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211話:皇帝との謁見にて・その1

 「水銀女帝記~恋する乙女の帝位継承戦~」というゲームにおいて、攻略対象たちは主人公であるシュシャの競い合う相手ともいえるような存在であり、やがて恋に至る関係であった。


 主要な登場人物は主人公のシュシャのほかに攻略対象の4人とライバルの令嬢(?)が1人、そして物語上の悪役が1人。


――シンセイ・メル・スイギン。


 スイギンの名を冠するように、皇帝の分家の家系であり、何かと主人公のシュシャに突っかかってくるが、その実、世話焼きで、面倒見もよく、雑に言い表すなら「ツンデレ」。


――ゾイレ・トル・スイギン。


 彼もまたスイギンの名を冠する、皇帝の分家家系であり、落ち着いた性格と徹底した実力主義により「冷徹」と評されるが、シュシャはその瞳の奥に燃えるような「情熱」を感じることになる。


――センタン・セイシンシャ。


 元は皇帝の分家家系だったが独立した家の当主であり、国の魔法と錬金術の研究を担う星辰砂院(せいしんしゃいん)の院長を勤める「研究肌」の人物で、時に研究を最優先することもある。


――ラダン・トン・アマルガム。


 独立した分家家系のトン・アマルガム家の当主であり、立場上、いろいろなことに巻き込まれるが、本人の気質は「気弱」であり、いつもオドオドしている。しかし、そんな彼にも一本の譲れない芯はあり……。


 これが攻略対象たちのゲーム上での簡単な説明になる。たちとぶとはまた違ったキャラクター性の攻略対象たちで、その関係性もアリスちゃんと王子たちのような友好的な関係から築かれていくものと違って、シュシャと彼らは敵対的とまでは言わないけれど、互いに競っていく相手である関係上、その距離感や態度などは少しとげとげしい状態から始まる。


 そして、そんな彼らを最終的にまとめ上げられたのは、シュシャというカリスマ性の高い女帝が生まれたからに他ならない。では、その軸であるところのシュシャがおらず、代わりにシンシャさんが皇帝となったこの世界では、彼らがどうなっているのか。


 ……いや、シンシャさんもきっと、あの一癖も二癖もある難物たちをどうにかこうにかまとめ上げたからこそ、こうして、シュシャを呼び戻せるだけの環境が作り上げられたのだろう。





 そんな思いを抱きながら、わたしはシュシャとともに、案内に連れられて、王宮の最奥。謁見の部屋へと通される。


 謁見の部屋。そこは、ゲームの背景、そして、イベントのスチルなどで幾度となく目にしてきたが、しかして、現実でその場所に入ると、空気感というかその重圧、荘厳さ、そういったものを肌にピリピリと感じる。

 なんて言えばいいのだろうか、部屋を満たす空気そのものが違うかのような、言い表すことのできない場の持つ性質とでも言えばいいだろうか。


 そして、目の前に居並ぶのは5人。初対面のはずなのに、懐かしく感じる4人の攻略対象たち、そして、玉座に座る皇帝、シンシャ・ニ・スイギン。あるいは、皇帝を継いだということは、シンシャ・ニ・ミズカネと名乗っているのかもしれないけれど。


「いやあ、よく来てくれた。しかし、まあ、君が来るとは思っていなかったのでもてなす準備が不十分で申し訳ない」


 などと、場の空気を壊すような明るい声で、シンシャさんは笑う。攻略対象たちは、その言葉に微妙な顔をしていたけど、まあ、正式な謁見の場ではないということで流すことにしたのだろう。

 おそらく、正式な場であったのなら、シンシャさんももう少し固い口調で話をしていたことだろう。まあ、公私の使い分けくらいはするものだ。


「いえ、わたくしのほうこそ、急な来訪となったことお詫び申し上げます。一応、そちらのラダン殿からの招待を受けて、ではありますがね」


 わたしの言葉に、その場のほとんどの視線がラダン君に集まる。気弱な彼に対しては少し度が過ぎただろうか。それに、本当の意味でわたしを招待したのは彼ではないのだし。


「ああ、そのことは把握している。しかし、なぜ招待したのかまでは聞いていなかったかな。ラダン、なぜこのような形で彼女を招待したのか、説明してもらえるか?」


 このような形というのは、皇帝に知らせて、正式な招待という形にするのではなく、テインという遣いに内密に招待を頼んだということを示しているのだろう。それに対して、ラダン君は「あっ、えっ、その……」と言葉を上手く紡げないでいる。まあ、当然か。彼はおそらくそこまで事情を深く知らない。

 だから、説明を求められても、それに対するいい答えは、とっさに出てこないのだろう。


「ラダン殿にそう詰め寄らないでいただけませんか。彼女(・・)の招待を受けたのはわたくしの判断です。ラダン殿に仔細を聞くのは酷でしょう」


 その言葉に、ラダン君の表情が一瞬だけぴしりと固まった。おそらく、わたしがにおわせた「彼女」という表現に、その人物の顔が思い浮かんだからだろう。


「彼女の招待……?」


 そんな疑問を口にしたのはシュシャだった。だが、同じような疑問を抱いたものは他にもいたらしく、その中の一人であろうシンセイが、面白くなさそうに言う。


「アマルガムの当主が女に見えているというわけではなさそうだが、お前の言う彼女とは何のことだ」


 その態度に、シンシャさんがシンセイを咎めようとするのを、「構いません」と止めてから、彼に向かって答える。


「ラダン殿の奥方のお誘いを受けて、わたくしは今日、訪れたと言っています。まあ、あの方も、わたくしが来ないと思っていたでしょうし、それゆえに、ラダン殿にもそう伝えていたとは思いますが」


