205話:水銀の帝国への道・その4
ディアマンデ王国にある5つの公爵家が集められたのは翌日のことだった。ロックハート公爵、スパーダ公爵、クロウバウト公爵、ジョーカー公爵、そして、スペクレシオン公爵。もっとも、ジョーカー公爵家に関してはいつものごとく、代理人の出席であった。
しかしながら、それも致し方ない。かなり急な招集だったうえに、現在来ているミズカネ国の使者はこの国を出るときにジョーカー公爵領を経由してクロム王国に行く。もちろん、銀嶺山脈を通るのではなく、迂回してだけれど。
そのため、ジョーカー公爵領では、その準備というわけではないけれど、いつもよりも緊張感が漂っているし、万が一のことがないように調整するのも彼の役目なのだから。
「急な招集に応じてもらってすまないな。しかし、そうせざるを得ないだけの緊急事態が起きてしまった」
その言葉に、おそらくほとんどが、最近の大きなニュースであるところのミズカネ国からの使者を思い浮かべたことだろう。つまり、ミズカネ国から何か大きな話が来たのではないかと。
「いえ、気になさらないでください」
とファルシオン様がいい、他の公爵もそれにうなずくように同意した。実際、公爵が忙しいことは共通認識だからこそ、定例の場や事前に話を通したとき以外は、ほとんど集まることはない。おおよそ、集まらなくてはならない状況になった場合は事前に話を通す。
それすらなしに集まる要請が来るということは、それだけの緊急事態ということであり、だからこそ、皆が陛下の言葉に納得しているのだ。
「して、緊急事態というのは、ミズカネ国からいらしている使者に関係があるのでしょうか」
トリフォリウム様が前置きをすっ飛ばせるように、あえてそのように話を切り出した。緊急だというのに、いつまでも、その前のやり取りをしているわけにはいかないから、失礼を承知で言い出したのは、その場の全員が感じ取れた。
「半分は、であるがな」
この場合の半分というのは、主に、わたしがミズカネ国に行くことに関する部分を指しているのだと思う。まあ、主題というか、主にその原因になる部分が本題であるため、そう考えるのなら半分にも満たないはずなのだけれど。
「本題に入りましょう。先日、ミズカネ国の使者が来たことは、おそらく皆が共有している認識ではあると思うけれど、その内容は主に2点」
ラミー夫人が話を進める。その仕切りに不満はないようで、特に何の声も上がらず、ラミー夫人の言葉を待っている。
「使者が持ってきた1つ目は、ミズカネ国の国王……、皇帝からのシュシャさんの一時帰国の意思確認。こちらは、すでに話を通してあるわ」
シュシャの件に関しては、わたしがシュシャの確認を取り、それをこの集まりの前に、ラミー夫人たちと共有している。もっともテインにそのことを伝えたわけではないので、あくまで、わたしたちの中で話が通っているという意味だ。
まあ、シュシャに関してはもともと他国の人間なだけあって、その帰国に関して特に口出しをするつもりがないのか、それとも、そのことでこの場に呼ばれたわけではないというのはわかっているから早く本題に入れということなのか、特に言及はなく、話は流された。
預かっている間に、国内で何かに巻き込まれたとかならばともかく、帰国を促されて、本人の意思で帰国することは止められないから言及するだけ無駄だというのもあるかもしれないけど。
「そして、もう1つ。こちらが問題で、これはミズカネ国の皇帝からではなく、別の人物から、カメリアさんの来訪を要望されているわ」
ラミー夫人も手早く、わたしがミズカネ国へ来るようにという話について触れる。そして、それに対する反応は様々だった。ファルシオン様とトリフォリウム様は、それぞれ反応こそ違うものの、どちらも「いかなくていいだろう」という様子。しかし、お父様に関しては、非常に微妙な顔をしていた。
「……これが問題ということは、カメリアが……、いえ、スペクレシオン公爵が行かなくてはならないということなのですよね」
お父様としては、「行かなくていい」という結論だけならば、ラミー夫人と陛下だけで十分な論拠になるし、おそらく、通常なら2人がわたしを行かせることはないとわかっているからこそ、この場が開かれた以上、そういうことなのだろうと判断したのでしょう。
ちなみに、一応、公的場であるから、わたしのことをカメリアからスペクレシオン公爵と言い直したのは、公私の区別なのだと思う。
「そういうことだ。ここからが、本当に話さなくてはならないことであり、そして、だれにも他言してはならないことである」
陛下がそうおっしゃったため、それまでの空気が決してたるんでいたわけではないけれど、空気が引き締まったように、部屋が静まる。
「以前、危険な実験を秘匿された研究室で行っていた者たちがいたことは記憶に新しいと思う」
それに対して、領地問題などで現在進行形の関わりがあるお父様を筆頭に、全員がうなずいた。さすがに、忘れるにしては最近の出来事過ぎた。だが、それに関しては、伯爵たちの処罰で一段落していたはず。そういう思いもわずかにあるのか、若干の困惑も見えた。
