221話:海原と船上の狂騒・その3
わたしたちは帰国のために再び港町を訪れていた。すでに積み荷の搬入も済んでおり、あとは、積み荷の最終確認を終えれば出られるという状況で、その確認のために少し待っているところだった。
そのため、シュシャが行きに見かけた伝統工芸品を購入するために、少しばかり散策をしている。わたしも悠長にお土産を買っている場合ではないのだろうけど、時間の有効活用ということで、今回迷惑をかけた諸氏のためにわずかばかりのお土産を買うべく、シュシャとともに店を巡っている。
とはいえ、お詫びの品に変に違いを出すと、もめごとの原因になりかねないので、一律に同じものを渡したい。食品などは日持ちの関係もあるし、かといって民芸品になると違いがどうしてもでるし、……そういう意味では現代のほうが物を選ぶのは楽だなあ。
食器とかが無難だろうか。しかし、1つだけ買ったところで食事の場では使いづらく、かといって一家の分をそろえるとかそんなことできないのでやめておこう。
いっそのこと、こけしとか赤べことかみたいなわかりやすいお土産品でもあればいいんだけど、観光産業が盛んというわけでもない場所でそんなものがあるはずもなく……。
「シュシャ、買えましたか?」
いろいろとめぐっている途中で、シュシャはこの間の売店で、伝統工芸品を買いに行っていた。まあ、手に商品を持っている以上、お目当てのものがあって買えたのだろうとわかっていたけれど。
「はい。店主さんがとっておいてくれたみたいです」
まあ、店前であんなやり取りをしていて、かつ、必ずここから出港することがわかっているのだから、そういうこともあるかもしれない。確実に売れる客というのは貴重だし、船員でもないのに船に乗っているということは、それなりの身分なのではという予想もつく。実際、シュシャの身分だけを考えれば、高い身分ではあるけれど、ごひいきの客といえるほど、ここにくる機会があるかはわからないんだけどね。それでも、店としては顔を、店を覚えてもらえるだけで得だと判断したのだろう。
もし、取り置きしておいて、買いに来る様子がなかったら、そのときは再び店に並べればいいだけだし。
「カメリアは何か目ぼしいものがありましたか?」
その問いかけに、わたしは肩をすくめる。いい品がないというわけではない。おそらく、大陸と定期的な運航をするようになってから、ここにも多くの商人が流れてきて、そうして出来上がっているため、別の大陸に売り込むべく、国中の名産品や民芸品なんかはいいものが集まっている……のだと思う。だが、それとお土産に向いているかは別の話。
「お土産としてこれだというものは……。まあ、ないのならないで、いっそ、そのほうがいいのかもしれませんが」
そもそも、目的としては「魂を消滅させる暗き鏡」であり、それを達成したことが一番のお土産だろう。中途半端なものをお土産として買っていくくらいなら、それで押し通したほうがマシだと思う。
「そこまで悩むものですか?」
「ええ、まあ、悩まなくてはいけないものなのです」
これは別に、公爵家同士の家の格がどうとかという問題もあるにはあるので、非常に厄介ではあるけれど、じゃあ、とにかく高くていいものを渡せばいいじゃんというわけにもいかない。今度は、外の貴族や民衆の目というものがある。いわゆるワイロなどの扱いになりかねないのだ。
そのため、「贈り物」には非常に気を遣う。高過ぎず、安過ぎず、いい感じのものとなると、非常に難しいラインになるのは仕方ないと言えるでしょう。
「でしたら、こういうものはどうでしょう」
シュシャが示すのは置きもの……という表現で正しいのか、こけしなどに近しい民芸品だった。ミニトーテムポールとでもいえばいいのか、大体500ミリリットルのペットボトルぐらいの円柱上の彫り物だ。ただ、トーテムポールとは違って、彫り込まれているのは動物ではなくて、紋様のようなものだけれど。
「これは何かしら?」
さすがに、わたしも民芸品の特徴程度ならともかく、作中で触れられていない紋様の一つ一つの意味までは知らない。推測するよりは、素直に聞いたほうが正確だし早い。
「これは……、神々を模したものだ……と言われています」
偶像?
