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206話:水銀の帝国への道・その5

 そんなわたしの言葉とバトンタッチするように、ラミー夫人が作戦の概要を喋り出す。


「だからこそ、カメリアさんが不在の間、そのことをなるべく悟らせないようにしなくてはならないわ。まず、仕事は少しばかり遠回りだけれど、カメリアさんの家に運んで、それを私のところにもってきて、それを分配する」


 最初から仕事を回さなければいい……というわけにはいかない。あくまで通常営業のように見せかけなくてはならないということだ。


「しかし、アーリア侯爵もそう甘くないのではありませんか?」


 つまり、その程度では見破られるのではないかというファルシオン様の指摘。だけれど、それはわたしたちも織り込み済みだ。


「ええ、おそらく、しばらくはごまかせても、表にまったく姿を見せないことから疑いを持つようになって、聞いてくると思うわ」


 聞いてくるというのは、もちろん、自分たちに探りを入れてくるということ。まあ、仕事柄どうしても会う必要がある以上、公爵たちが知らないわけがない。だからこそ、そこに探りを入れるのは至極当然の話。


「だから、聞かれた場合は『少し待ってほしい』と、いるともいないとも答えず、そう言ってもらえるかしら」


 そう。明確な答えではないが、教える意思を見せる。そうなれば、妙に不審な深入りをしてまで探るという疑われる危険を持つよりも、素直に情報が入ってくる可能性を待つだろう。


「そして、しばらくの間をおいてから、サングエ侯爵とアーリア侯爵を呼び、カメリアさんが所用で国外にいるということを伝え、仕事の手伝いをしてほしいと」


 そのように伝える。このとき、皆が、「なぜわざわざ本当のことを伝えるのか」と思ったのは、わたしも感じ取れたし、おそらくラミー夫人も感じ取ったのだろう。


「もちろん、すべてそのまま伝えるわけではないわ。カメリアさんの帰国までの期間はぼかしたうえで、少し長めに見ているように伝えるし、私を含め、仕事を届けるというていで、定期的に様子を見に行くつもりよ」


 つまり、監視と探りを入れながら、定期的にプレッシャーを与えて動きづらくしたうえで、それでも時間的な猶予はあるように感じさせるために、帰国までの期間を長めにぼかして伝えるということになる。


 ただし、監視や探りのためとはいえ、もともとのわたしの仕事の量から逸脱して仕事を割り振ると、大量に仕事を押し付けているようで、勘繰られ、バレてしまう可能性があるので、その辺のバランス調整は間違えないように徹底するようラミー夫人とは話し合っている。

 特に、公爵と侯爵では権限が違う。だからこそ、わたしの仕事の中でも割り振れる仕事はそこまで多くないはずだから、余計に。


「アーリア侯爵のやろうとしていることに関しては、言葉面は理解できても、やはりよく分からないという方もいらっしゃるかもしれませんが、それで構いません。現状では、危険な実験を行っていた首謀者であるアーリア侯爵家の証拠をつかみ、その目的を阻止することととらえてくだされば」


 そう、世界がどうだとか、建国当時がどうだとかそんなことを言われてもピンとこないよという人は、アーリア侯爵の悪事の尻尾をつかむとだけ理解していればそれでいい。

 それで、そのために、わたしがミズカネ国に行く必要があって、その間に、最悪の事態が起こらないようにすることが、いまの相談事だと。





 ということで、おおよそ話がまとまったため、使者を長期で引き留めるわけにはいかないということもあり、わたしたちは、公爵たちが解散した後、そのままテインに話を持っていくことに。


 今日の昼前までは、王都の見学をしていたようだけれど、現在は部屋にいるとのことで、タイミングがかみ合ってよかった。


 部屋では文化研究の一環か、向こうになさそうな料理が少量ずつ盛り分けられ、もてなしというよりは、料理の見聞を広めるためのものといった感じだ。食文化というのは、その国を表す……というと過言だけれど、間違ってはいないと思う。

 その国に自生する農作物、もしくは棲む生物、それが育つ環境と、それを安定的に収穫、酪農できるだけの治安、治世がなされていること、あるいはほかの国からそう言った作物を輸入できるだけの安定した資源があることなど、食を知るというのは非常に大事なことだ。

