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229話:ファルム王国への道中・その1

 わたしは久方ぶりに、ファルム王国への道のりを馬車で駆け抜けていた。以前、この道を通ったのは、陛下とともにファルム王国に向かったとき以来だろう。


 ラミー夫人との話し合いの後、数日の後に、陛下、トリフォリウム様、ラミー夫人、わたしの4人で、現状についての説明とそれに伴う行動について許可をもらいに行ったところ、逆に陛下直々に丸投げされてしまった。どうやらファルム王国の件はわたしに任せればいいと思っている節がある。

 わたしとしてはファルム王国にあまりいい思いはないから、なんでもかんでもわたしに投げられてもあまり対処はしたくないのだけれど、結果的にいまの同盟という環境を作り出してしまったのがわたしなのでうなずかざるを得ない。




 そんなわけで、いま馬車で、わたし、アリュエット君、シャムロックというちょっと変わった3人組となっていた。もちろん、別の馬車には調整役の人たちが乗っていて、馬車内で打ち合わせをしたり、話を詰めたりしているのだろう。一応、名目上、その調整役のトップがシャムロックということになっているのだけれど。


 まあ、トップがすべて考えて、まとめて……なんてことは稀で、話す内容を取捨選択とある程度のまとめをしてもらって総括するなんてことはよくあることだ。そもそも、今回に関してはシャムロックに求められている役割はそんなところになく、クロウバウト家の跡継ぎ自らがファルム王国に調整役として向かうという「事の重大性を伝える」ことや「そこまで本気である」というのをアピールする部分が大きい。それこそ、けん制というべきか。


「ったく……、なんだって俺がわざわざ……」


 そんな愚痴をこぼすシャムロック。しかし、そうはいってもなんだかんだこの場にいるのだから、今回の事件に思うところはあるのだろうか。


「それをいうのなら僕こそなぜというべきなんですけどね」


 アリュエット君も、唐突だったためか、珍しくそんな弱気な言葉を口に出していた。まあ、いきなり隣国に行ってアレコレやってこいと言われて、馬車での長時間移動をさせられたら、こんな口の一つもこぼすか。


「それで?」


 この言葉はシャムロックのもので、アリュエット君への返事として出されたものではなく、わたしへの説明を要求するものであることは察せられた。


「それで、とは?」


 でも、あえてわたしはすぐに説明せずに、はぐらかすようにそう言う。別に意地悪をしているわけではなく、「お前なら知っているだろう」と言いたげな彼に対して、そこで素直に答えるのが癪だったからだ。


「どうせお前のことだ。これも裏で何かしらやってんだろ?」


 酷い決めつけではあるが、まあ、いろいろと動いているのは事実なので否定できない。というか、まあ、単純に考えて仮にも公爵になったはずのわたしが、わざわざ出張ってきているのを考えれば、何かあるのは自明の理ではあるのだけれど。


「何かをやっているというほどのことはやっていませんよ」


「っつーことは、そう言わない程度のことはやってるわけだ」


 まあ、そうともいう。実際、今回に関しては、本当にそれほど動いていない。情報を大雑把にまとめて、大まかな道筋を決めただけだし。


「数日前、王城で何か打ち合わせていたとか……」


 アリュエット君がぼそりと言った。自信なさげな様子から、おそらくラミー夫人から何か聞いていたとかではなく、自分で調査したのでしょう。さすがはラミー夫人の息子というところではあるけれど、自分の調査力に自信が持てないのか、それとも調査内容に確信が持てなかったのか、そう言ったところはまだまだだと思う。


「そうですね。では、今回の件に関して、少しばかりわたくしが関わっていることを話しましょうか」


 まあ、それすなわち、今回のファルム王国でやることに直結しているのだけれども。2人が聞きの姿勢に入ったのを確認しながら話す。


「今回、こうして、わたくしたちがファルム王国との調整役に護衛のような形で付き添っているのはなぜか……、わかりますか?」


 話しましょうと言いつつも、あえて問いかける形にしたのは、話をスムーズに進めるためではあるけれど、それと同時に、シャムロックとアリュエット君に考えてもらうためでもある。


 もちろん、2人が何も考えていないような馬鹿だとは言わない。ちゃんと考えることもできて、それを整理する力もそれなりにあると思っている。でも、だからこそ、たまには解きほぐさないと凝り固まった考え方をしてしまいがちだから。

 まあ、わたしが割かしその傾向にあって、それをラミー夫人との会話で刺激を得て解きほぐしているからというだけの話。それを2人にも伝授……ではないけれど、感覚的に知ってもらいたい。


「調整役の馬車が襲われたからだろ?」


 半分正解といったところ。いや、理屈ではおそらくわかっていて、言葉として省略しているだけな気もするけれど。


「類似犯や模倣犯を防止するための役割ですよね?」


 そこをアリュエット君が補足する形で話が進む。2人とも、その認識はあるようでよかった。まあ、じゃなかったら何のためにここにいるんだって話になるけど。


「その通りです。正直にいうならば、それだけのことならわたくしがここにいる意味はありません」


 アリュエット君やシャムロックだけでその役割は十分に果たせているからだ。確かに、公爵という立場のわたしはこの2人よりも立場が上ではある。しかし、「けん制」という役割だけなら、別にそこまでしなくてもいい。


