209話:八十番目の都へと・その1
船に揺られること、9日あまり。特に波乱もなく、わたしたちの乗る船は陸地を目視できるところまでやってきた。雄大な大陸、ここからでも見える巨大な尾根。ミズカネ国とほか三国をも別つ巨大な山脈。それにより、わたしたちからは、ハンダ国とナマリ国はまったく見えていない。
わたしたちはこのまま、ミズカネ国の港町に入港する予定だ。ミズカネ国はザックリ言えば長方形に近い形をしている。もちろん綺麗な形ではないけれど。平行四辺形と長方形の間みたいな、あるいは肝臓みたいな形とでもいえば伝わるだろうか。
北部と西部が山脈に阻まれ、東部と南部は海に面している。わたしたちが入港する港町は、その南
部の西側、西側の山脈を隔てて面しているスズ国に近い位置にある。
なぜこちらから入港するかといえば、ただ単純に帝都までの距離が短いからである。
大陸に近づくにつれて、この大型の船よりももっと小さい船のようなものがチラホラ遠方に見えるようになった。おそらく漁船の類だろう。当然ながら、そんな漁船の中を突っ切るわけもなく、おそらく漁業の活動範囲から逸れるようにミズカネ国に近づいている。まあ、その辺の航路の棲み分けくらいはしているのだろう。詳しいことはアルフレッドたちに聞けばわかるのだろうけど、入港の準備で慌ただしくしている中で、そんなことを問いかける勇気もなかったので結局は聞けずじまいだった。
まあ、わたしたちが入港するのは港町、漁村ではない。終点が違えば、被らない航路もあるのだろうと勝手に納得した。
入港はスムーズだった。まあ、それもそうだ。わたしたちや使者がいる以外は、いつもの定期的な運航と変わらないのだから。むしろ、ここでゴタつくような人なら、わたしたちを乗せて航海なんてできていない。
積み荷を降ろしていく。これらの積み荷は主に2種類に大別される。わたしたちと一緒に帝都に運ばれるものと集積地に運ばれ、そこから各都市に運ばれるものである。
帝都。――オッティ都。あるいは八十番目の都。
なぜ、そこが八十番目の都なのか、「水銀女帝記」においては触れられていない。メタ的な話をするのであれば、水銀の元素番号が80であるからなのだろうけど、この世界において、なぜその名前が付けられたのかに関しては皆目見当もつかない。
この国で80番目の都市だったのか、建国帝が見てきた中で80番目だったのか、あるいは、何かしらの80番目を記念してのことか、まあ、正直、その辺はどうでもいいといえばどうでもいいのだけれど。
予定というよりも想定というべきか、10日ほどを予定していた航海は余裕を持って9日で済んだため、わたしたちは、港町を少しばかり観光していた。もちろん、遊んでいるわけではなく、積み荷の整理と確認などを待っている間に見て回るだけだ。
時間に余裕がない場合は、積み荷のほうは任せて、わたしたちは使者と一緒に先行して帝都に向かっていたでしょうけど。それでもせいぜい数時間の差。急がば回れではないけれど、荷物と一緒に行ったほうが面倒にならずに済むこともある。この程度は許容範囲だ。
建物は中華風……というのともまた違う、なんというか洋風でも和風でもない、奇妙なたたずまいの建築物が多い。わたしの知る背景なんかの建物とも違うのは、港町という文化がまじりあいやすい地域だからだろうか。
港、特に諸外国とやり取りするような地域だと、流入してくる文化を最初に受け取る場所になる。国の内部に進むにつれ、そうした技術や文化は精査され、必要なものだけが取り入れられていくけど、こうした玄関口にあたる地域では、そのまま形に現れることもあるのだろう。
結果として、なんだかよくわからない建築物になってしまっているけれど、それはわたしの持つ知識にないだけで、もしかすると、どこかの国や地域では一般的な建築なのかもしれない。……中と洋を足して割らずに、いろいろとミックスしたようなこれが一般的な場所があったらちょっと引くけども。
港町だけあって、市場が充実している。陸の関所、リップスティークなどと同じように物流の交差点では市場などでの売り買いが盛ん。ミズカネ国の特産品と他国の特産品が入り乱れて、中々カオスな様相ではあるけれど。
「むむ……」
シュシャは市場の商品を見て唸っているけれど、正直に言って、ここで商品を買うというのも考えものだ。いや、買うものによっては十分意味はあるのだけれど、ミズカネ国内のものだったらものによっては帝都のほうが安く手に入るでしょうし、わたしたちの大陸からの輸入品ならこっちで買うのは明らかに損だ。わたしたちの大陸以外で、ミズカネ国でも帝都よりもこちらに近い側の特産品か、他の国からの輸入品くらいしか目ぼしいものはない。そして、それに分類されるものは、さほど多くないわけで……。
「シュシャ、行きますよ」
わたしの言葉に、名残惜しそうに顔を上げるシュシャ。彼女が見ていたのはいかにもというミズカネ国風の工芸品。懐かしくなったのだろうか。
