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210話:八十番目の都へと・その2

 帝都・オッティ(スタド)。その都市を囲う壁は、なんというか荘厳というか、鮮やかというか、ディアマンデ王国のそれともまた違う、(おもむき)のあるものだった。


 一応、背景として、ところどころ見切れていたものだが、それ単体を改めて見るのではまた違う感想を抱くものか。それと、外から見るのと中から見るのとでの違いもあるのだろう。

 都市の玄関口で、簡単なチェックを受けた後、馬車はそのまま帝都の中心に向かって走り出す。


 そう、――王宮へと。


 都市に入って、目抜き通り抜けた先にそびえるそれは、絢爛とでも言えばいいのか、ものすごく目立っていた。いや、景観構造的に目立つようになっているというべきか。前世で言うところのフランス、パリの凱旋門へ通ずる道々のような。視線がそこに集まるように。


「うわあ……」


 シュシャが感嘆の声を上げるのもわかる。わたしも背景としては何度も何度も見た光景ではあるものの、あらためて現実として目の前で見ると目を奪われる。シュシャもおそらく1度か2度は見ているはずなのだ。それでも、思わず声を上げてしまうほど、厳かできらびやかなものがあった。


「さすがは王宮。いまからあそこに入るというのも、少しばかり気が引けますね」


 わたしの言葉にシュシャが「あはは、わたしもです」と小さく笑いながらつぶやいていた。まあ、慣れるまで時間がかかるだろう。……いや、存外、シュシャならすぐに慣れるかもしれないけども。


「まもなく王宮ですが、ご準備のほうはよろしいでしょうか?」


 テインからの問いかけにうなずくわたしとシュシャ。正直、手荷物はほとんどない。大きな荷物は任せてあるので、準備という準備はあってないようなものだ。





 王宮の入り口で簡易的なやり取りをしたのち、馬車から降りて、敷地内に入る。


 王宮は4つの棟からなるもので、その棟で囲われるように中庭……院子(ユアンツ)が存在する構造になっている。


「謁見の前に、まずはお部屋でごゆるりとおくつろぎください。謁見の調整が整いましたらお声がけいたします」


 そう言って、客間のほうへと案内をされる。まあ、こっちが謁見のための準備をする時間と向こうが準備をする時間を兼ねているのだろう。


 部屋までの通路を見ながら感じるのは、凄く広い。これは別に、ディアマンデ王国の王城が狭いといっているわけではなくて、なんというか、視線が開けているというか……。


 わたしたちの大陸の建築では、幅や奥行きに対して高さを出すことが多くて、それは囲繞(いにょう)感の演出というか、それにもたらされる神秘性というか、まあ、いろいろと理由があってそうなっているのだけど。


 対して、ミズカネ国の王宮は、なんというか水平方向の広がりが感じられる造りになっている。お国柄の違いというか文化の違いというか、そういったものが反映されているのだろう。

 そう考えると、ゲームの画面越しに見る背景なんかでは感じられない、その場所にいるからこそわかる「知識」というものも存在するのだろう。


「こちらの部屋をご利用ください」


 そう言ってわたしとシュシャが通されたのは、かなりいい部屋だ。わたしたち2人で一部屋なのは、わたしが来たことが想定外だからだろうし、そこに文句を言うつもりはない。そもそも、わたしを呼んだ彼女(・・)とその夫以外は、わたしを呼んでいたことも知らなかっただろうし、呼んだ本人にしても、わたしたちの事情など知るよしもないのだから、おそらく想定外だと思う。

 そんな状況で、二部屋用意しろなどというつもりはないし、特に不自由もないので、これでいいでしょう。


「なんか、凄いお部屋なんですが……」


 シュシャが遠慮がちにつぶやいた。しかし、これはもともとシュシャのために用意された部屋だと思う。わたしが来たからこのグレードに急遽引き上げたというわけではないはずだ。


「あなたは先代の皇帝の血を引いているのですから、シンシャ殿もそのくらいの敬意は払うでしょう。あなたが、自分を平民だと思っていたとしても、事実は付きまとうのですからこのくらいはあきらめましょう」


 この国において、ミズカネの直系というのはそれだけ大きな意味を持つ。たとえ、不貞の子であったとしても、そこに流れる血は変わらない。いくら本人が、自分は平民だと思っていたとしても、その事実だけは変わらない。


「あきらめたくはないですが、妥協はします。とりあえず、いまはこのふかふかのベッドを楽しむことにしますよ」


「楽しむのはいいけれど、せめて潮と汗を流してからにしてくださいね」


 ベッドを触って、その感触が気に入ったのか、いまにも飛び込もうとするシュシャにそんなふうに注意をする。まあ、どうせ多少汚したところで、わたしたちが謁見中にでもシーツを使用人たちがキレイなものに変えているでしょうけれど。


「では、先に浴室を使わせてもらいます」


 浴室。そう、この部屋は豪華というだけあって、ホテルのスイートルームのような構造になっている。大きいベッドが3つある寝室、くつろげるリビングダイニングのような形式の部屋、バスルーム、ウォークインクローゼットのような構成。


