225話:マシシ・アーリアという少女
マシシ・アーリア。「たちとぶ2」……「銀嶺光明記2~王子たちと学ぶ恋の魔法~」の登場人物であり、重要なキャラクターでもある。そんな彼女はポジションとしては友人枠とでも言うべきか、主人公であるアリス・スートの友人として、途中からはマカネちゃんとも行動を共にすることもあった。
キャラクター紹介文は至って簡潔。
――少し抜けたところのある明るい少女。愛を求めていると常日頃口にしているが……。
まあ、このくらいのキャラクターなら、割とよくある説明で、乙女ゲームや少女漫画で言うところの攻略対象やヒーローたちにきゃーきゃー言う友人の紹介がこんなものだろう。もっとも、彼女の存在は、その域に収まるような小さな存在ではなかったのだけれど。
いまからの話は「たちとぶ2」の重要なネタバレとして、インターネット上でも語るうえでは、かなり注意喚起というか、話すのに注意をしていた部分になる。
それは、マシシちゃんの「死」である。
これはかなり重要な話で、ファルム王国の王子、オーステナイト・ファルムとのルートにおける4つの大きなイベントの中でも、とりわけ好き嫌いがわかれたイベント。
マシシちゃんには、サンタマリアという名前の姉がいた。どちらもベリルの一種の鉱石で、地名が名前になっているという共通点があるのだけれど、それは置いておいて、サンタマリアはマシシちゃんが生まれる前に、高い魔力を見出されてファルム王国に送られていた。つまり、マシシちゃんとは少なくとも7歳近く離れていることになるのだけれど。
わたしがマシシちゃんを考えて、いまの状況につながるエピソードがないのは「それもそのはずではある」といったのは、サンタマリアこそがアーリア侯爵家のいろいろを学んでいたからであり、マシシちゃんはほとんど知らなかったはずだからだ。
そんな彼女が口癖のように言っていた話が「アーリア家っていうのは『愛』を欲する一族なんだよ」というもの。プレイ当時のわたしは「たちとぶ」本編では特にアーリア侯爵家に触れていなかったし、「たちとる」も発売前だったので、この言葉の意味を特に考えたことはなかった。
彼女の言う「愛」というのは、「恋愛」であり「家族愛」であり「親愛」であり、ただ単なる「恋愛馬鹿」というのとは少し違っていた。それもそのはずで、生まれたときから父と姉はファルム王国、母親は貴族の仕事をすべて押し付けられ、マシシちゃんは「家族愛」すら受けたくても受けられなかった。
それでも、王立魔法学園に進学して、そこで魔法を学び、アリス・スートと友人になり、順風満帆とはいかないけれど、楽しい学園生活を送っていた彼女は、偶然、ファルム王国の貴族の護衛として来ていたサンタマリアが家族を獲られたディアマンデ王国の貴族による攻撃から貴族を守るための魔法の流れ弾で死んでしまう。
この衝撃的な出来事が、アリス・スートとオーステナイト・ファルム、そしてマカネ・スチールの3人の心を大きく動かした。
ファルム王国とディアマンデ王国の関係を、いまの状態をどうにかしなくてはならないと、そう思うきっかけとなったのがこのエピソードである。
というのは置いておいて。先ほどの「アーリア家っていうのは『愛』を欲する一族なんだよ」。これのほかに気になるのがサンタマリアの言っていた「我が一族には兄弟姉妹が多い」、「愛がこぼれていく」というもの。
そして、マシシちゃんの墓に刻まれた「聖女の愛を」という文字列。
最初、「聖女の愛を」というのはマシシちゃんのことを指しているものだと思っていた。というか、いまのいままでそうだと信じていた。だけれど、よく考えてみたら、「聖女」という言葉が指すものが、わたしたちのいまの状況にはある。
レアクの遺産。そう聖女ファウツァ=イブマキー・レアクが残した遺産、すなわち、フェリチータ。
つまり、「聖女の愛を」というのは、マシシちゃんの愛を示すものではなく、マシシちゃんに愛を示すものだったのだと考えられる。
