226話:プロローグ
「そうなんですよ。それで、お花が綺麗に咲き始めてですね」
わたしは、仕事をどうにか消化して、久しぶりの休みにアリスちゃんとお茶を楽しんでいた。パンジーちゃんやシュシャも誘ったのだが、2人とも用事があるとのことで、久しぶりにアリスちゃんと2人きりのお茶会だった。
パンジーちゃんの用事はいくらでも想像がつくが、おそらく近いうちにブレイン男爵領に一時的に戻らなくてはならないため、その準備だろう。近領での結婚式があり、それに参加するとか何とかで慌ただしくしている。
シュシャはというと、この間、ミズカネ国に一時帰国してから、何かのスイッチが入ったのか、いままでよりもより積極的にいろいろな活動に手を出すようになったので、今日のもその1つなのだろう。
ちなみにアルコルにはいろいろと聞きたいことがあったのに、全然顔を見せず、アリスちゃんに聞いたところ、あまり起きてこないとのこと。
「それはいいですね。今度わたくしも見に行きます」
そんなわけで水入らずのお茶会を楽しんでいた。そう、この瞬間までは……。
「それで、シャムロック様と話していたときに、唐突にクロウバウト家の馬車が襲われたなんて言う話が飛び込んできまして、あのシャムロック様が大慌てで帰宅なさっていたので、よっぽどのことがあったんだと思います」
わたしのカップを持つ手が止まった。その事件に覚えがあったからだ。しかしながら、シャムロックのルートというわけではない。そうだったらこんなにも動揺するはずがない。
そもそもシャムロックとアリュエット君に関しては、ルートの発生そのものがないと考えていた。シャムロックは国の現状的に、アリュエット君はわたしとラミー夫人の関係を考えて。だからこそ、油断していた……のかもしれない。
この事件に極めて似た事件、似た状況。それは……。
――オキザリス・クロウバウト。
彼のルートにまつわるイベントである。
オキザリス・クロウバウトは、「たちとぶ2」の攻略対象の1人で、アリス・スートの同級生。そんな彼のルートで起こる大きな事件。
実質ファルム王国の属国となったディアマンデ王国では、その財政のほとんどがファルム王国に支配された状態であり、クロウバウト家は貴族たちから税を徴収し、それをファルム王国に納める役割を担っていた。
アリスはオキザリスと一緒にいたときに、偶然、クロウバウト家の資金輸送馬車が襲われたという話を聞いてしまう。それはファルム王国に反旗を翻そうとする貴族たちの手によるものだった。このまま襲われて奪われたことにして、その資金をファルム王国との戦いに充てないかと提案されるオキザリスだが、先祖代々の矜持として不正は認めないと断固拒否。その反応が反感を買い、売国奴扱いをされ、税の徴収すら滞るようになってしまう。
しかし、クロウバウト家は引くに引けない状況、ここで貴族たちに謝罪をすれば、ファルム王国からは反意があると思われるし、この態度を貫けば徴税が上手く行かずファルム王国から反感を買う。
徴税問題解決のため、アリスとともに奮闘するというのがオキザリスルートのあるイベント。
まあ、実はクロウバウト家の徴税が上手く行かなくなったらクロウバウト家が更迭され、ファルム王国の人間が徴税の立場になり、より厳しい徴税体制になるため自らの首を絞めているだけなのだけれど、それにすら気付けないほど貴族の質は落ちていたのが「たちとぶ2」の時代。
しかし、これはあくまで未来のお話であって、現在とは状況が違う。まったく同じ事件のはずがないのだ。
「その襲われた馬車という話ですが、具体的に何か言っていませんでしたか?」
アリスちゃんがどこまで知っているかわからないけれど、ここで聞けるだけ聞いて、おそらくこの件の情報を得ているであろうラミー夫人と話して、情報をまとめていくしかない。
「えっと……、確か、ファルム王国との調整役とかなんとか……」
なるほど……。ファルム王国との同盟により、その資金のやりくりをファルム王国と綿密に組む必要が出てきた。クロウバウト家はその調整のため、ファルム王国と交渉する役割を担っている。
だとするなら、おそらくオキザリスのイベントと照らし合わせるとすると、同盟に反対する貴族の手によるものという推測は立つ。
「それは難しい。故意の事件だとするなら、各方面との協議が必要でしょうし、シャムロックさんが慌てるのも無理はないでしょう」
故意の事件などという言い方は非常におかしいのだけれど、この場合、明確にクロウバウト家の馬車と知っていて襲ったなら、という意味。ただの馬車強盗が偶然クロウバウト家の馬車を襲ったという場合も事件は事件だ。
「犯人は騎士の方たちが取り押さえてくれたみたいなんですけど、それでも怖いですよね」
犯人がすでに確保済みなら、ラミー夫人のほうで、すでに裏にいるのがだれかくらいはわかっているだろうか。いや、そのくらいなら騎士団のほうでもすでに割り出しているか。同盟反対派の貴族なんてマークされていて当然だし。
「まあ、犯人たちの目的が何であれ、騎士団の方々なら適性に処置をしてくださるでしょう」
騎士たちも、いまは気合が入っているでしょう。クレイモア君が継承したことで、体系上の変化があまりなくとも、精神的な変化というのは大きい。心機一転というのもあるし、物事の代わりどきというのは自ずとそうなる部分がある。
「そうですね!」
アリスちゃんは花の咲くような笑顔でそう言って、再びカップに手を伸ばした。
翌日、わたしはさっそくラミー夫人のもとを訪れていた。部屋に入ると、彼女は難しい顔をして、書類とにらめっこをしていた。
「それにしても、本当に耳が早いわね」
とそんなふうに言われた。しかし、馬車襲撃の一件なら、耳が早いというほど早くはないはずだ。当日、起きてすぐとかならまだしも、1日置いている以上、ラミー夫人の言う「耳が早い」としては遅すぎる。
「何かあったのですか?
