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200話:騎士の選択

 この日、王城は少しばかりせわしかった。ミズカネ国の使者がきているということで、そのもてなしに人が右往左往。もちろん、交流を持つようになってから、定期的にやり取りをする遣いはきていたのだけれど、今回は少しばかり様相が違うようで……。


 まあ、王城でもてなすということは、いつもの使者よりも位の高い人なのだろう。まあ、だからこそ、わたしが呼ばれているのもうなずけるわけだけれど。


 礼儀作法はともかくとして、使者をもてなすには、結局のところ、知識が必要になるということ。


 しかし、このタイミングで位の高い遣いが来ることは、わたしたちとしては好都合だった。





 そして、その呼び出しに応じて、向かう途中、王城の廊下で、わたしはクレイモア君に呼び止められた。普段、わたしからならともかく、彼から呼び止めるとか、呼びかけるということは、あまりないので珍しい。

 そう思って、周囲を見ると王子の姿がちらりと見えた。なるほど、王子の差し金か。


「お忙しいところ呼び止めてしまい申し訳ありません」


 クレイモア君の表情は本当に申し訳なさそうにしていた。どうせ王子の無茶振りのせいだろうから、そんな顔をしなくてもいいのに。後で王子には嫌味の一つでも言いに行ってやろうか。


「かまいませんよ、時間に多少の余裕はありますし」


 わたしは、こういうとき、時間に余裕を持つ。もちろん、早すぎると相手に迷惑というのはあるのだけれど、アクシデント対応できるくらいには余裕を持っている。


 彼はまっすぐに、決意を秘めたような瞳をわたしへ向けた。さて、いったい何事だろうかと、その瞳を受け止めると、ひざをつき、剣を抱え、まるで主君に対する誓いを立てるかのようなポーズをとる。


「我が剣に懸けても、あなたをお守りすると約束いたします」


 まるで告白のようなセリフに一瞬、脳がフリーズしたけれど、なるほど。これはアレだろう。王子があそこにいるのだし、その状況で、わたしに誓いを立てるということは、おそらく、正式にスパーダ家の継承をしたから、あらためて、誓いを立てて回っているのだろう。本当に律儀だなあ……。

 だから、わたしは笑顔で言う。


「ええ、これからもわたくしを……、民を……、この国を……守ってくださいね」


 そして、この世界も……。


 クレイモア君が継承した、その剣には、それだけの……。


 おっと、そろそろ、時間が無くなってきそうだ。


「では、わたくしはこれで」


 そう言って、彼の前を後にする。なぜか、すぐに王子がクレイモア君に駆け寄って、その肩にポンと手を置いて、慰めるような、同情するようなそんな顔をしていたのはなぜだろうか。男同士の、男にしかわからない世界というやつかしら。




 そんなことを思っていたら、今度はラミー夫人が声をかけてきた。どうやら、彼女も呼び出されたようだ。それに、さっきのやり取りを見ていたらしい。王子のようなバレバレのものではなく、ラミー夫人のように、気配を消されると、簡単に周囲を探っただけでは見つけられないから困る。


「相変わらず、あなたは自分に向けられた感情をもうちょっと俯瞰的に見ることを覚えたほうがいいと思うけれど」


 俯瞰的というか、客観的には見ていると思うのだけれど、いったい何の話か。わたしのきょとんとした顔に、彼女は呆れたように肩をすくめた。


「俯瞰しているからこそ、ああなのかもしれないわね。まあ、いまは、その話は置いておきましょう」


 呆れ顔の彼女は、すぐに真面目な顔に切り替わる。この場で、いまするべき話といえば一つだけ。それはわたしにもすぐにわかる。


「この時期に、ミズカネ国から使者が来たというのは、私たちにとってはありがたいことだけれど、向こうの目的は何だと思う?」


 わたしたちにとってありがたい。つまり、わたしやラミー夫人にとって好都合というのは、ミズカネ国にある「魂を消滅させる暗き鏡」を、借りるための交渉をしやすいからだ。別の大陸にあるという、この神器の入手だけがネックだったから。それを解消できるかもしれない、そこまで行かなくても進展があるかもしれないというのは、非常にありがたい。

 しかも、ミズカネ国にこちらからアプローチをしたわけではないし、そうした行動をすると、アーリア侯爵側に怪しまれる可能性も高まる。そう言った意味でも、向こうから使者が来たこと自体は好都合だった。


