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023話:カメリア・ロックハート09歳・その9

 この日、わたしはラミー夫人の招待を受けてジョーカー家に来ていた。ラミー夫人の部屋に通されたのだが、夫人はどうにも忙しそうであった。


「申し訳ないわ。あなたの貴重な時間を割いてもらったにもかかわらず、急に面倒なことが北方で起きているらしくて、その処理をしなくてはならなくなってしまったの」


 などと彼女は言う。しかし、この時期で北方の厄介事、そんなことあっただろうか。そう思い、記憶をたどると1つだけ思い当たるものがあった。ただし、それはわたしが何を言うまでもなく夫人がどうにかできることであるのは知っているし、余計なことを言うまでもないだろう。


「クロム王国のネズミならつつがなく処理できるでしょうし、そんなに時間のかかることではないでしょう。待っていますよ」


「……それも『知り得ない知識』ね。便利だこと」


 クロム王国はこの国の北東に位置する国で、この国の北方が面するベリルウム王国の隣国にあたる小国。確か、このくらいの時期にクロム王国からスパイが何人か北方の銀嶺(アルゲントゥム)山脈を越えてファルム王国やアルミニア王国の方へ向かったという話があったはず。


 なぜこのような小さな出来事をわたしが覚えているかというと、それだけでは終わらなかったからだ。というよりも、この間諜はいわばきっかけに過ぎない話で、その後、クロム王国の国王が変わる大きな事件につながっていて、それがビジュアルファンブックのクロム王国の項目に書いてあった。

 まあ、ディアマンデ王国は関わっていないし、せいぜい北方の国境あたりを横切られたくらいの話なので特に何でもない話。


「しかし、まあ、あなたがつつがなく処理できるというからには今の判断は間違っていないのでしょう」


「わたくしの知り得るものと夫人の現在の考えが寸分たがわず一致しているとは限りませんが、そうそう対応を間違えるようなものでもないでしょう。それにしてもクロム王国……」


 そこでわたしの頭の中に少しばかりよぎる余分な思考。クロム王国はこの後、王が変わり若干荒れるのだけど、それ自体はクロム王国内で収まる話。そうではなく、今、わたしの頭をよぎったのはどうしてそうなったかという理由の方だ。


「クロム王国……、王権の移行……、ファルム王国への密偵……、もしかして……、いえ、それにしては早すぎる。でも、この時からフォルトゥナは動いていた……」


 ひらめいた思考は頭の中をものすごい勢いでかき混ぜるように流れていく。でも、あれはマカネちゃんと主人公でどうにかするものであって、この時代から動いているというのはおかしい。だけど戦争にもしあれが出てきたのなら……。わたしには止める術はない。片方の鍵である光の魔法使いは確保できるけど、もう1つの鍵の確保が難しい。そうなると取れる手段をいくつか考えておかなくてはいけないのかもしれない。


「そういえば、あなたに1つ聞いてみたいことがあったのだけれど」


 ラミー夫人は顔を上げずにそのように言う。わたしはその言葉に意識を向けて、無駄に回った思考はいったん頭の隅に追いやった。


「何でしょうか」


「魔法についてなのだけれど、あなたは疑問に思ったことがないかしら。なぜ、貴族だけ魔法に目覚めるのか」


 それは確かに疑問に思ったこともある。一応、説明はされているけど、それが納得できるかというと微妙なところ。


「世間一般的には教養の差と言われていますね」


「ええ。でも、それならば生まれたばかりの子供を貴族と同じように教育していけば平民の出でも魔法が使えるのではないか、と」


 わたしも思った。教養の差というからには、そういうこともあり得るのではないか、と。だから魔法の勉強をしているときに幾人かに尋ねたが、誰もが可能性はあるが結果は分からないとしか答えなかった。


「だから実験したのよ。領民の中から生まれたときに孤児になってしまった子や捨て子などを集めて、貴族と同じように教育をしたわ」


「その結果は……、聞くまでもないでしょう。成果が上がっているのならば知られていないはずがありませんから」


 つまりはダメだったのだ。それともう1つ思いつくことがあった。


「それからその孤児たちはこの屋敷で働いている使用人たち、ということなのでしょうか」


「ええ、その通り。知り得ていたかしら?」


「いいえ。ですが、働いている方々の年齢層の偏りが気になっていました。一定周期で実験を行い、その方々を雇用していたのではないかと考えただけです」


 働いている年齢層が全く同一かどうかは分からなかったけど、例えば10代後半の使用人や20代後半の使用人はいても20代前半の使用人はいない、とか。意図して雇えばそういうこともあるだろうけど、そこだけを省く意味も理屈も分からない。


「それで魔法に関して、でしたね。正直に申し上げるとわたくしもその理に関しては門外漢なのです。わたくしの『知り得ない知識』の中にそれは含まれておりません。ただ、教養の一言で片づけられるほど甘いロジックではないとも思いますが」


