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201話:プロローグ

 国内情勢の安定化が終わり、不穏分子の排除も済んだため、シュシャの一時帰国を要望する。もちろん、シュシャ自身の意思を最優先する。


 ミズカネ(のくに)からの親書を要約すると、こういうことが書かれていたのだった。


 わたしの知るミズカネ国の平定は、シュシャが帝位についてから結構な時間を要した。もちろん、わたしの知る情勢とはかなり異なるので、かかる期間の変動は理解できる。別の大陸とはいえ、実質、別の国が後ろ盾をしているようなものだ。対抗勢力を考えれば、神に認められているシンシャさんが一強ともいえ、スムーズに終わるのは納得がいく。


 つまるところ、「水銀女帝記」というのは、シンシャさんという引き継ぐにあたる資質を持った人が、「神の声を聞く杖」がなかったために引き継げず、無理やり担ぎ出してきたのがシュシャであり、まあ、その結果、シュシャの資質はまさしく「皇帝のそれ」だったというだけで、その前の帝位継承のごたごたや皇帝としての教育なども含めると、期間が延びるのは当然といえば当然。


「一時帰国か。彼女が望めば、断る理由もないが……」


 と陛下が言う。そして、わたしとラミー夫人は、むしろ、チャンスであると思うほどであった。何せ、「魂を消滅させる暗き鏡」の場所はシュシャの持つかんざしに、その場所のヒントが隠されている。

 それならば、シュシャがミズカネ国に一時帰国している間に、取ってきてもらうことが可能なのではないだろうか。


「彼女にはわたくしが意思確認をしておきます。ただ、即日のお返事は難しいので、テイン殿には数日ほど滞在していただくことになってしまいますが」


 彼……、テインは、そのことを理解していたのか、うなずいてから、わたしに向かって答える。


「はい、もとよりその予定ですので、申し訳ありませんが、その期間、滞在する場所を用意していただけると幸いです」


 まあ、こちらの都合で待たせるのだから、その用意ぐらいはするだろう。確認で陛下に目を向けると、うなずかれたので了承の意味だと捉えた。


「ええ、当然用意いたします」


 とうなずいて、簡単に、滞在中に見たいものや欲しいものなどを聞いて、使用人を呼んで、王城の客室の準備とともに、それらの準備も任せた。別に無茶振りな要望を聞くつもりはないけれど、ある程度のもてなしなら、今後の関係性も考えて、要求通りに用意する。もちろん、向こうも、こちらとの関係を考えるなら、そこまでの無茶な要求をしてこないという善意……というか常識的考えを元にやっているやり取りだけれど。


「ああ、それからもう1つ、こちらは別の方からの言伝になるのですが、『神の声を聞く杖の発見にご助力いただいた少女を招待したい』と」


 別の方……、それは皇帝、シンシャさんからの言伝ではないという意味だ。そして、その要望はわたし。ただ聞くと、感謝の意を表したいとか、興味があるとか、そんな程度にしか聞こえないのだけれど……。


「別の方とおっしゃいましたね。どなたからでしょう」


 たぶん、先ほど、だれからという名前を挙げなかったのは、言っても伝わるはずがないという前提での発言だったのだと思われる。テインは少し迷ってから、自分の名前を知っていたこともあってか、答えてくれた。


「アマルガム家のご当主からです」


 この場合、……彼がテインという名前の場合で指す「アマルガム家」というのは、どちらのことか、頭では理解している。だけれど、その確認の意味も込めて、わたしは問う。


「どちらの、ですか?」


 わたしの発言に、ちゃんと伝わらなかったのかと、「え、いえ、アマルガム家……」とまで言った彼に対して、わたしは遮るように言葉を重ねる。


「ですから、どちらのアマルガム家か、と聞いているのです」


 わたしの質問の意味がようやく分かったのか、目を見開いて、しばし沈黙してから、テインは告げる。


「トンのほうです」


 その答えに、わたしは自然と口角をあげていた。トン・アマルガム家ということなら……、


「裏にいるのは彼女(・・)ですか……」


 と思わずつぶやいたのを、咳払いでごまかした。

 ミズカネ国には、アマルガム家というのが2つばかり存在する。1つは攻略対象の1人、ラダン・トン・アマルガムのトン・アマルガム家。もう1つは、物語上の悪役であるアーエン・イン・アマルガムのイン・アマルガム家。


 テインは、作中のルートによっては、イン・アマルガム家についていることがあり、その場合は、テインという名前ではない。なので、彼がテインという名前の場合、少なくとも悪役側の人間ではないということがわかる。


「分かりました、そちらに関してもすぐにお答えすることはできないので、先ほどの件と合わせまして、少しばかりのご猶予をいただきます」


 テインとしては、「神の声を聞く杖の発見にご助力いただいた少女」というのが、わたしであるということは知らないはずだし、知っていたら、もっと話の切り出し方も変わっていたはず。


