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224話:一か月振りの故郷・その2

 お茶を淹れ、お茶菓子の用意をして一服。そうして、わたしたちは再び思考の沼へと入り込んでいくのだった。


「まずはある種の呪いというものについて考えていきましょう」


 わたしの知る限り、初代のベリルという青年に特殊な思想、行動原理というのというのは、少なくとも「たちとる」において存在しなかった。しかし、フェリチータという存在のことを考えれば、少なくともベリルの代から動いてなくてはおかしい。


 そうなると彼の思想や言動が、「たちとる」以後に変わったという可能性ぐらいしか思いつかない。もちろん、ゲーム中ではそう言った要素を微塵も見せなかったという可能性もなくはないけれど、そんな要素のあるキャラなら、いわゆる隠しルートのような形で、何らかの要因でエラキスが彼の本性を知ってしまい……みたいなことがあると思う。


「呪いと言うからには、『悪しきもの』と捉えるべきかしら」


 確かに、現状行おうとしていることは、世界を危機にさらす危険なことなので、「悪」と捉えることができるかもしれない。でも、呪いというのは、悪しき感情だけだろうか。


「正しいことも、正しさの方向性を誤れば呪いになり得ますからね。なんとも言えませんが……」


 この呪いとは何かを解く鍵こそが、それこそ、先ほど言っていたヘリオドールがエスメラルドを止めようとしている理由につながるのではないだろうか。


「呪いを抜きに、彼らの行動を考えた結果、旧神の残滓の復活によって起こる現象から得られる手柄が、『世界を滅ぼす』とかそういうものだとしたら、横取りができないということが成立しない。つまり、旧神の残滓の復活によって起こる何かによって受けられる恩恵というのは、そうした広いものではなく、もっとこう……小さいものなのかもしれません」


 世界崩壊とか、何かの破壊とか、あるいはクーデターにしろ、特定の功績を残すことにしろ、すべて横取りができるものだ。そうしたものに依存しない、何か、極限られたものなのかもしれない。


「そういえば……、『調査』ではどうしても知り得ないこともあるとか、そんなことを言っていたわね」


 調査ではどうしても知り得ないこと……?

 つまり、情報として残っていないこと。そして、知っている人がいないこと。少なくとも「黄金の蛇」の調査では浮かび上がらないことがあると。そうだとするならば、鍵となるのは過去と未来。現代ではどうしようもなく見いだせないことでも、そこにヒントがあるはずだ。


 アーリア侯爵家の人間、……わたしが知る限りでは、ベリル、エスメラルド、アクアマリン、ヘリオドール、モーガナイト、サンタマリア、マシシちゃん。あとは……サングエ家の人間だけどモーガナイトの子孫であるビクスバイトくらいか。


 でも、この中で、物語の中軸に関わるくらいに主要な人物だったのは「たちとぶ2」の重要な部分を担ったマシシちゃんだと思う。だけど、彼女は……。

 彼女……?

 マシシちゃん、サンタマリア、ベリル……。その言葉や言動の中に、何か……、何かあったような……。


「……ラミー様。アーリア侯爵家の家系図を用意できますか?」


 わたしの言葉に、ラミー夫人は「なぜ?」と言いたげな顔をしたけれど、どうせその説明も後でしてもらえるだろうと思ったのか、「ちょっとだけ時間をもらうわ」と言ってから、部屋を出ていってしまった。


 その間に、あらためて考えを巡らせる。思えば、彼女たちの発言のいくつかには、ゲームプレイ時からちょっとした疑問を持っていた。だけれど、その辺りは整合性の問題とかキャラがぶれているだけとか、そんなふうに思ってスルーすることが多い。

 一度、そういう結論で流してしまったものは、中々再度思い返して、いやもしかして……とはなりにくい。どうして最初にもっとちゃんと確認をしておかなかったのか。そんな後悔をしつつも、記憶から絞り出す。


「持ってきたわ。一応、調べるために写しを取っておいたから」


 そう言ってラミー夫人は机の上にアーリア侯爵家の家系図を広げた。ずらりと伸びる家系図の一部が途切れている。


「家系図は、知っていると思うけれど、昔のほうになると不確かで確証がない部分が多いのよ」


 それはわかっている。でも、確認したい部分はそこではないので関係ない。わたしは、歴代家系図にざっと目を通す。


「アーリア侯爵家は、やけに兄弟姉妹が多いと思いませんか?」


 家系図を示しながらそんなふうに言った。もちろん、貴族家系なのでそれ自体がおかしいことではない。


「それがどうかしたの。そのくらいはどこの家でも普通なくらいよね」


 確かに、現在の公爵家の子供たちが珍しく一人っ子が多い……、わたしという妹がいるお兄様は除くけれど、そんな状況なだけで、兄弟姉妹がいるのはどこの家でも間々あることである。だけれど、それだとアーリア侯爵家では少し不思議な部分がある。


