204話:水銀の帝国への道・その3
折衷案。折り合わせて衷とする。文字通り、偏らず、真ん中にすることであり、つまるところ、これまでの案のいいところを寄せ集めて、納得できる案にするだけの話である。
陛下の提案なされた折衷案を簡単にまとめると、こんな感じだ。
まず、公爵家に、わたしがミズカネ国に行くことを伝える。そこで、公爵家全体に、アーリア侯爵家の現状を話し、そのうえで、協力を要請する。その後、もし、アーリア侯爵家がわたしのことについて聞いてきたら「少し待ってほしい」や「陛下に確認を取る」というニュアンスのことを話し、時間を稼ぐ。その後、しばらくの間をおいて、サングエ侯爵家とアーリア侯爵家を呼び出し、状況を説明する。
といった流れである。それでどれだけの時間が稼げるかはわからないけれど、わたしたちが話し合った結果、これが最もまとまりの良い案であるという結論になった。
もちろん、デメリットや予測不能な部分はあるものの、それらを呑み込んだうえでこうなったというわけだ。
現在、陛下は公爵家に話す場を整えるための調整を行っている。ミズカネ国からの使者……テインが待っていることを考えると、かなり急ピッチな作業になるけれど、ミズカネ国の使者がきているというのは、公爵家を集めるちょうどいい名目になるので、そこまで不自然さを感じさせずに話を回せるでしょう。
その調整の間、わたしはというと、まずシュシャに帰国の話をすること、カナスタさんやほかの子たちに、わたしがしばらくいないこと、その間はラミー夫人の指示に従いながらも、あくまでいつも通りに仕事をすることなどを厳命するという2つの目的のために屋敷に戻ってきていた。
「ということで、ミズカネ国からは、一時的に帰国してみないかという趣旨の言伝がありました。もちろん、帰るかどうかに関しては、シュシャの意思に任せます。強制はできませんから」
これは建前というか、あくまで国の公人としての言い分であり、わたし個人としては行くと言ってくれたほうがありがたいのだけれど。
「わたしが帰国しても大丈夫だと?」
割とあっさりとした反応ながらも、シュシャはわたしにそのように問いかけた。
「シンシャ殿はそのように書いていましたね」
まあ、それが本当という証拠はないのだけれど、ウソをつく理由もないし、まず大丈夫なはずだ。彼女がわたしを呼んでいるというのも含めて、国内の安定化は済んでいるはず。
「いえ、書簡に記されている内容ではなく、カメリアは大丈夫だと判断しているのかどうかということです」
親書の内容ではなく、わたしの考えを聞いてどうするのか。まあ、聞かれたら答えるだけなのだけれども。
「わたくしとしては、おそらく大丈夫だろうと考えています」
わたしの言葉に、シュシャは、
「じゃあ、帰ります」
とあっさりと答えた。あまりにもあっさりしすぎて、思わず「いいのですか、そのように簡単に決めて?」と言ってしまうほどに。
「カメリアが大丈夫だというのなら、本当に大丈夫なのでしょう」
そんなふうに信頼を置かれると困ってしまうのだけれど、まあ、いまは良しとしましょう。そう思いながら、苦笑しつつも話を続ける。
「まあ、航海が絶対に安全という保証はないのですけれどね。幸い、わたくしも同行するので、多少の難事なら魔法でどうにかしましょう」
船旅で問題になるのが波や風、それから船体の破損、挙げたらキリはないけど、まあ、それらの問題の多少の範囲で済むのなら魔法でどうにかできるでしょう。
「カメリアも?
