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021話:カメリア・ロックハート09歳・その7

 陽気な午後の昼下がり。クロウバウト公爵の連れとして、今日もシャムロックがロックハート家を訪れていた。クロウバウト公爵がこうしてロックハート家を訪れるのには理由があって、公爵家の中でもクロウバウト家の役割による部分が大きい。


 ロックハート家は王都から東側に領地を持っている。ジョーカー家は北方に領地を持っている。しかし、スパーダ家とクロウバウト家は領地がない。正確に言えば領地がないわけではないのだけど、ジョーカー家やロックハート家に比べればないに等しいと言える。


 では、クロウバウト家とはどういう家なのかといえば、「国の財および知識を管理する」家だ。もちろん、国の財政をクロウバウト家が管理しているというわけではなく、そこに大きく関わっているだけだけど。


 では、クロウバウト公爵がこうしてロックハート家を訪ねてきているのはどういう理由かといえば、領地が大きいロックハート家とジョーカー家、特に北方で銀嶺山脈のこともあり農作物の育ちが悪いジョーカー家の領地と異なり、広い領地で多くの作物を育て、税を多く徴収できるロックハート家は脱税の恐れがないように定期的な査察が必要になる。


 まあ、そう聞くと常に疑われているかのように聞こえるけど、それはあくまで外聞のため。あくまで名目上、査察を行わないと要らぬ文句を付けられることがあるからに過ぎない。だから、定期的に来ているものの、そんなに大がかりで本格的な査察が行われているわけではない。




「昼過ぎってのはどうしてこんなにも眠くなっちまうんだろうなあ……」


 シャムロックの言葉に対して、わたしは呆れた顔をする。確かに眠い。その気持ちは大いに分かる。だが、それを女子の前でするもんかね。仮にも貴族でしょうに。


「気持ちは分かりますけど、そういうわけにもいかないでしょう。本当にどうしても眠たいというのでしたら空き部屋を貸しますが。まあ、気分的にはこの緑に囲まれた芝生でお昼寝をしたいというものでしょうけど」


「分かってるなら言うなよ。お前も一緒にここいらで寝っ転がろうぜ」


 そう言って庭で転がるシャムロック。正直な話、わたしも芝生に寝転がることはある。魔法の訓練やトレーニングの後に。だけど、それは誰もいないからこそ見せられるものであって、さすがに立場上、人前でそのようなことはできない。


「これでも淑女ですので、草藁のベッドであろうとも殿方と同衾するわけにはいきませんし、そもそも人前で芝生に寝転がるような行儀の悪いことはできません」


「硬いなあ……、どうせ俺以外に見てるやつなんざあいないんだからいいだろうに」


 あくびをしながらそんな風に言うシャムロックに蹴りの一発でも入れてやろうかとも思ったが、どうにか堪えることができた。


「あなたがいるからできないという話なのですが」


 わたしにできたのはそんな文句を言うことだけだった。


「それにしても、お前はいっつもそうやってお堅くいるけどよ、淑女淑女言うならもうちっと淑女らしい一面も見せて欲しいもんだ」


 淑女らしい一面って何って話だけど。まあ、実際、隙を見せないようにするという意味で硬い態度を取っている面はあるけど、淑女らしい面なんて生まれてこのかた上辺でしかしたことがないような気がしないでもない。


「淑女らしさなど見せようと思って見せるものではないと思います」


「そりゃそうだ。態度やしぐさに自然と出るもんだろうな。お前からはちっとも出てこねえけど」


 魂が根っからの淑女というわけでもないし、当然といえば当然だけど。祖母が……魂の話、つまり前世での祖母の話だけど、祖母は一応、いいところのお嬢様だったらしいので、何かが違っていればわたしも根っからの淑女になっていた可能性がないわけじゃないけど。


「これでも礼儀作法の家庭教師には満点のお墨付きをいただいていて、淑女的にしとやかに過ごしているつもりなのですけどね」


「上辺はそりゃいくらでも取り繕えるがよ、お前の根っこは俺側だろうが。それこそ王子の婚約者とか似つかわしくないぐらいにな」


 失礼な、と言い切れないのがわたしだろう。自分の性格は誰よりもわたし自身が理解している。少なくともしとやかな令嬢とは言えないだろう。


「確かに、わたくしは誰とも似つかわしくない存在ではありますがね」


 魂が、存在が、思想が、そういった根源的な部分でこの世界の存在と異なる部分を持つわたしは、そういう意味においては「誰とも似つかわしくない」存在であろう。


「いや、そうは言わねえけど……。どっかしらにはお前に似つかわしいバカがいるんじゃねえの、知らねえけどよ」


 これは慰められたのだろうか。まあ、わたしとて普通に暮らすつもりはないので、似つかわしい存在なんていなくても構わないんだけど。この場合の「普通に」というのは貴族として、あるいは王子の婚約者として「普通に」という、傍から見れば全く普通ではない「普通に」であるけど。