「それにしては、やけに血縁が少ないとは思いませんか?」


 貴族家系において、兄弟姉妹の存在は家を残すという意味では大きな意味を持ち、それゆえに継承権などの問題が発生しながらも、子供は多く生まれる。そうしたときに、継承する可能性が薄い子供や長男次男がいる女子などは、多くの場合、他所の家の養子や嫁ぐなどするケースが多い。

 しかし、そうしたことをした場合、家系図にもその系譜が記される。現に、アーリア侯爵家からサングエ侯爵家に嫁いだモーガナイトはそのように記載されている。


「それにこれだけ兄弟姉妹がいながら分家も作っていませんし」


 分家は、長男が本家を継いだ場合に、独立した次男や三男が作るもので、養子に行ったり、嫁いだりしない場合は、大抵、立ち上げることになるでしょうけど、それがアーリア侯爵家にはない。


 場合によっては本家が分家を作ることを許していないことや、国が許さないことなどもあるけれど、国において重要な立ち位置にある侯爵家で、その血縁が何かあって途絶えたときに引っ張ってくることができる分家を国が許さないとも思えない。

 そうなるとアーリア侯爵家が許していないのかとも思うが、そういうわけではないだろう。なぜなら……


「長男以外、やけに没年が早いわね。嫁いできた女性も」


 そうエスメラルドもヘリオドールも子供がいるため、婚約はしていたのだが、妻はどちらも早くに亡くなっている。これらの情報だけ聞くと、何やら後ろ暗い想像をしてしまいそうになる。


「まさか、長男以外はすべて魔力を吸い出して……なんてことはないわよね」


 ラミー夫人がしたような、そんな考察を。でも、わたしは違うと考えている。そもそも、こんな考察をするに至った経緯を考えながら。


「いえ、そもそもあの技術が完成段階に入ったのは、もっと近年です。家系図で考えても、そんなに前からそのようなことはおそらくありません。ですが、これが呪いの理由。あるいは、これこそが呪いになっているというべきかもしれません」


 わたしが考える通りだとするなら、アーリア侯爵家というのは、非常に悲しい存在なのかもしれない。それこそファルム王国とツァボライト王国の悲劇にも似通った、そんな悲しい……。


「どういうことかしら?」


 こういうものは、始まりから話すべきだろう。そうなれば、この家系図に載っていない、最初の物語から語るしかない。


「アーリア侯爵家の初代は、ベリルという青年でした」


 わたしの言葉に、ラミー夫人は「ええ、それは知っているわ」とうなずいた。まあ、以前に説明したことがあるし、当然といえば当然なのだけれど。話はここからだ。


「ベリルには弟がいたのです」


 そう、弟がいた。これもまた兄弟。しかし、「たちとる」には彼の弟なる人物は登場しない。それもそのはずで、


「弟……、でも記録には……、いえ、記録はあてにならないわね。でも、そうした家系があればどこかに残っているのではなくて?」


「いえ、残っていません。彼の弟、ゴシェナイトはほかならぬベリルの手によって命を落としました」


 ゴシェナイト。ベリルの弟にして、争いの中、重度のやけどと右腕右脚を欠損し、致命傷となって、生き永らえたとしても後遺症でずっと苦しみ続けるうえ、情勢のこともあり満足な治療が受けられる可能性も低かった。そのため、ゴシェナイトの最期の言葉に従い、ベリルは彼の命を絶った。

 そんな2人を見守っていたのがアダマス・ディアマンデ。後のディアマンデ王国の建国王である。そんな経緯があって、ベリルはアダマスに仕えることになった。


「でも、そのゴシェナイトの話が、いまの状況とどうかかわるのかしら。ヘリオドールは健在だし」


「はい、家系図を見ても、必ず短命というわけではありません。嫁いでいる中にはそれなりに長生きしている例もありますし、ヘリオドールやモーガナイトを含め、全員が全員そうだとは言いませんが」


 少なくとも「たちとぶ2」の時点の話だと、ヘリオドールもモーガナイトもそれなりに長生きしているはずだし。


「ただ、とある少女の言葉を思い出したのです」


「とある少女……?」


 わたしの言葉の脈絡の無さはいつものことだと思って、ラミー夫人もツッコまないけれど、まあ、わたしは言葉を続ける。


「はい、いまではない、これから少し先の未来に存在した少女」


 わたしが未来を変えてしまった以上、彼女がこれから先に存在するのかはわたしにも分からないけれど、それでも彼女という存在はいずれかの世界の予測線上には存在した。

 それがマシシ・アーリア。

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