223話:一か月振りの故郷・その1
馬車がディアマンデ王国に入ると、そのまま北方を経由しながら王都へ入った。と簡単にまとめているが、それだけでもかなり時間がかかっている。シュシャのことを考えると、わたしとシュシャ、別々に行動して、わたしだけ飛ばして、シュシャはのんびりと観光でもしながら帰ってきてもらえばよかったのだけれど、ミズカネ国からの預かりであるため、信頼のおける人物をつけずにほっぽり出すわけにもいかず、無茶な道行に付き合ってもらうことになってしまった。
そして、王都に入ると、馬車はわたしの屋敷の前でシュシャを降ろし、わたしはそのまま馬車ごとジョーカー公爵家に向かうのだった。
ちなみに、王都に入るときの手続きのあれやこれやは、あらかじめ陛下を経由してスパーダ公爵家に伝わっているため、スムーズに済んだ。そのあたりも含めて、あちこちに感謝してもしきれないくらいだ。
本当なら、ここでラミー夫人が話せる状況であるかを確認してから訪問するべきなのだろうけれど、彼女のことだろうから、その辺織り込み済みで仕事の配分をしているでしょうから、そのまま、私室へ直行した。
「予定よりも少しばかり遅かったみたいだけれど、航海のせいかしら?」
開口一番がこれである。「ようやく帰ってきたのね」とか「お久しぶり」とかでもなく、これ。まあ、御者からの定期的な連絡が来なくなった時点で、帰ってきたという予測は立つのかもしれないけれど。
「ええ、逆風の関係で数日ほど。それでも、数日で済んだのですから船員の方々には頭が上がりません」
ここで変にアルフレッドたちの評判を下げる必要もないので、そんなフォローを入れながらも、わたしは机の上に、ミズカネ国で使われる独特の模様が入った風呂敷のようなもので包んだ例のものをゴトリと置いた。
開口一番がああだったということは、「前置きはいいからとっとと報告し合いましょう」という意味だろう。だとするならば、実物を見せるのが一番だ。
「それよりも、これがかの国からお借りしたものです」
そう言って風呂敷を解く。そして現れる鏡、これこそが「魂を消滅させる暗き鏡」。
「なるほど、確かに神々しい……けれど、寒気がするくらいの恐ろしさも感じる。あなたがここでほどいて見せたということは安全なのでしょうけれど、大丈夫なのかしら」
シンシャさんといい、わたしが見せたからには安全という発想はいかがなものか。まあ、それだけ信頼をしてくれているということで納得しておくけれど。
「ミザール様のお墨付きです。『魂を映す虹色の剣』と同様に、所有者の任意で効果が発動するとのことです」
わたしの言葉にラミー夫人は「なるほど」とうなずいた。まあ、あまり人前にさらすものでもないので、わたしはとっとと風呂敷に包みなおす。
「さて、実物を見せたところで、早速ですが、簡単に報告をします」
究極的に言えば、「鏡を手に入れた」という事実は報告が済んだので、残る過程自体はどうでもいいといえばどうでもいいのだけれど、情報共有と確認はしっかりしておくべきだ。
「ミズカネ国到着後、状況を説明し、『魂を消滅させる暗き鏡』の貸与の約束を取り付け、『代行者』とともにスズ国に渡り、コッパ国での宗教紛争の原因を排除、その後、鏡を回収して、あらためて貸与の契約を交わして戻ってきました」
わたしの報告の1つ1つを確認しながらうなずいて、ラミー夫人は「貸与の条件は?」と口にする。
「もし紛失した場合、わたくしが『知恵』を貸すという条件です」
それに対して、「ううん」と唸るラミー夫人。まあ、当然というか、なんというか。わたしも逆の立場なら同じ反応をした気がする。
「なんというか、破格ね。本来なら、貸与自体にもっと条件を付けて、見返りも多大に要求されると思っていたのに」
肩をすくめて「資金関連でクロウバウト家とも打ち合わせていたのよ」などと言いながらも困ったように眉を寄せていた。
「まあ、紛争予見のほかに、いろいろと『知識』を披露しましたから」
「なるほど、それこそが何よりの『宝』って判断になるのも納得ね。そのうえ、直接的被害がどうではないでしょうけど、紛争を止めたという恩も含んでというところかしら」
概ねはそんなところだ。とラミー夫人に首肯で返しつつ、補足するように付け加える。
「後は、もともと手元になかったものだから、どっちに転んでも得だからとのことです」
もしわたしたちが紛失したら「知恵」をもらえ、無事に返ってきても威光を示す「秘宝」が手元に来る。損はない。
「まあ、これで済んだのは良かったとしましょう。
さて、そうなると、次は私のほうの報告をしなくてはいけないわね」
この口ぶりからして、ラミー夫人のほうも相当な収穫があったように見える。まあ、なかった場合は、わたしに促すよりも先に、「こちらは何も収穫がなかったわ」と言っているでしょうし、むしろ、わたしが「魂を消滅させる暗き鏡」を取ってくる前提で、その報告よりも重要な報告になると踏んだ報告があるのでしょう。
