020話:カメリア・ロックハート09歳・その6
もはや日常となった登城。今日はお兄様と共に、王子に呼ばれていた。まあ、呼ばれたとて、特にこれといった進展があるわけでもなく、王子は基本的にお兄様と遊んでいるのだが。そのあたりは、そういうものだと割り切っている。それに、恐らく、こうして呼ばれているだけでも、「たちとぶ」におけるカメリアと王子の関係からすればマシな方なのだろう。
「しかし、お前は来るたびに違うドレスをまとっている気がするが……」
一通りの挨拶を終えて、いつものように分かれるかと思った時に、王子がふとつぶやくようにそんなことを言った。
確かに、わたしは登城に際して、できる限りドレスの種類を変えている。これは、固定されたイメージを持たれないためであって、おしゃれのためではない、ともいえない。おしゃれのためでもあるけど、下手にいつも同じ服を着ていると裏で何かをするときに記憶されるリスクが高まる。
いつも同じ服を着て、そういう作業の時だけ別の服を着るという手法もあるけど、逆に言えば、「いつもと違う」という違和感は出てしまう。ならば、とわたしは毎度ドレスを変えているわけだ。
「一応、これでも成長期といいますか、成長に合わせてドレスも日々変えなくてはならないのです」
これも嘘ではない。去年に初めて登城した時のドレスなど背丈的に、もう着ることができなくなってしまっている。貴族の服は基本的にオーダーメイドだ。オーダーメイドでつくられた服は特に成長によって着ることが難しくなる。なぜなら「そのときのわたし」に合わせて作られたものだから「今のわたし」に合わせたものじゃないから。
「いや、それはオレもそうだが、デザインがかなり違うドレスにしているじゃないか」
見るところは見ているようで、ドレスのデザインが結構違うことには気づいていたようだ。王子やお兄様なんかは、基本的には同じデザインの服を着ている。まあ、男性の正装が女性の正装ほど自由なものではないことが主な原因だけど。
「女性の正装は男性よりも自由が利きますからね。逆に言ってしまうと、パーティーに毎回同じドレスで赴いていたら馬鹿にされてしまいます。ですから、女性は幼い内から様々なドレスを着て、コーディネートのための力を付けなくてはならないのです」
決まった服がある場合は別だが、女性は正装に幅がある分、違うものを用意することが求められるようになってしまう。
「そして、それに合わせて髪も弄る、か。手間がかかるのだな」
「服に似合った髪型というのもありますから。もっとも、基本的には結わえる、まとめる程度のことしかしていません」
本格的な散髪とかは、また別の話。ウィッグやエクステがあるわけでもないので、髪型を大きく変えることはそうそうない。
「では、今後もその長さの髪を維持するのか?」
今日はやけに突っかかってくるなあ、と思いながらわたしは1つ考えていることがあるのを明かした。
「ええ、長さなどはこのままでいようと思います。ただ、14、5歳になったら魔法学園の制服に合わせるために毛先を巻こうとは思っていますが」
毛先を巻くと言って普通想像するのは軽くウェーブをかけるくらいのものだろう。ただし、わたしの場合は違う。「たちとぶ」本編のカメリアの髪型になるべく近づけるために、縦ロールにしようと思っている。
別に髪型に関するエピソードがあるわけでもないので、恐らく髪型を変えなくても大丈夫だろうけど、ここは念のためというところだ。
「なるほどな。しかし、お前にもそのようなコーディネートを気遣う部分があるのだな。錬金術や魔法の勉学や研究に関するうわさが城までとどろいていることを考えれば、そういった自分を磨くという部分はあまり重きを置かないのかと思っていたが」
「アンディ、カメリアはそのあたりの気遣いも相当だよ。服や装飾品は自分で選んでいるし、ドレスを見に行ったり、装飾品を買い付けに行ったり、意外とアクティブなんだ」
お兄様が辟易とした様子でそういったのは、わたしの買い物にいつも付き合わされている恨み節も含んでのことだろう。まあ、基本的に忙しいので滅多に買い物になど行けないのだけど。
「自分を磨くことも武器になり得ますから。化粧や着飾りもまた錬金術や魔法の勉強と同じですよ」
王子の婚約者という身分がある以上、そこを咎められる謂れはない。三属性の魔法が威光を示すものであるとすれば、着飾りは王家に財があることを示せるし、自分を磨くのは王族の婚約者としてあるべき姿でもある……、なんていうのは建前でおしゃれするのにもっともらしい理由をつけているだけなんだけど。
「そのようなものか」
王子は妙に納得していたけれども。
王子とお兄様が2人で遊びだしたのを見て、ウィリディスさんがわたしに近寄ってきた。どうやら話があるようだけど、その内容は分かっていた。というよりも、このタイミングで話なんて1つしかないでしょう。