「その研究を裏から指揮していたと思われる侯爵家があったわ」
それに対してのどよめきはすさまじいものだった。それだけ侯爵家が悪事を行っていたということに対する影響は大きい。そして、そのうえで、ラミー夫人が情報を持ってきたということ、陛下もそれを認識しているということから、それがウソではないというのもわかってしまうからこそ、余計に。
「どの侯爵が……」
おそらく、全員の頭を様々な侯爵家の名前がよぎっているだろう。
「アーリア侯爵家よ。信じられないかもしれないけれどね」
しかして、よぎった名前たちの中で、最も除外して考えられていたであろう2つの家。サングエ侯爵家とアーリア侯爵家。この国に、自分たちと同じくらい古くから存在するその家が、よもやと。
「そのような国の中枢に巣食うものがある状態ならば、尚更、公爵がこの国を空けるべきではないのではないですか」
ファルシオン様の言葉に対して、言葉を返したのは陛下でもラミー夫人でもなく、トリフォリウム様だった。
「そのような状態でも、この国を出なくてはならない状況になっているからこそ、この場が設けられていると考えるべきだろう」
それに対する陛下のうなずきで、ファルシオン様はひとまず黙った。納得とかではなく、話が見えないという感じなのだろう。
「アーリア侯爵家の目的は、未だ不明。でも、1つわかっていることがあるわ。この国……、ディアマンデ王国の建国時期にあった、とある出来事に起因する世界的危機を再び起こすこと」
そんなファンタジーなと、魔法がある世界ですら言いたくなるようなスケールの大きいことを言われて、なんといえばいいのかわからないと言いたげな顔をしている。まあ、それもそうだろう。いきなり、建国時期とか世界的危機とか言われてもピンとこないだろう。
「そのような御伽噺じみた話だというのですか?」
確かに、まるで御伽噺や作り話のような内容ではあるのだけれど。
「この国の建国当時には、『聖女』と呼ばれる存在がいました。初代国王陛下とともに、この国の建国に尽力した彼女の名前はエラキス。またの名前を聖女グラナトゥム。ですが、そんな彼女の名前は、極一部を除いて、残っていません」
唐突に、わたしが語りだしたことで、その意識はわたしのほうへと向けられた。まあ、急にそんな滔々と語りだしたら、何事だと見るのは当たり前か。
「なぜ、残されていないのか。そもそも、なぜ、この国の建国当時の歴史が未解明な点も多いのか。仮にも初代国王陛下と結ばれた王妃ともあろう方の氏素性が残されていないほうがおかしな話だと思いませんか」
そんなふうに語りながら、一拍の間をおいて、話を続けた。
「それは後世に情報を残さないためです。『聖女の』ではありません。建国当時にこの国に落ちた『旧き神の残滓』の。そして、それにたどられぬように、建国の記録も、聖女の記録も厳重に消されました」
解読で判明している現在の建国の日が「たちとる」と異なるのも、その影響によるものだろう。
「この空想じみた話が、では、現在にどうかかわっているのか。それは、『神の残滓』と呼ばれるそれは、人形に封じ込められました。初代『黄金の蛇』の神器を借りて、ですが。そして、その人形を再び呼び起こすのに必要なのが、外部から魔力を供給することなのです」
ようやく、先ほど話に上がった危険な実験につながるわけだ。そのうえで、わたしは話を続けていく。
「さらに、おそらくですがクオーレ伯爵がその実験の協力者に巻き込まれようとした理由というのもわかります。『神の残滓』が落ちた場所は現在のロックハート公爵領だと思われます。そこに隣接するクオーレ伯爵領は調査するという意味では非常に勝手がいい」
メタ的に言えば、呼吸器と循環器という対立ではあるが、では、なぜクオーレ伯爵なのか。それは、神の残滓が落ちた地、メタル王国の建国女王の生まれた地、ロックハート公爵領という場所に近いから。おそらく、そこに何かの調査対象があったのだと思われる。
「お父様、領地の詳しい調査をお願いいたします。それも、アーリア侯爵たちに気付かれないような形で」
「わかった。領地の調査、それもその付近ともなれば適役がいる。リリオ嬢とベゴニアに領土の調査という名目で当たらせよう」
リリオ嬢というのはアスセーナさん、つまり、リリオ・クオーレさんのことである。彼女とお兄様ならば、領内を巡るという意味では適役だろう。
「さて、では、なぜ、ミズカネ国に行くのかということです」
もはや、これまでの語りで全員の脳から忘れかけられていた本題へと話しを戻す。なぜ、わたしがミズカネ国にいかなくてはならないのか。
「もし、アーリア侯爵家の目的が叶い、世界の危機と言わしめし、災害のようなそれが目覚めてしまった場合に、それを解決するには『魂を消滅させる暗き鏡』が必要になります」
それこそ、ドゥベイドなどの魔導書に散見される神器。御伽噺に近い類ではあるが、ここまで真剣に話したうえで、それを一笑するものはいなかった。
「それだけなら、わたくし自身が行く必要はありませんでしたが、おそらく、このまま何もしなければ、ミズカネ国とは数か月の間、行き来はできません。その間にアーリア侯爵家が事を起こしたら……」