 まあ、そんな部屋ならひと目見て「凄い部屋」などと形容したシュシャの気持ちもわかる。シュシャに貸し与えている部屋も決して劣悪ではないし、そもそもわたしの部屋とさして変わらない。それに比べたとしても、……つまり貴族の部屋に比べても豪華ということになる。

 ……いや、普段暮らす部屋と出先で一時的に暮らす部屋を比べるのなんて意味はないんだけど。後者は1つの部屋で完結することが豪華な要素になるけど、前者は家にお風呂とかキッチンとかあるのに、部屋にお風呂とかキッチンついていてもどっちかでいいし。


 シュシャがお風呂を使っている間、わたしは、シュシャの分も含めて、謁見用の服などを準備しておく。シュシャの身分というか立場もあって、おそらく正式な謁見とはならないでしょうけど、それでも皇帝の御前に出るということは、それなりのドレスコードがある。まあ、シンシャさんの性格上、そのあたりのことで怒らないとは思うけれど、この辺りは礼節の範疇だ。


「軽くですが、流してきました。カメリアもすぐに汗を流せるように準備しておきましたよ」


 そこまで時間が経つこともなく、シュシャは浴室から出てきた。烏の行水というほどではないけれど、早めに出てきたのは、いつ準備ができたと呼ばれるかわからないし、あとにわたしがつっかえているからだろう。……決してベッドの触り心地を楽しみたいからではないはずだ。


 まあ、たぶん、こちらが準備中だといえば、余程遅くならない限りは待ってくれると思うのだけれどね。それでも、謁見に集っている顔ぶれは、おそらく忙しい中時間を割いているので、だれか欠けるとかそういうことにはなるかもしれないし、褒められたことでないのは確かだけど。まあ、汚い格好で行くのも褒められたことではないので、どちらを取るかという部分になるし、女性としては身だしなみを取るべきだとわたしは思うけれど。


「では、わたくしも体を整えてきます。一応、準備はしてありますが、着るのならきちんと髪を乾かしてからにしてくださいね」


 浴室に向かいがてら、召し物に目をやっているシュシャに、そんな当たり前の注意をする。脱衣場を経て入った浴室は、広々としていた。お風呂はバスタブというよりは、銭湯とか温泉とかに近いような形式。


 シュシャが準備しておいてくれたというように、そこにはお湯が溜まっていた。それを桶で汲んで、体を洗う。しばらく水で流すだけの生活だったので、お湯のありがたみというか心地よさというかを感じられる。


 丹念に体を洗って、湯船につかる。日本人のDNAというか、精神的に刻まれているものというか、お風呂はやっぱりいい。……とか言いつつ、実際、前世では、そこまでそんなことを考えていなかったという。まあ、離れたからこそわかるもの……なのかもしれない。


 じっくりつかりたいところだけれど、きちんと身を整えるという意味では、体の芯が温まったから、さっさと上がってしまう。一瞬、掃除をするべきかとも思ったけれど、派手に汚したわけでもないし、この王宮の使用人に任せることにした。



 寝室に戻ると、シュシャはベッドでくつろいでいた。わたしは、椅子に腰を掛けてタオルで髪をまとめて、乾くのを待ちながら、これからの動きを軽くシミュレートした。


 おそらく、これから向かうことになる謁見には、攻略対象たちが勢ぞろいしている。まあ、アリスちゃんの攻略対象ではなく、シュシャの攻略対象……つまり、「水銀女帝記~恋する乙女の帝位継承戦~」の攻略対象たち。


 彼らが勢ぞろいしていると考えると、中々一筋縄ではいかなくなりそうだけれど、シンシャさんがどのくらいフォローしてくれるか……。まあ、最悪、彼女が協力はしてくれると思うけれど。


「さて、シュシャ、そろそろ準備をしてしまいましょう」


 ベッドの上でくつろいでいる彼女に、そんなふうに声をかけて、わたしもタオルをほどき、髪を整えながら、正装に袖を通す。


 わたしのものは一般的なドレスだ。もちろん、マナーというか、その場に合った色合いにするために、赤系統のドレスだけれど。髪色の問題があるので、あまり明るい赤に寄せると映えないので……、いや、謁見で映えることを意識するものでもないのだけれど、一般的に見て不自然にならないように……、少し暗めの赤色。


 シュシャは、なるべくこちらの国のものに合わせたほうがいいと思い、ミズカネ国のタイプの正装。これは、ディアマンデ王国でつくったとかではなく、シュシャが国を出るときに持たされたもの。色合いは、わたしのものとほぼ同じ。少しばかり、シュシャのほうが明るいくらいだろうか。


 準備を終えて、服にしわがつかないような座り方をあれこれシュシャにレクチャーしていたとき、扉がノックされて、「謁見の準備が整いました」と声をかけられる。


 わたしとシュシャは顔を見合わせて、うなずき合い、謁見に望む意思を固めた。

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