 そして、文化としてそれが定着するということは、それだけの歴史が積み重なっているというわけで……。


 まあ、そういった面を除いても、他国の食文を持って帰るなんて言うのは、ビーフシチューを再現しようとして肉じゃがになった説しかり、自国の料理に新しい形を与えるという意味では非常に大事なことでもある。


 というのはひとまず置いておいて、いまは、テインと話をする。


「どちらの件もよいお返事をいただけるということでよろしいのでしょうか」


 一通り話したあと、テインはそういった。まあ、ようするにそういうことなのであるが、しかし、注意事項もあった。


「ええ、ですが、わたくしは、一応とはいえこの国の公爵。気軽に国外に行ける立場ではありませんので、公として、この国を……、いえ、この大陸を出るまではそのことは内密にお願いします」


 一応、出国に際しては、シュシャの付き人を装うことになっている。謁見用にドレス類も持っては行くものの、どちらかというと、堅苦しくない格好のほうが気楽でいい。どうせ動き回ることになるのだから。


「かしこまりました。幸い、そちらの言伝に関しては、他に知るものはいないので、ご安心ください」


 すなわち、秘密が明るみになった場合は、テインが漏らした以外にあり得ないということであり、それをあえて口にしたということは、信用性の確保と秘密を必ず守るという意思表示なのであるのでしょう。


「それでは、出立の日程などは、そちらの都合に合わせますので」


 結局のところ、わたしたちがどれだけ急ごうと、出発のタイミングは使者に委ねられる。こちらから「早く帰れ」というわけにもいないのだ。おそらく、いま目の前にある食事であったり、午前中に行っていたであろう王都の見学であったりも、見聞として頼まれていることなのだろう。「ついででいいから」と言い含められていようと、彼としては、できる限り持って帰りたい情報ではあるはず。


 ただ、こっちにいられる期限も決まっているからこそ、そのギリギリとまでは言わないけれど、そこそこ余裕を見た期間を提示するだろう。


「では、急な話ゆえに、そちらもご準備にかかる時間があるでしょうから」


 などと前置きをして、……つまり、こちらへの配慮という一応の名目を掲げて、5日ほど後に出立ということになった。まあ、テインを庇うわけではないけれど、彼もすでに明日の日程くらいは、こちらの使用人に準備を頼んでいるだろうから、それを無下にしないようにという部分もあるのだと思う。






 そして、結局のところ、時間的余裕を与えられたわたしに待っているのは、わたしにしかできない仕事の処理というまったくもってうれしくないものである。


 まあ、アーリア侯爵はともかくとして、公爵たちやサングエ侯爵に迷惑をかけるわけにもいかないので、面倒な仕事はできる限り減らしておくしかない。残った僅かな面倒ごとをアーリア侯爵に押し付ければいいでしょう。


 そんなことを考えながら、黙々と仕事をこなす。


 その間に、カナスタさんに、渡航の準備を頼んでいる。わたしが自分で買い込むと怪しまれるし、かといって、商人を呼んで買い付ける形にしても目立つので、カナスタさんに怪しまれないように買ってくるように頼んだ。


 まあ、シュシャのものという形にも出来るし、多少多く買ったところで、予備というか余裕を持って買っているだけだろうということにできるだろうから、そこまで神経をとがらせることではないのかもしれないけれど。


 しかし、問題は船旅だ。


 シュシャはここに来るまでに経験をしているからいいでしょうけど、わたしは船旅なんて、ほぼ経験がない。小学校の頃に遊覧船で少しばかり海鳥と戯れたのと旅行で数度フェリーに乗ったことがあるくらい。


 船酔いは……、幸いしたことはないけれど、それは現代の科学技術でつくられた船だからというのはある。まあ、遊覧船で酔ってないなら大丈夫だとは思うのだけれど。絶対大丈夫と言えるだけの根拠はないし、一応、酔い止めの香草なんてものがあるらしいので、その辺りは、この国よりもクロム王国とかのほうが入手しやすいだろうし、そこで買うことにしよう。下手に取り寄せるのもおかしな話だし。


 正直、こんな状況でなければ、楽しみだったかもしれない。豪華客船で世界一周じゃあないけれど、長い船旅なんて言うのに、一度も憧れを抱いたことがないというとウソになる。まあ、前世でそれを叶えようとすると、とても学生では難しいくらいの金銭が発生するわけだけれど。


 そんな海のことを頭に浮かべながら、一枚、また一枚と書類を処理していく。


 世知辛い。

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