兄弟姉妹の早世。妻や夫の早世。ましてや、弟を……、妹を……、己の手で殺してしまうようなこと。そうしたあれこれは呪いのように積み重なった。もちろん、中には偶然というものもあるのでしょう。
あるいは、ベリルとフェリチータの間に、何か交わした約束があったのかもしれない。
ともかくとして、そんな「愛」を失ってしまいやすい一族が、「半永久的に動く人形」の「愛」を欲するのは不思議なことだろうか。それが「友愛」なのか「親愛」なのか「恋愛」なのか「家族愛」なのか……どんな「愛」の形を求めてのことなのかはわからないけれど。
「そう、つまるところ、彼らの求めるものとは『愛』なのではないかと、そう結論付けたわけです」
わたしの説明に、ラミー夫人はぽかんと口を開けたまま動かなくなった。さすがに、これだけ壮大な計画の末にあるものが「愛」というあいまいなものであるとは思っていなかったのだろう。それともいわゆるロマンチックみたいな理由だからか。
しかし、これならいくつかの部分の謎が氷解すると思う。
「でも、いくらなんでも、そんな……。身内の早世というのも、それこそほかの家と比べても誤差の範疇でしょう」
「ええ、だと思いますよ。それに先ほども言った通り、全員が早世というわけでもないですし。まあ、何割かは遺伝的疾患でもあるのかも知れませんが、侯爵家ともなれば政治的策謀に巻き込まれることもありますし、そのほか事故、病気など、あくまで偶然の範疇でしょう」
実際、比較すればこれよりも早世が多い貴族などもいると思う。特に下の位の貴族とかだと、病気などの対応や王都に行くまでの事故なども増えるでしょうし。まあ、その分、子供の数を増やして……なんて言うこともあるけれど、それこそその対応として、分家だったり、養子だったりが行われるわけだ。
「でも、だとしたらどういうことなのかしら?」
「ですから、それこそが『呪い』……、いえ、これ自体が『呪い』というわけではないのでしょうが、『呪い』をより強めている要素でしょうか」
どういう意味だと言いたげなラミー夫人。まあ、これを論理的に説明することはわたしにも難しい。
「この場合、彼らの言う『呪い』というものは、『半永久の愛を求めること』」
この辺りは、マシシちゃんの言っていた「愛を求める一族」というのもかかっている。そして、そこにつながるのが、
「そのきっかけが、おそらく初代であるベリルと弟のゴシェナイトとの悲劇。そこからベリルとフェリチータの間に何かあったのか、それとも何もなかったのかはわかりませんが」
ただ、少なくともフェリチータとの間に何かあったのだと思う。そうでもないのに、一方的に、こうはならないと思う。まあ、場合によっては本当にベリルの独りよがりから始まった可能性も否めないのだけれど。
「そうして、そこから始まった呪いは、家族に何かがあるたびに、『半永久の愛』というものに依存するようになったのではないでしょうか」
世界で自分が一番不幸だと思うことは、不運が続いたときにないだろうか。そんなふうに、彼ら彼女らも「自分たちは普通の『愛』を得られないのだ」と、そんなことを思ってしまったのではないだろうか。
「だからこそ、早世から、より『半永久の愛』への渇望が強まり、それが子々孫々、それこそ呪いのように伝わり、いまに至るのではないかと」
だからこそ、呪いを強めている要素。これがわたしの出した推測である。
「じゃあ、横取りできるものではない、恩恵を受けられる人が限られるというのは……」
「ええ、その愛を受ける資格があるのは、彼女を目覚めさせるだけの過程を踏んだものだけだと考えているのでしょう」
つまるところ、横から成果をかっさらったところで認めてもらえるわけがないということ。
「……でも、それは」
「ええ、彼女自身の意思を度外視しています。もちろん、わたくしたちにも目覚めたフェリチータがどういう判断を下すかはわかりかねますが、少なくとも自分を犠牲にしてまで封印した旧神の残滓をよみがえらせることを良しとするとは思えません」
