220話:ラミー・ジョーカー夫人・その12
「それでは本題に行きましょう。こちらからの質問に答えてもらうわ」
私の言葉に、彼の雰囲気がぐっと重くなる。まあ、話す内容によっては、彼の中でも思うとことはあるのでしょう。葛藤とかどこまで話すとかそういうものがあるでしょうし。
「何を知りたい?」
「あなたたちの目的は何?」
ここで妙に溜める必要もないので、私は疑問に思っていることを直球に聞いた。まあ、これに対してどこまで答えてくれるのかがわからないけれど。おそらく答えられないことの筆頭でしょうし。
「……そうだな。ある種の呪いのようなものだといえばいいか」
呪い。ツァボライトの秘宝の件もあるからあながち笑い話にはできないのだけれど、それでも、アーリア侯爵に呪いがあるなんて話は聞いたことがない。そもそも、呪いと旧き神の残滓の復活との関連性も全く見えない。それとも、旧き神に呪われたとでもいうのか。
「比喩かしら?」
本物の呪いという可能性は捨てきれないものの、「ある種」という言葉もあって、そう問いかける。
「ああ。神々の教えと同じだ。親から子へ、先祖からいまへ、いまから子孫へ。そうした教育の中にはある種の呪いの如く、子々孫々と影響を与えるものがある」
例えばスパーダ公爵家の継承も似たようなもの。もっとも、あれは呪いではなくいい形でちゃんと伝わっていっているけれど、ある意味では凝り固まった因習、「そうしなくてはならない」、「そうでなくてはならない」という考え方の継承は「呪い」と言えるかもしれない。それがいい方向に作用するか、悪い方向に作用するかは伝わる考え方、教えにもよるでしょうけれど。
「じゃあ、あなたもその呪いにかかっているのではなくて?」
中にはまれに、そういった教えの影響をまったく受けずに、家になじめず出ていくようなこともあるけれど、ヘリオドールがそういう気質には見えない。もちろん、長男と次男では、家を継ぐであろう長男の教育に特に熱心に思想というか伝えることは多いでしょうけど。
「まったくないわけではないが、兄さんやアクアマリンほどではない。モギィは、なるべく早く嫁に出そうと思っていたんで毒されていないと言っていいと思うが、あいにく、自分自身はそこまででな」
モーガナイトを早く嫁に出したかったのは、家の……、兄の計画に巻き込みたくなかったからなのかしらね。
ただ、ここで、自分がまったく影響を受けていないと言わないあたりは信頼できなくもないけれど、まあ、どちらの立場だったとしてもそう答えるでしょうから、そういう意味では余計に信用できない。
「あなたたちが事を起こすとしたら、その期限はいつかしら」
そして、これもまた、相手が答えづらい質問をぶつける。これがこちらにもれていたら、それこそだれから情報が漏洩したのか丸わかりなので、教えてくれるとも思っていないけれど。
「……明確な時期は兄さんしか知らないだろう。だが、いますぐに動けるわけではない」
いますぐ動けるわけではないということは、少なくとも一月ほどは猶予があると思ってもいいはず。ただ、どこまで信用できるかというのもあるし、ヘリオドールが知らないだけで、エスメラルドが何らかの手段を持っている可能性も否めない。
「逆に言えば、準備が整えばすぐにでも動けるようになると?」
具体的に何をどうすれば成立するのかは、私たちの調査では完全には解明していない。魔力を注げばいいということしかわかっていないけれど、それに何らかの条件がある可能性もある。例えば星辰や季節など。特に、星座や星の名前を冠しているのだし、そういった条件があってもおかしくはないと思った。
「ああ、だろうな。もっとも、すぐに動くかどうかは兄さんしだいだが」
しかし、彼の回答を考えるに、そういったものは関係なく、自分たちの意思で見計らって行うことができるということになる。
つまり、明確な時期がつかめないということになる。あるいは、明確な時期があるけれど、ヘリオドールも知らない、もしくは、ヘリオドールが隠している。ただ、現状、彼を信じるのなら、まだアーリア侯爵たちの準備が終わっていないということになるのだろう。
カメリアさんは、最大で三か月、最短で一月と言っていた。彼女のことだからおそらく一か月でどうにかことを治めて帰ってくると思うのだけれど、「もしも」ということがある。そう考えるのなら、もうしばらくは「大丈夫かもしれない」というのはありがたい部分ではある。
