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203話:水銀の帝国への道・その2

 現状、まったくもって見いだせないアーリア侯爵家の目的とは別に、差し迫った現実的なものとして、話し合わなくてはならないことがあった。


 わたしが、ミズカネ国に出向くならば、そのうえで、そのことを発表するかどうかということである。一応、発表することで、アーリア侯爵たちに、その情報の真偽を計らせて時間を稼ぐというのも想定に入っていたけれど、あえて、発表せずにどうにかするというのもないわけではない。


「ミズカネ国に行くにあたり、航海も含めて、それなりの時間がかかるのは明白。そして、向こうでの出来事によっては数か月単位になるのだから、それを隠し通すのは不可能だろう」


 陛下の言葉。まあ、もとより、発表しない場合も、隠し通すという意味合いよりも、発覚を遅らせることで時間を稼ぐという面のほうが強い。


「発表をしない場合は、発覚するまでの時間は稼げる可能性が高いけれど、いつ発覚するかわからないというのは賭けになるわよね」


 場合によっては即日バレる可能性もゼロではない。もちろん、それは発表して真偽を計らせる場合も同様ではあるのだけれど。


「どこに行ったのかがわからないという意味では、発表せずにいるほうが、相手の警戒を高めて、行動に移らせづらくはあると思いますが……」


 わたしがミズカネ国に行くと公表していない以上、国内にはいないけれど、どこにいるかもわからないから、どのくらいで帰ってくるかの予想が立てづらいというのはある。


「だが、おそらくその場合、彼らの取る行動は……」


「ええ、でしょう」


 わたしが王都、そして国にいないということがわかった以上、アーリア侯爵はそれを堂々と聞ける地位にある。それも、周囲の貴族に「どこにいったのか心当たりはないか」などと聞いて回りながら。


 つまり、遠回しにわたしの不在を国中に広めて回ることができるわけだ。そうなると、国には多少の混乱が生じるし、陛下を含め、その処理に手を割かれるものは少なくない。そんな混乱に乗じてことを起こされたのなら、対応しきれない可能性がある。


「じゃあ、一部に公表するというのはどうかしら?」


 ラミー夫人の提案。これには2通りある。先ほどの公表しない案寄りで言うのならば、主要な家……つまり公爵家にのみ伝え、混乱が起きた際に対応をしてもらう方法。おそらくラミー夫人が言う「一部」というのはこちらでしょう。


「公爵家辺りは協力してくれるでしょうが、その前に、わたくしがミズカネ国に行く必要があるのかどうかを問われると思います」


 つまり、その場合の焦点は、公爵家にアーリア侯爵たちのことを伝えるかどうかという部分になる。だが、それこそ、混乱を招きかねないことであるし、いつかは伝える必要があることだとは言え、このタイミングかといわれれば微妙だ。


 もちろん、わたしがこの国を一時的にでも不在にするという意味では、公爵家に伝えたほうがいいという面もあるかもしれないけれど、知っている人が増えるということは、それだけ、向こうにも気取られやすくなるということ。


 国側……つまり、陛下と公爵家が完全にアーリア侯爵家と対立したとなれば、アーリア侯爵たちも行動に移さない意味はない。強行的にであろうと、動き出すのが目に見えている。ましてや、その状況で、わたしがいないのだから。


「理由はいくらでもごまかせるが、真意を伝えない限りは、アーリア侯爵が聞いてきた場合、おそらく回答するだろう。逆に真意を伝えれば、アーリア侯爵に回答はしないが、そのことでアーリア侯爵に不審を抱かせるだろう」


 例えば、わたしが何らかの事情をでっち上げて、数か月の間、人前に出られないということにしたとして公爵たちに話を通すと、アーリア侯爵たちは、公爵からその事実を聞いたうえで、その真偽を判断したうえで、それが二重のトラップ、すなわち、公爵たちが知らされていないかウソをついていることを考えて、前者ならともかく、後者なら結局、対立として強行するだろうし、前者の場合でもウソをついているということは、そうまでして隠す事情があって動けないか、自分たちとの対立と判断して強行。

 結果、どっちにしてもあまり変わらない。


 そして、公爵たちに話していたとしても、アーリア侯爵たちの判断は結果として変わらないのだ。どちらが長く時間を稼げるかという程度でしかなく、それも、明確にどちらとは結論の出ないものである。