それは大丈夫なんですか?」
「大丈夫か、大丈夫でないかで言うのなら、大丈夫ではありませんが、わたくしが行かないほうが大丈夫ではなくなりそうな事態が起きるかもしれないので、苦渋の決断の末ですね」
正直、わたしがこの国を離れるというのは、現状においては大丈夫ではない事態であることには間違いないのだけれど、わたしが離れないことで、肝心のものが肝心のタイミングになかったら、それこそ大丈夫ではなくなってしまうので、いまと未来のどちらを取るかという選択をした結果、行くことにせざるを得なかった。
「それは呼ばれた理由に何かあるのでしょうか」
シュシャとしては、わたしがミズカネ国に行かなかったことで、将来的にミズカネ国と何か起きるのかというふうに捉えたようだ。
「いえ、わたくしを呼んだ『智謀』の彼女なら、その意味は何となく分かりますし、わたくしが行かないという選択をしたところで何も言わないでしょう。というよりも、彼女としては来ないと思っている可能性のほうが高いかもしれません」
ぶっちゃけ、待ち構えている事態を考えると、わたしが行かないという選択をするほうが正しいのだから、彼女も来ないと思っているかもしれない。
「まあ、そのあたりの事情に関しては、だれの耳や目があるとも知れませんので、追々、旅路の途中にでもいたしましょう」
この屋敷の中はおそらく大丈夫でしょうけれど、絶対にもれないとも限らないので、いっそ、この国ではない場所でなら多少話したところで大丈夫でしょう。もちろん、すべてのことを話すつもりはないけれど、シュシャには「黄昏の鏡」を借り受ける許可をもらわないといけない。
かんざしを継承しているのはシュシャなのだし、鏡自体もシュシャに借り受ける許可をもらうべきでしょう。もちろん、国の宝として、ミズカネ国……つまりシンシャさんにも許可は取らないといけないけれども。
まあ、そういうわけで、多少の事情はシュシャに話すつもりではあるものの、ここでは話せないというのが現状だ。
「まあ、いつか話してくれるというのなら、それまで待ちますけれど」
シュシャはそのように肩をすくめてから、帰国の準備をするといって部屋に戻った。まあ、持ち物などもほとんどないので、着替えなどを軽く用意するだけでしょうけれど。
シュシャと別れたわたしは、カナスタさんにしばらく家を空けることを伝えた。
「別の大陸ですか……。でしたら、同行いたしましょうか」
と、カナスタさんは言う。まあ、彼女の立場的にもそう言いたいのはわかる。けれど、ここでカナスタさんがついてくるといろいろと問題があるわけだ。
まず、わたしがミズカネ国に行く以上、護衛というかお付きというか、一定の人材を連れて行かなくてはならない。そういう意味ではカナスタさんは適任なのだけれど、わたしはおそらく、ミズカネ国で、それこそ、ディアマンデ王国とファルム王国の戦争を止めたとき以上に動き回ることになるので、カナスタさんと一緒に行動するのが難しい。
それこそ、リップスティークのときのように動いてもらおうにも、地域性や国の性質なども大きく異なるので、彼女の諜報活動も活きづらい。
そして、一番大きいところで言うのなら、わたしがいない間、この屋敷を、いつもと同じように動かす人材が必要というところだ。
もちろん、カナスタさん以外の使用人たちがダメというわけではないけれど、彼女たちは、カナスタさんとは違って、この屋敷にくるにあたり、教育を詰め込まれた新人に近い。それでも高水準なのは教育のたまものというか、ラミー夫人の頑張りというか。
でも、わたしの仕事周りはほとんどカナスタさんに振ってある。全部が全部というわけではないけれど。そうなると、わたしがいない間に、わたしの仕事の割り振りにラミー夫人を経由して分散させるまでの部分で破綻するというか、カナスタさんでないとさばききれないでしょうし、カナスタさんには頻繁にラミー夫人とのやり取りを頼んでいたので、そのあたりを考えても、カナスタさんには屋敷を任せるのが適している。
というのをどうにかわかってもらわないといけないわけだ。
「いえ、あなたには、それ以上に重要な役割をお願いします」
さて、なにから話したものだろうか。
「わたくしが、別の大陸に行くというのは、いわば、公爵が1人、他国に行っているという状況。あまり多くに知られると、国内の混乱や不穏を招きかねません。そのため、不在中は、あくまでこの屋敷そのものは、普段と同じように動いて、わたくしがいるように装いながら、仕事はラミー様へと回してもらう必要があります」
そこまで話せば、彼女には伝わったようで、カナスタさんは渋々ながらうなずいて、確認するようにわたしに言う。
「つまり、屋敷を通常運行する役割と、奥様へのつなぎの役割を担えということですね」
「そうなります」
その返答にうなずいた。
「奥様はこのことを知っているということですね」
まあ、ラミー夫人の協力なしで、これは成立しないので当然といえば当然なのだけれども。一応、わたしは補足しておく。
「ラミー様のほかにも、当然ながら陛下も知っておられますし、おそらく公爵は全員知ることになります。ですので、それ以外の人物がわたくしの所在を訪ねてきた場合は、あらかじめラミー様と打ち合わせた所在、あるいは状況を伝えるようにしてください」
わたしの屋敷に直接だれかが来ることはあまりない。だけれど、絶対にないともいえないので、そのあたりはラミー夫人とあらかじめ口裏を合わせるように決めている。
「かしこまりました」
というわけで、どうにかカナスタさんを説得することができ、これで、わたしの準備に関しては終わりだ。
一応、補足しておくと、いつも休んでいるけれども、今回は長期で休まざるを得ない王立魔法学園に関しては、陛下のほうから手を回してもらっている。
ここで、あえて長期で休むという連絡を入れると、屋敷を通常営業にしている意味がないので、休むという連絡を直接入れることなく婉曲的な形で対応しているだけだ。
まあ、王子など、勘のいい学生たちには、何かしらやっているのだろうということは気付かれると思うけれど、そのあたりも陛下や公爵たちがどうにかしてくれるだろう。……たぶんね。




