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219話:ラミー・ジョーカー夫人・その11

 カメリアさんが別の大陸に向かってから半月ほどが経過していた。さすがの彼女でも物理的な距離に対する移動時間を無視することはできないので、どれだけ向こうの国での対策を短い時間で行ったところで、航海にかかる時間は多少の前後はともかく、大幅な短縮なんてできるはずもない。


 まあ、彼女のことだから、突拍子もない方法で縮める手段を見つける可能性はあるけれど、そんな方法があるのを知っているなら、あらかじめ方法を開示してくれるでしょうし、私に言えない方法だったとしても、短縮する方法があること自体は教えてくれるはず。つまり、そんな方法を使用することになった場合は、彼女も知らなかったことになる。そんな限りなく少ない可能性は排除して考えていいでしょう。


 この半月の間、仕事自体が滞ることもなく、まったく問題のないように動いている。まあ、もともと、カメリアさんは公爵とはいえ、なったばかりであり、それこそ同盟関係の仕事は陛下が肩代わりしているような状況ではあるけれど、それ以外は、その前の体制に近い形で回せないものではなかった。



 問題は、ここまでまったくおかしな動きがないこと。


 徹底的に「いつも通り」。おかしな動きをこちらが見つけることすらできない。ここまで来ると、わたしたちが間違っていたのではないかと思うくらいには、アーリア侯爵家の動きはない。でも、この情報を得たのは間違いなく私の耳。他のだれでもない私自身が得てきた情報だからこそ、ここまで困惑している。

 そうでもなければ、私が裏取りに行って、真偽を確かめるという方法でどうにかなっていた。でも、今回は違う。


 それゆえに歯がゆさもひとしお。ここまで徹底的に私の情報網から逃げおおせるのだから、何もしていないか、相当隠すのが上手いか。そして、おそらく後者の可能性が高いのが困ったところ。

 ただ、いまのところ動きが少ないのは、もしかするとカメリアさんの不在を罠だと警戒してのことかもしれないし、半月経っても動きがないいま、もしかすると大きな動きが見られるかもしれないと、気づかれない程度に監視を強化している。





 そして、ここ数日になって、急にヘリオドールの動きが活発になった。つい先日、北に向かったかと思えば、今度は西へ。そして、今日は東。これをついに動き出したと喜ぶべきではないと思う。


 ここまで大きいと、もしかすると罠などのあぶり出し、もっと言えば、自分たちが疑われているのかを見定めるためにあえてという可能性もある。そうなってくると、迂闊に手出しができないのが問題になる。ここで下手に監視を増やしてしまうと、アーリア侯爵家を疑っていることが露呈し、強行的な手段を取られかねない。そうなると、カメリアさんのいない状況での対処は極めて困難。

 かといって、この状況でむざむざヘリオドールの動きから何も情報を得ないというのも好機を逃すようでもったいない気がする。もちろん、ヘリオドールが陽動で、裏で本命が動いている可能性も考えなくてはならないし……。


 ただ、今回はヘリオドールの向かう先が「東」ということもあって、警戒というか重要度は高い可能性を考えている。


 何せ東にはロックハート公爵領がある。かつての旧神の残滓が落ちたとされる地であり、かつてこの大陸全土に広がっていたという大国の建国女王の生まれた地でもあるとされる場所。彼らが何かをするとしたら、もしかしたらという可能性が十分にある場所でもあり、そこにヘリオドールが行くとなれば、他の方向よりも警戒度が上がるのは当然でしょう。






 というわけで、仕事の処理が絶対に滞らないように、ちょっとばかり陛下に押し付けて、私がいないことを悟られないようにあらかじめ決めておいたように指示して、ヘリオドールの後を追った。


 こういうこともあるだろうと想定して、私が不在時の取り回しは家内も外も事前に十分打ち合わせてある。数日程度ならどうにかなるようにしておいた。


 そうして、ロックハート公爵領に差し掛かる前に、ヘリオドールの動きが変わった。わざと大きく動いて、こちらを誘っているかのような……。罠か、いや、それにしては露骨すぎる。これまでの行動からは考えられないくらいわかりやすい動き。

 追っ手を誘いだすことを考えてなら杜撰、だとするなら、あえてということでしょう。


「……『黄金の蛇』。あるいはその遣いか」


 ヘリオドールは、私の姿を見るなりそんなふうにつぶやいた。慌てた様子もなければ、罠にかけたというような様子でもない。


「わざわざ誘うということは、何か情報をくれるのかしら?」


 私が……、「黄金の蛇」もしくはその関係者が女性だったということに驚いたのか、彼は少しばかり閉口したものの、それでも言葉を紡いだ。


「仔細を話すことはできない。だが、何者かが動いているのなら、このときを見逃さないと思っていた」


「予想では、スペクレシオン公爵と言ったところかしら?」


 彼の言う「何者」というのが指すのは、この場合、私よりもカメリアさんでしょう。何せ、彼女が不在であることはアーリア侯爵家も知るところではあるのだし、それを偽りと踏んでの発言だと思った。


「この時期にわざとらしく別の大陸に赴くとなれば、そう勘繰るのは自然なことだろう」


 むしろ、そう思うように仕向けていたので、そう思ってくれていたのなら、私たちとしては内心、ほっとしている。


「それで、あなたの意図は?」


「こちらがどのような情報を渡しても、おそらくそちらは信じることがないだろう。だから、仔細を話すことはないが、答えられることは答える。その代わりに頼みがある」


 頼みですって?