「そのような方がいるならいつか会ってみたくはありますね。まあ、いれば、という話ですが……」


 いなくても構わないけど、会ってみたいというのも本心だ。何せ、それはわたしと同じ転生してきた人であるのだから。そのような存在がわたしの他にいるのかどうかも分からないけどね。


「はあ……。お前って、やっぱりおかしなやつだな」


「あら、あなたにだけは言われたくない言葉です。まあ、もっとも、変り者であることは自覚しています。普通の年相応な少女ならば花を愛でたり、甘味を味わったりしていることを考えれば、魔法や錬金術に精を出しているわたくしはまぎれもなく『おかしなやつ』なのでしょう」


 まあ、甘味は普通に食べているけども。


「お前の場合は興味のあることにしか頭が行かねえんじゃねえの。それこそ花も何かきっかけがありゃあ見方が変わるかもしれねえな」


 確かに、それは一理ある。もし花が重要なファクターになれば、わたしも花について学んでいたのかもしれない。わたしが生き延びるということに対して花の重要度が低いからあまり興味を持っていない……のかもしれない。


「まあ、花が好きな普通の少女にあこがれを抱く思いはありますが、わたくしにはやらなくてはならないことがありますからね」


 花が好きな普通の少女。そう「たちとぶ」に登場する2人のアリスはどちらもそうだった。2人のアリスなんて言われると疑問に思うかもしれないけど、「たちとぶ」の主人公のアリス・カードと「たちとぶ2」の主人公のアリス・スート。どちらも同じ名前にしたのは、メタフィクション的には「主人公の名前はアリス」というのが「銀嶺光明記」におけるルールみたいなもの、作中設定的に言えば「アリスがありふれた名前である」から。

 一応、「普通の少女」としてイメージされた主人公の設定がそうなのだから、たぶん普通の少女は「花が好き」なのだろう。まあ、前世でも花を愛でていた記憶はないけど。


「そのやらなきゃならねえことってのはよっぽどなんだろうな。じゃなけりゃ、とっくに化けの皮がはがれてるっつーか、上辺を取り繕うのもやめてんだろ」


 確かに、生き延びるっていう目標がなければ、わたしはおそらく淑女らしさも何もなく、貴族らしからぬ異端の存在として過ごしていたと思う。まあ、それでも上辺くらいは取り繕っていたかもしれないけど。とてもじゃないけど王子とまともに婚約者をやっていけるほどうまくは取り繕っていないだろう。


「ええ、わたくしにとって最も大事な目標。それこそ命ほどに」


 というよりもその命を守るのが目的なのだけれど。そうでもなければ、わたしは……。


「へえ、そいつは重要だな。だから王子とも婚約して、こうして俺ともしゃべってるってか?」


「確かに殿下との婚約は目的のためですし、そのこと自体は殿下にも最初に話しています。それに、こうしてここで話しているのも目的に含まれますが、目的だけでわたくしがのんびりと長話をすると思われていたのなら心外です」


 事実「攻略対象」たちの好感度調整という意味でもわたしは「攻略対象」たちと交流をしてきたけど、「それが全て」と思われているのならば心外だ。そんなことならある程度話したら後は使用人に押し付けて魔法か錬金術でも勉強しているところだ。


「そいつは悪かったな。お前の厚すぎる上っ面はどうにも本心かどうか分かりかねるもんでな」


「ええ、かわいらしい仔猫を何重にもかぶっていますから。ですが、あなたもこうした女性の真意を見抜けるようにならないと後になって苦労しますよ」


 何せ「主人公」は王子に押し付けるのだ。シャムロックを引き取るのがどこの誰だか知らないけど、「主人公」ほど真っすぐで分かりやすい性格をしているはずはない。公爵子息の結婚相手ともなれば当然貴族なのだから。


「ああ、いま酷く痛感してるとこだ……」


 そう言うとシャムロックはあくびをして寝返りをうった。これ以上会話を続ける気はないというアピールだろうか。

 まあ、無理に話を続けるつもりもないので、それならそれでいいのだけど。


 結局その後、シャムロックは帰る時まで何かを考えているようで、特に言葉を交わすことはなかった。しかし、悩みとは無縁そうなシャムロックが考え事というのも珍しいというか。余程わたしの「女性の真意を見抜けるように」という言葉効いたのだろうか?

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