しています。ですが、一応、わたくしたちも自身の目で確かめたいのです」


 こっちからの調査報告だけで十分じゃないかという流れに持っていかれそうだったので、すこし被せ気味に、こちらからの意見をぶつける。


「そうですか……、ですが……、いえ、そうですね。調査に関してはこちらで便宜を図りましょう」


 少し迷ったように言いよどんだけれど、最終的にそのように言ってきたため、わたしは少々意外だった。絶対に折れないと思っていた。


「ですが、こちらの調査役と合流という形をとっていただきます」


 なるほど、監視付きというか、あくまで自由勝手な行動はできないようにということでしょう。まあ、調査させてもらえるだけ御の字だ。


「構いません。助かります」


「調査役に合流するには、こちらでの調査結果を把握してからにしていただきたいのですが、申し訳ありません、準備ができておらず」


 確かに、現場に行って、調査役に再報告してもらって……というのはあまりかしこいとは言えない。こちらで最低限把握してから行くべきなのはもっともであるけれど、いまこの場でこの流れになって、用意ができているはずもないのは当然のことだ。


「そうですね、これからある調整の議会が終われば、すぐにでも用意できるのですが……」


 と、スチール宰相が言ったあたりで、わたしはハッとする。なるほど、彼の狙いはこっちか。割とまんまと誘導された形になったのはしゃくだけれど、それでもわたしとしては調査のほうが優先だから、この流れに乗るしかないか。

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