 それこそ、罠なのではと勘繰るのは必然だと思うけれど、それでも頼んでくるのだからよっぽどのことなのだろうか。


「モギィのことを頼みたい」


 モギィ。モーガナイトの愛称でしょう。モーガナイト・サングエ。目の前にいるヘリオドールの娘であり、サングエ侯爵家に嫁入りしている。


「彼女はあなたたちの計画に加担していないと?」


 私は実際に彼女が伯爵たちの状況について報告しているところを見ている。でも、それを口にすれば、彼らはそこを目撃されたこと、聞かれていたことを知ってしまうので、あえて話さない。こちらがどこまで掴んでいるのか、どこから掴めていないのかというのは、信用できない状況で明かすものではない。


「一切の関与がないわけではないが、いたところでほとんど変わらない程度の報告を形の上でさせているだけだ。そうでもなければ兄さんにどのような役割を振られるかわからないものでな」


 確かに、伯爵たちの状況など、黙っていても下りてくる情報だろう。むしろあそこで情報を持ってこさせたせいで、私に気付かれたと言っていいくらいなので、アーリア侯爵家全体としていてもいなくても変わらないどころか、いないほうがマシという可能性すらある状況だろう。まあ、こちらとしてはそのおかげで助かったわけだけど。


「分かったわ、約束しましょう」


 もっとも、サングエ侯爵家の身内という時点で、私が約束するまでもなく守られているようなものだと思うけれど。


「そんなに簡単に信用していいのか?」


「彼女を守ることに、もし何か目的があったとしても、現状と変わるわけではないもの。これまで通り情報はなるべく彼女に向かわないようにするし、監視も付けている」


 彼女を守ることに何か目的があるとしたら、こちらから情報を抜き出すことか、あるいは、こちらの内側で何かことを起こして混乱を招くことか、それとも保険的な何かなのか。いずれにしろ、現状と変わるところがないのだから、簡単にもうなずくでしょう。

 もしアーリア侯爵家の野望を阻止した後に、彼女が立ち上がるのだとしたらそこで止められるでしょうし、本当に深く計画に関わっていないというのなら、彼女を裁く必要もないでしょうし、どっちにせよ、それにうなずいて得られる情報のほうが価値のあることだから。


「話が分かる相手でよかったというべきか、それとも困ったというべきか」


「そこは素直に喜べばいいのではなくて?」


 つまるところ、下手に私情、感情論を持ち出すような相手ではないから、モーガナイトを任せると言う点に関しては良かったけれど、この後の情報のやり取りを考えると困ると言いたいのでしょう。


「それでは、本題に入ろうか。答えられることは限られるが……」


「ここまで来たら、すべてを話してしまえばいいのではなくて?」


 情報を出し渋らなくても、この状況ならすべて話してしまえばいい。現状、ヘリオドールはどっちつかずの立ち位置で、なにがしたいのかがいまいちわからない。


「そちらがこちらを信用していないように、こちらもそちらを信用していない。もしも、そちらでなにかがあったとき、情報がすべて渡っていた場合、漏洩元は自ずと絞られる」


 まあ、確かに、カメリアさんという例外中の例外でもない限りはそうでしょうね。つまり、全容を知っている人は限られるわけで、おそらく当主のエスメラルド、その令息アクアマリン、そしていま目の前にいるヘリオドール……くらいなのだと思われる。


「そうなったとき、兄さんを止められる人がいなくなる」


 つまり、ヘリオドールはエスメラルドを止めるつもりであるようだ。もっとも、それがどこまで信じられるのかというのはわからないけれど。


「情報を絞る意図は理解したわ。足りない部分はどうとでも補う」


「それでこそ『黄金の蛇』だ。もっとも、そうした『調査』ではどうしても知り得ないこともあるのだがな」


 調査では知り得ないこと、ね。そう、「知り得ない」こと。でも、こちらにはそれを知っているかもしれない子がいるものでね。まあ、彼女も今回の一件に関してはほとんどわかっていないようだけれど、またどこからなりとも無関係のようで関係のある知識を引っ張り出してくるかもしれない。

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