「先日、ヘリオドール・アーリアと接触したわ」
ヘリオドール……。太陽に関係するため、こちら側なのではないかとわたしが疑っていた、あのヘリオドール。そして、このラミー夫人の反応を見るに、少なくとも好戦的な……宣戦布告とかではないのでしょう。
「彼の要求は1つ。モーガナイトの安全を保障すること。その代わりにいくつかの情報を聞き出せる範囲で聞き出すことに成功したわ」
モーガナイトの安全を保障。まあ、当然といえば当然だけれど、保障を頼むのはモーガナイトだけでいいのか。
「ただ、完全な情報を持っていた場合、ヘリオドール自身が怪しまれるからという理由であいまいな情報が多いの」
なるほど、理屈は分からなくない。敵がすべてを知っていたら内通者を疑うのは道理。つまり、こちらがポカをやらかさないと思うほどの信頼は得られていないということになる。おそらく、ラミー夫人もヘリオドールをそこまで信じていないというか、情報がウソの可能性も視野に入れて考えているのでしょうけれど。
「ひとまず、ヘリオドールの情報は信じるという前提で話を進めましょう」
ここでこれがウソだったら……なんて話していても始まらないし、そういう前提でとりあえず情報を出してくれとラミー夫人に促す。
「信じて大丈夫だと?」
「そこまで確信的なものがあるわけではありません。ただ、モーガナイト夫人の保護を頼んでいる以上、彼の発言がウソだったとしたらモーガナイト夫人の立場が危ぶまれ、逆に危機にさらすことになります。まあ、彼が目的のためなら娘をも切り捨てる冷徹な人物だったら、そういうことを踏まえてという可能性もありますが、こうした可能性を考えだしたらキリがありませんし、まずは、信じるという前提で話して、違和感や信じられない要素があったら切り替えるということで」
実際、ウソをついているのだとしたらモーガナイトの名前を出したのは、不用意に危険にさらすだけの無意味な行動だ。そちらに注意を惹きつけるにしても、もともとアーリア侯爵家が疑われている時点で、モーガナイトには常に見張りがついているから何も変わらないわけで……。
「まあ、そうね。じゃあ、まずは目的。彼は『ある種の呪いのようなもの』、『親から子へ、先祖からいまへ、いまから子孫へ』、そうした受け継がれる教えのようなものだといっていたわ」
ある種の呪い、教え。いわゆる因習に近いのか。まあ、医者の子が医者になれみたいなもんに近いのかもしれないけど、そんな規模の話ではない。
「ヘリオドール自身も呪いの影響はあるけれど、兄やアクアマリンのほうがよほど強いとかなんとか」
そのあたりも、まあ、長男に……ってのはよくあることだし。問題は、その呪いとなる教えがどんなものなのかということでしょう。
「次に猶予。明確な時期はヘリオドールも知らない。ただ、まだ少しは余裕がある。そして、時期が来たらエスメラルドの好きなタイミングでことを起こせるとのことよ」
そこがわからないのが一番痛いのだけれど、まあ、それは仕方がない。むしろ、星の巡りとか気候、あるいは別の要因なんかがあったりするとわかりやすくて良かったんだけれど、そう都合よくはないか。
「最後になぜヘリオドールはエスメラルドを止めようとしているのか」
確かに、彼も呪われているというのなら、それをするのはおかしい部分がある。同じことを思ったからラミー夫人もそれを問いかけたのでしょう。
「嫉妬、手柄の横取りは不可能、恩恵を受けられるのは限られるかもしれないということくらいかしら。少なくとも本人は正義のためではないといっていた」
恩恵を受けられる人が限られるというのはかなり大きなヒントな気がしないでもない。横取りも不可能という点も。でも、だからと言って、具体的な何かがわかるほどの情報でもないんだけど。
「以上が、ヘリオドールとの接触で得られた情報。問題は、これの足りない部分を補う必要があるということなのだけれど」
つまり、そのために「知り得ない知識」を絞りだせということなのでしょう。まあ、もとよりそのつもりだからうなずくほかないのだけれど。しかし、本当に具体性に欠けているので、これでどこまで補えるのかは難しいところだ。
「まず、考えごとの前にこれは一応、お土産です。先に渡しておきましょう」
そう言って、お土産の民芸品を渡す。少し考えをまとめる時間のために、こうして一拍おけるよう、あえていま渡した。
「これは民芸品ね。後でそのへんに飾っておくわ。……そうね、考えをまとめる前に、すこしお茶でも準備しましょう」
単刀直入の状態だったから、そう言った準備もなかった。だから、報告という急務を終えたタイミングで、互いに、一拍置くかのように……。
まあ、それだけこのあとに待っているであろう考察に頭を使うことになるのだと互いに理解していた。まあ、それもそのはず。わたしが何か思いつくものがあれば、合間合間に合いの手としてそれっぽいことを言うのだけれど、それがないということは……、というのはラミー夫人も思ったはず。