わたくしとしては、クロウバウト家の馬車襲撃に関する話をするつもりだったのですが」
「ああ……、そっちね」
この反応を見るに、やはり、馬車襲撃以外に何か起きているようだ。どうやらラミー夫人がにらめっこしている書類もそれに関するものらしく、彼女ですら頭を悩ませているらしい。
「じゃあ、先にそちらの話をしてしまいましょう。といっても、すでにおおよその措置は済んでいるのだけれどね」
溜め息交じりにラミー夫人はそうつぶやいて、書類を一旦横に置く。彼女の抱えている案件も気になるが、厄介ごとの匂いがするその一件よりも先に、すでにほぼ終わっているクロウバウト家の馬車襲撃事件から済ませてしまったほうがいいだろう。
「襲撃は、同盟反対派貴族の差し金ですか?」
わたしの言葉に、ラミー夫人は「さすがね」と微笑んでから、わたしに簡単な資料を見せてくれる。
「あなたの言った通り、同盟反対派貴族複数名が手を回したようね。まあ、すでに目を付けていたから、実行犯ともどもすぐに取り押さえたけれど」
彼女の言う「目を付けていた」というのは、文字通り監視を付けていたのでしょうけれど、まあ、予想以上にスムーズに終わっていた。ただ……。
「ただ……、この一件で、潜在的同盟反対派貴族の活性も気にしたほうがいいかもしれません。クロウバウト家の……、特にファルム王国に向かう馬車は今後も気をつけたほうがいいでしょう」
それを聞いてラミー夫人はすこし考えてから、いぶかしげにわたしを見た。
「あなたがそういうのなら、何かあるということかしら」
「ええ、正直、どこまでが重なるのかがわたくしにも分かりませんが、似たような未来のできごとを知っていまして……」
そう言って、わたしは、オキザリスルートのイベントについて、ラミー夫人に大まかな解説をする。
「つまり、ファルムへの反対精神という共通項を基に、似たような事件が起こるとするならば、今後も危険が付きまとうということね」
ザックリ言うとそういうことだ。もちろん、同じような状況になるとは限らず、取り越し苦労という可能性も十分にあるのだけれど、警戒するだけしてなにもありませんでした、というなら別にそれでいい。国家間のやり取りでもあるので安全第一だ。
「そのくらいなら、手配は騎士団に任せればいいでしょう。問題は潜在的同盟反対派だけれど、……まあ、おおよその検討はついているし、それとなく探りを入れておきましょう」
ラミー夫人が監視をつけているような人たちは、少なからず声を上げ、行動しているような貴族に限られるけど、そうでなくとも、それを支持する、あるいは黙認するような貴族たちは概ね潜在的には同盟に反対している貴族だ。そうなると、大体どの貴族かというのも把握できているようなもの。もちろん、それにひっかからないような一部の貴族たちもいるでしょうけれど、そういう層はほとんどが行動を起こさない。
まあ、万が一ということもあるけど、そのときのための騎士団への手配なのだから。
「それで、こうファルム関連が続くとちょっと嫌な部分はあるのだけれど、もう1個、いま起きている問題があるのよ」
馬車襲撃の件は先ほどの会話で一区切りついたので、今度は話が最初に言っていた案件に切り替わったようだ。それにしてもこっちもファルム王国?
なんというか、本当にあまりいい予感のしない話題なのは間違いない。
「実際に事件が起きたのはウチの……銀嶺山脈なのだけれど」
……ファルム王国関連なのに、現場はディアマンデ王国の、それも北方、ジョーカー公爵領にある銀嶺山脈。中々気になる話だ。
「どうやら、ファルムの鉱山から持ち出された爆薬がそこで爆発したようなのよ」
一瞬、わたしの頭は真っ白になった。鉱山から運ばれたものが山を爆破……。
「もしかして……、爆破現場から遺跡のようなものが発見されたような事実はありませんか?」
わたしの質問にラミー夫人が「ああ、やっぱり何か知っているのね」と安堵したように言うけれど、わたしはそれどころではない。
そう、確かに似たような事件をわたしは知っている。だけれど、それはオキザリスのイベントではない。これは……、もしかして……、イベントの重複……か?