 ここで、「あ、それわたしです」なんて名乗り出るのもどうかと思うので、一応、そういうていで話を進める。わたしがそうすると、自然と陛下もラミー夫人もその意図を汲みとってくれて、あえて、そこには触れない。


「しかし、なぜ、その少女を招待したいと?」


 陛下は、少しばかりわたしとアイコンタクトを交わしながらも、そのように質問をする。ただ、おそらく……、


「いえ、言伝を預かっただけなので……」


 まあ、正直、テインに言伝をしたであろうラダン君もその意図を知らんでしょうし。

 しばらく、言伝の件も含め、話していると、使用人がやってきて、テインの部屋の準備ができたことを知らせに来た。




 疲れているだろうということで、話し合いはお開きにして、テインは部屋に案内されていき、部屋には、わたしたちだけが残された。もちろん、解散などしない。


「しかし、2つの要望、片方はともかくとして、もう片方は……」


 ともかくとしたほうはシュシャの、そして問題なのがわたしのほうだろう。そりゃそうだ。一国の公爵が危険な船旅で別の大陸に行くというのだから。それこそ、他国に行くことくらいはまだしも、しばらく戻ってこられないであろう船旅というのは、非常に大きな壁である。


「そういえば、どちらのと聞いていたけれど、あれはどういう意味があったのかしら」


 まあ、知らない人から見れば、よくわからないやり取りでしかなかったので、その質問は当然といえば当然だろう。陛下も口には出していないものの、気になっていたのか、その視線をこちらに向けられる。


「ミズカネ国には、皇族の分家家系から独立したいくつかの家が存在します。アマルガム家というのは、そういう家系なのですが、ミズカネ国にアマルガム家というのは2つ存在するのです」


 1つのアマルガム家が2つに分かれたのではなくて、分家家系がわかれた中で、2つのアマルガム家が出来た……とかだったと思う。正直、特に詳しい説明があったわけでもないので、彼女(・・)が話していたことを呑み込みやすいように解釈しただけだから正しいのかはわからないけれど。


「その1つが先ほどのトンということね」


「はい、まあ、シンシャ殿以外でわたくしを呼ぶものがいるとしたら2人。トン・アマルガム家の彼女か、イン・アマルガム家のアーエン……殿か、のどちらかだとは思っていました」


 思わず、アーエンと呼び捨てそうになってしまい、少し間を開けながらも敬称は付けた。正直、あまり好きではないキャラクターだっただけに、わたしの態度にも少しばかりそれが出てしまっていたようだ。まあ、物語の悪役なのだから好けというのが……、いや、魅力的な悪役も存在するので、やっぱり個人的にアーエンが嫌いなだけだ。


「その2人だとなぜ?」


「他国の人間を自身の国に招待するのは、よく考えているか、何も考えていないかのどちらかだからです」


 暗に、アーエンは何も考えてないといっているのだけれど、事実だからしょうがない。そして、問題は、考えているほうの彼女に呼ばれたということだ。


「問題は、なぜ、彼女がわたくしを呼んだのかということです」


 そう、アーエンならどうでもよかった。どうせ、恩を売ろうとか、あわよくば国に仕えさせて……とか適当なことを考えていただけだろうし。


「感謝を伝えるとか、そういったことじゃないわよね」


 そう、それならわざわざ自国に呼ぶ必要がないのだ。テインさんにお礼の品でも持たせればいいだけ。危険な船旅をさせてまで呼びつけるほうが、心象的にはよくないでしょう。それで感謝を伝えられても……。


「彼女のことですから、何らかの意図が……」


 そもそも、シンシャさんを通さずに、言伝という形で伝えるということを考えると、シンシャさんも知らない何かがあって……。


 シンシャさんも知らない……。


 彼女だけが把握していて、シンシャさんが知らないこと……。となると、ああ、そういう……。


「これは……、難しいかもしれません」


「難しいというのは、いかないほうがいいということかしら」


 ラミー夫人の言葉に、わたしは首を横に振る。


「いえ、その逆です。いかないといけません」


 わたしの言葉に、どういう意味なのかと、説明を求める視線が2人から飛んでくる。その視線を受け止め、うなずいて、説明をする。


「おそらく、いま、ミズカネ国に行けば、数か月、いえ、それ以上の期間、戻ってこられなくなる可能性が高いでしょう」


 それに対して、眉を寄せ、怪訝な顔で陛下がおっしゃった。


「国の情勢は安定したのではないのか?」


 そう、シンシャさんはそう言っていた。だからこそ、シュシャを一度呼び戻したいと。陛下は、それが嘘なのかと聞いている。


「いえ、おそらくですが、シンシャ殿のおっしゃる通りに、国内の情勢は安定しているのだと思います」


 そう、だけれど、それはあくまで、「ミズカネ国内は」である。


「じゃあ、ミズカネ国の周辺で何かが起こって、しばらく帰れなくなると?」


「ええ、そうです。本来なら、それがわかっている時点で、わたくしがいかないという選択をすれば問題はないのですが……」

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