「あるいは、公爵家とアーリア侯爵、サングエ侯爵にだけ伝えるという手もありますが……」


 つまり、主要な家だけに伝えるとして、わたしの不在についてアーリア侯爵家を含む複数の家に伝えるという方法だ。


「抑止力を働かせるということか」


「ない方法ではないけれど、逆に、こちらが気付いていないと思ったうえに、カメリアさんがいないからと一気に計画を動かす可能性もあるわよね」


 抑止力というのは、そのことを知っているのが自分たちのほか限られているという状況では、安易に動けないというもの。まあ、そのほかにも、わたしがいない分の仕事を回すという意味で、物理的な縛りが出るわけだけれど。

 でもラミー夫人のいうことももっともで、そうなってしまう可能性も十分にあるわけだ。


「まず、伝える場合は、最長の予定を伝えれば、相手の行動にも余裕が出たと思い、わずかながら時間稼ぎはできるかもしれません」


 1年単位では、さすがに公爵としてどうなのかという話になるので、最長というのは3か月程度のことを指す。

 それでも、そう伝えれば、最初の1か月程度は、罠かどうかの見極めをすると準備に専念するかもしれない。


 そも、これまで言うところの「強行する」とは、別にすぐに行動を起こすという意味ではなく、急速に行動を起こすほうに転身するという意味。前にも言ったように、1か月かそこらですぐに行動できるところまで来ているのなら、わたしのいるいないに関わらず断行している。


 しかし、それは、わたしを含め、警戒しているからとか、そういったもろもろがあって、数か月かかるというだけで、警戒を解いて、全力で取り組めば短くなるかもしれない。そうした、警戒を解く、あるいは緩めることを指しての「強行する」なわけだ。


「それで、どの程度の時間が稼げるか……、それが難しいところだな」


 たとえ、これで少し余裕ができたとして、それがどれだけの意味を成すかは少しばかり難しいところだ。


「ですが、もし、一気に計画を動かすとなれば、必ず……とまで断言してよいかは、これまでを考えればいささか難しいですが、ボロが出るはずです」


 そう言いながら、わたしはラミー夫人に視線を向ける。もとより、わたしがいない間に、ラミー夫人が……という考えであるのは、すり合わせができている。


「ええ、そうね。そうなれば、『必ず』尻尾をつかんであげるわ」


 あえてラミー夫人が「必ず」といったのは、自身の誇りに懸けてもそうしなくてはならないという心持ちの表れなのでしょう。そう言ったからには、おそらく、彼女は「必ず」証拠をつかむ。


「あるいは、全員に知らせるという手法もあるのだろう?」


 陛下はそういう。確かに、公表しない、一部に公表する、そして、公表する。手段は結局、この3種類に分類される。つまり、最後に全体に公表するという方法がないわけではない。


「その場合は、わたくしの立場を存分に活用し、『他国との文化交流』として、わたくし自らが、別の国に赴き、その文化、芸術、政策、環境、思想の違いなどを学んでくるという名目にすることになるかと」


 ただ、それは多少無茶というか、下の人間を派遣するだけならともかく、公爵が自ら行って、それをすることに対する不平不満は挙がるでしょう。


「そういうことにできなくはないだろうが、言い分はあるのかね?」


「一応、なくはありませんが、……わたくしの一存では何とも」


 そう、その文句を一蹴できるだけの材料は、いまのわたしに揃っている。わたしの発言に、ラミー夫人が気付いたのか、鋭く言葉を差し込んだ。


「シュシャさんね」


「はい、彼女の血が前皇帝とつながっていると明かせば、向こうがそうしたのだから、こちらもそれなりに高い身分のものが行くべきであると」


 シュシャ自身としては、自分は一般人であるといっているので、それに反することになってしまうため、シュシャの説得は必要だ。だから、わたしの一存ではどうしようもない。


「それに、この場合の利点として、まず確実にアーリア侯爵が罠だと疑う余地がないということです」


 さすがに他国にそうした名目で話を通したにも関わらず、いかずに反故にするというのは考えられない。もちろん、その話自体がウソという可能性は考えるかもしれないけれど、結果的に、「成果」を持ち帰らなくてはならない状況なのに、それがウソだなんてことはあり得ないとすぐに気づくでしょう。


 もちろん、わたし自身は、知識として文化、芸術、政策、環境、思想の違いなどは理解しているけれど、だからといって、「こんな感じでした」で済まされるほど、安い立場ではないでしょう。

 実際にそういったものに触れた証拠なども同時に持ち帰らないと意味はない。


「つまり、時間稼ぎという点で見れば向いていないけれど、尻尾をつかむという意味では向いている案ということね」


 まあ、そうなるでしょう。


「ふむ、ならば折衷案で行くのがよいだろう」


 そうして、陛下がこれまでに出た案からいいとこどりをした折衷案を提示して、わたしとラミー夫人がうなずいたのだった。

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