「……なるほど。本当に知り得ていないのか、もしくは私にも話せない、あるは話してはいけないことなのかは判断がつかないけど、だとしたらどうすれば解明できるのでしょうか」


 深読みをし過ぎと言いたいけど、それだけ夫人は頭が回るということ。やっぱり敵にはしたくない人ね。


「それはわたくしにも分かりません。それこそ神々に問いかければ分かるのかもしれませんが……」


「神々との対話。私たちは祈りを捧げることしかできないけれど、実際に神々と話すというのは昔からずっと試みられていたことよね」


 ラミー夫人の口調は呆れているというか、馬鹿げた空想を口にしているようなものだった。まあ、無理もないとは思うけど。


「まあ、そうでしょう。神々との対話は未だわたくしたちには成し得ることができないことです。ですが、その1つ手前の存在ならば不可能ではないのかもしれません」


「1つ手前……?」


 1つ手前という言い方は伝わりにくいものか。まあ、わたしはその存在を知っているからこそという部分が大きいのだろうと思う。


「表現が拙く申し訳ありません。そうですね、言うなれば神の遣いとでも言いましょうか」


「伝承の天使や死神ということかしら」


「ええ、太陽神ミザール様の遣いである天使アルコルや月の神ベネトナシュ様の現身である死神アルカイドならばそういったことも知っている可能性はあります」


 もっとも、闇の魔法使いに関してはこの時代のこの国で見かけることは難しい。だから接触することになるとすれば光の魔法使い。そして、どこにいつそれが現れるのかをわたしは知っている・


「伝承の天使や死神、そういった存在が実際にいるのかしら」


「光の魔法使いには天使アルコルを見ることができます。また、闇の魔法使いの周囲には死神アルカイドが出現しますが、アルカイドに関しては誰もが見ることが可能なはず。まあ、光の魔法使いにしか見えないものですから信じられないのも無理はないと思いますが」


 だから伝承なども正確なものはほとんど残っていないはず。あくまでそういう存在がいるという程度のことしか伝わっていないと思う。


「でも、そうなると天使に直接問いかけることは叶わないのでしょう」


「そうですね。光の魔法使いを介す形になるとは思います」


 ゲームでは主人公の視点だったから天使アルコルが見えていたけど、今のわたしはあくまでカメリア。光の魔法の使えないわたしにはその存在を見ることはできないだろう。


「いつ現れると知らない闇の魔法使いが死神アルカイドと話す機会を設けてくれるのを待つよりは、現れると分かっている光の魔法使いを介して天使アルコルと接触するほうが現実的ですから」


「あら、あなたの『知り得ない知識』でも闇の魔法使いがいつ現れるかということは分からないの?」


 その質問にわたしは答えるかどうか少し躊躇した。確かにわたしは闇の魔法使いがいつ現れるのかを知っている。「たちとぶ2」において登場する彼女のことを。


「未来において存在していることは知っています。ただ、彼女が生まれるまで待つのは非現実的ですね。後は、もしかしたら他国に存在している可能性はありますが」


「なるほど、その人物は女性なのね。まあ、未来というのがどのくらい先なのか私には想像がつかないけれど、あなたがそういうのだからまだ先の話なのでしょう」


 そんな無駄話に花を咲かせていたらドアがノックされた。


「お茶をお持ちしました」


 ティーカップをトレイに載せたアリュエット君が部屋に入ってきて配膳を始める。わたしはそれを受け取りながら、アリュエット君に座るよう促す。


「アリュエット様もお座りください」


「え、いえ、僕は他の仕事もありますので……」


 その言葉に対して、ラミー夫人からさらにアリュエット君に対して言葉がかけられた。


「あなたの仕事は今日中に終わらせなくてはならないものはないはずでしょう」


 アリュエット君の格好を見ていると忘れがちだけど、お兄様と同じようにジョーカー家の跡取りとして任されている仕事や学ぶべきことが多くあるはず。だからそれになりに忙しいはずだけど、まあ、ラミー夫人やジョーカー公爵に比べたら今すぐにやらなくてはならないことなんてほとんどないのだろう。


「分かりました」


 トレイを片付けて、わたしの対面に座るアリュエット君。アリュエット君とは、城で会うこともないので、前にラミー夫人に呼ばれてこの家に訪れたとき以来のようなもの。


「そういえば、アリュエットにアドバイスをしてくださったそうじゃない」


「いえ、アドバイスというほどのものでは……」


 アドバイスというには少し差し出がましすぎるものであったし、本来は自分で自覚すべきことをついつい言ってしまったのだからあまり褒められたものではなかったのかもしれない。