目的と期限、この2つが聞ければ概ね聞きたいことは聞けたと言っていい。もちろん、根掘り葉掘り聞き出せるのなら、できる限り情報を持って帰りたいところではあるのだけれど、そうもいかないでしょうし。だから……、
「最後に一ついいかしら」
私の言葉に、彼は険しい顔をした。最後の質問というからには、とびっきりのが来るのだろうとでも言いたげな顔。でも、正直、そこまでの質問ではない。
「あなたは、なぜ兄を……、エスメラルドを止めようとしているのかしら」
彼自身、呪われていると言っているし、それなのにもかかわらず、どうして兄を止めるのかがわからない。それは、まあ、やろうとしていることの内容を考えれば、それが普通だと思うのだけれど。
「どうしてか……。どうして、なのだろうな。少なくとも正義感だというつもりはないが」
確かに、正義感から行っているのなら、もっと別の行動をとっていそうな気がする。少なくともクオーレ伯爵のような犠牲の出るやり方を良しとしていなかったと思う。四人の伯爵たちも使い捨てのような形だし。
「兄さんが野望を遂げたところで、その恩恵を得られるのは……、いや、それも含めてか」
彼の意味深な発言に、内心で首をかしげていると、そのまま言葉は続いていく。
「いままので一族の人間たちが、自分を含めて、起こることを考えてできなかったり、実現するだけの技術がなかったり、そうしたものを乗り越えて叶えようとしている……、そんな嫉妬に近いのかもしれないな」
呪いが強くとも、それを実現するだけの術がなければ叶えることはできないし、まともな感性を持っていたら、起こることを考えて行動できない……。そういう意味では、それを叶えられるだけの才を持ち、呪いに十全に影響をされたエスメラルドという存在は稀有なのだろう。
「でも、だとするのなら、あなたは、兄を失敗させ、その成果だけ奪い取り、自らが恩恵を得ればいいのではなくて?」
そういう意味で、エスメラルドの計画を失敗させるということに関するヘリオドールからの情報は信頼できる気もするが、ヘリオドール自身は余計に信用できなくなった。
「ふっ……、そんなことをして得られるものではない……と言っても理解はできないか」
このあたり、どこまで信用するかはともかく、関係性や情報は得ることができた。もっとも、そのすべてがウソという可能性も捨てきれない部分があるのだけれど。それを含めて、カメリアさんとあらためて情報をまとめるべきでしょうね。
「最後の質問には答えた。ではな」
ヘリオドールは歩いていく。私はそれを呼び止めない。
互いの目的は達した。だから、それ以上、関わるべきでは、……踏み込むべきではないと、そういう意味だろう。線引きは大事だ。
私はいますぐにでもカメリアさんと話したい気分ではあるけれど、いま、私がやるべきことは決まっている。ヘリオドールの監視という最初の仕事の貫徹だ。ヘリオドールの信用云々は置いておいて、猶予があるかもしれないとはいえ、彼の行動が何につながるかはわからない。ロックハート公爵領周辺での動きを監視していたら、彼が口にはしなかった何かが見つかるかもしれない。何もないかもしれないけどね。
結局、その後、特に何の収穫もなく、通常の体制に戻った。ヘリオドールもすでにアーリア侯爵家に戻り、今度は再び北方方面に向かっているようだ。北方なら、家の情報網もあるし、一応、監視は付けているけれど、私自身が出なくても大丈夫だろうと判断している。
陛下には、まだヘリオドールとの話について話していない。正確には、会話をしたということは話しているけれど、その内容については話していない。この辺りは、カメリアさんと話して、情報を選別、確定したうえで話を持って行くほうが効率いいからだ。
陛下としても、不確定な情報を大量に整理もせず持ってこられても困るだけでしょうしね。
私としても、自分の頭の中で整理をしたい。まあ、そのくらいの時間は、カメリアさんが戻ってくるまで、たっぷりと……、いえ、たっぷりあって欲しくはないけれど、それなりにあるでしょう。
こちらから話すこともあれば、彼女からの報告もあるでしょうし、そう考えると、彼女が返ってきてすぐに、そうした時間を作れるように、仕事の量の調整をしないといけないわね。しばらく仕事に追われて……なんてことにならないように。