 しかし、懸念点としては、「なぜ、ミズカネ国が使者を送ってきたのか」という部分だ。いままで通りの交易関係なら、普段通りでいいはず。遣いが来たということは、何らかの狙いがあるのは間違いない。


「わたくしも図りかねています。交易に関して不満がある……というのではないでしょうし」


 ミズカネ国との交易は、かなり融通しているというか、いろいろと便宜を図っているので、それを考えたら、もっとよくしろというような要望は中々来ないと思う。向こうが譲歩しているから、もっと引き出すぞって考えなら、もっと早い段階でしていてもおかしくないし、シンシャさんがするとも思えない。


 それだけなら、シンシャさん以外の独断という可能性もあるけれど、彼女がいるはずのあの国で、それが起こるとも思えない。


「安定した供給を確保したから、こちらと縁を切るというのは……?」


「それもないと思います。向こうの大陸の情勢的に不可能ですし、むしろ、それなら、輸入量を増やすように頼みに来たとかのほうがしっくりきます」


 まずもって、安定した供給が難しい立地のミズカネ国。周囲の国の情勢も合わさって、それはないはず。こちらの後ろ盾というのも効くでしょうし。それなら、周辺の情勢の悪化で、輸入量を増やしたいとかわかりやすく、納得も出来る。


「ですが、それなら書面でも十分だと思うのですよね。ですから、他の何かがあるとは思っています」


 輸入量の増減ならば、書面でのやり取りで十分だ。もちろん、一気に増え過ぎたらこちらも考えるでしょうけれど、もともと船の安全性もあり、そこまで多くの輸出をしていないこちらを基準に、増やしたところで、さほど問題が起こることもないはず。


「つまり、使者が来なくてはならないほどの無茶な要求をされると?」


「そうは言いませんが、少なくとも、わたくしたちがここで思いつくようなこと以外のことが目的なのだと思います。後は、聞いてから考えるしかありません」


 実際、どれだけ考えても、結局のところ、聞いてみたほうが早い。百聞は一見に如かず。少ない情報からどれだけ考えても、らちが明かない。


「それもそうね」


 そんな会話をしながらも、わたしは少し考える。使者がだれの手のものかを。シンシャさんの直轄なら、さほど心配はない。だけれど、他のだれかの手のものだったとしたら。一番信頼できるのが彼女、一番信頼できないのがアレ。問題なのは、どちらも姓は同じこと。


「さて、着いたわね」


 呼び出された部屋は、もうそこだ。わたしたちは覚悟を決めて、扉を開く。そこには陛下と使者と思しき男がいた。男は、なんというか、頼りなさそうな外見で、それでも、わたしは彼を知っていた。


「来たか」


 陛下はそう言い、わたしやラミー夫人に座るように指示をする。それに従って、座り、そうして、使者との話が始まる。


「皇帝からのお言葉を預かってきました」


 そうして差し出す巻物のような親書。それを陛下は、受け取ると読まずにわたしに渡した。見聞しろということだろう。特におかしなところはないものだし、読んでもいいのかと陛下と男を見やると、彼は陛下を少し意外そうな目で見ていた。おそらく、読まずにわたしに渡したことを思っているのだろう。


「テイン殿、どうかされましたか」


 わたしはあえて、その名前を呼びながら、彼に問いかけてみる。テイン。発音的には、ティンとかに近いので、それに寄せて発音しているけれど、一応、ゲーム上での表記は一貫して「テイン」だった。


「ああ、いえ……、え……」


 何でもないと言おうとして、わたしがその名前を出したことに驚いたのか、彼は固まった。それに対して、陛下が、


「気にしないことを勧める。彼女はそういう人物なのだ」


 と呆れ気味に言う。しかし、あえて名前を出したのには、一応理由がある。テインの立場はルートによって異なり、それでいて、場合によってはテインではないからだ。ここで、テインではなかった場合でも、わたしの勘違いで済む話。この鎌かけは、わたしの中では彼の立ち位置が「どちら」なのかを計るうえで、非常に重要なのだ。


「では、親書を読ませていただきますね」


 彼が「こちら」側だと仮定したうえで、わたしは親書に目を通す。そこにかかれていたのは……。

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