「でも、あれからこの子ったらやる気を見せてくれていてうれしいわ」


 その言葉に気恥ずかしそうに肩を縮ませるアリュエット君。まあ、気恥ずかしくなるのも分かるけども。


「ただ気がかりなのは、あなたが必要だからやったことなのか、それともただのおせっかいなのかということだけよ」


 ラミー夫人の言葉は簡単に行ってしまえば、わたしがこれからの行動に必要だからアリュエット君にアドバイスをしたのか、それともただのおせっかいなのかということ。


「どちらかといえば後者ですね。まあ、後々に起きてしまうであろうほころびを正すためという意味では前者にもなりかねませんが」


 実際のところ、わたしがアリュエット君にアドバイスをする必要性はない。だからそういう点で見ればただ単なるおせっかいに過ぎない。でも、理由としては、王子と主人公をくっつける以上、アリュエット君の成長イベントが起こらないからという面も少なからずある。


「ならいいわ」


「えっと……、どういう話なのでしょうか」


 ラミー夫人の心配も分かる。親なら当然だろうし。そして、そんなわたしと夫人のやり取りに自分のことなのに全く話についていけずに、何の話をしているのかと聞いてきたアリュエット君。まあ、自分の話なのに含みのある遠回しなやり取りを目の前でされたら気にもなるでしょう。


「気にしなくていいわ。

 それよりも、そういえばカメリアさんはもうじき10歳の誕生日だったわね」


 話を変えるためか、ムードを変えるためか、ラミー夫人はそんなことを言いだした。まあ、実際にわたしの誕生日まであと1か月を切っている。お兄様は盛大にしようなんて言っていたけど、さすがに恥ずかしいので身内だけの簡単なパーティーにする予定。

 しかし、ここで問題なのは「身内」の部分である。この「身内」に婚約者である王子も含まれているのだ。ようするに「簡単なパーティー」とは言っても王族を招くだけの質は維持しないといけない。


「ええ、来月には10歳になります」


 わたしの身辺の簡単な調査くらいはしているはずのラミー夫人が誕生日を知っているのは不思議でも何でもない。むしろその辺は公爵家同士の付き合いとして、ある程度の共有はしているはず。さすがに公爵家同士で誕生日にプレゼントを贈らないのはどうかと思うし。

 まあ、それの難しいところは、あまりに高いプレゼントを贈ると癒着や賄賂と疑われる部分だろうか。


「ならちょうどいいわ。アドバイスのお礼にプレゼントの1つも渡さないというのはジョーカー家の名折れでしょう。アリュエット、分かっているわね」


 アドバイス1つに大げさな。そういいたいところだけど、わたしのアドバイスがどれほど響いたのか、それほどの効果があるのかは分からないけれど、人生に関わるといえなくもない特級のアドバイスのつもりだからね。


「あ、はい。それはもちろん。ただどのようなものを用意すればいいのか……」


「あら、それを女性に尋ねてはいけませんよ。相手のことを思い、考えて用意することに意味があるのですし、その思いが伝わるものを用意するのが殿方の甲斐性というものでしょう」


 まあ、そうは言ってもアリュエット君の見た目が少女なので全然しまらない。


「そ、そういうものですか」


「そういうものですよ」


 ある程度割り切った関係ならともかく、貴族という立場であるならば当然のこと。これが高校の同級生とか大学のサークル仲間とかなら「そう言えば誕生日だっけ、何欲しい?」とかで済むんだけど。


「まあ、これも勉強よ。これから先、人に物を贈るという機会は増えるもの。子供のうちに選ぶセンスを身に着けていかないと困るもの」


 ラミー夫人の言葉はもっともね。特に、公爵家ともなれば社交が重要になる。公爵家同士、王家、下の爵位の貴族、それぞれに違った対応を求められる。そして立場をわきまえたプレゼント選びを迫られる機会は少なくない。ジョーカー家を継ぐというのなら当然ながらそうしたセンスは磨かなければならない。

 今は子供だし、多少のやりすぎやプレゼント選びの失敗はどうとでもカバーできる。そうした失敗ができるうちに経験を積んで慣れるのも勉強の1つだ。


「わ、わかりました。頑張ります」


 若干しぼみ気味の語尾であったが、どうやら頑張ってくれるようなので誕生日プレゼントを楽しみにしておこう。まあ、実際、何をもらっても相当変なものでなければ、わたしは喜ぶだろう。


「さて、アリュエット。この書を領地まで届ける手配をしてちょうだい。その後は自由にしていいから」


 ラミー夫人はまとめた書類をアリュエット君に渡す。おそらく話していたクロム王国の間諜の件に対する処理についての書類なのだろう。


「はい。手配しておきます」


 書類を受け取ったアリュエット君は足早に部屋を出て行った。


「ひとまず面倒ごとは片付いたわ。後は夫に任せましょう。

 さて、それじゃあ、お話をしましょうか」





 それから数時間ほどラミー夫人と話し込む。基本的には夫人からの質問に答える形なので、余計なことをぽろっと喋ってしまわないように気をつかいっぱなしだけど、話しに対して的確に答えをくれるので話していて楽しい。


 まあだからついつい話し込んでしまうのだけど。わたしと夫人はどちらも簡単に会うことができないので、一度の機会にできる限りのことを済ませようとしているのだろう。


 ジョーカー家を後にする頃にはとっぷり日が暮れてしまっていた。

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