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212話:皇帝との謁見にて・その2

「紛争……?

 銅国(こっぱのくに)のか?」


 紛争。このあたりでその言葉が用いられる場合、一番に頭に浮かぶのが、コッパ国の宗教紛争である。以前、シュシャやアリスちゃん、パンジーちゃんあたりとも話したことがあるけれど、この大陸、特にコッパ国においては、宗教が二つの宗派に分かれて、長年対立が続いている状態にある。


――魔法とは聖別である。


 そう謳う北部のスアカ派。


――魔法とは試練である。


 そう掲げる南部のセードー派。


 南北に分かれて、大きな対立を長年し続けているため、紛争は頻繁に起きていた。しかし、それが決着することなくずるずると引きずっているのは主に2つの要因がある。


 1つはコッパ国の国土の多くを占める「アカガネ砂漠」による隔たり。もう1つはセードー派のバックに隣国であるスズ国がついていること。これらによる停滞と均衡。


 そのため、ここしばらくは、小規模な紛争はともかく大規模な紛争には至っていない……はずだ。少なくとも「水銀女帝記」ではそうだった。


 では、なぜ宗教紛争が起きようとしているとわたしが判断したか。それは、1つは「水銀女帝記」内の大きなイベントとして存在していることだから。もう1つは、カッティから招待であったから。


 カッティ。――カッティ・トン・アマルガム。ラダン君と結婚してからはそう名乗っているが、彼女には嫁ぐ前の姓がある。おそらく、この場ではラダン君しか知っている人がいないであろう事実。



――カッティ・テロス・スズ。



 その名前に「スズ」とあるように、彼女は錫国(すずのくに)の第三皇女であり、国では「智謀」などとあだ名されていた存在だ。


 つまり、さきほどのわたしの異様にかしこまった言葉遣いは、暗に「あなたが高貴な身分であることを知っていますよ」というアピールであり、そのことを理解したからこそ、彼女は降参したということになる。


 ちなみに、カッティは、スズのギリシア語であるカッティテロスが名前の元ネタらしいので名前の意味的には「錫・錫」だ。


 まあ、つまり、彼女は自国……、スズ国とのつながりがあり、山脈に隔たれているミズカネ国よりも、コッパ国に隣接し、情報を多く持っている国からの情報があるため、コッパ国での紛争について、より早く兆候を知ることができるというわけだ。

 そんな彼女がわざわざわたしを招待したということは、何かを察して欲しいということを踏まえて、宗教紛争の兆候があるというメッセージだと受け取ったわけだ。


「ええ、その通り。わたくしは、彼女からの誘いを、そのことを暗喩するものだと受け取りました」


 そう言ってからカッティを見る。バトンタッチだ。正確な兆候がどうとかは、わたしも知らないし、わたしが語るよりもカッティが語ったほうが、まだ説得力がある。


「私の独自の情報で、銅国にて兆候ありと判断したので、閣下のお話を確かめる意味でも、少しばかり無断で彼女を試してみたというわけです。まあ、なぜか、来られてしまいましたが」


 少し砕けた敬語でシンシャさんに対して言う。まあ、人が聞けば不敬に聞こえるが、なぜだか、彼女ならばそれがおかしいと思えないほど、優美で当然かのように思ってしまう。それは、彼女の生まれながらの素質か、皇女しての気品があふれ出ているからか。


「確かに紛争があるとわかっていれば、普通は来ない……、いや、隣国の隣国、特に山脈のことをわかっているのなら来てもおかしくはないが、……そういえば、事情があってと言っていたかな」


 先ほどのわたしとカッティのやり取りを思い出したようで、「ディアマンデ王国にも事情がありまして」という言葉にたどり着いたらしい。


「それで、その事情というのは話してもらえるのか?

 あいにく、こちらでは、君のような人間はいないもので、先に事情の一切を把握しているなんて言うことはないものでね」


 初めて会ったときに杖のことや帝位継承のことをズバズバと先に口にしたことを根に持っているというか、覚えているのか、少し冗談めかしてそんなふうに言われる。まあ、わたしのようにあれこれを把握している人がいたとしたら、その人はきっと転生者というか、ミザール様の言うところの「変革者」とやらだろう。いるのなら会ってみたいものだ。


「ええ、当然でしょう。しかし、自国の恥をつらつらとさらけ出すことも難しいため、少しばかり簡素な説明になってしまいますがご容赦ください」


 というよりも、世界的な危機がどうとか言い出しても、信じてもらえないというか理解してもらうのに時間がかかるというか、面倒なことになることは間違いないので、そのあたりを省いて、ある程度の説明をすることは陛下にも許可を取ってきているので、アバウトに説明する。


「現在、わたくしの国では、恥ずかしながら反旗をもくろむ侯爵が居りまして、その陰謀を止めるために、あるものを貸していただきたく参ったしだいです」


 あるものを貸していただきたい、その言葉に多くのものがざわつく中、シンシャさんだけは神妙にうなずいてから、すぐに答える。


「君には借りがある。君の国にも。だからできる限りのことはするつもりだが、しかし、ものを借りるだけならば、自らが来る必要がないはずだ」


 頭が回っている……ようで回っていないというか、話が急すぎて頭の中が整理できていないのだろう。でも、それともわかっていて、あえて説明させるために言っているのか。……まあ、前者だろう。


