228話:重複するイベント・その2
いまいちピンときていなさそうなラミー夫人に対して、なおもわたしは説明を続ける。
「銀嶺山脈というのは、いわばこの国の象徴のようなものであり、その存在は大きいわけです。それへの攻撃というのは、戦争で言う宣戦布告などに匹敵する意味を持ちます」
もちろん、実行犯にそこまでの意図があったのかはわからないけれど、少なくとも意味合いとしては、そういうことになってもおかしくない。
「それが、遺跡の出土ということで、そちらに目が行ってしまっているだけ……ということかもしれないと、そう言っているだけです」
つまり、犯人たちにとって、遺跡の出土こそイレギュラーな事態であって、そのせいで、こっちの目があらぬ方向に逸れてしまったということもあり得るよという話。別に、これにラミー夫人が思い至れなかったのは、発想の問題ではなく、一端としてはわたしのせいだ。
直前に、「遺跡から金銀財宝を盗み出す」ということを目的にした事件との関連性をあげてしまったせいで、ラミー夫人の思考も遺跡に縛られてしまったのだろう。
「でも、遺跡が出土した場所に仕掛けたのは、ただの偶然だというの?」
そう言われるとは思っていたけれど、一応説明のつく理由はある。もっとも、それが事実かどうかは一切知らないけど。
「もちろん、犯人が遺跡を狙っていた可能性はありますが、まず、あの遺跡のことをどうやって知ったのか、知ったとして何がしたかったのかなどを考えると、知らなかったほうが可能性は高いような気がします」
おそらく、ディアマンデ王国ができる頃にはとっくに再び山に埋もれた遺跡。そんなことを知っていて、なおかつファルム王国からわざわざ爆薬を持ってこなくてはならないような稀有な存在がいると考えるよりは、知らなかったほうが自然だろう。
「そして、かつて遺跡があった場所というのは、遺跡自体が埋もれていようと、その周囲の地形がほかの場所に比べて比較的広いかなだらかかどちらかの可能性が高いです。まさか開拓されている登山ルートやその周辺を警備の目も気にせず爆破するわけにもいかないでしょうし」
遺跡があるということは、そこまでの道なんかも存在したわけで、そもそも遺跡を造るに適しているのが平らな土地であるのだから、それらのことから、遺跡があったあたりは広いか、なだらかか、どちらにせよ、ほかの斜面よりも比較的活動しやすい場所であることは間違いない。
もちろん、切り立った崖に建築する方法が一切ないわけではないが、それだと遺跡が山に埋もれることはなく、ふもとに崩れ落ちるでしょう。
「つまり、偶然だと?」
「まあ、結局のところ、犯人を捕まえて情報を聞き出すまでは、なにが真実かはわかりませんから。あくまで、わたくしの所見では、ということになりますけれど」
ぶっちゃけた話、わたしたちはこんなこと……と言ってしまうとアレだけれど、こんなことで時間を食っている場合じゃないのだ。アーリア侯爵家との問題をどうにかしなくてはならない。
「それで、この問題を両方とも解決する方法はあるのかしら」
ラミー夫人の投げかけに、わたしはある程度まとまっている現状の案を話す。
「ようするに、同盟反対派をけん制すればいいわけですよね。銀嶺山脈のほうは実行犯の確保が必要ですが」
別に同盟反対派を一掃する必要があるわけではない。それに大なり小なり反感を持っているものはいるわけで、その反意を表に出させなければそれでいい。そもそも馬鹿でもなければ、普通は表に出さないわけだけれど……。
「そして、銀嶺山脈爆破の実行犯が、ファルム王国の人間だった場合、同盟反対派をよりたきつける形になってしまうので、素性の洗い出しと、もしそうだった場合の処遇については考えなくてはなりませんが……」
ファルム王国の人間によって、ディアマンデ王国内で犯罪が起きたら、反対派がより活発になってしまうので、それだけは避けたい。フェロモリーたちの行動が、同盟反対派の行動だったということになったのもそういう面を考慮してのことだったのだし。
「けん制……。ああ、なるほど、何となくは見えてきたけれど……、つまり、また調整しろってわけね」
どうやらラミー夫人は、わたしの言いたいことを察したようだ。とはいえ、前ほど大がかりな調整をしろと言っているわけではないことは、彼女もわかっているでしょう。
「さほど時間は要しません。数日中に片付けます」
「けん制のほうはともかくとして、実行犯を逮捕して、その後の処理まで必要な銀嶺山脈の件も数日で終わらせられるかしら?」
確かに、すべてのごたごたを片付けていたら、いくらあっても時間はたりないでしょう。でも、そこは役割分担だ。何もわたしだけが背負う必要もあるまい。
「それこそ、ご子息のお力を借りたいのですけれどね。北方の問題ですし、実務経験という意味ではちょうどいいでしょう」
アリュエット君も学園卒業後は、おそらく北方をメインに活動するはずであり、そこでの実績作りと経験を積むという両方の面を担える今回の事件解決にはもってこいでしょう。ついでに事後処理なんかをユーカー様に丸投げする口実でもあるけれど。