「カメリアさんが前におっしゃっていたように、『黄金の蛇』に話されたのですね。先日、陛下に確認を取られました。もっとも、カメリアさんのことまでは話さなくていいと言われたので話していませんが」
そのあたりは、「黄金の蛇」なりの配慮なんだろうか。まあ、わたしとしてはどちらでもよかったんだけど。「黄金の蛇」ことラミー夫人が話したのは、おそらくウィリディスさんの件だけ。戦争に関しては、わたしの言葉はともかくとして、実際に起こる保証が一切ないから陛下にも伝えていないでしょう。
「さすがに『黄金の蛇』相手に隠し事をし通すのは難しいですからね」
まあ、自分でポカしたようなものだったけども。その辺を自分から公にするようなことはしない。
「陛下の発言を聞いていると、陛下と『黄金の蛇』は密接な関係にあるようですけど、それもご存じだったのですか?」
「『黄金の蛇』が陛下と密接な関係なのは当然ではありませんか。この国の要ともいえる存在が国王陛下と密接でないはずがないでしょう」
聞かれた意図的にこういう意味の返しが欲しいわけではなかったのだろうとは想いながらも、一応はそんな風に返した。
「そう言う密接ではなく、親密という意味で、です」
「……そうですね。陛下と『黄金の蛇』は、ある種の秘密を共有する間柄ですからね。知らないとは思いますが、『黄金の蛇』というのは国と契約をすると同時に、歴代の陛下と契約を結んでいるのですよ」
このような回りくどい言い方になったのは、「黄金の蛇」が継承制であることを明かせないからだ。いや、ウィリディスさんにならば明かしてもいいのかもしれないけど、わたしの個人的な判断でそれをどうするか断定するのはどうかと思うので、そこをぼかした結果、このような遠回しな言い方になってしまった。
「それだけ親密な間柄だと?」
「この王城に張り巡らされている隠し通路を網羅し、自由に会いに行くことができるのは『黄金の蛇』くらいでしょうから」
通常、陛下に謁見するのにはかなりの条件が必要になる。しかし、「黄金の蛇」はそれらを全て無視することができる。
「それが張り巡らされていることを知っているということは、カメリアさんももしかして自由に謁見できるのでは?」
「やろうと思えば、ですがね。それに、わたくしが把握しているのは主要ないくつかの通路だけですから、『黄金の蛇』のように自由に、とはいきません」
そもそも、今のタイミングでは陛下に謁見する理由はない。戦争のことを話したところで信じてもらえないだろうし、もっと間近に迫った証拠を用意できるタイミングで話したい。後、わたしが知っている隠し通路は作中で登場した4つの入り口のみで、他はどのようになっているのか把握していない。
「本当に、カメリアさんがこの国の敵だったならこの国はとっくに陥落していそうですね」
この国を滅ぼすことが可能か不可能かと問われたら、たぶん、滅ぼすことができる。何せ、怪しまれずに城に入ることができるというのが大きい。そこで複合魔法で城ごと潰せる。まあ、そんなことはしないけども。
「それはどうでしょうかね。『黄金の蛇』に『北方の魔女』、この国を滅ぼすには障害が多いですから」
などと言っても、「黄金の蛇」も「北方の魔女」も同一人物で、壁は1枚といっているようなものだけど。逆に言えば、この国に対する他国からの侵攻においてまともに対抗戦力として注目が必要なのがラミー夫人だけということ。
わたし自身を壁に含めても2枚の壁でファルム王国からの侵攻に耐えきらないといけなくなってしまうわけだ。
そうした状況を見れば、わたしがパンジーちゃんに発破をかけて複合魔法を使えるように導こうとしたのも納得できるだろう。
他国の戦力が分かっているだけに、余計こちらの戦力不利が浮き彫りになっている。だからこそ、錬金術や魔法の発展に貢献していく必要があるし、少しでも使える人材を確保しなくてはならないんだけど。
「ですが、その障害さえどうにかなってしまえばカメリアさんが簡単に陥落させられるということですよね」
「そうとも言えますが、それはわたくしに限った話ではありません。それに、まだまだこれから芽吹く人材もいるでしょう。……まあ、年齢的に見ればわたくしもそちらに入るべきですが」
「カメリアさんは十分に咲き誇っていると思いますが……」
咲き誇ったあげくに、早々に枯れていては意味がない。わたしは枯れないためにもできる限りのことをしたいのだ。
「花が咲いた後に残るのは枯れる未来だけです。わたくしは枯れないためにも、この歩みを止めることができないのですよ。目的を叶える、そのために……」
「花が咲いた後は実がなり、種ができるものですよ」
「わたくしはこのままでは実もならず、種を残すこともなく枯れてしまうのです。そうならないためにも、何かを残すためにも足掻いているのでしょうね」
そう、この持てる知識を最大限に生かして、生き延びるために。




