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202話:水銀の帝国への道・その1

 そう、本来、この状況なら、いかないという選択をするだけ、すべてが解決する。シュシャが行くかどうかはともかくとして、ディアマンデ王国的には、それで問題はないはずなのだ。


 だけれど、わたしとラミー夫人からすると、それが問題なのである。シュシャが数か月、下手すれば年単位で帰ってこられないとなると、「魂を消滅させる暗き鏡」も同じ期間、わたしたちの手元に届くことはないのである。


 つまり、わたしたちの目的である「魂を消滅させる暗き鏡」を手に入れるために、最も確実なのは、わたしが行って問題を早期解決することである。まあ、そうなれば、褒賞として鏡を借り受ける約束くらいは取りつけられるでしょうから、物事がスムーズに進むというメリットがないわけではないのだけれど。


「もし、……もしも、あなたが行った場合、どのくらいで帰ってこられると想定しているのかしら?」


 ラミー夫人の質問に、わたしは考える。行ってすぐにどうこうということはないはずなので、事の起こりから、それを静めるまでに……。


「最短でひと月、最長で三月(みつき)ほどでしょうか」


 ミズカネ国自体への影響はそこまで大きくない……はずなので、事態が落ち着けば、帰るまではすぐ。行き帰りの時間も踏まえるのなら2か月は見て欲しいけれど、何もかもが完璧に進めば1か月、ぐだぐだになれば3か月というところだとわたしは考える。


「……ここは逆に考えていきましょう。あなたがいないということは、『彼ら』が動く好機ととらえる可能性が高いわ。で、あるなら、尻尾をつかむ機会でもある。あなたは『鏡』を、私が尻尾をそれぞれ担う」


 ここで言う「彼ら」とは、もちろんアーリア侯爵たちである。確かに、わたしが国を離れれば、彼らにとっては、大きく動くチャンスととらえるかもしれない。まあ、公爵が国を離れるなんてなれば、それこそ最初は罠かと思って動くか様子を見そうではあるけれど。

 そして、動いている彼らの尻尾をラミー夫人がつかみ、その間に、わたしはミズカネ国で、騒動を治めて、鏡を回収して帰ってくる。


 うまく回ればこれ以上ないくらいに完璧な作戦だ。


 本当に、「うまく回れば」だが。そもそも、わたしたちは、現状、彼ら……アーリア侯爵たちが大きく動くとして、なにをどこでするのか、どのくらいの期間で完了できるのかがわかっていない。


 もちろん、その中心には、神の残滓の復活というものが関わっているであろうことはわかるし、だからこそ、鏡を手に入れるべく動いているわけだけれど。


 つまり、彼らが一か月以内に行動を起こせるほどの段階にまで来ているのだったら、わたしが国にいない間に、神の残滓とやらが復活する可能性があるわけだ。もちろん、わたしがいたところで、それ相手にどうにかなるわけではないのだろうけれど。


 ただ、わたしとラミー夫人の想定では、おそらくその可能性は薄い。なぜなら、一か月ほどの短期間でどうにかできる段階まで来ているのなら、強行すればいいだけだ。


「ま、待て。今度はなんの謀りごとだ」


 わたしたちの不穏な会話に、陛下が慌てたように聞いてくる。ふむ、このあたりで、話を一気に詰めたほうがいいだろうか。


「陛下には、すでに何度かお話をしたと思いますが、アーリア侯爵家のことです」


 わたしの言葉で、陛下は目を鋭くとがらせる。アーリア侯爵家の件に関しては、発覚した段階で、陛下も交えて説明をしたものの、その時点では、ほとんど情報がなく、そして、そこから先もまともな進展がないまま、時間が経っていたためだろう。


 スパーダ家の継承で発覚したこと、ミザール様によって知ったことなどは、まだ、陛下に話していないため、陛下は「魂を消滅させる暗き鏡」がミズカネ国にあるであろうことも、それが、わたしたちにとって必要になることも、まだ知らない。


「……聞かせてもらおう」


 少しばかり黙ったのは、いま、陛下自身が持たれている情報を頭の中で整理するためであろうことは、何となくわかった。


「先日、スパーダ公爵家が『継承』を行ったということは、陛下のお耳にも届いていることと存じます」


 というか、ファルシオン様のことを考えるなら、まず何より、陛下に話を通しているはずなので、調整の面も含めて知らないということは絶対にないのだけれど。


「ああ、滞りなく終了したと聞いている。君も協力したと聞いているが?」


 わずかに、「何の話だ」という顔をしたものの、わたしたちの話が関係ないようなところから、ちゃんと本題につながるというのは、これまでの経験則でわかるのだろう。


「はい、わたくしも、少しばかりお手伝いをさせていただきました」


 帰結するのはわかっていても、どういうつながりがあるのかは考えてしまうものなのでしょう。陛下は考えるようにしながら、口を開く。


「それで、継承に何か問題があったのか……。いや、それをファルが知らないはずがないし、知らないところで秘密裡に処理したとしても、ファルに話を通さない必要性がない」


 まあ、実際問題、あの「継承」で何かあったとして、その裏の裏まで全部のことを話すかどうかはさておき、表の事実はファルシオン様に通すでしょうし、それをしない意味はないでしょう。