「帝都にいけば似たようなものはいくらでもある……というのは、また違うでしょうね。まあ、帰りに寄ったときに、まだあれば買いましょう」
こういう工芸品は一期一会な部分が多い。特に大量生産の品ではなく、手作りが主流のこの世界においては、似たようなものでは代替できない、それならではというものがどこかしらにあるものだ。同じ型から作られていたとしても、多少のいびつさや、塗りの甘さ、どこかでまったく同じとはいい難い部分が生まれる。
だから、似たようなものがあるとか、別のものがある、ではダメなのだ。
「そうですね、そうします」
歩き始めたくらいで、使者のテインがわたしたちを呼び止める。もともと、荷物を積みいれる段階で、整理をしていたことも功を奏して、すぐに準備が終わったらしい。
わたしたちは荷物を運ぶ馬車を後ろに付けながら、帝都に向かって馬車の旅をする。
帝都に向かうにつれ、疎らに見える町や村の建物が、作中の背景で見たような建物に近くなっていく。もっとも、建築様式なんて門外漢もいいところなので「それっぽい」という感想しか出てこないのだけれど。
なんというか、左右対称で色味なんかが特にそれっぽいというか、朱に近いのと、緑色の屋根が多い。こちらではどういう意味合いなのかはわからないけれど、前世では縁起として緑……竹は長生きの象徴という意味合いで使われていたとかなんとか。後は多分、風水的な要素も絡んでいるのだと思う。
いやいや、異世界で風水って……と思うかもしれないけれど、これに関しては、実は、帝都……、オッティ都がそれに近い形をしているため、そう笑い飛ばすことができない。
オッティ都は簡単に言えば五角形の都市だ。
日本の京都、あるいは古い中国の都市などでは風水的に四神が取り入れられていることがある。それに近い考えだろう。
五角形の頂点から右回りに土、木、水、風、火が当てられている。土の神ドゥベー様……ああ、いや、ミズカネ国風に言うのなら土の神貪狼、木の神禄存、水の神文曲、風の神廉貞、火の神巨門がそれぞれの方向に祀られているということになる。そして、中央、皇帝の住まう場所が太陽神である武曲、月の神である破軍はその離れである。
これは何も、ただ包囲に当てはめているだけではなく、例えば、土の方向には他の国とを別つ山々があり、木の方向には山のすそ野から広がる森が、水の方向には山から下りてきた水が川となって海につながり、風の方向は平野、火の方向は枯れ木の森。ついでに言えば、都市そのものが太陽神であり、月の神となる。
そう言うマクロの視点の風水要素もあれば、それをミクロ、都市内に落とし込むと太陽と月は先ほどの通りで、土と火が工場地帯、木と風が住宅地、水が物流、つまり店が居並ぶ場所。工場地帯が店に運ぶまでに住宅街を経由しないといけないけれど大丈夫なのかとか、住宅街と工場地帯が面することになるけど大丈夫なのかって疑問を抱くけど、まあ、それでやっているのだから大丈夫なのでしょう。
さて、つまり、わたしたちは、国の南側から北上する形で帝都を目指しているわけで、方向的には風、地形的には平野である。そのため、街や村々が点在し、ほぼ一直線でゴールできる。東側からだと木の方向、つまり森を迂回することになり、距離的にも道のり的にも遠回り。まあ、ほぼ一直線というように、緩やかに東方向に蛇行している。
理由は単純、物流、人の流れである水の方向が帝都への入り口であるから。帝都にスムーズに入れるように蛇行する。
ほんの少しずつ、緩やかに。
港町から帝都までは、馬を酷使してもそれなりにかかる。さすがに、そんなことをしないし、そもそも、その「それなり」でつけるのは、あくまで人が馬に乗っただけの状態、いまのように馬車を引いたり、荷物を引いたりなどというのを考えずに、だ。行きの船で1日の余裕ができたのはそういう意味でもかなり大きい。
ちなみに、先ぶれのような形で、すでにミズカネ国の使者の部下なのか関係性はわからないけれど、1名は馬を駆り、その「それなり」の時間で帝都に向かっていることだろう。陛下からの書状なども持って。
そういう意味では、帝都のほうが慌ただしいかもしれない。一応、もてなしの準備などもあるのだろうし。来る前提であらかじめしていたとしても、どのタイミングで到着するかはわからない。特に、船の状況でかなり左右される。だからこそ、わたしたちは結構ゆっくり向かうハメになっているともいえるか。
わたし個人としてはもてなしなんてどうでもいいから早くしろと言いたい。だが、国交上の問題もあるし、向こうの体面というものもある。こちらがいくら言ったところで、それを他所から見られたときのことは考えなくてはならない。
だから、このくらいは必要経費……というか、必要な時間として考えている。プラン通り、問題はない。問題はないが……。