「つまり、お前はお前の役割があって、俺らに便乗する形で同行してるっつーことだろ」


 回りくどく言わなくても分かるとでも言いたげにシャムロックが言った。アリュエット君もそこは理解しているのか何も言わない。


「その役割というのに彼が関わっています」


 なぜ僕が急にというふうに思っていたであろうアリュエット君に、その理由を提示する。彼は一瞬だけ驚いたように目を見開いたけど、すぐに何かに思い至ったようだ。


「なるほど、銀嶺山脈での爆破事件ですか……」


 さすがに故郷である北方で起こった事件だけに、そのことは耳に入っていたらしい。それがわかれば、あとは芋づる式に状況は呑み込めただろう。


「はい、その通りです。あの事件に用いられた爆薬はファルム王国の鉱山から持ち出されたものです。しかし、ラミー様が調査に乗り出すのは難しいですから」


 場合によっては、ラミー夫人自らが調査を行っていた可能性は否定できないけれど、黄金の蛇としても北方の魔女としても、そして貴族としても状況としても、彼女がいまこの国を離れるというのは、非常にまずい。

 彼女以上に「国防の要」という言葉が的確な存在も、いまのディアマンデ王国にはいないでしょう。


「つまり、僕と調査をするということでしょうか」


「でも、んなもん、お前だけで十分じゃねぇの」


 シャムロックの言いたいこともわかる。けん制なら、わたしかアリュエット君のどっちかがいれば事足りる。調査もわたしだけで事足りる。だとするなら、アリュエット君は必要ないのではないかと。


「わたくしはこれでも公爵でして、仕事もありますから長引くと困るのです。ですから、助手としてわたくしが推薦しました」


 これはつまり、調査や事後処理が長引くと面倒だから、そのための助手に選んだということである。


「そして、ラミー様もそろそろあなたに実践を積むべきだと判断したからこうなったのです」


 わたしは「その意味はわかりますよね」とでもいうように、強い声でアリュエット君にそういった。


 現状、「国防の要」になっているラミー夫人だけれど、いつまでもそのままでいるわけにはいかない。もしラミー夫人が動けなくなってしまったら、そのとき、国防の要を失ったからと瓦解するだけの国でいいわけがない。

 だからこそ、ラミー夫人は後進を育てているし、その筆頭が、次代のジョーカー公爵であるアリュエット君である。

 まあもっとも、このままだとわたしにもしわ寄せが来そう……、つまりラミー夫人に変わる次の「国防の要」にされてしまいそうなので、そうならないために、わたしもアリュエット君だったり、ほかの攻略対象だったり、アリスちゃんやパンジーちゃんなど、同世代がきちんと動けるよう力を入れて育てているわけだ。


 だから、今回アリュエット君を連れてきたのは、事後処理の丸投げのためという目下の理由もあるけれど、そういう遠い理由も含まれていたりする。


「しっかし、隣国との関係を左右するような事件を調査するなんて大層なもんだな。さすが公爵様だ」


 やれやれと言いたげな顔で茶化すシャムロック。正直、前提の話がなかったら、こんなものを年若い新しい公爵に任せるのは「大層」ではなく、ただの嫌がらせだ。あくまで、同盟の云々がわたし担当だったから嫌がらせには見えない構図だし、今回はわたし自らがこの計画を立てて陛下に持ち込んだからそうはなっていないけれど。


「シャムロックさんも同じように、隣国との調整役などという大層な役目を与えられているではありませんか。さすがは次代の公爵ですね」


 なので、わたしはあえて、茶化しに茶化しで返した。当然ながら、半ばお飾りのような役割なのはここでこうして馬車に乗っているシャムロック自身が一番わかっているだろう。


「大層……、大層ね……、ったくやってられないぜ」


 正直、役割としてやるべきことは理解していても、乗り気かどうかはまた別の話なのだろう。ここでぐだぐだ言ったところでどうにもならないのは理解しているでしょうし、あくまで本当にそう言いたくなるような気分だったのでしょうけど。

 そんな彼のつぶやきとは裏腹に、馬車の外は活気づいてきた。どうやら国境沿いの都市、リップスティークが近いらしい。ここから国境を越えればいよいよファルム王国に入ることになる。


「予定では、手続きの関係などがあり、リップスティークで一泊してから、明日、国境を越えてファルム王国に入ることになります。国境を越えてしまえば、戻ってくるには手続きなどが必要になります」


 つまり、暗に戻るならいまのうちだぞということ。まあ、女性にこういわれて、「わかりました、戻ります」というのは格好がつかないという心理を利用している部分もあるけれど、それでも一応の「最終確認」である。


「ここまで来たら腹はくくってる」


 シャムロックがそう言って、アリュエット君はそれに同調する形でうなずいた。

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