「ええ、継承は、先ほど陛下がおっしゃられたように、滞りなく終わらせました」


 滞りなく終わったではなく「終わらせた」。これは、本来トラブルが起きるはずだったものを、わたしが介入したことで「滞りなく終わらせた」という意味で、その辺りは、陛下も汲み取るでしょう。


「今回、焦点となるのは、そのあとのことです。陛下は、スパーダ公爵家の『継承』において、なにが継承されるかはご存知だと思います」


 わたしの言葉にうなずき、言葉の続きを目で要求される。


「スパーダ家に伝わる剣、ウルフバート。確かに、()の剣も非常に重要なものではありますが、もう1つ、家訓、あるいは教訓でしょうか。それが記されたものがあります」


 陛下自身、目にしたことがあるのか、それとも見聞きしただけなのか、それはわからないけれど、しっかりとその存在自体は認識しているようだった。


「わたくしは、あの『継承』の際に、そこに残された初代スパーダ公爵、ウルフバート・スパーダが残した暗号を見つけ、解読することで、アーリア侯爵家の目的の一端はつかむことができました」


 目が揺れ、明確に動揺を感じ取れるほど表情が崩れた様子を見ることなど、そうないのだけれど、それほどまでに驚いたということだろう。


「暗号……だと。そんなものが残されていたのか。して、暗号にはなんと?」


 ここで、暗号の翻訳したものをすべて読み上げるのもどうかと思うので、「書き起こしたものは、あとで渡しますが」と前置きしてから、要約したものを告げる。


「建国当時に、聖女グラナトゥムは神託を受け、2つの神器をそろえ、『神の残滓』と呼ばれる国どころか世界を滅ぼしかねない厄災を『聖女の遺産』に封印しました」


 いろいろ飛ばした要約だけれど、まあ、肝心なのは「神の残滓」というものが、フェリチータに封印されたということが伝われば問題ない。そして、一拍空けて、わたしは続ける。


「この『聖女の遺産』は、外部から魔力を供給することで再び稼働することもわかっています。つまり、何らかの方法で外部から魔力を供給することができれば、『聖女の遺産』が目覚めると同時に、その中に封じ込めた厄災そのものも復活する恐れがあるということです」


 陛下は、ギリリと奥歯をかみしめ、重く、苦い表情をしていた。外部から魔力を供給する方法、その仕組み自体は出来上がっているのを知っているからだ。つまり、いつ動きだすかもわからない、世界を滅ぼしかねない厄災という名の爆弾が、この国のどこかでいますぐにでも爆発するかもしれないのだから。


「アーリア侯爵家の目的は、それを復活させて、世界を滅ぼすことか?

 しかし、そこに何の意味がある……」


 そう、わたしたちにもそこは未だにわかっていない。だからこそ、目的の一端……かもしれないという程度で留まっているのだ。


「その真意がわかれば、幾分動きやすいのですがね。ですが、こちらとしても何も手立てがないわけではないのです」


 この状況に対する手立てということで、陛下の反応も、いつになく重苦しいものではあるが、わたしのほうを見据え、その言葉を待つ。


「『魂を消滅させる暗き鏡』です。建国当時には、入手する経路がなかったために、『封印』という消極的な手段を取らざるを得ませんでしたが、いまの時代ならばそれを借り受けることは可能でしょう」


 そして、ここで、ようやくミズカネ国との話につながっていくわけなのだけれど。


「いまの時代にならなくては入手経路が確立されていない……。そうか、それこそ、別の大陸にあるということか」


 陛下もそれはわかっていたようで、すんなりとそこまでたどり着いて、そのように納得する。だから、一応、補足する。


「はい、わたくしたちもそう考えています。そして、ミズカネ国には、それと思しき鏡があるのです」


「だからこそ、行かざるを得ないということか」


 いつアーリア侯爵家が動くかわからないということを踏まえたうえで考えるのなら、すぐに戻ってこられないというのは避けるべきで、それならば、自ら行って、早々に片付けて、できるだけ早く戻ってくるしかないということまでが、陛下に伝わったうえで、唸るように言う。


「しかし、アーリア侯爵家の目的が読めれば、ある程度、動向が読めるやもしれぬのに……」


 やはり、そこが問題点だろう。いますぐに、無理にでも動き出すほどに急を要しているのか、それとも、何らかの目的のために、時間をかける必要や、時期を考える必要があるのか。それだけで、こちらの行動の余裕もだいぶ変わってくる。


「推理の材料はあるのですが、肝心の部分が欠けているのです」


 わたしは、そうつぶやいた。そう、おそらくヒントはすでに、わたしの「知識」の中にある。それが結びついていないだけで。


 ミザール様は、かつて言っていた。「過去も現在も未来も」と。ここまでの現状で、過去である「たちとる」や、現在である「水銀女帝記」は出た。そうなると、「未来」あるいは「過去」。特に、いまのところ関わっていない「たちとぶ2」に大きなヒントが隠されているような気がするのだけれど……。

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