いえ、まあ、わたしたちも同じ文化があるからおかしな話ではないし、むしろ当然とでも言うべきことかもしれないけれど、「だと言われている」というシュシャの言い方にひっかかった。
「だと言われているということは、何かあるのかしら」
確かに紋様によって種類があるけれど、その数は5つだけ。火、水、風、土、木、太陽、月と考えるのなら7つ存在するはずだ。まあ、太陽神と月の神を除いた属性神を表しているものだと考えれば数のつじつまは合う。
「昔、地元で聞いたことがあるんです。もともとはどこかの郷土信仰だったものを、いまの信仰に当てはめたって」
郷土信仰。つまり、土着の宗教信仰なのだと思う。例えば、わたしたちの大陸なんかは、メタル王国が統一していた時期に、宗教概念なんかも統一されているので、そういったものが見られていないけれど、確かに、ミズカネ国と周辺国で神々に対する信仰のスタンスが違うように、まったく別の考え方を持つ人々がいたとしてもおかしくはないのだ。
結果論として、魔法文化の浸透によって、現在の太陽神と月の神と属性神たちの宗教体系が一般的になったものの、そこにもともとあった土着の宗教信仰が当てはめられるのもおかしくはない。
神々を当てはめるなんてそんなことがあるのかといえば、別段珍しい話でもない。稲荷神が荼枳尼天と同一視されたように、近しい神を同一視して信仰することは前世でも見られたことだし。いわゆる「習合」というやつだ。
「じゃあ、これは信仰の対象ということかしら」
偶像として扱われているのなら、お土産にするのもどうかと思う。信仰の在り方的には、それこそ地元で扱われるべきものだろう。
「いえ、どちらかというと、神々の代行をする代わりに己に降りかかる厄災を払う……といった扱いです」
いわゆる厄除けとか身代わり守りに近いものか。わたしは、それぞれの紋様を見比べてみる。斜めになったアルファベットのBのような崩したハートのようなものが中心にあるのが、周りの線から見て風。いびつな四角形と五角形の中間のようなものが火、アルファベットのQのような形にひし形三角形が組み合わさったものが土、ブドウの房のようなものが木、アルファベットのVだかUだかに近いのが水だろう。
古い土着の印か、それとも、何らかの象形文字に近いなにかかは、わからないけれど、めちゃくちゃ目を細めて見れば……というくらいの超解釈で言えば、トランプのスートに見えなくもないので、雑にこれをお土産にしよう。
これから起ころうとしていることを考えれば、厄除けしておいたほうがいい。まあ、襲ってくるかもしれない厄も神に類するものなのだけれど。
「では、これを一つずつ買わせていただこうかしら」
正直、いつまでも悩んでいられるほど時間に余裕たっぷりというわけではない。積み荷の確認が終われば、いまにでも出ようという状況なのだから、これでいいと決めたら、もうそれでいい。高すぎることもないし、安すぎることもない。同じ作りで、紋様だけ異なる。旅のお土産なんて大抵はこんなものでしょう。
「勧めたわたしが言うのはなんですが、本当にこんなものでよろしかったのですか?」
そんなふうに言うシュシャに、わたしは苦笑して「ええ、構いません」とうなずいた。
「もとより、お土産を期待されてなどいないでしょうし、わたくしとしては、これが適していると判断したから、それでいいのですよ」
こうしたお土産というのは、実を言うとかなり困るものである。立場上、渡さないわけにもいかないという場面は多い。されど、渡されたほうは、渡されたからといって、無下にして処分するわけにもいかないし、かといって、なんだかんだ機会があるたびに渡されたものは溜まっていく。
そのため、一番いいのは食べることで消費できる食料品ではあるのだけれど、やはり、今回のような距離の問題というのは多く、食品の保存技術の問題もあって、中々難しい。
そうなったときに、大きなもの……、はく製であったり、つぼであったりは、どうしても場所を取るし、金額が馬鹿にならないことも間々ある。だからこそ、小物である。屋敷のどこにでも飾ればいいし、時期が過ぎれば物置にでも放っておけばいい。
もっとも、渡す相手によって、そのあたりは見て選んだほうがいいので、一概にこれを渡せばいいというほど簡単な話ではないのだけれど。少なくとも、陛下や公爵の方々が相手ならこのくらいのほうがいい。
「それに、これ一つをとっても、ミズカネ国の文化、信仰、工芸、歴史、様々なことを学ぶことのできる非常に大事なものですよ」
などともっともらしいことを言いつつ、正直、これ以上探すのが面倒くさかっただけなのだけれど。ただ、言っていること自体は間違いじゃないのだ。この民芸品一つからわかることは多くあって、それ自体は非常に大事なことだ。大事なことだ……けれど、ぶっちゃけお土産にそんな要素を持たせてくるような人とはあまり関わりたくない。
ようやく終えた買い物から帰ると、船のほうでは、確認の最終報告をしているところだったようで、タイミング的にはピッタリ。もう少し時間をかけていたら、出港のためにわたしたちを待つという迷惑をかけることになっていたし、それはタイムロスにもほどがある。お土産を早めに決められたのは本当にシュシャに感謝ね。
さて、帰りの時間だ。