「そうね。あの子にもそろそろ大きめの経験を積ませるべきね」
これまでも、多少なりともの経験は積ませてきたはずだけれど、それでも国同士の問題になりかねないような案件に出すのは迷いがちなのだろう。
「それで、けん制というのは、あなたが実働的にクロウバウト家の調整役の護衛をするのでしょうけれど」
「まあ、シャムロックさんも引っ張り出しはしますが、おおむねそれでけん制にはなるでしょう」
重要な貴族が直接調整役兼護衛として赴くともなれば、それにちょっかいを出すことの重みは理解できるでしょう。あまり好ましくはないけれど、こういうときには公爵という立場の重さを振りかざす。
「でも、それを挑発と取って、大きな行動に起こすような貴族もいるかもしれないわね」
「そういう思想の貴族に関しては、そちらでも把握しているでしょうし、そこまで頭が回らないようなら、今後のことを考えても処置は必要でしょう」
何も国の決定には絶対に従わなくてはならないと言っているわけではない。国の決定に疑念を抱いたり、そうではないと否定したりすることも、場合によっては必要なことではある。
でも、今回の場合は違う。長年の関係性、特にツァボライト王国の一件から感情的に否定している部分が大半であり、ファルム王国との同盟によって得られる利や、今後の国営上の利点などを無視した反意でしかない。
だからこそ、それらを理解している人は、感情的な問題よりもそちらを取っている。そして、民を導くという意味では、わたしはそちらが正しいと思っている。
「まあ、でしょうね。そのあたりはこちらで対応を協議しておくわよ」
ラミー夫人と陛下に任せておけば、適当な処理をしてくれるでしょう。
「それと……」
「ええ、わかっているわよ。こっちが慌ただしく動いていたらアーリア侯爵家が何か行動を起こすかもしれないから、その監視はしっかりさせておくわ」
彼らも「魔力を貯める」という実態上、長年の蓄積があったにせよ、どこかしらで魔力を得るための行動を起こしてもおかしくないわけだ。すでに十分な量が貯まっていたのなら、四人の伯爵たちによる研究はもっと早期に打ち切られていてもおかしくないのだし。例えば自分たちの魔力を限界まで抜いて、蓄積しているとかだったとしても、彼らにとって「貯めすぎる」ことは良くても、足りないことは良くないわけだし。
そもそも、どれだけの量を注げば彼女……フェリチータが復活するのかも正確にはわからないのだし、そのあたりどうするつもりだったのだろうかという疑問がないわけではない。
だから、この際に、何らかの方法で多くの人から多くの魔力をかっさらうなんてことを考えていてもおかしくないので警戒しておくに越したことはない。
「それでは、わたくしはクロウバウト公爵に話を持って行きたいと思います」
調整役に同行する件に関してはトリフォリウム様に話を通さないといけない。ついでにシャムロックを連れていくことについても。
「私がとりあえず一筆書くわ」
「でしたら、できれば王城で話す場を設けたいのですが」
わたしの言葉に、すこしだけ考えてからうなずいた。ラミー夫人もその意味は分かっているのでしょう。
クロウバウト家というのは、その家の役割上、非常に公平性が問われる立場にある。そのため、わたし個人がクロウバウト家に訪れるということになんのやましいことがなくても、要らぬ噂は立つもので、わたしだけではなくクロウバウト家にも迷惑がかかるわけだ。
しかし、今回の件のような直接話さなくてはならないようなこともあるため、最悪、直接訪れることも視野には入れていたが、一番いいのは、その公平性を担保する別の人間がいる場で話をすることである。
この場合は、その立場的に最も信用のおける陛下。忙しい身であらせられる陛下を巻き込むのは大変心苦しいが、陛下もクロウバウト家の立場というのがどのようなものかわかっているはずなので、快く受け入れてくれると思う。
もちろん、これが私的な要件とかだったらこんなことは認められないでしょうけど、今回の一件は同盟関係に重要な事件のためであり、かつ、わたしは一応陛下直々に国民の前での建前であれなんであれ「同盟の立役者」なんて明言されてしまっている立場にいるわけだからこそ認めざるを得ないというか。
「でも、王城で……ということなら、数日はかかるわよ」
「仕方ありません。クロウバウト公爵家もすぐには調整役を再編成して送り出すなんてことはないでしょうし、それまでに間に合えば構いません」
一応、脅威は去ったということになっているけれど、無理な再編成ですぐに送り出して、何か不備があったら、それこそ本末転倒。だからこそ、クロウバウト家も、動くなら少し時間を置いてからになるでしょう。
「じゃあ、手配だけは先にしてしまうわ。いまから今後の行動について話を詰めましょう」
ラミー夫人はさらさらと手紙を……、おそらく黄金の蛇の暗号を用いた陛下への手紙を書いて、使用人に渡す。
そして、わたしとラミー夫人は今後に向けていろいろなことを話し合うのだった。