そう、ファルム王国が自分たちには使えないことを知らずにツァボライト王国の秘宝を求めたように、彼らもまた、自分たちが愛を得られないかもしれないことを考えずにフェリチータの愛を求めている……のかもしれない。
「そうだとしたら、……皮肉なものね」
ラミー夫人は、大きなため息を吐いて、そんなふうにつぶやいた。
「だって、もうその『愛』を求めることが彼らの中での最優先になってしまっているじゃない。そこへ向ける『愛』をまっとうに子供たちに注いでいれば別の形があったかもしれないのに」
確かに、本末転倒というか、「愛」を失わないために「半永久の愛」を求めた結果、いまの「愛」をないがしろにしてしまっているのかもしれない。
「そういう意味では、ヘリオドールがエスメラルドたちほどではないにしても呪いの影響を受けているというのは、間違っていないのかもしれませんね。モーガナイト夫人への愛情は注いでいますが、フェリチータからの愛については度外視していますから」
「モーガナイトは、そういう意味ではほとんど影響を受けていないといっていたからサングエ侯爵家は大丈夫かもしれないわね」
実際、「たちとぶ2」でも子孫のビクスバイトが登場している。ビクスバイトの祖母はとても旦那と仲睦まじくて、その様子に憧れ、自分もそのような相手を見つけたいといっていた。これは確実ではないのだけれど、時系列上、この祖父母はモーガナイトたちの世代だと思われて、血縁で考えればビクスバイトに祖父母は父方と母方の2組存在するけれど、サングエ家を継いでいることを考えると、幼少期のビクスバイトが接するのはモーガナイトたちのはず。だから、希望的観測だけれど、モーガナイトはおそらく大丈夫だと思う。
「しかし、まあ、なんというか……、封印が解かれる旧神の残滓のほうはどうでもよくて、それが封じられていたフェリチータのほうが本命とはね……」
財布泥棒の目的が中の大金じゃなくて、外の財布だったような、そんな気分。
「でも、それなら早い話、説得というか、旧神の残滓は私たちがどうにかするから、やる場所と時間を教えてもらえばいいのではなくて?」
「それが通じればいいのですけれどね、……話を聞くと思います?」
ここまで隠してひそひそとやってきた彼らが、こちらを信用するだろうか。ヘリオドールですら、こちらを信用しきっていないのだし。
「それを持ちかけて、こっちが情報をつかんでいることを悟られて、より大変なことになるよりは、現状の体制を続けたほうがいいと?」
「断言はできません。場合によっては、話を持ちかけたほうがよかったのかもしれませんが、どちらに転ぶかわからない賭けとしか言えませんね」
こればっかりは、わたしにも分からない。エスメラルドが少しばかり融通が利く人間だったらもしかすると上手く行くかもしれないけれど、ダメだった場合、こちらが向こうの狙いを知っていることを悟られるうえに、より動きがつかめなくなってしまう可能性もある。
「ただ、そうなると、まだ猶予があるとはいえ、その猶予がどれくらいかを知りたいのよね」
「おそらくですが、おおよそ二月だと思います。ゴシェナイトの命日がそのころですし、すべての始まりの日に事を起こすというのはよくあることですから」
ただ、これもあくまで予測であって、確定ではないのが痛いのだけれど。
「その二か月の間に、どれだけ核心に迫れるかということよね」
「本当は、その間に証拠をつかんで立件できるのが理想なのですけれどね」
さも、旧神の残滓をどうにかする前提でラミー夫人は話しているけれど、そうならないに越したことはない。一応、神器を借りてきたけれど、それを使用しないに越したことはないのだ。
「そうなんだけどね……。せめて『どこで』とか、『なにが』とか分かればいいのだけれど」
「その手がかりがきっとどこかにあると思うのですよね……」
そう過去か未来か、そのどこかに。