「そこで、紛争に話がつながります」


 混乱を解きほぐすように、丁寧に説明する。わたしの説明に国の、そして世界の命運がかかっているのだから、そのくらいはするというものだ。


「いま、コッパ国で起きようとしている紛争は、近年では類を見ない大規模紛争に発展すると考えています。そうした場合、お願いしたとて、ミズカネ国も紛争への対応に手を焼くでしょうし、輸出入も一時的に停止するでしょう。そうなればおそらく数か月は復旧を見込めません」


 いままでの小規模な紛争ならば、特に気にすることもなかっただろう。しかし、起ころうとしているのは、「水銀女帝記」の通りならば大規模な紛争になる。それもスズ国、もしやしたらミズカネ国にまで影響が出るような規模の。


「そうだとして、貴殿が来られたところで、状況は変わらないと思うのだが」


 といったのはゾイレ。現実主義の彼らしい発言ではある。まあ、まずもって、一人の人間が紛争を治められるとは考えていないのだろう。でも、それは無理からぬことだ。わたしだって当事者でもなければ信じないし、考えない。


「ええ、紛争に発展してしまってから治めることは、おそらくわたくしには不可能です。ですが、いまは、まだ紛争の兆候段階。それらの芽を徹底的に潰すことで、紛争の勃発の遅延や規模拡大の抑止はできます」


 わたしとて、大規模な紛争になってしまってからどうにかすることは、不可能に近い。それこそ、両陣営のど真ん中で複合魔法をぶっ放して壊滅させるという荒業の域を超えた非道の行いをするくらいしかできない。

 だが、それが紛争に発展する前の段階ならどうにかすることができる。


「芽を潰すと言うは易しだが、それこそ火種になりそうなものをすべて……などということは非現実的だ。まず、どこで何が起こるかわからない。そして、起きたことがわかったときには手遅れだ。そういうものは蓄積される。そのうえで、その対処もするのならば圧倒的に手が足りない」


 そのようにつらつらと問題点を提示していくのは、研究者肌のセンタン。一応、公式の説明では錬金術における秘薬「仙丹」が名前のゆらいとなっていたけれど、わたしは密かに「最先端」の意味もあるのではと思っていたが。


「わたくしには、その芽がいつどこで土から出てくるのか、把握していますので」


 そう、わたしは知っている。いつ、どこで、なにが起こったことがきっかけで大規模な紛争にまで発展してしまったのか。いまは、兆候の段階なので、そこまでは進んでいないはず。


「そんなはずがあるか。確かに皇帝陛下は、そのようなこともおっしゃっていたが、そんなことがあり得るはずがない」


 シンセイが声を荒げて、そう主張する。まあ、向こうから仕掛けてきたこともあって、こっちからすぐに信じさせたカッティとは異なり、普通はそうそう呑み込める話ではない。

 ちなみに、カッティが「閣下」と呼び、シンセイが「皇帝陛下」と呼んでいたのは、カッティがスズ国の人間だから。


「では、こんな話でもすれば、信じていただけますか?」


 わたしはこういうことも予想していたし、そのうえで、飛び切りの手札を複数用意してある。こういう状況に使える手というか、こういう状況だからこそ使える手というか。


 もし、時間に余裕があるのならば、予知というか予言をすればいいのだけれど、いまはそんな余裕がない。そんなときには、過去を言い当てればいい。もちろん、調べたから、誰かに聞いたから知っているだけだと言われるような内容ではダメ。

 だから、だれも知らないとびっきりの秘密。ウィリディスさんのような、ね。


玄冬砂峡(げんとうしゃきょう)の栗の木の下、願掛けの……」


「それ以上はいい」


 わたしの言葉を遮るように、シンセイは少し大きな声でそう言った。それは、ただ単純に、わたしの発言を認めたということだけではない。ちょっとした圧力というか、脅しというか、それを彼が受け入れたという意味でもあった。


 シンセイ・メル・スイギン。スイギンという姓でわかるように皇帝の分家筋であるが、シンシャさんとは違い「ニ」ではなく「メル」である。つまり、分家の中でも、かなり遠いか、力の弱い家である。

 しかし、シンセイはその中でも特別才覚のある少年だった。それこそ、シンシャさんもシュシャもいなければ、彼が皇帝になっていたかもしれないほどの。


 シンセイとは「辰星」、つまり「水星」のこと。水銀も水星も英語でマーキュリー。どちらもその由来はメルクリウスとされている。

 ファンの間では、「メル」というのも、「メルクリウス」から来ているのではないかと考察されていた。なぜならば、この「メル・スイギン」と呼ばれる分家は、かつて「ニ・スイギン」に並ぶほどに高貴というか、皇帝に近い血筋だったと言われていることが、シンセイルートでは明らかになるからだ。

 もっとも、「メル」が「メルクリウス」なのは、あくまでファンの間の通説でしかなく、そこを補完するエピソードはないけれど。



 そんなシンセイは、幼い頃に、北の山脈にある玄冬砂峡に生える大きな栗の木の下に、古くからミズカネの一族に伝わるものの手掛かりになる短剣を願掛けとして埋めた。「いつか皇帝になったら掘り起こす」と誓いとも取れる願掛けをして。



 彼がわたしの言葉を遮ったのは、「皇帝になるという願掛け」というものと、「国の重要なものを埋めた」ということを皇帝の前で暴露されないためでもあったのだ。

□メモ□

ミズカネ国北部・玄冬砂峡・大きな栗の木の下・シンセイ(辰星=水星)

五行の水(方位:北・色:黒(玄)・季節・冬・果物:栗・惑星・水星)

(民謡が元になった童謡は関係なし)

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