 そんなわたしの言葉と同時か、少し早いくらいのタイミングで、この部屋にもう一人、新たに入ってきたものがいた。


「ええ、その通り。しかも分かったうえで来るというのは、どういうことか、説明してもらえるのかしら」


――カッティ・トン・アマルガム。


 ラダンの婚約者にして、スズ国の出身の女性。作法や知識から、スズ国ではそれなりの地位だったのではないかと噂されているが、その素性や行動の多くは謎に包まれている。


 そんな紹介をされているカッティ・トン・アマルガム。彼女を一言で言い表すのなら「悪役(ライバル)令嬢」。もっとも、ポジションで言うのなら「たちとぶ」におけるカメリアよりはラミー夫人のほうに近い立ち位置である。ラダン君ルートでも、彼女は特に何かをしでかすわけでもなく、最終的にはシュシャもカッティもラダン君の妻になるという重婚エンドだし。


「説明と言われても困りますが、本来なら、あなたの予想通りに、せいぜい保存食などの輸入を増やす程度で、わたくし自身がこうして来訪する予定はなかったのですが、ディアマンデ王国にも事情がありまして、そのためにわたくしが出向くのが一番良いという判断になっただけでございます」


 いつになく丁寧な言葉、……まあ普段から丁寧な言葉遣いは心掛けているのだけれど、その中でもという意味で、そんな言葉づかいをしたことで、彼女は瞬間的に悟ったのだろう。わたしが、カッティ・トン・アマルガムの素性を知っているのだと。


「……はあ。これは降参ね。閣下の言う『まるで何でも知っているようだった』などというのは、詳しい事情を説明しなくていいようにする方便だと思っていたのだけれど、ええ、信じましょう。いえ、信じざるを得ないわ」


 なるほど、シンシャさんはわたしのことを自国でそのように説明していたらしい。だけれど、まあ、カッティがそう思うのも無理はなく、いきなり杖を見つけてきて、「いや、別大陸で何でも知っているような人がいて、その人が教えてくれて……」なんて言い出したら、誤魔化しかウソのようだと思うのも無理はない。

 ただ、彼女はまったく信じていなかったというよりは、半信半疑というところだったのだろう。だからこそ、わたしを招待したのだ。


「その確認がしたかったのでございましょう?」


 わたしの言葉に、彼女は大きなため息を吐いて、わたしのほうを、得体のしれない何かを観察するかのようにじろりと見まわした。


「ええ。ええ、そうよ。ああ、言葉遣いはせめて普通でお願いできるかしら」


 その言葉に、わたしはうなずいた。もとより、知っているぞという言外のアピールのためにしていたことなので、そう長く続けるつもりはなかった。彼女が言い出さなくても、頃合いを見て戻すつもりだったし。


「それで、そこまでわかっていて、どうして来たのか聞いてもいいかしら」


 そんな問いかけに対して、わたしは少しばかり言葉を考えたけど、まあ、素直に答えるのが一番だろう。


「わたくし共にも事情がありまして、長引かせるわけにはいかなくなりましたから」


 その言葉に、カッティは目を丸くして、しばらくの後にくすくすと笑いだした。まあ、無理もない。その笑いにはいろんな意味が、感情が込められているのだろう。


「それは、あなたが止めるということでいいのかしら?」


 暗に「できるの?」とでも言いたげな彼女の言葉に、わたしは笑顔で答える。


「すでに一度、わたくしたちの国でやって見せましたから」


「一人で?」


「ええ、まあ。手伝い程度に何人かの手は借りましたけどね」


 わたしの言葉に、「そんな馬鹿な」と「本気で言っているのか」と「できると思っているのか」と「何にせよ馬鹿だ」とでも言いたげな顔でケタケタと笑う。


「待て」


 そこで会話に割って入ったのは皇帝であるシンシャさんだった。いや、まあ、御前でこんな物騒な話をされるのは嫌だろうけれど。


「待て、お前らたちの会話は二か三の情報で十を話すせいで意味不明だ。一体何の話をしているんだ」


 ああ、そこか。


 確かに、カッティとわたしは互いに「そこ」をわかっていると仮定して会話をしていた。だから、その情報が中抜けなら意味はわからないだろう。いや、「そこ」さえわかってしまえば何も難しい話ではない。


 わたしとカッティは顔を見合わせて、どちらが言うかを目で決める。彼女はどうやら、その役割をわたしに押し付けるらしい。まあ、説明のほうは彼女がしたほうが合理的なので、役割分担とでも言うべきなのかもしれないけれど。


「何と言われましても、ええ、そうですね、簡潔に言うのならば」


 わたしは一拍空けて告げる。


「戦争、……いえ、紛争について、ですよ」

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